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賢者の弟子を名乗る賢者 作者:りゅうせんひろつぐ
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8 ミラと賢者の部屋




 召喚術の塔最上階。魔術の塔と同じ造りの廊下はそれぞれ部屋の配置も同じで、ミラは迷う事なく私室の前に向かう。

 赤い絨毯が敷かれた廊下には、ダークナイトに似た黒い甲冑が飾られている。ダンブルフの頃に参加した戦争の功績を称え贈られた品だ。しかしこれと同時に二つ名まで付けられたのだから心情はとても苦いものだったが、それを知る者は少ない。
 そしてこの甲冑二体に挟まれた形で私室の扉がある。三十年も経つのだから片付けておいて欲しかったと甲冑を交互に睨むと、ミラは目の前の黒い重厚な扉に手を伸ばす。

「おっと、そうじゃったそうじゃった」

 ふと思い出し手を止める。どうにも慣れないと思いながら、ミラはアイテムボックスから塔鍵(マスターキー)を取り出し扉に翳す。するとドアノブの辺りから主の帰還を喜ぶかのように、カチリとカギの外れる音が小さく響いた。
 多少火照った身体にはひやりとするドアノブを回し、私室へと入ったミラは、どことない違和感を覚える。

 まず部屋に入り履いていたブーツを脱ぐと、玄関の様に下駄箱が無いので適当に転がしておく。ゲームでは靴を脱ぐ事は無かったが現実味を帯びた今では、室内で靴を履いたままなのは窮屈で落ち着かなかったのだ。

 裸足になり見慣れた構造の室内へ進むと、床の八割を占拠している魔獣王グランカエクスの毛皮で作った敷物が目に入る。黄金色に輝く毛皮は柔らかいけれど非常に頑丈で、上で乱取り稽古しても傷一つ付かない程だ。この珍品は、かつて銀の連塔のエルダー全員で、魔獣王討伐ツアーというお祭りをした時、ダンブルフの取り分であったグランカエクスの毛皮を職人に加工してもらった物である。

 魔獣王クラスの素材ともなると最上級の装備が作れる程の高級素材なのだが、それをあろう事か敷物にしてくれ等と頼んできたダンブルフに、革加工の一流職人は十数回以上も「本当にいいの?」と問いかけたくらい、只の敷物にするには惜しい毛皮だった。
 ある意味思い出の品が、服従を示すかの如く地に伏している。その他にもダンブルフの時に集めた小物は見覚えがあるものばかりだ。
 だが、置いてある場所等が少しずつ違っていた。

「これは、マリアナか」

 ミラには、この違和感の原因を生み出した人物に一人だけ心当たりがある。それは召喚術の塔のエルダー、ダンブルフ付き補佐官だ。
 それというのも簡単な話で、この私室に入れるのは二人しかいない。塔鍵(マスターキー)を持つエルダー自身か、その補佐官だ。この部屋の主であった者は三十年間不在だった。となると残りは一人、補佐官であるマリアナがいつも通り掃除をしていたのだろうとミラは予想した。

 ミラの知るマリアナとはそういう人物ノンプレイヤーキャラクターだったのだ。部屋の中にいくつもある収納。狩りから帰ったらその一つに戦利品を適当に詰め込んでおくと、次にログインした時にはアイテムの種類毎に各収納に仕分けされ、部屋を散らかしても次の日には片付いている。

 エルダーとなってからダンブルフは一切片付けというものをした事が無い。ラブコメの幼馴染系ヒロインを髣髴とさせる几帳面で世話焼き、それがマリアナだ。
 違和感の原因である小物の配置については月毎にマリアナがせっせと動かしているので今回だけではない。占いだとか風水などに拘るタイプという話だったので放任していたのだ。

 そしてミラの予想は、当たっていた。ダンブルフの補佐官であるマリアナは三十年の間毎日、部屋の掃除や小物の手入れを欠かさず、いつか主が帰ってくると信じているのだ。

 もしかして三十年間もこうしていたのだろうかと、計らずもミラは少しマリアナの事が気に掛かった。

 しかしそれも明日にしようと、それなりの疲労を訴える身体を休める為に寝床を求めて記憶を巡る。ゲームとしてプレイしていた時は、眠くなったらログアウトして自分の布団で寝ればいいだけだったが、今は状況が違う。ログアウトが出来ないのだからここでこのまま寝るしかないのだが、問題は寝室を使った事が無いので、どこだかは覚えていないのだ。
 私室にあるいくつかの部屋の内のどれかだったはずだという当たり前の事しか分からないミラは、片っ端から扉を確かめていく。
 一つ目の部屋はコレクションルーム。世界中を回って集めた珍品奇品がずらりと並ぶ。
 二つ目の部屋は精錬室。ダンブルフが開発した精錬技術に関する英知や素材が溢れている。だがミラにしてみればただの作業部屋だが。
 三つ目の部屋は物置。武器や防具、実験的に作り出した精錬品等が綺麗に並べられている。アイテムを適当に放置するダンブルフの性格を知っている者は、この部屋を見るとマリアナが欲しくて堪らなくなるだろう。
 そして四つ目の部屋はトイレだった。それと同時にまだこの世界に来てから用を足していない事を思い出させられたミラは、下腹部から上ってくる馴染みのある生理現象の感覚に硬直する。

