プロローグ:『哀しみと願い』
「コナン君、よかったね! 哀ちゃんも元気になったし」
「ああ。……本当に、歩美ちゃんには世話かけたね。悪いな」
歩美は、悲しげに小さく笑い、俯いた。元からだが、こいつは随分とませたガキだと思う。けど、まさかこんなにこいつの世話になるなんてなぁ、まだついこの間までのオレは想像できたっけ?
沢山傷つけたのに、沢山教えられた。自分より十も実年齢の幼いガキにだぞ? だから、歩美には凄く感謝してる。
「じゃあ、ね。バイバイ。また明日、学校でね!」
「おう!」
手を振る歩美の顔が泣きそうな切ないものに見えたのは、夕陽で赤色がゆらゆら揺れていたからではない。今の言葉が、単なる互いの家に帰るだけの意味の「バイバイ」でない事も、鈍いオレにも何となく判った。
明日からの歩美は、多分オレへの想いを断ち切ってくるだろう。あいつにとって大切な親友である、灰原との変な確執が生まれることを、避けるために。
プロローグ:哀しみと願い
「灰原、しっかりしろ! おい!!」
ずっと、朦朧として話していたこいつの意識がついに途絶えたのは、救急車が到着するほんの僅か前だった。左胸の上部と、左腕、そして、右腕とわき腹。それぞれに負った傷からどくどく流れている血が、ケガをしていない筈のオレまで痛く感じた。
こいつ、意識を失う最後に、何て言った? ”ありがとう”?? バーロ、そんなもん、オレは一度も望んでねーんだよ! そんな事より、オメーが消える事の方が、ずっとずっと……
「死んだりしたら、許さねえぞ! 目ぇ開けろ。こら!!」
バカだな、何取り乱してんだ? オレ。はははっ、こんなにもこいつに必死になれんのに、なんでいつまでもこいつへの気持ちを認める事から逃げてんだよ。
けど、今にも死んじまいそうで……少しでも、この力をなくした手を握り締めるのを緩めたら、今にも手の届かない場所へ行っちまいそうで、どうしようもねえんだ。
「冗談だと思われたまま、死なすのかよ? そんなの、オレが最悪だろ?」
あの日、アイツへの想いを茶化した。自分の心に嘘をついて。でも、そんなの間違ってんだよ。灰原にも、蘭にも、オレはあのままだと最悪の過ちを犯して終わる事になっちまうんだ。
「なあ、灰原……今更、オレが本気でオメーの事が好きだって言ったら、どうする?」
卑怯だろ、そんなの。いつの間にか、工藤新一と別の自分が生まれて、そいつは工藤新一と全く別の感情を持って。待たせてた両思いの筈の女は家族で、戦友のような存在だった筈の女は、いつの間に好きな人に代わってた。
「今度こそ、本当の事を喋れるから。頼むから、生きて、目開けて、聞いてくれよ」
なあ、灰原。お前、頑張るために……幸せになる為に努力したんだろ? オレが幸せにしてやる。だから、オレの願いも聞いてくれよ。
「こんな事で、負けるな!」
もうすぐ病院なんだ。だから、もう少しだけ頑張れば、生きられるんだ。
「最後まで勝ち抜いて、歩美や探偵団達と、オレと、一緒に帝丹小の通学路歩くんだろ? キャンプにも、またこれから博士引率で連れてってもらえばいいじゃねーか」
言っただろ、灰原。運命から逃げるなって。こんな別れ、寂しすぎるだろ? なあ、誰でもいい。こいつに届けてくれねーか。明美さん、こいつの事もし見守ってるなら、頼むから。生きろって、伝えてやってくれ。いつも、自分の命を軽視してる、危なっかしい奴だから。
「そんなお前だから、守ってやりたくなったのかもな」
何を言っても堅く閉じている瞳。そこから、そっと頭を撫でた。
「生きて、目が覚めたら……オレに惚れろ」
他の看護婦に聞かれないように、灰原の耳元で囁いた。
「そうしたらオレは、責任持ってオメーを必ず幸せにしてやるよ」
なあ、届いてるか? 灰原。意識がなくても、ちゃんとオメーには届いてるか?
オレの、必死で切実な願い。見えないように頬に触れた、さりげなく小さなキスと共に。
どうして、こんな風になったんだろうな。オレは、いつからこんなにこいつの事を……
頭の中に何度もそんな疑問が浮かんで来た。いつの間に、彼女が同じ目線で隣に居た。本当はそれだけの、単純な事だった。それがいつ、自分の中で別の気持ちとして変化して行っただろう。
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