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賢者の弟子を名乗る賢者 作者:りゅうせんひろつぐ
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61 お姉さんの悩み

六十一


 浴室で出会ったお姉さんに髪を結い上げてもらったミラはその後、意気揚々と浴槽の縁に立つと、そこから一歩を踏み入れる。足元から這い上がってくるこそばゆい湯の温かさに頬を緩めては、疎らに浸かる女性達を躱して進むと、日本庭園を間近に観賞できそうな角を確保する。

「見事なもんじゃのぅ」

 大浴場と地続きで外に広がっているのは観賞式の池泉庭園で、夜のこの時間には石燈籠に淡い火が灯され、夜の帳を軽く手で掬うように庭園を照らしている。清らかな池には色鮮やかな鯉が堂々と遊泳しており、その周囲を苔石や松が静かに賑わせる。松並木の奥には竹垣が並べられ更に計算された彩を添えていた。
 カコーンと響く鹿おどしの音色は、ぼんやりと映る庭園の静寂を揺らしては、泡沫のように消える。そんな一瞬に耳を澄ませつつ、ミラは姿勢を変えようと目を逸らすと、その先に、

「おお!? いつの間に」

 髪を結い上げてくれたお姉さんが直ぐ隣に居てミラは仰け反り気味に声を上げた。目を細め見守るような表情をしていたお姉さんは、ミラと視線が合うと優しそうに微笑む。

「ずっといたんだけどさ、やっと気付いてくれたー」

 そう言って嬉しそうに口角を上げる。直視したミラは誘惑をどうにか振り切ると、背を向けて浴槽の縁に左腕を掛け身を寄せる。

「して、何か用か?」

「ううん、特に用は無いんだけど。なんか一人みたいだったんでほっとけないって言うか構いたいっていうか……さ」

 お姉さんは妹恋しさの余り、単純にミラを妹と重ねて世話を焼きたかっただけというのが本音であった。かといって恩着せがましく出会ったばかりで、髪を洗わせて、背中を流させてというのもどうかと自分で気付く。そして言い淀み始めると、ミラの腕に光る銀の腕輪が目に入った。すると、その瞳の色をがらりと変える。

「良く見るとそれって操者の腕輪? もしかして上級冒険者だったりするの?」

 お姉さんは身を乗り出す様にして、ミラの左腕に注目する。

「む、ああ、そうじゃな」

 操者の腕輪という呼び名に慣れていないミラは、一瞬何の事かと思考した後、全裸である現在身に着けている腕輪といえば一つしかない事に気付き頷く。
 お姉さんはミラの返事に目の色を輝かせ、

「すごーい。操者の腕輪いいなー。すっごく便利だって聞いた。あたしね、今はDランクなんだけど、もう少しでCになれそうなんだよ。いいなー、憧れちゃうなー」

 そう言いながら無邪気な表情でミラの正面に回る。そしてじっとミラの幼さの残る肢体を舐めるように視線を巡らせてから、期待に満ちた視線を真っ直ぐに向ける。

「それで、君の……あ、えっと、あたしはアセリア。君の事はなんて呼べばいいかな」

「わしはミラじゃ。そのままミラと呼べば良い」

 まだ自己紹介をしていなかった事に気付き、お姉さんはアセリアと名乗り、ミラはというと庭園の方へと視線を投げながら答える。

「うん、分かった。それで、ミラちゃん。クラスを教えてもらってもいいかな!?」

 ミラにこれまで以上の興味を持ったアセリアは、徐々に距離を詰めていき遂には眼前にまで迫る。直ぐ傍にアセリアの呼気を感じて、僅かに高揚するミラは、それを庭園の風情で多少抑えて「召喚術士じゃ」と返す。
 するとアセリアは、呆けたように押し黙った後、

「へぇーー。召喚術士かーー。一緒になった事は無いけど、上級には多いのかなー」

 そう素直に感心して声を上げる。アセリアも、召喚術士の現状は聞いた事があった。新人が育たないという状況だ。とはいえ、やはり居るところには居るものであると、アセリアはその事に少し嬉しくなる。まだまだ世界は広がっていると感じられるからだ。