 忘れていた訳ではない。忘れたかっただけだ。シルバーホーンに到着する前からその兆候は漣の様に寄せてきている。
 しかし、ミラはどうしてもそれを認めたくなかった。なぜならば、この様な少女の身体でソレをしてしまえばもう後戻りは出来ないと自覚しているからだ。
 だがしかし、我慢すればどうにかなる問題ではない。むしろすればするほど身体に悪い。実際、ソレを行う全ての準備が整った設備は、考えない様にしていた事を死海の如く浮上させ、限界が近いことを忠告しているかの様だ。ユー、ヤッチャイナヨ。

 ミラは覚悟を決めてトイレの扉を閉める。暫くして水の流れる音が小さく響いた。


(ルミナリアに馬鹿笑いされるのぅ)

 その時の表情を思い浮かべ苦笑すると、ミラはトイレに振り返り自分の腹部に無意識に手を当てる。

「まあ、これが普通じゃからな。誰が見たところで、わしは当たり前の行動をしたまでじゃ」

 誰にでもなくミラはそう自分に言い聞かせる様に呟く。
 初めてという、もっとも厳しい峠を抜けたミラの表情はもう清清しいまでに晴れやかだ。
 これはこれで、という邪な感情もあったが、そもそも精神的には精力旺盛な健康体だ。しょうがない。正直少しだけ興奮を覚えた事は疑い様も無いのだから、堂々としていればいいと開き直り、自身を正当化する。

 それから調子に乗ったミラは次の五つ目の部屋、浴室で全ての装備を脱ぎ捨てて裸になると、そのまま入浴を済ませた。

(髪が長いと時間がかかっていかん)

 湯を浴びた事で多少疲れが取れ眠気が和らいだのを感じつつ、裸のまま銀色に輝く髪の水気をタオルで拭う。
 適当な所にタオルを掛けると、皮製のソファーにその小さな尻を直に下ろしアイテムボックスを開いた。部屋着でも入っていないか確認する為だ。
 風呂から上がった後、ローブについた血や土埃等の汚れが目に付く。ミラは潔癖症ではないにしろ、流石に風呂上りでそのローブを洗わず着る気にはなれなかったのだ。

 一覧を眺めていると、一つのアイコンが目に留まる。

 それは、『天女の羽衣』というクエスト報酬だ。

 このアイテムは、仙術士用のクエストである『天女伝説』をクリアした時に手に入る特殊装備アイテムだ。効果は仙術士の専用スキルを強化する事が出来るという物だが、グラフィックがダンブルフに似合わな過ぎたので、お蔵入りしていた代物だ。

 ダンブルフの時代には装備の見た目にもかなり拘っていた。性能よりもまずは威厳のある魔法使い然とした風貌。それが信条だった為、どれだけ性能が良くても装備する気にはならなかったのだ。
 しかし今はどうだろうとミラは思う。ヒラヒラとした正真正銘の天衣無縫の衣だ。少女となった今の姿にならば違和感は無いかもしれないと、纏った姿を想像する。

 思い立ったが吉日とばかりに、アイテムボックスから天女の羽衣を取り出したミラはそれを羽織る。
 その衣は一見すると大き目サイズのベビードールといった形状だ。裾はミラのふくらはぎ辺りまであり袖は二の腕の中間程、薄い桃色に光を反射する生地は何の抵抗も無い手触りで、天女という名に恥じない一品だ。故に、ダンブルフのみならず男アバターにはかなり抵抗のある装備だろう。

「ふむ、これはなかなか」

 夜の暗闇が支配する外から室内を隔離する窓には、鮮明ではないが姿を確認するならば問題無い程度には光を映す。ミラはその窓を鏡の代わりにして、素肌に衣だけを纏った少女の姿を目に、見惚れた様に微笑んだ。それは少々の劣情を含む笑みだが、ミラの姿だと小悪魔的という表現がもっとも近いだろうか。あどけない笑みといった様相で留まっている。

 ミラはその後、部屋の中を隈なく調べ当初の目的であった寝室を見つける。それとは別に何着かのローブを倉庫から引っ張り出すと、着替え用としてソファーに無造作に放り投げておく。
 それはダンブルフ時代に使っていた物で、装飾や色使いが良く、威厳と高級感漂うローブは、お気に入りとして特別に取っておいた物だ。

 洗濯はどうしたものかと考えたミラだが、マリアナが居るのならば任せてしまおうと、いつもの様に脱ぎ散らかしたまま放置する事に決める。


 ミラは窓際に寄りかかり遠目に灯る眼下の街灯を眺めながら、小さく欠伸を一つ。それから腰に手を当てて軽く伸びをすると瞼が重くなるのを感じ、メニューから時間を確認する。

