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賢者の弟子を名乗る賢者 作者:りゅうせんひろつぐ
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46 初夜

四十六


 最終的に作戦会議の様になってしまった夕食会を終えて、召喚術の塔に帰ってきたミラ達。時間は夜の十時を回り、ミラは淡い眠気に小さく欠伸をする。

(今日はもう、風呂に入って寝るとするかのぅ)

 私室の前で塔鍵(マスターキー)を取り出そうとしながら、ミラがそんな事を考えていると、それよりも早くマリアナが扉を開く。

「おお、すまぬな。マリアナ」

「いえ」

 マリアナは何て事ないと短く返事をする。だがその表情は長い間待ち望んだ、扉を開けるという単純な奉仕が出来た事で喜びに満ち溢れていた。

「では僕は、明日の召喚術習得の準備をしてから寝ますので。おやすみなさい、ミラ様。マリアナさん」

「ほう、何か手伝えそうな事はあるか?」

「いえいえ、ミラ様の手を煩わせる様な事は。簡単なスケジュールチェック程度ですので」

「ふむそうか、おやすみ。いつまでになるかは検討もつかぬが、この塔の事、頼んだぞ」

「はい、お任せください!」

 クレオスは力強く答えると、一足先に執務室へと帰っていった。ミラは、それを見送ってから私室へ入り、そのまま脱衣室へ向かう。

「マリアナも、もう良いぞ。自室に戻って休んでくれ」

「これから、ご入浴の様子。お背中をお流しします」

 脱衣所の扉を開きながらミラが振り返り言うと、マリアナはぴったりとミラの背後に張り付き、これでもかという程に強い眼差しで答える。

「別にそこまでしてくれんでも」

「お背中をお流しします」

「いや、じゃから……」

「お背中を──」

「うむ、分かった。そうしてもらうとしよう……」

 意地でも食い下がるという姿勢を崩さないマリアナの気迫に負けると、ミラは苦笑しながら了承する。

(まあ、背中を流すだけなら良いか。無理に断る事でもないしのぅ)

 いくら補佐官とはいえ、そこまでしてもらうのもと遠慮していたが、相手がしたいというなら断る理由も無い。対してマリアナは、今まで出来なかった分の溜まりに溜まった奉仕欲を発散するかのように、ミラの一挙手一投足に注目していた。
 ミラが魔導ローブセットを脱ごうとコートに手を掛けると、マリアナが背後からそっと補助して、そのままコートを綺麗に畳み棚に置く。ワンピースに手を掛けると、マリアナの手により着た時よりも随分と楽に脱げる。あっという間にパンツ一枚になり、それもすぐに脱ぎきると、ミラは浴室に入っていく。
 脱衣所ではマリアナがミラの脱いだ衣服を整理し終え、自らの服の裾に手を掛けていた。

 結果として、ミラの入浴の時間はマリアナに完全に支配される事となる。
 ほぼ裸のマリアナが甲斐甲斐しく世話を焼くのだ。自分に信頼を寄せているのだろうマリアナを、そういう目で見ないようにと、ミラは慌てて視線を彷徨わせる。
 意識すればするほど背後の気配に神経が過敏に反応し、ミラの脳内はまともな判断能力が欠如してしまっていた。

「前も、お流しします」

「うむ」

 マリアナの言葉全てに肯定の返事を返し続けたミラは、全身をされるがままに磨かれる事となる。
 背中や腕、肩に時折当たる柔らかい何か、目の端にちらつく薄い肌色。ミラは全身を撫でるように洗われ感じるこそばゆさに、時折びくりと身体を強張らせつつも、自制の限界寸前でどうにか耐え切る事に成功する。
 マリアナが、これほど可愛いとは思わなかったと、ミラは半ば強引に認識させられたのだった。
 お返しに、背中を流そう。等とは言えず、ゆっくりと疲れを取るようにと言って、ミラは逃げる様に浴室を飛び出す。脱衣所には替えの部屋着として、簡素な薄手のローブが用意されていた。

(流石じゃな……)

 マリアナの出来の良さに感謝しながら、ミラはそのローブを着て私室のソファーに腰掛けると、湯上りのアップルオレを堪能する。
 肌触りの良いローブを適当に玩び、召喚術について様々な考えを巡らせていると、ほんのりと紅に染まったマリアナが入浴を終えて出てきた。