「ちなみに、あたしは聖騎士なんだ!」

 そう主張するようにアセリアが言う。そのクラスを聞いて、ミラの脳裏にふっと友人の顔が過ぎる。

「ほう、聖騎士か。ならばソロモンと同じじゃな」

 アルカイト王国の国王ソロモンもまた聖騎士であった。その事をただ何気無く言ったミラであったが、次の瞬間、アセリアは子供みたいに破顔すると、

「分かっちゃった? あたしね、子供の頃からソロモン様の話をママから聞かされててさ。その頃からあたしの憧れだったんだ。だから、ソロモン様と一緒にしちゃった」

 照れ隠しなのか恥ずかしそうに、だが嬉しそうに身を捩る。聖騎士としてのソロモンの昔話を子守唄代わりに聞いていたアセリアの中では、それこそソロモンは九賢者以上の英雄として認知されていた。そして、それはいつしか憧れに代わり、将来の目標へと変じて今に至るのだ。

「ほう、あやつに憧れてのぅ……。あやつは随分と特異な戦い方じゃが、そこも一緒じゃったりするのか?」

 ミラは、当時のソロモンの聖騎士らしからぬ猛攻振りを思い出しながら、アセリアも聖騎士の王道を大きく外れてしまっているのだろうかと不安になる。

「目指してはいるけど、まだまだなんだよね」

 その事は把握しているのかアセリアはそう答えると、突然真剣な目付きでミラと真っ直ぐ向かい合う。

「ところで、ミラちゃん。さっきからソロモン様の事を呼び捨てにしたり、あやつなんて言い方してるけど……。王様をそんな風に呼んじゃダメでしょ。特にソロモン様は!」

 それは確かに常識といっても良い忠告だ。ソロモンといえば小国とはいえ、術関連では知らない者はいないアルカイト王国の頂点で、敬意を払うに値する偉人である。これが一般常識としてのソロモンという存在なのだが、ミラにしてみれば遊び、騒ぎ、悩んだ親友として共にあった。余程意識しておかなければ自然と出る呼び方は、近しい者への友愛を含んでしまう。

(ソロモン様…………。うーむ、違和感しか感じん……)

「今更そう言われてものぅ……」

 頭の中で様付けをしてみたミラは、その形容し難い感覚に思わず本音を漏らす。すると、アセリアの目付きが更に鋭くなったが、方向性が大きく変わった輝きを、その瞳に宿していた。

「なんとなくだけどその言い方って……さ、やけに親しげに聞こえるんだけど、もしかしてソロモン様と知り合いだったりする? って、流石にそれは無いか! ……で、どうなの」

 冗談めかしながらも、その目は真面目そのものだ。アセリアは真意を聞くまで離れないという決意を、ミラの両肩を掴み目と鼻の先まで迫るという姿勢で表している。
 裸の女性にここまで接近されるとミラも動揺は隠し切れず、目を丸くしながら、しきりに首を縦に振った。

「あやつが王になる前から知っておる。友人みたいなもんじゃな」

 アセリアの勢いに押されて、微塵も隠す事無く真実を述べるミラ。対してアセリアは、眉根を寄せて疑惑染みた表情でミラを睨む。

「ソロモン様が王になる前って三十年以上昔の事でしょ。どう見ても、ミラちゃんは三十超えてるようには見えないけど」

「ほれ、それはソロモンも同じ事じゃろう」

 ミラの言うようにソロモンも少年の姿のまま、王として君臨し続けている存在だ。アセリアは「確かに」と呟くと、ミラの身体を隈なく見つめる。

「でも見た限りじゃあ、ミラちゃんは普通の人だよね。エルフや妖精みたいな特徴もないし……」

 アセリアがまず考えたのは、ミラが長命種という存在であるという可能性だ。だが、ミラ自身の身体にその特徴らしきものは存在しない。エルフ族の長い耳や、妖精族の羽といった、世に知られる長命種に見られる徴が見当たらない。

「ちょっと失礼」

 首を傾げたアセリアは、そう言いながらミラの上唇を指で抓んで少しだけ捲り上げる。そこには揃った白い歯が並び、アセリアが最後に思いついた吸血鬼の特徴である鋭い牙も確認できなかった。
 疑うアセリアを前にミラ自身も、長い年月を経て変わらぬソロモンやルミナリア、そして同じであろう自分は、どういった種族に分類されるのだろうかと疑問を抱いた。だが、その考えはほんの数秒。直ぐに答えを聞かされたのだ。

