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賢者の弟子を名乗る賢者 作者:りゅうせんひろつぐ
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79 お披露目

こっそり。
七十九


「俄かには信じられぬ話じゃな」

 術士といえば何かと精霊に繋がりがあり、その頂点である九賢者ともなれば、それがどれだけの存在か当然把握しているものだ。
 精霊王シンビオサンクティウス。その力は神にも迫ると云われており、事実、存在そのものから発散される力は、現世において周囲に多大な影響を与えてしまう。その為、普段は位相のずれた空間、精霊宮殿という場所に居る。

「俺も最初はそう思った。神の力の片鱗を持つって云われていた三神国に喧嘩売ったアトランティスが、その片鱗だけであのざまだ。神自体に迫るなんていう精霊王を、人がどうこう出来るもんじゃないだろうってな」

 アトランティスは、九賢者にも匹敵する将を数多く抱え、プレイヤーの興した国の中で、軍事力と領土、どちらも最大規模を誇る国家だ。しかし、その全ての国力を持ってしても三神国の一角、グリムダート帝国の有する神の力に触れて大敗している。
 ルミナリアの言うように、精霊王の力は片鱗ではなく神そのものと比べられ、純粋な武力でどうにかなる相手ではないという事を歴史が証明していた。

「まあ、そうだね。精霊に手を出す事がもう随分と無謀なのに、普通に考えれば精霊王を狙うなんて発想は浮かぶはずがないかな。でも、相手はそんな無謀を成功させているキメラクローゼンだからね。多分、精霊王を相手に出来る手立てがあるんでしょ」

 ソロモンは革張りの椅子に深く腰を沈めると、眉間に皺を寄せて腕を組み、執務机の上の資料を睨む。その中の報告書の一つ、天秤の城塞に関する記述に、その手立てのヒントが記されていたからだ。
 顕現すれば周囲に計り知れないほどの影響を与えてしまう精霊王。ならば、どうやって天秤の城塞で指揮を執れたのかというと、その影響を抑える為に特別な司令室が用意されていたという事に行き着く。その仕組みを紐解けば、精霊王自体を抑える檻に転用できるかもしれない。そこまでの推察が、レオニールの資料に書かれていた。

「やつらは、不利と分かると早々に撤退に転じる用心深い連中という話じゃしのぅ。確かに動いたとなれば、必ず勝算を見越しての事じゃろうな」

「幾つかの資料によれば、考えられるのは精霊王すら閉じ込める檻が研究段階か、または開発の目処が立った辺りかな。それと平行して、精霊宮殿への行き方を模索しているってところだと思うよ」

「もし成功して精霊王の力を利用できるようになっちまったら、三神国並かそれ以上の勢力の誕生ってなるわけか。傍観は出来ないな」

 ソロモンは、キメラクローゼンが精霊王を狙っているという前提で、全ての情報を纏め簡潔に現状を推測する。

「飽くまでも、かもって話だけど、放って置くにしては少し落ち着かないよね」

「うむ、そうじゃな」

 ここまでの話は、結局状況から推察した蓋然性に過ぎない。だがたとえ僅かでもそれは看過できるものではないだろう。ミラは当然の如く頷く。僅かに口端を吊り上げて、それを確認したソロモンは執務机の棚を引くと、そこから一通の手紙を取り出す。上質な封筒で、封蝋がしっかりと押されていた。
 ソロモンは手紙を手に立ち上がると、足取り軽やかにミラの傍に寄りその肩にぽんと手を置いて、清々しいまでに分かり易い作り笑顔を向ける。

「確か予定だと、次の目的地は五十鈴連盟の本拠地だったよね。って事で、これを五十鈴連盟のトップに渡して彼らに協力を頼んできて」

「やはり、そう来るじゃろうな……」

 冒険者との関係もあり手広く活動するキメラクロ−ゼンを相手にするには、情報だけでなく人手も必要となる。そして最も当てになりそうな相手は当然、敵対する組織、五十鈴連盟だろう。
 この組織がどこまでの情報を掴んでいるかは定かではないが、組合長の職権乱用で得られた情報は、それなりの手土産にはなるはずである。ここまで来れば、正式に協力関係となっておいた方が何かと都合が良い。そう考えたソロモンは、キメラクローゼンの動向に関する情報と、協力する意志があるという旨を正式な書状としたのだ。
 その書状を届ける特使として、ミラを選んだ。既にメンバーの一部と顔見知りであり紹介状を持つミラは、最適な人材だろう。ミラ自身もそれは自覚している為、「休む暇が無いのぅ」とささやかな恨み言を呟きながら封書を受け取った。