「こちらは、本日中に洗濯しておきます」

「うむ、頼んだ」

 ミラと似たローブ姿のマリアナは、メイド服と綺麗に畳まれた魔導ローブセットにパンツを手にしている。そんなマリアナの姿を見ながら、洗濯という単語でミラは賢者のローブの事を思い出す。

「そういえば前に来た時、ローブを一着放置してあったと思うんじゃが」

「それでしたら、洗って私の部屋に。ついでに取ってきます」

 そう言い一礼すると、マリアナは洗濯と洗濯し終わった賢者のロ−ブを取りに補佐官室へと戻っていった。

(寝る準備でも、しておくとするかのぅ)

 ミラはソファーの背にもたれかかり軽く伸びをしてから立ち上がる。


 一通り寝る準備も整い、ミラがベッドの上に寝転がって暫くした時、マリアナがローブを手に戻ってきた。

「こちらでございます」

「うむ、ありがとう」

 ミラは丁寧に折り畳まれた賢者のローブを受け取る。そしてマリアナが抱えている、もう一つのものに注目した。表面は布。可愛らしく装飾され、ふわふわに膨らんだ一抱えほどの大きさの円筒形の物体だ。

「それは、何を持ってきたんじゃ?」

「枕です」

 さも当然という風体で答えるマリアナ。ミラは、やはり見た目通りの物だったと確認すると、なぜそんな物を持ってきているのかと愚考する。だが理由など、一つしかない。

「もしや、ここで寝る気か?」

「はい」

「しかしじゃな。流石に女子(おなご)と一緒に寝るというのは……。男と女じゃし」

「今、ミラ様は女の子です。特に、問題無いのでは?」

「ぬぅ」

 そう言われると、問題無い様に思えてしまう。しかし意識し始めてしまった分、マリアナ程の可愛らしい少女と一夜を共にするとなると、理性と欲望のせめぎ合いに耐え続ける事にもなる。ミラにとって、欲望のままに決して手を出してはいけない相手だ。
 だが、マリアナにとっては認識が違う。マリアナは、身も心も全てを捧げている。そもそも妖精族にとって妖精の加護とは、そういった気持ちを形にしたようなもので、既にミラは仕えるべき主であり伴侶でもあるのだ。

「私と閨を共にするのは、お嫌ですか?」

 ミラの脳内処理が追いつかず黙ったままでいると、マリアナは寂しそうに、そして少し悲しげに俯き問いかける。

「嫌ではない。じゃが……その」

 もちろん、そんな訳は無い。ミラは即座に否定する。そういった欲の感情以前に、何よりも気恥ずかしいのだ。事前に、今日は一緒に寝ると聞いていれば、覚悟は出来ていただろう。
 結論として、マリアナにそこまで言われた以上、もう断るという選択肢は残っていなかった。ミラは、意を決すると「分かった」と了承し、ベッドの中心より左に横になると、枕を少しずらす。
 マリアナは、空いた場所に持ち込んだ枕を置くと、淑やかにベッドに身を滑り込ませる。

「また、お会いできて嬉しいです」

 頭が二つ並んだベッドで、マリアナが声を震わせて呟く。その声色にミラが振り向くと、マリアナは薄っすらと瞳を潤ませていた。

(三十年もほったらかしじゃったからな……)

 急に、一緒に寝たいと言ったマリアナの我侭。言葉にすると短いが、実際に生きると長い三十年という時間。

「すまんかった」

 神々の楽園が刺繍された天蓋を見上げながら、何度目かになる謝罪を口にするミラ。すると次の瞬間、マリアナの手がミラの腹部に触れる。

「どうしたんじゃ?」

 こそばゆい感触に、ぴくりと身体を震わせると、ミラはマリアナに視線を向ける。すると、マリアナの顔はすぐ目と鼻の先まで迫っていた。突然の事に狼狽するミラをよそに、マリアナの手は、より深くへと差し込まれていく。

(なんじゃ……これはどういった状況なんじゃー!)