「となると、やっぱり。ミラちゃんもソロモン様と同じ、天人族って事!?」

 驚愕に取り乱しながらも、声量だけはどうにか抑えつつアセリアが言う。ミラは、天人族という聞き覚えの無い単語に疑問符を浮かべる。

「そうなんでしょ、ミラちゃん」

「少し落ち着くが良い。そもそもそのテンジンゾクというのは何の事じゃ」

 肩の手を払ってどうにか距離を取る事に成功するが、尚も迫ろうとするアセリアを手で制すると、ミラはその意味問う。アセリアはその瞬間「あれれ?」と勢いを無くして、もう一度ミラの全身に視線を走らせる。

「んっとね。天人族っていうのはソロモン様を始め、丁度時を同じくして現れた人達の事なんだ。長命種とは違って、身体は普通の人と同じだけど、歳をとっても姿の変わらない種族で、多くの国の王様がこの天人族だって話し。それと冒険者とか職人とか、有名な人達に多いって聞いた事があるくらいかな。天が人々の為に遣わした使者だっていう話もあったような」

「ふーむ、天人族のぅ。そういう意味か」

 つまり天人族とは、元プレイヤーの事だろうとミラは察した。確かに、三十年もの間、姿形が変わらなければ何かしら疑問を持つ者は出て来るだろう。人でもなく長命種でもない。となると後は化け物か魔物の類となりそうだが、その辺りはどうにか新種族という事で落ち着けたのだろうと、ミラはその時の騒動を想像して苦笑した。
 このミラの想像は、大方当たっている。実際に嫌疑が掛かったが、元プレイヤー達が人々の為に活躍する事により緩和。そこで、自らを天から地へと降りてきた新たな種族であると宣言し、天人族として世界に浸透させたのだ。その甲斐あってか今では天人族は、その類稀な能力から一目置かれた存在として、世に認められている。

「で、どうなの?」

「多分そうなんじゃろう。実感は無いが……、一応ソロモンと知り合いだという証拠なら持っとるぞ」

 言いながらミラは身分証代わりに効果があると証明された勲章を取り出す。これを受勲したのがソロモンであるという事が分かるようになっていると聞いたからだ。
 興味津々といった表情で、その勲章を隅々まで観察するアセリア。そして何かを見つけたのか目を大きく開くと、

「うわっ、本当だ。ソロモン様の名前が刻まれてる。という事は、ミラちゃんは本当に天人族なのかな」

 事実、勲章には受勲用の特殊な形式文字でソロモンの名が刻まれていた。ミラは見ても気付かないだろうが、ソロモンを崇拝するアセリアにとって、それは常識の範疇であった。その為、ミラの持つ勲章はアセリアに対して絶対的な証明となる。
 アセリアは、物欲しそうにしながらも勲章をミラに返すと、

「こんな間近で見たのは初めてだー。肌もすっごく綺麗だし、可愛いし、やっぱり天人族ってこう、何かが違うんだね」

 そう言って、恍惚とした表情でミラへと視線を向ける。アセリアにとって、天人族というソロモンと同じ種族であるという事はそれだけで尊敬の対象になるのだ。そして、天人族という事ならば目の前の少女が、ソロモンが王になる以前の事を知っていても不思議は無いだろう事に行き着く。

「ミラちゃん……いや、ミラ様。お願いがございます。ソロモン様の昔を知っているのでしたら是非、ソロモン様はどのように修行をしていたのかを教えてくださいませー」

 急に畏まったアセリアは、そう言うと風呂の中であるにも関わらず、土下座を敢行する。その急な行動に、周囲の女性客もどよめき出し、ミラとしては耐え難い視線が向けられる。

