FILE04:『探索と潜入』
絶対に止める。それがアイツの幸せじゃねー事は判っているから。
灰原の居場所には、恐らく間違いない検討がついてんだ。だから学校を出たすぐ先で、人が居ない場所を計らって、電話をした。
「あ、こんにちは」
『Hi! 久しぶりね、Cool kid!』
挨拶した受話器から届いたのは、彼女特有の明るい声。何が「Cool kid!」だ。いつも通り電話に出やがって。何の事でかけたか、判ってんじゃないのかよ?
『中々連絡取る理由もなくて、寂しかったのよ。どうしたの?』
「……ジョディ先生、心あたりあるでしょ? 僕が電話をかけたのに」
一々まどろっこしーな。無いならないで、用はねーんだ。あるなら、楽しいご挨拶は捨ててさっさと本題に入らせろよ。
『……そうね。そろそろ、かかってくる頃だと思ってたわ』
ジョディ先生の声が若干低くなった。ここからは真剣な話って事か。……てっきり相当粘られるのも覚悟してたんだけど。でもこれで、灰原の身は保護されてる事になる。アイツを取り戻す事も出来る。
「教えてくれたって事は、接触する許可をくれたも同然だと思って言うよ? 灰原はどこだ? 会って、どうしても伝えなきゃならねー事があるんだ」
灰原が博士の家を出て頼れるたった一つの場所。昔、FBIから灰原に証人保護プログラムの誘いが来た事をオレは知ってる。アイツが頼っていける場所なんて、そこしかねーって事も。
でも、もうすぐだ。ジョディ先生が教えてくれれば、今からアイツに会える。絶対に説得出来る。だから早く、教えてくれ!
『無理よ』
へ?
なんだよ。今、なんて言ったんだ?
受話器から聞こえた冷たい響きに、オレは自分の耳を疑った。会わせてくれる気があるから、あっさり認めたんじゃねーのかよ!
「どういう事なの、ジョディ先生! 先生なら、こっそり会わせてくれるって思ったのに」
灰原が証人保護プログラムを断った時も、応援してくれたって話に聞いてたジョディ先生なら。説得する猶予をくれるんじゃねーのかよ?
『ごめんなさい、誤解しないで欲しいの。あなたが思ってるように、私達があの少女を保護していたなら、あなたに会わせる事もしてあげたと思うわ』
”私達が保護していたなら”? ちょっと待て、どういう意味だよ。灰原はFBIに……
『……確かに、彼女は私達に連絡をくれた。やっぱり証人保護プログラムを受ける事にした、あなたや博士に教えると止められるし辛くなるから、深夜に駅で待ち合わせしたいって』
「じ、じゃあ、灰原とそこで合流したんじゃねーのか?」
『シュウと私と、他数名の事情を知ってる捜査官とで駅で待機していたの。でも、結局彼女は来なかったわ。周辺も探したし、彼女にも連絡を取ろうとしたけど携帯は切れていたみたいね』
ざっと背筋に冷たいものが触れた感覚。
待てよ。つまりそれは、どういう事だ? 灰原は、自分から深夜の駅で待ち合わせと提案して、言ったように博士の家を深夜遅くに出て、けれど駅には姿を見せなかった? そのまま、姿を消した? その辺りを探しても、手がかりが掴めないって?
「ハハ、じゃあどういう事だよ! 灰原は待ち合わせ場所の途中で、何かに巻き込まれて姿を消した! 誰かの手にかかって、居なくなったって事か?」
『そうね、そう考えるのが一番自然ね』
「ふざけんな! 深夜の、んな遅い時間だぞ。なんで、女子供の灰原一人で駅まで歩かせたんだよ。気利かせて迎えに行くのが普通だろ!?」
つい、声が荒らぐ。落ち着け……今更ジョディ先生に怒鳴っても仕方ねーだろ。けど、間違った事は言ってねーよな。もし、もしもFBIが車で灰原を迎えて、保護してくれてたなら!