「でもね、朗報もあるよ。四季の森までの道中だけど、なんと君専用の特注ワゴンが昨日完成しましたー。はい、拍手」

 そう言って、ぱちぱちと独りで手を打ち鳴らすソロモン。ワゴンといえば、クレオスが召喚したガルーダに持たせて飛んだ、いわゆる馬車の鳥版の事である。特別任務の褒美代わりにと作成を始め、設計段階で随分と調子に乗り、特注品が多くなってしまった代物である。

「遂に出来たんじゃな!」

 確かにそれは朗報だと、ミラは完全に脱力しきって寝そべるに近かった姿勢からぱっと跳ね起きて、その見た目に合った嬉々とした表情を浮かべた。

「ワゴンってーとあれか、あの空飛んでくるやつ。いいなぁ、いいよなぁ、使役系の術士はよぉ」

 ルミナリアは、時折城に降りてくるクレオスのワゴンを思い出し、心底妬みを込めてミラの髪に手を突っ込みぐしゃぐしゃに掻き回す。

「いいじゃろう、いいじゃろう」

 ミラはというと、そんな嫌がらせを意にも介さず、勝者の余裕とでもいった堂々とした笑みで、ルミナリアに言い返した。
 使役系。つまり存在を作り出す、喚び出す事の出来る術士の分類の一つである。召喚術士を筆頭に、死霊術士、陰陽術士も使役系の分類を持つ。そしてこの使役系、システムの枷から解き放たれた今、かなりの多様性を示しているのだ。その一つがワゴンである。特に死霊術士は足の早いゴーレムの形成を習得すれば、馬が牽く馬車とは違い必要なのは消費するマナだけというコストパフォーマンスの高い移動手段が得られる。よって現状、使役系の利便性は格段に上がっているのだ。

「あーあ。魔術用の乗り物も作ってくれよー」

 ミラの頭を小突くようにして手放すと、ルミナリアは不貞腐れるように赤い髪を振り乱しながらソファーに寝転がる。まるで、騒ぎ疲れた駄々っ子のような姿だ。だが、その投げ出された妖艶な肢体は、子供の枠には収まりきらぬものであるが。

「そのうちねー、そのうちー」

 散々に乱されたミラの髪を梳かしながら、生返事をするソロモン。大火力による攻撃系が大半の魔術には、乗り物に流用できる適度な術が無い。そんな大火力による蒸気機関というのも考察はされていたが、まだ優先度は低いようだ。

「見たいかい?」

 ミラの髪を整え終わると、ワゴンは余程の出来栄えなのだろうか、ソロモンはどこか自慢げに口端を上げて言う。

「もちろんじゃ」

 その様子から、期待を膨らませて当然だとばかりに立ち上がるミラ。

「面白そうだな。俺も行く」

 少し遅れてルミナリアも、そう言って起き上がる。
 移動という事でミラが残りの土産を回収し始めると、ソロモンは名残惜しそうにその姿を見つめていた。



 ミラの特注ワゴンは、馬車用倉庫に保管されている。そう説明したソロモンを先頭に倉庫へ向かう途中の廊下。青いローブを纏った一人の術士が、口をヘの字に曲げた気難しそうな表情でミラ達三人の方に振り向く。すると同時にルミナリアが「げっ」と声を漏らした。

「ルミナリア様、ようやく見つけました!」

 肩をいからせながら大股で廊下を直進してくる術士の女。少し吊り上った目端は生真面目そうな印象があるが、今は不機嫌そうに一層鋭く細められ、明らかな怒気を帯びている。

「どうかしたか?」

 三人の前まで来ると、軍式の礼を取る女術士。どうにも慌しい様子にソロモンが尋ねると、女術士は今一度頭を下げてから口を開く。

「失礼しますソロモン様。本日は我々、術士隊の集団訓練日でありまして、(まと)……いえ、指導者であるルミナリア様が居なければ、その訓練が始められず探していたところでございます」

「そういえば、使用申請があったな」

 ソロモンは大量に処理した書類の一部に、大部隊の訓練を行う特殊訓練場の使用を許可する印を押した事を思い出す。日はいつだったかは失念したが、それは今日だったのかと背後のルミナリアを睨めば、当の本人は心底気だるそうな表情で溜息を一つ漏らした。