「分かった。そこまでせんでも教えてやる。じゃから、それはやめんか!」

 言いながらアセリアを湯の中から無理矢理引き上げるミラ。だが、どうやら水中で言葉が聞こえていなかったのか、もう一度潜ろうとするアセリアを抱えるように制して、

「幾らでも教えるから、もう勘弁してくれ!」

 全身で感じるアセリアの程よく空気の詰まった風船のような柔らかさに、渦巻く感情を抑えながらそう叫んだ。

「ほんとに!? いえ、ほんとですか!? ありがとうございます!」

「それとさっきまでと同じ様に話してくれてよい。わしは、話にあった天人族だとしても、ただの冒険者じゃからな。お主と何ら変わらんよ」

 そう言って紅葉した頬を誤魔化すように、ミラは庭園の方へと顔を向ける。

「うん、分かった。ミラちゃんがそう言うならそうする。で、ソロモン様って、どんな鍛え方してたの?」

 アセリアは風呂の中で正座して神妙にする。一言一句逃さないとでもいうような姿勢だ。その瞳は期待に満ちているが、少しだけ暗い影も差し込んでいた。

「教えるのは良いんじゃが、なぜそこまでして聞きたがるんじゃ? ただの興味だけ、というようなものでもなさそうじゃしのぅ。正直、昔は随分と地味な戦い方をしておったぞ」

「んっとね……。実はあたし、今伸び悩んでるんだ。Dランクの後半になってきてからさ、どうにも上手くいかない事が多くなってね。ほら、こことか……ここ、あとここも。薬代も掛かるし、依頼も上手くいかないし」

 言いながら、アセリアは身体に残る傷痕を指し示してミラに見せる。ミラも肩や脇腹の傷を確認したが、それ以上は際どい場所にあった為、相槌だけで返す。

「さっきも言ったけど、あたしはソロモン様に憧れて聖騎士を選んだんだ。でも最近さ、どうすればソロモン様みたいに強くなれるか分からなくなってきちゃって」

 そう言うと、ふっとアセリアの表情が曇り伏目がちになる。

「ソロモンみたいにのぅ。あやつは邪道じゃから、見本にしない方がいいと思うんじゃがな」

「あたしも、色んな聖騎士の人と会って来たからそれは分かってる。でもやっぱり、あたしの一番はソロモン様なんだ。だから、お願い。参考までにでいいから教えて」

 アセリアにとって、それは藁にも縋る思いだった。Cランクから上級者と呼ばれるのは、CとDの間に見えない壁があるからだ。それは、力だけ、知恵だけでは超えられない総合力の魔物。Dランクには、それを試すランクアップに必要な依頼が混ぜられており、アセリアは、今そこで躓いているのだ。

「まあ分かった。時に、ソロモンに憧れているという事は、お主は属性剣を持っておるのか?」

「もちろん! あたしの戦闘スタイルは、ソロモン様と同じ属性解放特化だからね。持っている武器はまだ紅蓮直剣だけだけど……」

「ふむ、紅蓮直剣か」

 その武器は、炎の属性を秘めたスタンダードな属性剣である。癖もなく扱いやすい、長く使える一品だ。属性開放特化ならば、属性武器の性能が大きく戦力に影響する。だが紅蓮直剣ならば武器としては十分だ。ミラは、当時のソロモンの事を思い出しながら、アセリアとどこが違うのかを考える。

「伸び悩んでいると言っておったな。それは具体的にどういった意味じゃ?」

 剣自体に問題は無い。となれば後は腕の方だ。そこに問題があるのではと、ミラはその原因を探るべく問い掛ける。するとアセリアは、霞がかる気持ちを隠すように微笑んでから口を開く。

「最近、どうも剣の通りが悪いんだ。確かな手応えはあるんだけど仕留め切れなくて大きな反撃受けて、結局失敗……。
 ああもう、今までこんな事なかったのにー!」

「ふむ……剣の通りがのぅ」

 失敗続きの悔しさを思い出したのか落ち込みから一転、頬を膨らませ湯面を手で叩くアセリア。ミラは、降りかかる飛沫を手で拭うと、聖騎士の技能である属性開放の効果を思い出す。
 属性開放とは、武具に宿った力を解き放ち、一時的にその武具が持つ属性を強化する技能だ。紅蓮直剣で使えば、それは対象を焼き切る炎の刃を形成する。

「実は、あたしなりにも解決策を考えてたんだ。今の紅蓮直剣って駆け出しの頃から使っているものだからさ、ここは心機一転、剣を新調しようと思ってたの」

「ほほぅ。まあ紅蓮直剣以上の物があれば、単純に強くはなるじゃろうな。して、何を使う気じゃ」

 属性開放は、武具に宿った力が強ければその分、効果も飛躍的に増加する特性がある。紅蓮直剣も、炎属性の剣として見れば中の下といった性能だ。良く探せばそれ以上も見つけられる事だろう。
 とはいえ、やはり腕も重要である為、ミラとしてはどっちが原因かはっきりしていない今、賛成とは言えない。そんな意を含んだミラの問いに、アセリアは少し得意げに胸を張り、

