挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
賢者の弟子を名乗る賢者 作者:りゅうせんひろつぐ
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

58/241

57 名前

若干、百合っぽい描写アリ
五十七


 ミラはバスタオルを手に十分火照った身体を拭うと、そのままピュアラビットの身体を包む。隙間から顔を出し、心地良さそうに鳴き声を上げるピュアラビット。そのままそっと棚に下ろすと、ミラは置いたままにしてあったカバンを開く。中にはウサギパジャマやベビードール等が入っているが、ミラは見て見ぬ振りで下着の領域へと手を伸ばす。

(ぬ……増えておる? ……ああ、先日渡した洗濯分じゃな)

 若干地味な下着が残り少なくなってきていたのでありがたいと、マリアナに感謝しながら、ミラはパンツを一枚だけ取り出しカバンをアイテムボックスに戻した。
 パンツを穿いたミラは、結い上げられた髪を解いたところで、ホワイトに教えてもらった無形術を思い出す。

(……うむ、とりあえず乾かしてみるかのぅ)

 ついでに、あれこれと教え込まれた髪の手入れ法も一緒に浮かんできたが、それは頭の片隅へ追いやり、無形術だけを試す事にする。

「おお……!」

 術を発動させた手で髪を梳く毎に、みるみる艶やかな銀髪がふわりと解け、ピュアラビットにも試したところ、空の様に青い毛もあっという間だった。
 生活に密着した、ある意味人間らしい術。実際に使ってみると、ミラの脳裏に魔法学校を舞台とした大作映画が過ぎった。これこそファンタジーだと。そんな、戦うだけでない日常を豊かに彩る術に、改めて感動する。
 ミラは、当然の様に用意されていたローブを羽織ると、ピュアラビットと共に更衣室を後にする。
 リビングには食欲をそそるスパイスの仄かな香りが漂っている。調理は仕上げを残して一通り完了しており、今はマリアナがテーブルに食器を並べているところだった。

「ミラ様。もう暫くですので、お座りになっていて下さい」

「うむ、分かった。それと、前回の洗濯分を入れておいてくれた様じゃな。ありがとう」

「いえ、当然の事です」

 ミラは礼を言うとマリアナへと歩み寄り、その髪へと視線を向ける。マリアナのサファイアの様に煌めく髪は僅かな動きでも、一本一本がふわりと靡く。それを確認するとミラは少し残念そうに離れ、ソファーへと腰掛ける。ピュアラビットもそれに続き、ソファーへと飛び上がりミラの隣に陣取り丸くなる。

「如何しましたか?」

 何やらミラの行動が奇妙に見えたマリアナは、首を傾げて問い掛ける。そうしながらも、テーブルの上にティーカップを置いて紅茶を注ぐ自然な所作は、熟練の手際を窺わせる。

「いやなに、髪を乾かすという術を教わってのぅ。髪が濡れたままだったなら、乾かしてやろうかと思っただけじゃ。しかしもう乾いておるようじゃな」

 ミラがそう言い紅茶を口に含むと、突然マリアナはエプロンを外して足早に更衣室へと向かう。

「ぬ、どうしたのじゃ?」

 その急な行動にミラが声を掛けると、マリアナは振り返り、

「もう一度、髪を洗ってきます」

 そう言い更衣室の扉を開く。「いや、待て待て待て」とミラは慌てて制止すると、エプロンを拾い上げてマリアナに渡す。

「すいませんです。お食事の方が先でした」

「いや、そういう意味ではないのじゃが」

 エプロンを付け直し夕飯の準備を再開するマリアナ。その傍でミラが僅かに苦笑しながら呟くと、

「こういった機会でないとミラ様は私に触れて下さいません。私はもっとミラ様を感じたいです。沢山触れて欲しいのです」

 どことなく寂しげに俯き、ミラと視線を合わせぬまま本音を漏らす。
 マリアナは、ミラの方から触れられるという事を求めていた。その心には、涙を拭ってくれた時の手の温もりが鮮明に刻まれている。だが、それ以外には無い。そんな心境の時、ミラが髪を乾かす為に自ら自分に触れ様としていたと言ったのだ。主に対して図々しいとは承知していたが、マリアナはそれでもこれに縋らずにはいられなくなった。普段の感覚が有耶無耶になるほど、三十年は長かったとも言えるだろう。
 ミラも、その言葉に気付かされる。風呂やベッドで何度も触れ合っていたが、それはマリアナからであった事を。やはり、どこか女性に触れるという事を意識しているのだとも認識し、それなのに髪を乾かしてやろう等と思っていた自分に驚く。意識している相手にならば尚更だ。
 ミラはマリアナの姿を目で追い、その献身的な少女を見つめれば、愛しくて抱きしめたい衝動と、大切で守りたい気持ちが同時に沸き起こる。

