FILE03:『別れと薬』
テレビに映るのは、ただ見て面白く笑うだけの娯楽番組だ。ワンシーンワンシーン、どっと笑う声がテレビから聞こえるが、今日びのお笑いってのはよく判らねーな。何が面白ぇんだか。下らねーほどいつも通りの夜。そんな中、オレは蘭と二人、今日も捜査中のおっちゃんを覗いて夕飯を食っていた。
「昨日の卵粥もハンバーグもだけど、やっぱり蘭姉ちゃんの料理美味しいね!」
「そう? ありがとう。ほら、まだあるから沢山食べて!」
頬を赤らめて、嬉しそうに勧めてくる。山盛りの肉じゃがとコロッケは、二人分っつー量にも見えねーけど、予想外に食が進む。これで丁度四つ目のコロッケに箸をつけた。英理さんの殺人的な料理と違って、蘭の手料理はどれもうめぇからな。
「蘭姉ちゃん、そう言えばさ……最近は学校で何か変わった事あった?」
オレだってあん中の一員だったんだ。今日はそんな他愛ない会話だけで過ごしたい。
「うーん、そんなに変わった事ないけど。そうそう、そう言えばサッカー部! コナン君も一度会った事あるでしょ? 中道君たち」
「え、うん!」
サッカー部の話か! つい嬉しくて、テンションが上がる。途端、蘭が怪訝に首を傾げた。あぁ、やべ。意味もなく声を弾ませちまった。
「何か、嬉しそうね。コナン君」
「そ、そんな事ないよ。それで、中道……えと、そのお兄ちゃん達がどうしたって?」
「う、うん。実はねぇ」
アブねー。コナンがテンションあげる話題じゃねーな。
サッカー部が県大会を勝ち進み、惜しくも決勝で敗れたが全国行きの切符を手にした。興奮気味に声高く話すオメーと一緒に、ここは興奮してもいい所だろ?
「全国って、凄いじゃない! 新一兄ちゃん、羨ましがると思うな」
まあ。オレが居れば、準優勝なんかじゃなくて、優勝で全国行き手に入れた自信はあるけどな。……オレも未練たらしいねぇ、サッカー部は自分から辞めたんだろ。
「でしょー。新一もサッカー部に居ればねー、でも多分仲間が勝ち進んだってだけで喜ぶと思うの! 直接電話で伝えたいからメールもしてないけど」
「あ、うん。そうだよね、やっぱり嬉しいよ! いいな、僕もいつかそんな場所でプレーしたかった」
「したかったって、どうして過去形なの? 変なコナン君」
「あ、いや……アハハ」
またやっちまった。蘭も怪訝さを通り越して、疑いの眼差しじゃねーか。どうも、工藤新一中心の話題になると抑えきかねぇな。
柔らかく微笑んだって事は、誤魔化しがきいたか?
「そうだね、コナン君ならできるよ! 新一だって、コナン君と同い年位の頃はそこまで上手くなかったもの。凄いサッカーの才能あると思うのよねー、一体いくつからやってるの?」
「え、えーと。ずっと小さい頃かな?」
ハハハ。まさか、小学生の頃からやってるとは言えねーだろ。
「うふふっ、そうだよね。あれだけ上手いんだもん。じゃあ私、コナン君が将来プロチーム入りする事になにか賭けちゃおっかな」
……蘭が笑い出す前の一瞬、悲しい顔は、気のせいか?