「ミラ様……もう一度」

 耳元でマリアナがそう呟くと、その手はミラの腹部を越えて右手に合わせられていた。そして、その潤んだ瞳を閉じるとベッドの中から淡い光が洩れ出す。

「なんじゃ、そういう事か」

 安心したような少し残念なような、不安定な気持ちを誤魔化しながらマリアナの手を握ると、二人の顔の前で合わせ直す。小さな羽の模様が浮かんだ手の甲を見詰め合い、自然と視線を交わせる。

「どういう事だと、思ったのですか?」

「う……、別に何でもない」

 ミラが慌てて目を逸らすとマリアナはくすりと笑い、手を少しだけ強く握った。

 妖精の加護は、強く結ばれた絆の証。マリアナは更新を何度も繰り返し、その都度、嬉しそうに微笑む。その様子にミラは、不純な想像ばかりを巡らせた事を自責する。
 マリアナは純粋なのだ。純粋に自分の事を慕ってくれている。そう再認識すると、何かが吹っ切れたように気持ちが晴れやかになるのを、ミラは感じていた。

「ミラ様」

「なんじゃ?」

「何でもないです」

 マリアナはそう言うと、子供っぽく笑う。

「なんじゃそれは」

「一度、してみたかったのです」

 淡い光に照らされた二人は、好きなものや嫌いなもの最近の趣味など、他愛の無い事を話しながら、どちらが先ともなく自然と眠りに誘われていくのだった。


 次の日の朝。ミラはとても清清しい目覚めを迎えた。寝起きだが頭の方はハッキリとしており、昨日の夜の事を思い出すと、少しだけ気恥ずかしさに頬を染める。

「ぬ、もう起きておるのか?」

 隣に視線を向けたミラは、昨日の名残でもあるマリアナの枕に目を留める。腕輪からメニューを開き現在時刻を確認すると、午前八時を少し過ぎたあたりだ。
 ミラは軽く伸びをすると、陽光が差し込む窓から朝の景色を一望した。少しだけ目を細めて、その生命力溢れる街並みに満足していると、リビングの方から微かに響いてくる優しい音に気付く。
 幸せな朝の定番。ミラは、その音に引き寄せられるように寝室の扉を開ける。

「おはようございます、ミラ様」

 メイド服姿で朝食の準備をしていたマリアナが、いつも通りといった具合に挨拶をする。香ばしい匂いが仄かに漂うリビングのテーブルには、二人分の食器が並ぶ。このような朝の一幕に憧れていたミラは、暫し時を忘れて佇む。

「どうかなさいましたか?」

 マリアナは熱視線を向けてくるミラの様子に、どうしたものかと問いかける。その声で妄想に耽っていたミラは現実に引き戻されると、

「ぬ……いや、なんでもない。おはよう」

 ミラは何かを誤魔化すように視線を逸らし、そそくさとお手洗いへと逃げて行く。流石に二人の新婚生活を妄想していたなどとは言えない。ローブを捲り上げ用を足しながら、状況に流されてしまったのかと、気持ちを引き締め直す。
 ミラがお手洗いから出ると、洗濯が完了した衣服を手にしたマリアナが待ち構えていた。

「では、ミラ様。着替えてしまいましょう」

 有無を言う暇も無く、まず下着を手渡されたミラは、促されるままにパンツを穿く。それからローブを脱いで裸体になったミラを見て、マリアナが言う。

「ところで、ミラ様。洗濯物の中に上の下着がありませんでしたが、お使いではないのでしょうか?」

 夜に風呂に入った時、そして今も、ミラが身に着けている下着はパンツのみ。それだけでは色々と問題があるだろうと思い、マリアナはそう訊いたのだ。

「付け方が分からなくてのぅ。あるにはあるんじゃが」

「今、お持ちでしょうか?」

「うむ」

 ミラは短く答えると、アイテム欄から着替えの詰まったカバンを取り出し開いてみせる。カバンには着替え用の下着が何枚も入っており、それは二箇所に分けて入れられていた。使用済みと未使用だ。

(そうじゃった、洗濯分を出すのを忘れておった)

「こちらは、洗濯分でしょうか」

 カバンを見るなり即座に気付いたマリアナは、乱雑に詰め込まれた数枚のパンツを取り出す。どれも総じて質素なデザインだ。

「うむ、頼めるか?」

「もちろんです」

 当然だとばかりに答えるマリアナは、簡単に折り畳むと更衣室から洗濯籠を持ってくる。

「他にはございますか?」

 訊かれてミラは、カバンではなくアイテム化して直接アイテムボックスに放り込んでおいた初期型の魔法少女風衣装と、賢者のローブレプリカを取り出す。特にもう必要は無さそうだが、初期型は一応、侍女達からの贈り物、レプリカの方は子供にでもあげれば喜ばれる事もあるかもしれないと考えた。