『…………ごめんなさい、彼女が迎えはいいって言ったの。それでも、行くべきだったわね』
小さく謝る声がしっかり耳に届いて、ようやく冷静になれた。今更責めても、時間は戻せねーんだ。灰原に初めて会った時、アイツに怒鳴ったオレと何の進歩もねーな。
『でもね、争ったような痕はどこにも無かったわ。血痕のようなものも、今の所どこにもない。だから、多分彼女は何か薬で後ろから襲われたか、あるいは』
「あるいは、自分からどこかに消えたか、って事? ジョディ先生、約束破ってまで、アイツに行く場所はないと思うよ?」
『実は、小さな少女が、駅とは違う方向に、一人でふらふら歩いているのを何人かに目撃されてるの。前に歩いてる男の後を追ってるみたいだったって』
って事は。まさか、組織の!? ……ハッ、考え過ぎだろ。アイツが組織に居た頃の知り合いを見かけたからって、後つけるような奴か? 身を隠す、それが唯一自分を守る手段だったんじゃねーか。
「その男の特徴って判るの?」
『ええ、暗いからよく顔までは判らないらしいけど、闇に溶け込むような色の服を着た、かすれ声の訛った男らしいわ』
闇に溶け込む色、奴等の黒服か。
「訛ってるって……どこかの地方訛り?」
『さあ? それは判らないけど、彼が組織の人間だとしたら、やっぱり』
……灰原は、組織の手にかかって? いや、違う! 今わかってんのはそれが灰原かも知れねーって事と、そうだとしても奴等にはまだつかまってない可能性もあるって事だ。
「判った! 僕も独自にアイツの事探すから、何か判ったら連絡とりあう形がいいよね?」
『そうね。そっちも何か判ったら連絡くれる?』
「うん、もちろんだよ」
何があっても、灰原を助け出してみせる。アイツに運命から逃げるなっつったのはオレじゃねーか。もう、オレも絶対逃げたりしないんだ。
捜し始めたその日は殆どの手がかりがつかめず、せいぜい判ったのは、灰原らしき少女が最後に目撃された場所位のものだった。ようやく話が動いたのは、丁度翌日の午後の事だ。
「ねえ! 本当なの? ここに泊まった女の人!」
「はい。その写真の女の子に瓜二つの顔と髪の女性が、一昨日から二泊されていきました」
ようやく掴めた! 最後に灰原を目撃したと言われた場所の近くのホテルで、順に写真を見せて探っていた七軒目のヒットだ。ったく、都会ってのは随分宿泊施設が整ってやがる。
「で、今日チェックアウトしたんだよね?」
「え、ええ。まだつい先ほどの事です。出る時は、随分と印象の違う服装や装飾品を身につけられていましたが」
「教えてよ! どんな格好だったのか」
戸惑い交じりに話す受付の人から聞いた格好は、確かにアイツのイメージと違う。それにしても、まさかアイツが大人の姿になってるとは思いもよらなかったぜ。この従業員さんが灰原哀の写真で反応してくれたからよかったようなもんだ。でも、どうしてんな格好で。……灰原は、誰かに変装しようとしていた?
「あの、ここに来たその人が、今日チェックアウトするまでの行動を出来るだけ教えてください!」
「構いませんが……本当にそれで坊やのお探しの方が見つかるのですか? その女性の妹さんを探しているのですよね?」
「うん、だからそれは話聞いてから! その子、早くしないとそのお姉ちゃんも一緒に一家心中しちゃうかも知れないんだ」
こんな子供一人で言ってる事なら、信じてなどくれねーだろうけど。そこにFBIが絡んでるとあっちゃ、信じざるを得ねーだろ。両親がFBIに追われている少女が、最後に救いを求める電話をしてきた。予想外の展開に急遽作ったストーリーだが、動転しているホテルの人を騙して、口もふさぐには充分だったみてーだな。
昨日の夜外出した灰原は、一時間かけて帰って来た時疲れ切った顔をしていたという。つまり、片道三十分以内の場所で何かそこまで疲れる用を足した後、戻って来たって事だな。……大丈夫だ、焦るな。今日の昼まで灰原は無事だった。それが証明されたんじゃねーか。
どこに行けば、アイツに会える? どうすれば、アイツを助けられる? その答えは、もうすぐオレ自身の手で手に入れてみせる。
「ジョディ先生達に、ココから三十分以内で行けるような場所探って欲しいんだけど」
「ええ、そうね。用を足したと考える時間も頭に入れて、近場から探して見るわ」
「うん、お願い! コレばっかりは……FBIに任せるしかないから」
そこを探してもらってる間、オレはオレで出来る事をする。そして、灰原を助けるついでに、組織の事も終わらせてやる。
「組織と争う事も考えて、使える人そろえておいてね」
「もちろんよ。今度こそ、彼らを終わらせましょう」
終わらせる。一年以上かかった奴等との戦いを、今度こそ必ず。
ジョディ先生からの連絡が入ったのは、それから二十分後の事。その場所にオレは走っていた。
「ジョディ先生!」
「あ、待ってたわ。見て」
ジョディ先生の指差した先に、黒髪の女性が気を失っている状態で拘束されていた。思えば、先ほど聞いたチェックアウト時の灰原の服装や装飾品がよく似合いそうな。体格や顔もそこそこ似ている。実際、耳や手にアクセサリーをつけてた後がついてるじゃねーか。
「アイツは、この人に変装した?」
「……そうなると、彼女をココに監禁したのはあの子って事になるわね」
「昨日の夜、灰原はホテルを出て彼女を薬かなんか使って監禁したんだ。そして、身ぐるみを剥いで、今日彼女の格好で」
行く場所は判ってる。信じたくはねーけど、奴等のアジトだ。きっと、昨日つけてたって言う男の辿り着いた場所だったんだ。この女は多分組織の一員。くそっ、それがどれだけ危険な事か、判らなかったのかよ!?