「ルミナリア様は何か特別なご用事でしょうか。でしたら、ヨアヒム様を探しますが」

 国王と、最近の噂の中心人物であるミラと共に居るので、ルミナリアは何かしらの急用が出来たのかとも考えた女術士。だが当然、これからの用事は約束を違える程の理由ではない。

「この後は、ちょっとした趣味みたいなものじゃからな。構わん構わん」

 ミラはそう言い、ルミナリアに行け行けと目で示す。

「そうだな。連れて行くが良い」

 ソロモンもそう言い、顎をしゃくって行け行けと促す。

「ええ、分かったわ。行けばいいのでしょう」

 ルミナリアは不貞腐れ気味にそう答えた後「今度、俺も乗せろよ」とミラの耳元に小声で囁き「では、行きましょうか」と女術士の肩に手を回して颯爽と去って行く。

「なんとも忙しいのじゃな」

「あんなだけど、良くやってくれているよ。君が誰か見つけてくれれば、もっと楽になりそうだけどね」

「そう言うてものぅ。今のところ、ソウルとカグラの微妙な情報しか無い……と、そういえば一つ噂を聞いたのじゃった」

 女術士の肩に掛けた手を徐々に下げていき、そっと下半身を撫で回し始めるルミナリアを苦笑しながら見つめつつ、ミラは吟遊詩人のエミーリオから聞いた修道院の話を思い出す。

「へぇ、どんな噂だい?」

 ソロモンは、満更でもなさそうにルミナリアに身を寄せる女術士をそのまま見送り「いいのか?」と、可愛らしい顔を渋味一色にして問うミラに「あれで意外と悪影響は無いんだよね」と傍観する構えを見せた。ミラは「羨ましい限りじゃのぅ」と呟いてから、エミーリオとリアーナという恋人同士の二人の事を、妬み割り増しで語るのだった。



「彼女らしいといえば、らしいか。でもどこだかは分からないんだよね?」

「うむ、グリムダート北東の名も無い小さな村という事だけじゃな」

「結構遠いなぁ。調べてみるにしても厄介そうだ」

 グリムダート北東といっても、その範囲は広大で、更に名前も無いとなれば探すのに苦労するだろう。加えて賢者探しは国家機密で、動かせる人員や、そんな小さな村を探す理由も問題だ。ソロモンは言いながらも、どうしたものかと頭を悩ませる。

「わしも近くまで行く事があれば、それとなく探してみるとしよう」

 それを察してか、ミラも自分で調べてみる旨を述べた。
 廊下を進み階段を下り、目的地の扉の前で立ち止まると、その話もそこで終わる。
 馬車用倉庫は王城の西と東に一つずつあり、西側は貴族用、東側は軍事一般用となっている。そしてミラ達が訪れたのは、西側の倉庫だ。
 城から直通で行ける場所は、修繕や改修、開発を行う作業場と倉庫の丁度境界である。広く丈夫な石造りで、馬車関連以外の作業も時折行われている。
 現在は、修繕中の豪奢な馬車が幾つか置いてあるだけだ。

「これはこれはソロモン様。と、もしやそちらの方がミラ様ですか」

 直通の扉の傍、目と鼻の先に休憩室兼管理室が備えられている。突如現われた王の姿に、西の馬車用倉庫と厩舎を受け持つ管理長が、その管理室から転がるように飛び出して跪くと、聞いていた特徴から一目見て少女の名を言い当てる。

「そうだ、ダンブルフの弟子のミラだ」

「はじめましてじゃな。よろしくのぅ」

「車両管理長を務めております、ダグと申します。以後、よろしくおねがいします」

 野太いほら貝のような声で話す管理長は壮年のガリディア族だ。筋肉の躍動する様が見えるほどに体格が良く、浅黒い肌がそれをより健康的に引き立てている。エプロン状の作業着を着用しているも大きくはだけており、上半身は裸である。
 ダグは跪いたままの姿勢でもミラ程の高さがあり、正面に見える顔は赤黒い髭に塗れ、髪の方は見事に剃り上げられているにも関わらず、表情はとても優しそうで、まるで笑った達磨のような顔つきだった。

