2 趣味全開の惨事
二
どうしてこうなった。
鑑の脳内では、目が覚める前の事を思い出すために全開で記憶を辿っていた。その間、心ここにあらずな少女の姿に狼狽する隊長は部下達を呼び寄せる。きっと余程の惨状を目の当たりにしたのだろうと結論づけ隊をいくつかに分けると、周囲の警備と残党の殲滅、少女の知り合いが近くにいないかの捜索を指示する。
鑑が目にした姿は、あの時自分自身で生み出した理想の女性像そのものだ。
これは一体どういう事か。作成はしたが完了はしていなかったはずだと記憶の井戸から引き上げていく。
そのままキャンセルしてログアウト……。
そこまで思い出して行き詰る。ログアウトする前だったような気もする。その前に眠ってしまった気がする。更にはキャンセルする前だった気もする。
思い出せない当時の状況を何とか捻り出そうとするが朝食のコールを聞いてから、そこから先が霞みがかったようにハッキリとしない。
ここである事を思い立った鑑は、腕輪型の端末を操作しメニューからステータス画面を開く。
そこにはアバターの様々な情報が一覧で表示される。
名前 ダンブルフ・ガンダドア
クラス 召喚術士 / 仙術士
所属 アルカイト王国
拠点 銀の連塔|(召喚術)
HP 1210 / 1210
MP 4390 / 4390
力 5 + 20
体力 6 + 15
魔力 51+ 10
技力 7 + 15
敏捷 6 + 37
見た限り特に問題は見当たらない。別のアバターでログインしてしまったわけでもなければ、消えたわけでもない。四年間を共にしたダンブルフ自身のステータスだ。
他のゲームに比べると全体的に数値が低く見えるかもしれないが、このゲームではステータスの1ポイントの比重が極めて大きいという特徴がある。
力や体力などは一般の成人男性は4が基本だ。つまり力が8ともなると、一般の成人男性の二倍の力があるという事だ。
戦士系のクラスで力が10あるという者は相当な熟練者ともいえる。
鑑はステータス画面の次ページを表示して、希望が完全に失われた事に肩を落としうな垂れた。
頭 月影石のサークレット
首 マルルンのネックレス スーパーZ
胴 賢者のローブ(召喚術)
腕 万能手袋
脚 賢者のローブ(召喚術)
足 ペガサスブーツ
指 マルスの指輪
ここまでは問題ない。どの装備も一品物で、アルカイト王国、銀の連塔のエルダーになった時に国王から贈られた品だ。そのどれもが生産において名が知れ渡った一流のプレイヤーである職人に特注したもので、ダンブルフしか持ってはいない。
問題は、アバター表示の方だ。自ら作り出した容姿の少女がステータス画面でそれらの装備を身に纏っている。今までは、ここに渋いナイスガイ、ダンブルフが堂々とその姿を見せていた。
これはどういう事かと、鑑は試しにローブの裾に手を掛けて捲り上げる様に脱ぐと、ステータス欄の装備箇所も、胴と脚の部分が『無し』に変わる。
ローブを片手で遊ばせながら露わになった身体を確かめると、肌に纏わり付くようにしなやかな銀色の髪がフワリと舞う。
小さな掌から少しこぼれる程度に膨らんだ乳房に、透き通るような白い肌。控え目の尻に、二本の程よい肉付きの脚が伸びる。見間違うはずも無く、その身体は『化粧箱』で作った理想の顕現だ。
この時点で鑑の更に詳細な好みが暴露された。
「おおおおおいいいい! おいおいおい! 何してるんだ!?」
少し少女の肢体に惚けていた隊長が、慌てたように自身の羽織っていた赤いマント手に取り少女の身体を包むように掛ける。回りの騎士たちの視線も、脱いだ一瞬だけ少女のあられもない姿に全て注がれていたが今は鋼の自制心を働かせ沈黙を守る。
「まったく、お嬢ちゃんも女ならそんなに肌を見せるものじゃないぞ。我が騎士団は誠実実直な者ばかりだから問題ないが、世界には油断できない者もいるからな」
何もそこまで過剰反応しなくてもいいだろうに。そう鑑は思ったが、同時にこの騎士たちの反応をみると皆プレイヤーなのかと感心する。