「くそっ!」
ジョディ先生がオレを必死で宥めるが、悔しさと不甲斐無さでいっぱいだ。
耐え切れずに、思い切り壁に打ち付けた拳の音で、眠っていた女を起こしちまったらしい。
「……何、何よコレ! アンタ達、誰なの?」
「おい! お前、自分を監禁した奴の顔を見たか?」
「顔!? 監禁? ……そ、そうよ。くそっ、シェリーっ!!」
……やっぱり、灰原だ。歯をきしませながら地団駄踏む女は、アイツと顔見知りの組織の一員。
「なんなのよ、アンタ達! シェリーの仲間? 私をこんな風に縛り付けて。ふざけんな!」
「FBIの、ジョディ・スターリングよ。あなたはもう私達の手に落ちているわ」
「だから、観念して大人しく話した方が身の為だぜ? アンタが知ってる事全部」
「くっそー、こんなガキまでが!?」
女は顔をぐしゃっと歪め、スゲー形相で睨んで来て声を荒げる。知ったこっちゃねーよ。こっちは危険を承知で素で話してやってんだ。早くしねーと灰原の身が危ねーんだよ。さっさと灰原の居場所を教えやがれ。
「黙ってても、調べりゃ判る事だろうがな。ここからすぐ近い場所にそれがあんのは知ってんだ。後はしらみつぶしに探してきゃ……」
なあ、アンタは息を荒くして相当腹立ててるみてーだが、こっちはそれ以上に腸が煮えくり返ってんだよ。アイツがどんな思いで今まで頑張って来たと思ってんだ! てめぇらが何して来たか判ってんのか?
「アンタらはもう終わりだ!」
「くぅーっ、アンタ何者さ! ガキのくせに、なんでFBIとつるんでシェリーを!?」
「大切な奴を助けようとすんのに、理由が必要か? 言え! どこだ!?」
この女がどんなに凄もうと、もう知ったこっちゃねぇ。言う気がねーなら、何をしても吐かせてやる。灰原……もうすぐだ。オレが行くまで無事で居てくれ! 無茶な行動すんじゃねーぞ!
オレはまた、走っていた。後ろのFBIの人たちも一緒に。ホテルから二十分ほど離れた施設。くっそー、もう日が暮れそうじゃねーか。問い詰めても吐かないあの女のせいで、余計な時間くっちまった。灰原、頼むから……まだ奴等の手に落ちんじゃねーぞ!
辿り着いた薬品研究所の裏口から、オレ達は扉を破り、強引に突破した。まあ、この辺はFBIの連中に感謝しなきゃいけねーな。
そこからすぐ繋がった廊下の一番奥に、黒い連中がたかってる。
「は、灰原ァ!!」
何だ、コレ。ジンに、知らない黒尽くめの男達に、その中央で銃を向けられて血だらけで倒れてんのは。想像してた大人のアイツじゃない、灰原哀の姿だ。
奴等にこんなにされるまで、間に合わなかったのか!? 転がったカプセルに伸びた手から、大量に出血して……そんなになるまで、抗い続けたのかよ?
「どうして……?」
顔を上げた灰原が、苦しそうに、弱弱しい声で問いかける。
助けに来るに決まってんだろ!? 守ってやるって約束、忘れたのかよ! バーロー!
なんで、んな血みどろになってまで、まだ薬に手ぇ伸ばしてんだよ?
「説明は後だ!」
プツン、と何かが切れて、灰原に駆け寄った。組織の連中が撃ってくる弾にも、間違ったら当たるかも知れねー覚悟で。突入したFBIが必死で守ってくれなきゃ、やばかった。
ぎゅっと抱きしめた体は、ヤケに血と汗で濡れている。ずり落ちた大きな衣服の代わりに、オレの羽織っていた上着で包んだ。早く、コイツを安全な所に連れてかねーと!
「救急車、誰か呼んで! お願い」
外に出るなり叫ぶオレに、近くの捜査官が慌てて携帯を取り出した。ここまで来れば一先ず大丈夫だ……。
灰原は、この腕の中にいる。どんな形であれ、ちゃんと生きて、帰って来てくれたんだ。まだ、コイツが殺されたかも知れねー事思うと、ドキドキしてる。見ろ、実際失いそうになったコイツは、こんなにオレにとって大切なんじゃねーか。
「もうすぐ、救急車が来るから、頑張れよ! それまで、オレがついててやっから」
「いいの? 工藤君……行かなくて」
「ああ、大丈夫。FBIの人たちが踏み込んでくれたし、その中には頼りになる人が居るから」
オメーはそんな下らない心配しなくていいんだよ! 中の事なら、赤井さんも居るから大丈夫だ、きっと上手いように終わらせてくれる。今のオレは組織より何より、灰原をちゃんと助けられたぬくもりに浸る方が、ずっと大切なんだ。
「なんで、何でだよ! 突然消えるような真似しやがって。そうしたら、オレに何の相談もしねーで、こんな危険な所に一人で乗り込むなんてよ!」
もしも、オメーが永遠に帰ってこなかったらなんて思ったりもした。それなのに、オレの前から、消えたりするんじゃねーよ。くそ! こんなに心配させやがって。こんなに、血だらけになりやがって!
話している間にも、銃創から血が止まらない。次第に、弱くなってく声を、必死で繋ぎとめた。
救急車が辿り着くまで、オレはいつまでも灰原の名を叫び続けていた。
|