「ミラ様も一緒となれば、あれのお披露目ですか」

 先日完成したばかりの特注ワゴン。それは職人達の入魂の作となっており、ダグの自信に満ちた目がキラリと光る。

「ああ、そうだ。休憩中すまぬな。表に出してくれるか」

「畏まりました。直ちに」

 立ち上がり一礼すると、ダグは他の作業員達に声をかけて倉庫の方へと筋肉を隆々と唸らせて走っていく。その大きくて厳つい男の背中には、どこか子供にも似た快活さが同居しているように見えた。
 人から人に話は伝えられ、あっという間に作業場は火がついたように賑わい始める。人の手により作業用の機材や道具が隅の方へ運ばれて中央に広いスペースが確保される。そして合図の声が響くと倉庫の大扉が開き、作業員達に牽かれた白いワゴンが姿を見せる。
 長方形の先端に三角形を取り付けたような側面で、金属製の車輪が四つ取り付けられていた。車高は高いが扉の取っ手は低く、ミラが難なく届く位置にある。全体的な印象はベーシックながらも、どこか装甲車を彷彿とさせるデザインであった。

「では、ダグよ。説明してやってくれ」

「畏まりました」

 十数人のむさ苦しくも血気盛んな男達は、誰もがどうだと言わんばかりの笑みで胸を張りワゴンの隣に並ぶ。返事と共に、男達の中から先程の管理長ダグが進み出ると、ワゴンの特徴や作成に関する拘りを語り出す。
 その声色は楽しげに弾み、職人達もワゴン製作に進んで携わっていたという気概が窺えた。
 ダグの説明は、ワゴンの主な機能である飛んだり牽いたりする為の支柱に関してから始まる。そして外部に設置された収納式の物干し竿や、完全な気密性と換気口、車軸に仕込まれたバネによる振動の軽減といった生活性から、技術的な拘りに発展。更に加工し易く軽量で気温の変化に強いミスリウム合金という、最近建築材として広まっている新素材を枠組みに利用しただとか、しかし召喚体が直接掴む事になる支柱は強度重視の合金製だとか。専門的な事まで語られていく。
 その拘りや職人としての知識、そしてなによりも職人気質な男の情熱にあてられて、ミラもいつの間にかダグの説明に引き込まれていた。それも共感できる部分が多かったからだろう。

「どうぞ、中もご覧になってみて下さい」

 外見から把握できる部分の説明と詳細を語り尽くすと、いよいよ本番だとばかりに、ダグはワゴンの扉を仰々しく開いてみせる。

「うむ、どれほどのものかな」

 ダグの熱が感染したミラもまた、こわもて職人にでもなったつもりで答え、開いた扉から中を覗き込む。
 新築のような、人の気配の無い無機質な空気に混じって、力強くもどこか懐かしいイグサの香りが、ミラの鼻腔一杯に広がった。
 ワゴンの中は、こぢんまりとしながらも注文通りの立派な和室に仕上がっていた。入って直ぐに小さな黒い石造りの上がりかまちがあり、正面には日の光を存分に取り込めそうな大きな窓が嵌められている。そしてその手前には、ミラが最も拘った和室の定番、唐草模様の布団の掛かった炬燵が威風堂々と設置され、上にはミカンではないが、無数の葉を茂らせた植木鉢が置いてあった。

「これはなんとも、想像以上じゃな」

 ミラは、まるで扉を抜けて日本に帰ってきたかのような錯覚を一瞬抱き、純粋に思ったままを口にした。その言葉を聞き、数人の職人が表情を輝かせて拳を握り「よしっ!」と、小さく叫んだ。ワゴンの内装を手がけた者達のようだ。
 ミラは靴を脱ぎ、スカートの裾から零れる白く細い脚を上げ、一歩目を畳に乗せる。柔らかくも硬い、馴染み深い畳の弾力だ。そしてもう片方の足も着けると、軽くワゴン内を見回す。
 炬燵の脇には菫色の座椅子。その背後には淡い色合いの花が描かれた襖の押入れ。その反対側、先頭部分には小さな扉が備え付けられている。ワゴンは馬車として牽く事も出来る構造で、それは御者台へと繋がる扉だ。
 ワゴン内で落ち着き無くきょろきょろと視線を巡らせていたミラは、その視界に留まった押入れを開ける。収納は上下二段に分けられており、上は空っぽであったが、下には畳まれた布団が押し込まれていた。