「ミラ様?」

 向けられた眼差しに気付いたマリアナは、その視線を真っ直ぐ受け止める。

「ああ、いや。そのじゃな……」

 ミラは、そう言い思わず視線を泳がせたが、意を決して焦点を定める。湧き上がった感情は一つの形へと収束していった。まだ不安定ではあるが、ミラの中でそれは確かに灯り、とても温かく胸に広がっていく。

「確かに……、遠慮していたのかもしれん」

 そう言うとミラは手を伸ばし、マリアナの頬に触れた。そして、ゆっくりと体温を掌で感じる。マリアナは、愛しそうに瞼を閉じると、

「これで、二度目です」

 今度は咲き誇るように微笑んで、マリアナはそう呟いた。
 自分の手が、目の前の少女の頬に触れている。指先を動かすと、少しくすぐったそうにマリアナが反応し、二人の視線が重なり合う。

(……何かを飛ばし過ぎた気がするのじゃが!?)

 マリアナを見つめながら、ミラは常識的段階を数段飛ばしていた事に気付かされる。最初の一歩は、手を繋ぐか頭を撫でる、その程度にしておくべきだったと。だが、最初に触れたのが涙を拭う為の頬だったので、ミラは抵抗無く同じ動作をしてしまったのだ。
 女性の頬に優しく触れる等、随分と思い切った行動である。

「では、そろそろ飯にしようかのぅ!」

 誤魔化しながら手を下ろしたミラは、そそくさとソファーに戻り腰掛ける。

「はい、畏まりました」

 マリアナは、ミラの手の温もりが残る頬に自分の手を合わせ少しだけはにかむと、ますます気力を漲らせ準備を再開する。
 どこか高級なレストランにでも来たかのように錯覚するほど気合の入った料理が、マリアナの手により手際良く運ばれていった。

「随分と豪華じゃのぅ」

「とても良い食材がありましたので」

 そう言いながら、絶妙な焼き加減の肉を切り分けていくマリアナ。その言葉通り、料理に使われている食材はどれも一級品ばかりだ。

「これは見事じゃな」

 知識の無いものですら、そうと分かるほど断面は鮮やかで、ミラは思わず唾を呑む。
 テーブルには、色彩豊かなサラダに琥珀色のスープ、薄く切られたパンと厚切りのステーキ。そして、ピュアラビット用の野菜スティックが並べられた。

「どうぞ、お召し上がり下さい」

 準備が整いマリアナが一礼すると、ミラは早速とばかりに肉にフォークを突き立て口に運ぶ。

(んまー! 口の中でとろけると言うコメントが今まで理解できんかったが、こういう事じゃったのか!)

「うむ、素晴らしい」

 歓喜に悶える内心を抑え、つい気取ってしまうミラ。だが、抑えられたのは言動のみ。少女の可愛らしい顔は、満面の笑みで喜びを最大限に示していた。

「ありがとうございます」

 そんなミラの様子に、マリアナも笑顔を浮かべると小さく礼をして、ナプキンでミラの口元を拭う。それに対し「自分でやるから大丈夫じゃ」と言うものの、マリアナは頑なに首を横に振り奉仕したがる。

「そうじゃ。お主は食べないのか。一緒にどうじゃ」

「私はもう済んでおりますので」

 ミラの提案は即座に打ち砕かれ、結果、夕飯は絶好調なマリアナに、あれこれと世話を焼かれる事となる。マリアナだから成せる業か、細部まで行き届いた手際はピュアラビットにまで及び、ミラは青兎を愛でながら満足いく一時を過ごした。

 満腹になったミラは、洗い物の音が心地良く響くリビングで、ソファーに寝転がりマップを眺めている。

(浮き島が使えんと、これほど移動に時間が掛かるとはのぅ。遠ければ、それだけで一日が終わる事もありそうじゃ。場合によっては野宿もあるかもしれん)

