最近不整脈が激しいんだが
高校に入学してもう半年。残暑の厳しさにうだる日々が続いている。しかし、パターン化してきた日常が、私はそれほど嫌いじゃなかった。確かに勉強は忙しいし、バイトも忙しい。でも、いや、だからこそ、毎日忙しさに追われていても、毎日がおなじことの繰り返しでも、充実してるって思う自分がいる。
__なにより、黒髪の男子高校生が身近にいるというのは、イイ。
男子高校生というのは、それだけで価値がある、輝いている。……少なくとも、私には。ブレザーや学ランを着こなす彼らは、私の癒しなのだ。
それに、あの硬質そうなツンツンした、さらっとした黒髪を見ればわかるが、やっぱり黒髪は素敵だ。髪というのは、異国の血が入っていると遺伝子の都合でウェーブがかかるのだというではないか。外国にストレートが少ないのにはそういう諸事情があったらしい。
ビバ日本人、日本に生まれて良かった、心の底からそう思える。お父さんお母さんありがとうございます、娘は本当に幸せです。
……あぁ、でも嘆かわしいことに、最近の男子高校生たちは親からもらったその素敵な黒髪を、茶色、黄土色、金、その他にも虹色にでも挑戦してんの?ってほどの鮮やかな色に染めてしまっている人が多いのだ。
うちの高校もクラスに何人か黒髪じゃない人がいる。これが上の学年に行くにつれて増えていくのだが……『いいんだ、染めなくても、お前たちはそのありのままの姿で国宝級なんだよ!』と、見るたびに小一時間説き伏せたい衝動にかられた。この衝動を抱えているのは私だけじゃないと信じている。
黒髪に思いを馳せてぐぬぬ、と唸っているとおでこに衝撃が来た。ぺちっと音がする。おでこを叩かれたのだ。くそ、誰だ?……まぁ、こんなことする奴一人くらいしか思いつかないけど。
顔を上げると、予想通り見事な黒髪を持った男子高校生、訂正、クラスメイトの安島が立っていた。おお、目福。
「顔、気持ち悪い」
「ごめんごめん。つい」
「ついじゃないよ全く。唸ってたけど気分悪いわけ?」
「うんにゃ大丈夫」
「なんだよ、心配して損した。入学式の日も熱出して倒れてたみたいだし、なんか赤塚って病弱なイメージがあるよね、俺の中で」
「おいやめろ」
いや、ここは安島の中だけで良かったのか、と悩む私に、どーでもいいじゃん別に、くしゃり、と安島が笑った。猫みたいな大きくてちょっとキツイ目元がゆるゆると細まるその姿に私は悶える。これぞ、黒髪男子高校生だ。
名字の関係で席が隣同士だったせいか、単に馬が合うのか、それとも安島が黒髪男子高校生だからか、私と安島はつるむことが多い。安島は、私をよく気にかけてくれている。今みたいにからかい半分の時も多いけど。
「あぁ、そういや小さい頃は病弱だったみたいだけどね。……そういえば最近は体調良くないかも」
「風邪?うつすなよ」
「んにゃ、そういうんじゃなくて。ていうか安島が関係してるかもしんない」
「馬鹿か。俺はお前の体調に影響及ぼす程慎ましくは生きてねーよ」
皮肉気に安島がにやりと笑うと、胸に痛みが走った。そうなのだ、安島といると、胸が締め付けられるように痛いことがあるのだ。私は、この病の名を知っている。
「んで、風邪でも無ければお前はなんの病気を患ってるわけ?」
動悸が止まらなくなるというこの病の名を、私は知っている。つまり、
「不整脈」
「……は?」
「安島と一緒にいると、胸が痛かったり、心臓がバクバクしたりするんだよ。これって、今の多忙な日本人に多いっていう不整脈だよね」
「それ、本気でいってんの?」
くう、と伸びをした後、安島はこっちを見据えた。猫のようなしなやかな仕草にめを奪われる。
________ガツン。
ひたり、目があって、私の心臓の音はまた大きくなった。血が頭に登っていくような感覚に、酔いそうになる。やっぱり不整脈だ。
「本気もなにも、今だって頭くらくらするし、心臓バクバクだよ」
「俺が黒髪男子高校生だから?」
「逆になんで私の不整脈に黒髪男子高校生が関係するわけ。確かに安島は素晴らしい黒髪男子高校生だけど、不整脈になるのは安島と居る時だけだよ」
気づけば周りにいた他のクラスメイトが居なかった。次、移動教室だっけ?
私が周りを気にしているのに、安島は全くそういう素振りはない。それどころかこちらを射抜くように見つめていて、私は胸を突き刺すような痛みが激しくなったのを感じた。
「まじで?」
「マジで」
「……ちょっと貸して」
素早く腕を取られると、ぴとり、手首を自分のものではない指が散歩する。指が歩いて行った場所から、その肌は熱を持った。
だめだ、もうだめだ。頭がくらくらして耐えられない。
ぎゅうぎゅう締め付けられる胸を押さえてきゅっと眉根を寄せる。
「痛いのか?」
「痛い」
耳の裏に心臓があるみたいだ、と思った。
「朋さ、こういうことは早く言えよ」
いつになく色っぽい声で名前を呼ばれて、頬をなぞられる。
ゾワゾワした。抗議の声をあげようと思って、でも、存外真面目な顔で安島がこっちを見ていたから口を閉じる。
「不整脈っていつから?」
「……夏休みくらい」
「……二ヶ月経ってんじゃん」
「いや、不整脈とか、なんか年寄り臭いかなって思ったら言い出しにくくて」
「ヘンケンするなよ」
「病院行ったほうがいいのかな」
「いや、いいよ別に」
即答された。
向き合って顔を合わせている状況が妙に気恥ずかしくなる。時計をみやるとそろそろ昼休みが終わる頃だ。移動教室ではなかったらしく、戻ってきたクラスメイトの視線がちょっと気になった。
にやり、楽しそうに安島が笑う。
「しばらくなおんねーから、ソレ」
「そうなのか……食生活とか気をつけてみたんだが一向に治る気配がないんだ」
安島はそりゃそうだろうな、と笑う。本気で困ってるこっちを馬鹿にするように、それでもって心底嬉しそうに笑うものだから、私はどうしたらいいかわからなくなった。
予鈴がなって、私の頭をするりと撫でてから安島は席につく。私もまだちょっと続く不整脈を隠して、教科書を準備しながら教師が来るのを待つ。
私が不整脈の意味を知るのと、人生初の恋人というのができるのはもうちょっと先の話だ。
とちゅうでちからつきた。
いきぬきたんぺん。
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