「おお、布団じゃ。これがあるとなると、ここで寝れるという事じゃな?」

「はい、テーブルを端に寄せれば敷く事が出来ます」

 ミラが振り返り言うと、入り口から顔だけ覗かせていたダグが嬉しそうに答える。押入れの布団は、ミラの背丈に合わせて誂えられたものだ。

「今後の行き先によっては、野宿になる事もあるだろうからな。家具は必要に応じて買い足すといい。それもまた楽しみの一つだからな。どうだ、動く家のようで、より秘密基地らしいであろう」

 ソロモンがダグの下からひょこりと顔を出し、子供っぽい笑顔を見せる。移動用の乗り物というだけでなく、生活も出来る事を目指した設計。男ならば誰もが憧れる、自分だけの空間というものを主軸において作られたのだ。

「うむ、最高じゃな!」

 押入れを閉めて、白い刷毛引き模様の壁にそっと手を触れながら、満足そうに答えるミラ。そして、ダグもまた同じ気持ちであった。

(かかあの居る家よりも落ち着けそうだな)

 そんな事を考えながら、ダグは自分用も作ってみようか等と計画していた。
 一通り見終わったミラは、最後に坐り心地を確かめようと座椅子に腰を下ろす。すると、その目の前、炬燵の上の植木鉢に自然と焦点が合う。

「ところで、この植物はなんなのじゃ?」

 それは一見すると朝顔に似た植物だが花弁は無く、白い小さなプランターのようなものに差し込まれた網に蔓を巻きつけて一杯に葉を広げているだけだ。その葉には、これといった特徴というものは無い。しかし炬燵と座椅子以外の家具が無い中、これだけが置いてあるのも不自然であると、ミラは疑問に思った。その疑問を受けて、ダグが口を開く。

「それは、薄霧草といいまして、主に火山地帯に自生している植物です。特にこの品種は光合成による清浄化に特化しております。密閉状態でも、光さえあれば一人分の呼気ならば十分に循環させる事が可能です」

「それはなんとも、便利じゃのぅ」

 言うなれば自然の空気清浄機である。よく考えられているものだと、ミラは薄霧草の葉を指先でつんつんと突付いて、物言わぬ葉に「よろしくのぅ」と語りかける。

「栽培方法も難しくはありませんし、備え付けの照明で問題無く作用します。詳しくは、そちらの書類に。ワゴンに関しての説明書のようなものとなっておりますので、目を通しておいてください」

 ダグに言われて視線を向けると、ミラは植木鉢の横にそれらしい書類を確認し、「分かった」と頷いてから腰を上げた。

「さて、次は駐車場だな。案内ついでに運び出すとしよう。ここに置いたままにもいかぬからな」

 そうソロモンが言いワゴンから出ると、職人達が早速とばかりに動き出す。

「駐車場か。時に、ワゴンはアイテム化してアイテムボックスに入れる事は出来ぬのか? その方が早そうじゃが」

 牽かれていくワゴンの後をついて行きながら、ミラが問い掛ける。するとソロモンは小さく首を横に振った。

「出来ないんだよねー。ワゴンは、乗り物に分類されて規格外になるみたいでさ。他にも、大きさと重さによって入らない物もあるみたいだよ」

「ふーむ、万能というわけではないのじゃのぅ」

 そう二人が小声で話し合っている内に、ワゴンは作業室の大きな扉をくぐり外に出た。空は黄昏に染まり始めており、見回せば直ぐ隣に馬が思い思いに寛ぐ厩舎がある。そしてその向かいが目的地である駐車場で、小屋が軒を連ねて幾つかに馬車が収まっていた。車庫が並んでいるような光景だ。その一つには、いつか見た千里馬車もある。

「こちらが、ミラ様専用の車庫になります」

 案内された場所は、向かって一番左の手前だ。他の車庫と大した違いは無く、職人達がミラ専用ワゴンをそこに収める。

「今後、城門に乗り付けた後、ここに運ばれるので覚えておくようにな」

「うむ、覚えておこう」

 車庫に収まったワゴンの前でソロモンとミラは並んで腕を組み、形になった浪漫を緩みきった顔で眺めるのだった。

「ソロモン様、ミラ様」

 二人の背後からダグが声を掛ける。先程までの少し高揚した声とは違い、どこか落ち着いた、真面目な声だ。
 ミラとソロモンが振り返ると、職人達は正面で横一列に整列しており、ダグ一人がその中央の一歩前に立っている。