「精霊剣! これしかないと思うんだ」

 精霊剣。精霊の力の宿った剣は、聖騎士の技能、属性解放と非常に相性が良い。なのでアセリアの目の付け所は正しく、精霊剣を手に入れれば聖騎士として飛躍できる事だろう。だが、それだけに入手難度も破格である。それ以外の方法を模索した方が遥かに確実とも思えるものだ。

「精霊剣のぅ……。確かに属性開放特化ならば、これ以上無い武器といえるが、欲しいと思って手に入るものでもなかろう?」

 精霊剣のみならず精霊武具全般は、精霊の寵愛により、その力が武具に宿るものである。それは精霊が自身を削る事に近い。精霊と長く親しく付き合い続け気に入られるか、ほんの僅かな幸運に恵まれる。これが正規の入手手段だ。

「うんうん、あたしもそう思ってた。でもね、実はここだけの話し……」

 そう言ってアセリアは、ミラの耳元に顔を近づけて、内緒話の仕草でひそひそと言葉を続ける。

「オズシュタイン方面の港町で、精霊武具が頻繁に並ぶ店があるって話を聞いたの。しかも市場価格の七割程度で」

 喜びを押し込めた声色で囁くと、アセリアは跳ねるように顔を話し、音を立てて湯船に身を沈める。

「あたしね、お金は結構貯まってるんだ。高かったのは紅蓮直剣くらいだし、依頼も今までは最低限の経費で達成できてたからから。上級は無理でも、下級の七割ならどうにか手が届きそうなの。で、今はその道中ってわけ。鉄道で近くまでいけるみたいだから」

 そう言い、嬉しくて堪らないのか子供っぽく笑うアセリア。

「その様な場所があるとはのぅ。時代も随分変わったもんじゃな」

 精霊武具をお金で買う。これも一応、入手手段の一つではある。だが、その有益性や希少性から、対価も相応に跳ね上がる。中には、同価格の属性武具を購入した方が性能に勝る事さえあるのだ。それでも精霊武具がその値を保っていられるのは、精霊の力の形にあると云えるだろう。
 精霊武具には、精霊毎の特徴も宿るのだ。空を舞う事が好きな精霊の力が宿れば、それを身に付けたものは驚くほど身が軽くなる。気性の荒い精霊ならば、武器を振るえば属性が吹き荒れ、防具ならば敵に強烈な反撃を加える。その付加価値こそが、精霊武具の魅力となる。
 そしてそれこそが聖騎士と相性が良い理由だ。属性開放の際、その力も解き放たれるからである。ミラもその性能の違いはソロモンに見せてもらった事があるので把握していた。故に、精霊剣を手に入れる当てがあるならば止めはしない。属性開放特化の聖騎士ならば確実に強くなるからだ。
 だが、ミラはアセリアの話から、剣に傾倒しすぎではないかと気になっていた。聖騎士というのは本来、防いで斬るというのが本質である。
 ミラは、僅かに顔を上げてアセリアの身体に視線を向ける。所々に見て取れる傷痕。それは盾でカバー出来るはずの上半身に多く残っていた。アセリアは反撃による怪我が多いという事と、剣に傾向している節がある。更には、ソロモンを参考にした戦闘スタイルだ。その点から、防御が疎かになっているのではないかとミラは考える。
 聖騎士にとって防御の要といえば盾だ。だがアセリアは、高いものは紅蓮直剣だけだと言っていた。

「ところで、お主は今、盾は何を使っておる?」

 ミラは試しにそう聞いた。もしかすると、最初から相当な盾を持っていた可能性も考慮してだ。しかしアセリアは、

「盾? えっと、旅立ち前に近くの武具店で買ったカイトシールドだけど」

 なぜそんな事を訊くのかと、少しだけ首を傾げながら答える。ミラは「なるほどのぅ」と呟き、大体の事情を察した。属性開放型聖騎士の戦い方には、型に嵌った鉄板の流れというものがある。それは、属性開放した盾で攻撃を受け止め、その効果により敵が大きく体勢を崩したところに一撃を叩きつけるというものだ。これが基礎であり、ここから全てに派生していくと言っても過言ではない。そしてそれは、ソロモンも通った道だ。