 祈り子の森までの距離と所要時間を照らし合わせながら、五十鈴連盟の拠点があるという四季の森までに掛かる時間を想定する。そして休憩や野宿も考慮した結果、三日は掛かりそうだと結論すると、げんなりとした表情でソファーに突っ伏す。

(三日も乗りっぱなしは、流石に身体が持たん気がするわい)

 それはミラが、祈り子の森からの帰りにも思った事だ。早いとはいえ、ペガサスに乗ったまま一日の半分を終えるのは負担が大きい。ほんの数日でも今の現状なのだ、三日も連続でとなるとミラには微塵の自信も無かった。

(よし、これは後回しじゃな。ワゴンが完成したら行く事にしよう)

 希望通りのワゴンが出来れば、一日中でも引き篭もっていられる自信がミラにはあった。完成した後の事を考え、快適な空の旅を脳内で思い描いたミラは、仰向けになるとピュアラビットを両手で抱き上げ、

「お主もその方が良いと思うじゃろーぅ?」

 手の中できゅいきゅいと喜ぶ青兎に語り掛ける。するとその時、片付けを終えたマリアナが、ピュアラビットの向こう側に顔を覗かせた。完全に油断し表情を緩めきっていたミラは、その姿のまま硬直する。

「ところで、ミラ様」

「な、何じゃ!?」

 マリアナの言葉に飛び起きると、ミラはピュアラビットを膝の上に乗せて、その背を優雅そうに撫でてみせる。どう取り繕ったところで、ペットを可愛がる余り精神年齢が下がったともいえる姿を晒した現実が消える事はない。だが、マリアナはその事を気にした様子もなく、

「その仔のお名前は何というのでしょうか?」

 そう、ミラについては全く関係の無い事を口にした。だが、それによりミラも気付く。そういえば、名前を付けていなかったと。

「そういえば、そうじゃったな……お主、名はあるのか?」

 見詰め合ったピュアラビットは、ミラのその言葉を理解したのか首を横に振る。

「おお、見たかマリアナ。まだ無いと答えおったぞ!」

 まるで言葉を理解しているかのような反応に、ミラはピュアラビットを抱き上げると興奮気味にマリアナの方へ向ける。そしてまた同じ様に名はあるかと問い掛ければ、青兎はまたも無いと言っている様に首を振る。

「お利口さんじゃのぅー」

「はい、とてもお利口です」

 ミラはピュアラビットを膝上に戻すと、上機嫌に戯れる。とても優しく暖かな目をしたマリアナは、そんなミラの様子にそっと微笑んだ。ミラは完全に体裁を保つ事を忘れていた。
 膝上の青兎をじっと見つめる。ピュアラビットは、その視線を真っ直ぐ見返すと、嬉しそうに小さく鳴いた。そして、添えられたミラの手に顔を摺り寄せて指先を舐める。

(ああもう、可愛いのぅ!)

 僅かな平静を取り戻すと、再び表情が緩みそうになるのをどうにか耐えながら、ミラはその脳裏に閃いた名を声にする。

「ぴょん左衛門でどうじゃ!」

 そう言ったミラに、今までではありえない程の冷たい視線がマリアナから向けられる。それが自分に付けられる名だと悟ったピュアラビットも、そっぽを向いてしまった。

「今のは無しじゃ。少し、あれじゃよ、引っ張られただけじゃ」

 ブルーという陰陽術士と一緒にいた為か、ミラの脳内はカグラのイメージに侵食されていた。無意識に誘導され、居ずとも影響するカグラのネーミングセンスに苦悩しならが、ミラは別の名前を考え始める。

「どういった名前がいいかのぅ。ぴょん之新……いや……冗談じゃよ……。うーむ。ぴょん……ラビット……青……」

 青兎を睨む様にしながら、云々と唸るミラ。当のピュアラビットは何か期待するようにミラを見上げている。するとそこへ、何かに気付いたマリアナが声を掛ける。

「ところでミラ様。その仔は男の子なのでしょうか?」

 最初に提案したぴょん左衛門という名前から雄なのかと思ったマリアナだったが、覚えのあるピュアラビットの雄よりも全体的な線が丸く、耳が長いのではないかと感じたのだ。

「……どっちじゃろう?」

 その事が全く頭に無かったミラは、ピュアラビットと向かい合ったまま、徐々に首を傾げていく。隣では、マリアナもつられる様に首が傾いていく。

「まあ、見るのが早いじゃろう」

 そう言ったミラは、ピュアラビットを膝上で仰向けにすると、その両足を掴んで開く。だが、ふさふさの青い毛に覆われている為、判別が出来ない。そこに屈み込んだマリアナが補佐を開始する。