「大げさだなー、蘭姉ちゃん」
「だから、どっかのバカみたいに辞めちゃダメよ? 勿体無さ過ぎるもん」
ほっとけ! ……んな寂しそうな声出すんじゃねーよ。
確かに、それもまた一つの未来だ。そうすれば、体が縮められる事もなかった。蘭と新一は平凡だけど少し普通の人より栄光を掴んだ道を歩んで、二人でゴール。そうなれば多分灰原とも会えずに、アイツは多分ずっと組織の中に居た。今もシェリーとして活躍し続けた。んな事が、最善の未来なわけねーんだ。
いつの間に、自分の世界に入り込んでたらしい。顔を上げた前に居た蘭が、きょとんとオレを見つめている。
「コナン君……? どうしたの、もうお腹いっぱい?」
「あ、ううん。ちょっと考え事」
蘭と二人で、アイツと関係ない話をしていても考えちまう。来るべき別れが近づいてるって事か。オレはもう、末期的だ。どんなに頑張っても、もう戻れねーんだな。そんなら逆にすっきりしたぜ。
明日、灰原に会ったら……今度こそ本当の気持ちで向き合おう。冗談になんかしねぇ。真実を求め続けるのが、探偵を選んだオレの宿命なんだ。その日は、早くベッドに入った。
オレは、工藤新一を忘れやしない。けど、江戸川コナンとして一歩踏み出す。そう決意したばかりだった。朝会が終わってすぐ、隣に体を向けた。
……あれ? 何処だ、灰原。ぐるーり、教室を見回して、真っ先に灰原に昨日の続きを……続き、つづき?
「は? まさか灰原休みか?」
なんだよ、計画台無しじゃねーか。拍子抜けしちまった。そんな様子がよっぽどおかしかったのか、ぶっと噴出す声が隣で響いた。
「コナン、オメー隣の席だろ。気づくのおせーよ」
うっせーよ。オイ、こら。なんでオメーにそこまで笑われなきゃなんねーんだ元太。ってか、いつの間にわらわら群がってたんだよ、オメー等!
元太だけじゃねぇ。歩美も光彦も、灰原の机を囲って考え込んでやがる。
「んー……どうしちゃったんだろうね、哀ちゃん」
「後で灰原さんの家に連絡してみるって言ってましたよね」
「博士から、連絡ねーのか?」
「嫌ですね、コナン君。朝の会ではっきり言ってたじゃないですか」
悪ぃけど、先生の話なんて聞いてねーよ。隣が空席なのも気づかねーほど、自分の世界に居たんだからな。けど、そっか……やな予感がするぜ。
博士、無断欠席なんてさせねーよな。風邪かなんかだとして、本来朝一で学校に電話する筈だってのに、今まで何の連絡しねーって?
「……今、博士んち電話してみっか」
「え?」
探偵団の三人がきょとんとしてオレを見た。そうだよ、こんな予感はよく当たるんだ。コールが、四回五回……博士、中々出ねーな。
『は、はい。阿笠です』
「博士、オレだけど」
『新一!?』
慌てた博士の声。つい声を張り上げるほど。何かあったせいだ。すぐにピンときちまった。
「どうした?」
『その……哀君が、朝起きたら何処にも居ないんじゃよ。君に連絡しようと思ったんじゃが、すっかり気が動転してしまってのぉ』
……なんだって? 灰原が、いない?
「ど、どういう事だ!?」
つい声を荒げちまって、歩美達の視線に緊迫感を帯びさせた事に後悔した。けど、今はそれどころじゃない。
居なくなった? 朝、起きたら? ……アイツ、まさか。
「博士、昨日灰原に変わった様子なかったか?」
『そ、そうじゃな……昨日は、夕食も珍しくボリュームがあって。けど、そう言えば哀君は泣いておったような』
「泣いて?」
『ああ、そうじゃよ。いや、哀君は違うと言っていたが、目を腫らせていたんじゃ』
さーっと冷てー何かが頭から降りた。自分の顔から、血の気が失せる感覚。
灰原は、”何か”の理由でオレと別れたあの後目を腫らす程泣いたんだ。そして、その後ありえねぇボリュームの夕食を出した。じゃあ、”何か”って、なんだ? バーロ! 考えなくても、分かるじゃねーか! オレとの会話が原因に決まってんだろ。昨日確かに思いつめた様子だった灰原に、オレは何も言えなかった! こんな事になるとも知らねーで!