「これも頼む」

「かしこまりました」

 マリアナは、その二着を受け取り籠に入れてからカバンを覗き込むと、幾つかのブラジャーを取り出す。

「サイズは……丁度良さそうですね」

「城の侍女達が見繕ってくれたんじゃよ」

 ミラはそう答えると、一度付け方を教わったが、忘れてしまったと正直に続ける。するとマリアナは、ブラジャーの一つを手にして立ち上がる。

「では、私がお教えします」

 そう言い迫るマリアナの気迫に圧され、ミラは大人しく講義を受ける事となった。
 微妙にこそばゆい羞恥感に晒されながら、アマラッテにも指摘されていた為、今回はマリアナの説明を聞き逃さぬ様に耳を傾ける。マリアナにお手本として一度着けてもらうと、ミラはそれを外してから覚えられたかどうかを何度か試す。
 繰り返す事、十数回。ミラはブラジャーの装着方法を習得した。
 礼を述べるミラに、自分にも教える事が出来るものがあると喜び、マリアナは嬉しそうに笑顔を浮かべる。
 下着の後、ミラはその流れのままに魔導ローブセットも着付けられると、マリアナと共に席に着き、ゆっくりとした朝食の時間を過ごすのだった。

 ミラが食後のココアに頬を緩めていると、部屋中に鈴の音が一定の間隔で鳴りだした。その音は、何かを報せるかのように繰り返し繰り返し響き渡る。

「何の音じゃ?」

 ミラが疑問を発するのとほぼ同時にマリアナが立ち上がると、

「魔導通信の呼び鈴の音です。聞いてきます」

 そう言い、私室の扉の脇に置いてあった棚を開くと、先日クレオスが緊急魔導通信を受けた時に見えた装置がそこにあった。マリアナが装置のレバーを捻ると双方の通信が繋がり、一瞬だけ弦を弾いた様な高音が部屋の中を横切る。

「こちら、召喚術の塔。補佐官のマリアナです」

「アルカイト城、補佐官のスレイマンです。現在そちらにミラ様は居られるでしょうか」

 そうして伝えられた魔導通信による連絡は、ミラの持ち帰った資料の解読が一部完了し、最初の目的地が判明したので詳細を伝えたい為、城まで来て欲しいというものだった。
 通信が終わるとマリアナは寂しそうに瞳を伏せる。

「もう、行ってしまうんですね」

「用事が終わればすぐ帰る。ありがとう、マリアナ。お主が想っていてくれる限り、ここがわしの居場所じゃよ」

 ミラは少し照れながら、一夜の間で気付かされた心からの気持ちを口にする。マリアナは小さく頷くとミラに寄り添い、その右手を取る。妖精の加護の光が揺らめく中、二人は静かに微笑み合った。


 城へ行くには、また空を飛んだ方が早い。しかし空の上は寒いので防寒具が必要だと言い、マリアナと一緒に倉庫を漁る。するとマリアナが丁度お誂え向きなコートを手に取った。それは驚くほど柔らかく、新雪よりも純白な毛並みのコートだ。サイズはダンブルフ時代のままで、今の姿に対して随分と大き目だが、着る時は風を遮る為に身を包むだけなので問題は無いだろう。
 次に二人は精錬室へと向かい、そこでソロモンへの手土産として属性系魔封石と、召喚術契約に使えそうな魔封爆石を取り出していく。

(まったく、通信などという便利なものがあるのなら、直接会わずに場所を教えてくれればいいのにのぅ。会わなければいけない理由でもあるんじゃろうか。それとも、早く魔封石が欲しいとかじゃなかろうな)

 そんな事もあり得そうだと思いながら、ミラは必要になりそうなものを揃えていった。


「では、参りましょうか」

 そう声を弾ませながら急かすように言ったのはクレオスだ。

「出来れば髪の結い方も、お教えしたかったです」

「うむ……、それはまた……今度の機会にのぅ」

 無数のリボンを手にしたマリアナは、心底残念そうに呟いた。それは準備を整え終わり、最後の仕上げにとマリアナはミラの髪を梳きながら、どの様な髪型にしようかと熟考していた時の事。クレオスが私室を訪れると、自分もこれから学園に行くので一緒に行きましょうと声を掛けたのだ。
 魔導通信による会話は現在、最上階全てで聞こえるように設定されている。私用で使われる事はないので、その方が都合が良いからだ。その為、ミラがこれから城に行くという事をクレオスは執務室で聞き、どうせならば一緒にと思い、頃合を計ってやって来たという訳だった。
 マリアナが憎らしげにクレオスを睨む。
 僅かな寒気に背筋を震わせながらも、クレオスはエレベーターに飛び乗りミラを招く。