「このワゴンは、現時点での集大成と言っても過言ではございません。今回の経験で一回り成長できたと確信しております。我々の技術を信用して下さり、持てる全てを注ぎ込める機会を与えてくださった、ソロモン様とミラ様に、最大限の感謝の意を表します」

 ダグがそう締め括り深々と一礼すれば、並んだ男達も同様に頭を下げ「ありがとうございました!」と声を揃え、次には男気溢れた不器用そうな笑顔を上げた。

(……なんじゃろう、軽い気持ちで頼んだものじゃったが、こうも感謝されるなど想定外じゃ。というより、こんな事に付き合って貰い礼を言うのはこちらの方なんじゃがのぅ)

「良い仕事をしてくれた。今後も、この国の為にその腕を振るって欲しい」

「誠心誠意、尽力させていただきます」

 ソロモンが、どこか誇らしげに職人達を一望してから言葉を口にすると、ダグもまた堂々と答えた。

「どうだ、これが我が国の職人達だ。凄いだろう」

 得意そうに口端を吊り上げて言うソロモン。ここにいる職人以外にも、何人かと知り合っているミラは「うむ、凄いのぅ」とそれら全てを纏めるように答えた。
 その後、ワゴンのメンテナンスの件や、新技術の塊ともいえる一品の為、利用状況によるデータ採取に関して話し合うと、日が沈みきる頃に解散となる。

「もうこんな時間だし、今日は泊まっていくよね」

 二人以外に誰も居なくなった車庫で、ソロモンはいつもの口調に戻り言う。ミラは、周囲に浮かぶ照明に、ぼんやりと裾を照らされている王城の壁と、そのずっと上、裂けた空から溢れ出してくるように見える天の川を見上げ「そうさせてもらおうかのぅ」と答えるのだった。


 それからソロモンは、残りの仕事を片付けてくるからまた後でと言い執務室に戻り、ミラはといえば土産を今日中に渡してしまおうと、侍女区画へ向かっていた。気分は、女子寮に侵入を試みる変質者そのものである。しかし何の問題も無い。侍女区画はどこかとミラが訊けば、誰もが親切に教えた。目的地に到着し『男子禁制』の看板を通り過ぎても、止める者は誰も居ない。完璧であった。

(なんとなくじゃが、良い匂いが漂っている気がするのぅ)

 見知った顔、リリィ辺りがどこかに居ないかと我が物顔で侍女区画を闊歩するミラ。それから暫くして、ソロモンの言った通りの状況になった。ミラが居るという話を聞きつけて侍女達が集まりだしたのだ。そしてその中には、当然のようにリリィの姿もあった。
 休憩室へと連れて行かれたミラは、アリスファリウス聖国まで行ってきたと話した後、魔導ローブセットを作ってくれた者達への礼だと言って、買ってきた土産を全てテーブルに並べた。この場に居ない者には、責任持って渡しておくとリリィが約束する。
 それからミラは、仕事上がりの侍女達と共に一日の疲れを癒す為、前にも入った噴水のある浴室へと連れて行かれる。当然の如くリリィを筆頭に侍女達にもみくちゃにされ世話を焼かれるが、ミラも数多くの経験から心は据わり、翻弄されるばかりだったかつての姿はなく、堂々と双眸を光らせていた。

 風呂から上ると今まで着ていた魔導ローブセットは洗濯物として持っていかれており、その代わりの衣装を着せられる。それはシンプルな空色のワンピース。今回は、素材を最大限に生かす方向性だ。
 夕飯は執務室の隣りにある休憩室に用意されているという事で、リリィに連れられて向かう途中、夕飯を共にする予定のルミナリアと遭遇した。湯上りで、どこかだらしなく頬が緩んだミラの様子に色々と察したルミナリアが「楽しかったか?」と耳元で囁けば、ミラは「存分にのぅ」と答える。そして二人は顔を見合わせコールタールよりも黒い笑みを浮かべた。

 その日の夕食は侍女や使用人などは外へ出し、久し振りに集まった親友ともいえる間柄の三人だけで大いに騒いだ。どうでも良い事から始まり、国に関してのお堅い話や、いつか採取してきた煌きの種子を利用したドールの開発具合。他のプレイヤーの状況などが他愛の無い話題の合間合間に混ざり込む。三人の盛り上がり方からはありえない程に国家機密満載の夕食会であった。
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