電話越しに、博士が息を呑む様子が伝わった。
「……いつもより、変に多弁になってなかったか?」
『そ、そうじゃな。確かに、よく喋っておったよ』
最後の会話だと思ってたんだ。気取られないようにと、必死だったんだ。あれでそういう事には不器用な奴だから、たくさん喋って気持ちを押し隠そうとしてたんだ! つまりそれは、”最後の晩餐”のつもりで。
「博士、心当たりに連絡つけてみっから。心配すんな」
『そ、そうじゃな。頼んだぞ、新一君』
電話を切ってすぐ、三人の不安な視線を浴びた。そりゃ、あんな電話の内容じゃあ当然か。
「は、灰原。何かあったのかよ?」
「変わった様子とか、泣いてた、とか。何の話なんですか!?」
「まさか……昨日歩美が哀ちゃんにきつく言ったから?」
三人纏めてんな必死に詰め寄られちゃ、たまんねぇ。真実を話すしかねーんだ。嘘ついて、その場限りの安心をさせたってしゃーねーだろ。
「灰原が、家出したらしいんだ」
三人共驚くしかねーって所か。絶句してる中で特に、歩美の顔には、絶望すらも見えた。
「私のせいだ……。歩美のせいだよね? ねえ、コナン君。昨日歩美、哀ちゃんに酷い事言ったの。お友達なのに、哀ちゃんの事つっぱねたり、ずるいって言ったり、嘘つきって言ったり!」
ぼろぼろに泣く姿が胸に刺さる。全部、元凶はオレだ。灰原が居なくなったのも、コイツをここまで泣かせてるのも。
「……バーロ。歩美ちゃんは悪くねーよ。オレのせいなんだ」
「どうして、コナン君のせいなのっ? 昨日、哀ちゃんと喧嘩したのは歩美だよ」
「ちげーよ、その後オレが余計な事言ったんだ。灰原が思いつめたのも気づいてた」
泣きじゃくって、すがる歩美を抱きしめて包んだ。そう、悪いのは、オレだ。例え、光彦が今にも掴みかかってきそうな目で睨んでたって、嘘なんかつけるかよ。自覚はちゃんとある。他の誰でもねえ、オレのした事だ。
くそっ、オレが蘭とサッカー部の話で盛り上がってる時、アイツはそんな事を考えてたってのか?
「悪いな、けど……絶対にオレが責任持ってアイツを見つけるから」
コイツらとオレ自身に誓う。その先にアイツが居る未来があるように。
お、電話……博士からだ。
『新一、ワシじゃ。さっき言い忘れたんじゃが、哀君の部屋の机に、予備用のAPTX4869解毒剤という小さな箱が置いてあってな、どうやらそれを持ち出してるようなんじゃ』
さっきと違って声を潜めてんのは、薬の話題だからと思う。予備用の解毒剤って、オレが文化祭で一度飲んだアレか?
「持ち出してるって? なんで!」
『判らないんじゃが、哀君は蒸発してからも薬の研究をするつもりじゃったと思うんじゃよ。フロッピーデータファイルの最終使用日時が、昨日の深夜になっておるんじゃ。一応フロッピーは残っているんじゃが、どこかにデータごとコピーした形式があってのぉ』
アイツ、オレとの約束だけは守ろうとしてか……っ! 薬が完成でもしたら、ポストにでも手紙と添えて投函するつもりだったって?
頭ん中を整理しろ。灰原に、行く場所なんて限られてるんだ。博士の家を出ても、研究に支障がない場所。それを提供してくれて、且つ安心して身を寄せる頼りの存在。
「心当たりは、一箇所だけあるかな」
博士に礼を言って電話を切った。大丈夫だ……行く場所の想像は大方ついてる。
灰原は、帝丹小での探偵団達との生活を楽しんでたんだ。取り戻してやらねーと。オレもアイツと約束したんだ。守ってやる、って。
歩美達に、任せろと告げて学校を早退した。そうだ、灰原の居場所はここ以外のどこにもない! だから帰って来いよ、灰原。
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