「では、行ってくる」

「はい。いってらっしゃいませ」

 ミラがちょっとだけ照れながら言うと、マリアナはふわりと微笑んだ。そんな二人の雰囲気に昨日の夜から今日まで、何があったのかと小首を傾げるクレオスだった。

 召喚術の塔前。その脇には馬の繋がれていない、通常のものよりも小さな馬車が置いてある。丁度、人が一人は入れそうな大きさで、木と金属で作られており、扉と窓が付いている。
 クレオスは、その馬車の前に立つと、

「ミラ様。アイゼンファルド様は駄目ですからね」

 そう再び釘を刺してから、箱の上に発動点を定める。

「分かっておる……」

 不貞腐れながら、空を飛べる丁度良さそうな召喚術を決めていると、クレオスが先に術を発動する。

 【召喚術:ガルーダ】

 魔法陣が風を巻き上げながら霧散すると、馬車の上には光の加減で虹色に輝く巨大な怪鳥が留まっていた。

「ほう……。ガルーダか。お主はガルーダに乗っていくんじゃな」

「いえ、僕が乗るのはこっちの方ですよ。ガルーダには、このワゴンを持って飛んでもらってるんです」

 ミラが小さな家よりも大きな鳥を見上げながら言うと、クレオスはワゴンと呼んだ馬車の扉を開きながら少しだけ得意気に答える。所謂、馬車の空仕様。鳥車とでもいったところだろうか。空を飛ぶので車かどうかは難しいところだが、ミラはその発想に狂喜した。

「ほほぅ! なるほどのぅ。これならば、空の寒さも関係なく、尻が痛くなる事も無さそうじゃな!」

 覗き込んだワゴンの中は小さなテーブルと、ゆったりとした座席が誂えており、見ただけでも快適な空間である事が分かる出来栄えだ。
 ミラはワゴンに飛び乗ると、その座席の座り心地を堪能して「いいのぅ、いいのぅ」と繰り返す。

「本来は一人用なんですが、ミラ様でしたら小さいので、少し詰めれば乗れるかもしれないですね。乗っていきますか?」

 ミラの様子に、どことなく父性に似た気持ちが湧き上がってきたクレオスは、いつもより幾分優しげな笑顔でそう言った。

「良いのか!?」

「ええ、多分大丈夫かと」

 無邪気な顔を爛々と輝かせ問い返すミラに、クレオスはどうにかなるだろうと答え、ワゴンの中に入る。ミラは、いそいそと隅に身を寄せると、丁度一人分は座れる空きが出来た。クレオスは、そこに腰掛けると「問題無さそうですね」と言い扉を閉める。

「首都ルナティックレイクへ」

 クレオスは壁をトントンと叩きそう告げると、壁越しに風が叩きつける音が響き始める。

「飛ぶか、飛ぶのか!」

 ミラは興奮気味に窓から、風に靡く周囲の草花を見回す。そして、幾度か大きな風が巻き起こり、空に持ち上がる軽い浮遊感と共に、全ての景色が下へ下へと流れ始める。ふわりふわりと、羽ばたき毎に高度を上げていく光景に、ミラは立ち上がり窓に張り付いて眼下を覗き込んだ。
 クレオスは、そんなミラの後姿を見詰めながら、かつてダンブルフだった頃の威厳ある雰囲気は感じられないが、保護欲を掻き立てるような、また別の忠誠心が芽生えてきていた。

「おお! 塔がもうあんなに下で小さくなっておる。いいのぅ、いいのぅ。これはどうすれば手に入るんじゃ?」

「このワゴンですか? これはですね……」

 ミラは窓から一端離れると、期待に満ちた表情で問いかける。クレオスは、一先ず落ち着いて座る様にと促すと、城の職人に作成してもらったので、必要なら言えば同じのを作ってもらえるだろうと答える。
 早速着いたら聞いてみようと意気込み、ミラはアップルオレを二本取り出しクレオスに一本を渡すと、共にゆったりとした空の道中を楽しんだ。
ニラの値段が1.5倍に……。

もうダメだ……
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