「ミラ様、もう少し優しくされた方がよろしいかと」

 マリアナはそう進言して、突然ひっくり返され驚いた様子のピュアラビットを宥めながら、優しい手つきで雌雄を判別した。

「女の子のようですね」

 開放されたピュアラビットは、ミラの膝上で二足で立ち上がり、両前足をミラの腹部に当てて見上げる様な姿勢をとる。

「そうじゃったのか……。ならば、ぴょん子……──いや、冗談じゃよ?」

 いじけた様にそっぽを向くピュアラビット。マリアナも、心なしか冷ややかな視線を向けると、ミラは即座に即興の名前を取り下げた。

「どういった名がいいかのぅ。ぴょ……うーむ。青兎、幸運の足音、ブルーサンダー、青い残像、ノリコ、青まりも、アライブオアアライブ」

 ミラは名前を考えながら、プレイヤー間で呼ばれていたピュアラビットの別名を思い出し呟く。ピュアラビットはそんなミラをつぶらな瞳で見上げたまま耳をぴくぴくと震わせ、時折きゅぃっと鳴く。そんな愛らしい姿にミラは意識を奪われ集中力もそこそこに、頭や耳や背や足などを撫で回し可愛がり始める。

「あの……ミラ様……」

 小さく囁く様な声に我に返ったミラは、

「いや、ちゃんと考えておるからな。これは、真の名を見極める為に必要な事なのじゃ」

 そう慌てて言い訳を述べると、ゆっくりと顔を上げる。そして、ミラの目に映ったマリアナの顔は、とても……何かを我慢している様子だった。
 また冷たい視線でも向けられるのではと警戒していたミラは、ほっと胸を撫で下ろすと共に、そのマリアナの視線の先を追う。

「……遠慮する事はない、お主も触るか?」

「はいっ」

 ミラが言うと、マリアナは間を待たず頷きしゃがみ込み、そっとピュアラビットの毛並みに触れる。瞬間、幸せそうに笑顔を咲かせた。

「ところで、お名前は決まりましたか?」

 ピュアラビットに視線の高さを合わせていた為か、上目遣いになったマリアナが問い掛ける。更に襟元の絶妙な角度に、数秒釘付けになった後、ミラは視線を逸らすと「まだじゃ……」と尻すぼみに答えた。

「呼ぶ時に少し困りますが、何も今すぐ決める事もないでしょう。大切な人から贈られた名前は、それこそ宝物です。ミラ様が本気で考えて付けて下さったなら、どの様な名でもきっとこの仔は喜ぶでしょう」

 そう言いマリアナは、青い毛を梳く様に指を通す。その表情はとても優しく、まるで我が子を慈しむ母の様に穏やかだった。ピュアラビットは気持ち良さそうに瞼を閉じると、マリアナの言葉に同意するかの如く、長めに声を響かせる。

「ふむ……責任重大じゃな」

 名前が宝物。そのように考えた事も無かったミラだったが、宝物と言った時のマリアナの様子は、心に何か訴えかけるような情が垣間見えた。
 ミラは改めて気を引き締め直し、ピュアラビットと向かい合う。

「あ、これは」

 マリアナは小声で呟くと、その手に絡まった青い毛を抓み上げ掌に乗せる。それはとても鮮やかな青で、たった一本でもマリアナの手の上で一際栄える。

「ふむ、撫でていた時にでも抜けたのであろう。取っておいたらどうじゃ、幸運のお守りというしのぅ」

「私が貰ってもよろしいのですか?」

「もちろんじゃよ」

「ありがとうございます。大切にします」

 ある意味取り放題である。遠慮する必要など皆無だろう。ミラは、マリアナが嬉しそうにしながらハンカチーフにピュアラビットの毛を挟む姿を眺めつつ、青兎の名前を考える。すると顔を上げたマリアナが再び何かに気付く。