「一応訊くが、その盾に属性は付与されておるか?」

「ごくごく普通のだから、無属性だけど。なになに、何かあるの?」

 見当が付かないのか、アセリアは答えを求めるようにミラへと期待の視線を送る。
 どうやら聖騎士の基礎から直す必要があるのかもしれない。そう思い至ったミラは、ソロモンが今の戦闘スタイルになるまで、どういった事をしていたのかを記憶の底をから汲み上げる。ソロモンのような聖騎士を目指しているのならば、少しは参考になるだろうと考えた結果だ。

「わしの記憶では、ソロモンは属性剣よりも属性盾を先に入手しておったな。剣は、随分と後になってからじゃ」

「え!? だってソロモン様と云えば……」

 ミラの言葉が信じられないアセリアは、自分の知っている全てのソロモン像を何度も脳内で反芻し、最終的にはミラが嘘を言っているのではというところにまで行き着く。
 だがそれも仕方の無い事かもしれない。ミラとて、初期から付き合っていなければ何の冗談だと一蹴しただろう。それだけミラの知るソロモンといえば、剣という印象が強いのだ。

「お主の言いたい事も分かるが、これは真実じゃよ。今のソロモンは、聖騎士としての基礎が磐石となってから出来上がったものなんじゃ」

「聖騎士の基礎……。そうなんだ。天人族のミラちゃんが言うならそうなんだろうね。それでさ、ソロモン様と比べてあたしってどう?」

 アセリアは神妙に考え込むと、自身にも相応の覚えがあるのか、ミラの言葉を咀嚼するようにじっくりと考慮して飲み込む。そして、最後の一押しを求めてミラにそう訊いた。

「ふーむ、実際にお主の動きを見てはないからのぅ。的確には言えんが、ソロモンの後を辿るならば、精霊剣より属性盾を手に入れるのが先じゃろうな。良く共に戦ったが、今に落ち着くまでは、あやつの戦いの基点は盾じゃったからのぅ」

「うん……そっか。そうだよね。あたしも何となく感じてたんだ。この盾、なんの為にあるんだろうって」

「それで今までやってこれた事の方が驚きじゃな……」

 アセリア自身も最近の怪我の多さから、それは頭の片隅に引っ掛かっていた。だが今まで、攻撃一辺倒で走り続けてきたので、途中で足を止めて原点に戻る踏ん切りがつかなかったのだ。
 そんな迷走していた日々に、光明が差し込んだ。それは、目標としているソロモン王という人物を良く知る天人族の少女の言葉。その口から語られたソロモンの過去は、アセリアを初心に帰すだけの憧憬があった。これまで認めたくなかった事が、今では輝きを持って未来を照らし始める。

「知っているなら是非教えて欲しいんだけど……。ソロモン様が初めて手にした属性盾って何かな?」

 懇願するように、両手を合わせるアセリア。その結果、寄せて強調された谷間にミラは鼻の下を伸ばすと、少しして我に返り口早に答える。

「あれは確か、赤玉の石盾じゃったな」

 当初、属性盾を求めて奔走していたソロモンに付き合わされていたミラは、それを初めて入手した場に同席していた。赤玉の石盾は、特殊な魔物から入手できる火属性の盾だ。ミラは言った後、少しだけ懐かしむように当時を思い出す。その石盾は全部で八属性あり、もちろんその全てを手伝った。そして、思い起こせば結構な手間だったと苦笑する。

「赤玉の石盾……。それが、ソロモン様の原点……。うん、ありがとうミラちゃん。あたしも赤玉の石盾から始める事にする!」

 そう宣言するアセリア。その表情には決意が溢れており、それまでとは違った戦士の気概を纏っていた。

「まあ止めはせぬが、あれは属性盾の中では随分と下の代物じゃぞ。今のお主なら、もう少し良い物も見繕えるじゃろう」

「ソロモン様と同じがいいんだ!」

 清清しいまでにきっぱりと言い切るアセリア。ミラとしても、これ以上は言う事は無く、まあ頑張れとエールを送ると、ソロモンに良い土産話が出来たと悪戯っぽくほくそ笑んだ。
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