 時刻は午後十時を過ぎている。いつもなら、これからが本格始動な時間帯であったが森の中を歩き続けた分、その小さな身体には確かな疲労が蓄積されていた。入浴による眠気覚ましも一時的なもので、ミラは小さな口をふわりと開くと二度目の欠伸をして両目を手の甲で拭う。

 とにもかくにもミラが今ここにいる目的は、拠点がどうなっているかを確かめに来ただけではない。同じ状況にあるであろうプレイヤーの一人、ルミナリアに会いに来たのだ。しかしその人物は明日にならないと帰らないとリタリアに教えられた。

 現状でやれる事はほとんど無いと結論付けたミラは、吸い寄せられるように寝室へ向かいベッドに倒れこむ。その緩やかな反発力は少女の小さな身体を優しく押し返し、マリアナの手により毎日整えられているベッドは、主を待ち焦がれる心そのものでもあった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 アルカイト王国首都であるルナティックレイク。三日月の様な形をした大きな湖に接する内側の中心付近に、王の住まうアルカイト城はある。

 国王であるソロモンは、その日の業務を片付け終わると革張りの椅子の背もたれに全身を預け、全ての処理を終わらせた書類の載った机を忌々しげに蹴る。すると反動で椅子の脚に付いた車輪がカラカラと軽い音を鳴らしながらソロモンを窓際まで運んだ。
 魔法の明かりの元、ソロモンは左腕に嵌った銀色の腕輪を指先で触れて中空を睨む。
 持ち主にしか見る事の出来ない空間に映された画面には、白と灰で色分けされた文字が並んでいる。
「ダンブルフ……」
 それはソロモンが毎日確認している画面。そしてそこにはダンブルフの名前が白く浮かんでいた。

 ソロモンは顔を上げると椅子を回し、すぐ後ろの窓から闇と静寂が支配する夜に目を向けた。遠く薄っすらと望む山の向こう側には天魔都市シルバーホーンがある。国の英雄達の街だ。ソロモンが脳裏に浮かぶその街に過去を邂逅して懐かしんでいると、控え目に扉を叩く音がソロモンの意識を引き戻す。

「入れ」

「失礼致します」

 扉を開き一礼した男は、アルカイト王国の伝令官の一人だ。室内に一歩進み出たその男は一枚の紙を手にしていた。
 ソロモンは表情のみで続きを促すと、伝令官の男は手にした紙を広げその内容を読み上げる。

「ご報告致します。魔法騎士団のグライア様より定時報告です。『国境付近にホブゴブリンの砦を発見、敵勢力は約三百。これを冒険者の少女の力を借りて全掃討完了し現在帰還中。その者が訪れた際には相応の恩賞を希望する。冒険者の名はミラ。長い銀髪をした見目麗しき少女との事です」

 報告を受けたソロモンは、伝令官に分からない程度に眉を寄せる。それというのも、ホブゴブリンの軍勢三百ともなると、かなりの規模だ。いくら精鋭の魔法騎士団であろうと送ったのは五十人程、危険は払拭しきれない可能性がある数だ。隊長がグライアならば必ず援軍を待つだろう。しかしそうせずに、冒険者の手を借りて、討伐を強行したという事に疑問が浮かんだのだ。

 しかしその事については理由があるはずだとソロモンには確信がある。グライアはそれだけ信頼の置ける男だ。

 ソロモンが思うには、強行せねばならない理由があったのか、それとも力を借りたというその冒険者に何かあるのか。しかし今、考えたところで意味はない。一つ息を吐き思考を放棄すると、報告書を手にしたままの伝令官と目が合う。

「まだ何かあるのか」

「はい」

「ふむ、話せ」

「シルバーホーンの魔術の塔補佐官リタリア様より魔導通信による連絡が入りました。当地区にダンブルフ様の弟子を名乗るミラという少女が現れた、との事です」

「あいつの弟子……だと」

 ソロモンは腕輪の画面に視線を落とす。そこにはダンブルフの名が表示されている。そしてこの名は昨日までの三十年間、灰色で表示され続けていた名だ。
 白に変わったかつての英雄であり親友の名前と、その弟子を名乗ったという少女。そして魔法騎士団と共にホブゴブリンを掃討した冒険者。そのどちらもがミラという名を名乗っている。

「これはまた、何とも偶然が重なるじゃないか」

 ソロモンの目には、さっきまでの事務仕事で疲弊しきった色は影も消え失せ、代わる様に強い嬉々とした輝きを灯らせる。

「至急シルバーホーンまで使いを出せ。そのミラという冒険者を丁重に迎えろと伝えよ。人選は任せる」

「かしこまりました。直ちに」

 報告書を畳むと一礼をして部屋を出ていく伝令官から目を放す。ソロモンは再び窓から遠く塔のある街の方を見据える。
 月明かりを吸収するかの様に漆黒を保つ山々とは対照的に、城の周辺にはルナティックレイクの象徴である湖が、月明かりを湛えながら泡沫に輝いていた。
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