「あ、ミラ様の服にも付いております」

 そう言いマリアナはミラのローブを示すと、そこには数本の青い線が見て取れた。ずっと膝上で可愛がっていたので、自然と抜けたのだろう。

「もしかすると掃除が大変になるかもしれんのぅ……」

 ミラが居ない時、居る時でもこの部屋を掃除するのはマリアナだ。それが補佐官の仕事でもある。若干、窺う様に視線を向けるミラにマリアナは、その数本の毛をそっと摘み取り、

「いずれここは、幸運でいっぱいになってしまいそうですね」

 そう言って微笑み掛けた。一瞬、ミラはその仕草に惚けると「確かにそうじゃな!」と頷きマリアナに感謝する。そして青兎の声に応えて頭を撫でると、不意にある名前が過ぎった。
 ピュアラビットは、幸運を振りまく青い兎の女の仔だ。

「よし、お主の名はフォルトゥナじゃ! 愛称はルナじゃな!」

 ミラは脳裏の片隅にあった幸運の女神の名前を思い出したのだ。そう宣言しながら、こっそりとマリアナへ視線を向ける。

「フォルトゥナ。妖精族に伝わる女神様の名ですね。この仔にぴったりの素敵な名前です」

 マリアナに褒められ、ミラは「そうじゃろう!」と上機嫌に胸を反らしピュアラビットを両手で抱えて高く持ち上げる。当人も理解しているのか、ぴょん左衛門とは反応が明らかに違い嬉しそうにはしゃぐと、ミラの手の中で初めて受け取った宝物に喜びの声をあげるのだった。


(何やら疲れたのぅ)

 安心したからか気が抜けたからか、ミラはふっと欠伸をしてから、ソファーの心地良さについつい目を瞑る。すると、その肩にそっと手が触れた。

「ミラ様。眠るならばベッドに。ここで寝ては風邪をひいてしまいます」

「ん……ああ、そうか。そうじゃな」

 若干、夢に飛び掛けていたミラは、ルナを膝から下ろすとソファーからゆったりとした動作で起き上がる。そして、マリアナに導かれるままに手取り足取りで寝る準備を済ます。その間、ずっとルナはミラの後をついて回っていた。
 準備の整ったミラは一緒に寝ようかと、ルナを抱きかかえて寝室へ入る。

「……これは今日も、という事か」

「ミラ様がどうしても駄目と仰るのでしたら片付けます……」

 急激にトーンダウンした声でマリアナが言う。

「いや……うむ……構わんが」

「ありがとうございます」

 ベッドには枕が二つとクッションが一つ並んでおり、枕の片方はどう見ても先日マリアナが抱えていたものだった。振り返ると、当然の如く自分の準備も済ませていたマリアナが控えている。
 ミラも嫌ではない。嬉しいと思う感情すらある。ただ、誰かと並んで寝るという事に慣れていないだけだ。

「さあ、明日は朝から城に行くからのぅ。早く寝るとしよう」

「はい」

 そう言うとミラは、クッションにルナを寝かせ、枕の場所を入れ替えてから横になる。鳥瞰で見て左がマリアナ、右がミラだ。マリアナは、その行動の意味に気付かぬまま、静かにベッドに身を滑らせた。

「あ……ミラ様……」

「ほれ、そのじゃな、まだ更新しとらんかったじゃろう。だからじゃ」

 頬を真っ赤に染めて視線を彷徨わせるミラ。灯りは落ちているので、窓から差し込む月明かりだけでは、ミラの精一杯を照らすには至らない。毛布の下では、ミラが自分から右手を伸ばしマリアナの左手を握っていた。加護の更新は右手左手と決まっているので、仰向けのまま手を合わせられる様にと、ミラは枕の位置を替えたのだ。

「そうですね。では」

 薄っすらとしか見えなくても、ミラの手の温度から、その精一杯を感じ取る。マリアナは、男女の関係というものを知らない訳ではない。ミラが時折見せる素振りの意味もだ。だが、理解できているとは言い難いだろう。身も心も捧げ、自分という存在はミラのものであると考えているマリアナ。その感情は、男女を超越したところにあるのだから。
 女性の様に大切にされるのは嬉しい。だが、マリアナは求めて欲しかった。
 毛布の隙間から、僅かに光が零れる。
 繋いだ手は暖かく、マリアナはそっと目を閉じた。確かに感じる温もりが、二度と遠くへ離れないように願いながら。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