それなりに名を上げて実力をつけたプレイヤーはNPCの従者を連れて歩く事が出来る。鑑はこの周りの騎士も隊長の従者だと思っていたが、どうやら違うらしいと判断する。NPCはこのような反応はしないはずだからだ。
余り信じたくはなく認めたくもないが、鑑は今の状況を真に遺憾ながら受け止める事にした。どこをどう間違えたのか、作成完了してしまっていたのだろうと。
きっとバージョンアップによる影響だ。そう結論付けて、また課金して『化粧箱』を買いなおさないとな、と考える。五百円なのに千円。大人汚い。
マントの中でもぞもぞとローブを着直し、再びステータス画面を見ると、しっかりと胴と脚の装備が、賢者のローブ(召喚術)になり画面内のアバターも裸からローブ姿に戻る。
「それは、操者の腕輪か。お嬢ちゃんは冒険者だったのか」
返されたマントを羽織り直しながら、少女の腕を見た隊長が呟くように言う。
操者の腕輪。鑑には聞きなれない単語だった。隊長の視線の先から見ても端末の事を言っているのは間違いない。しかしわざわざ訊くまでもない事だ。これはプレイヤーなら誰もが持っているのだから、これだけで冒険者というのもおかしな話だと疑問が浮かぶ。
騎士団の隊長、しかも精鋭の魔法騎士団ならば素人プレイヤーであるはずはない。いくらアルカイト王国が一番小さい国だろうとそれなりの物好きなプレイヤーが所属しているはずである。鑑はどうにもその発言に疑問を抱く。
「冒険者かと問われれば、そうじゃのぅ」
何とも慣れない自分の声。可愛らしすぎる声色に、今までの口調が合わさり何とも言えない違和感があった。
言葉遣いは正式サービスが始まりダンブルフで冒険をするようになってからのものだ。
やはり、威厳のある見た目に合った口調にするべきだと、鑑は自らRPを開始した。そして四年経った今、もうログイン中はこの口調が板についてしまっていた。慣れとは恐ろしいもので世界観が優先されて、少女の姿になってしまっても、言葉遣いを変えようにも不可思議な違和感を覚えて、いきなり変える事が出来ないのだ。とはいえ、特に困るような事でもなかったため、口調を戻す努力は早々に放棄する事にした。
「そうか、冒険者だったのか。仲間と狩りに来てこのホブゴブリンの群れと出会ってしまったというわけか。災難だったな……」
ホブゴブリン?
言われて見回すと、髪を引っ張られる様に首が重く感じた。これはローブを着直した際に髪が中に入ってしまったせいだと、すぐに気付き両手で髪をかき上げる。それから散らかった死体をよく見て、ああそういえばと思い出す。
ホブゴブリンとは鉱山などに生息するゴブリンの亜種で、鋭い金属製武器を扱いゴブリンよりも遥かに強い。ゴブリンは緑でホブゴブリンが青。思い出し一人頷く。とはいえダンブルフにとっては、ゴブリンもホブゴブリンも大して変わらないが。
「大丈夫だ、きっと仲間は見つけてみせるからな」
そういい励まし続ける隊長。ここまで徹底してRPに殉じるプレイヤーも珍しい。しかし、励まされたところで意味は無い。
「仲間などおらぬよ。わし一人じゃ」
「なんと、お嬢ちゃん一人だというのか。うーむ、ではこのホブゴブリン共を倒した者達を見てはいないか? これほど凄腕の冒険者が近くに居るのならば是非とも助力を願いたいのだが」
見ていないかと訊かれたところで、鑑がダークナイトにやらせた事だ。ならば見せる方が早い。
「やったのはこの者じゃよ」
言いながら【召喚術:ダークナイト】を発動すると、傍にはまた黒い騎士が姿を現した。
「こ……これはっ!?」
「なんだこいつは!?」
周囲の騎士が剣を抜き放ち距離を取りながら警戒する。
「これは……もしや召喚術か?」
「そうじゃ。こやつで片付けたのじゃよ」
少女の言葉を聞いた隊長は騎士達に剣を収める様に指示すると、現れた黒い騎士を見上げ信じられないという表情をしつつも感嘆の声を漏らす。
「こいつはまた珍しいな……お嬢ちゃんは召喚術士だったか。中々強そうな剣士だな」
「うむ、お気に入りじゃからな。それよりお主ら魔法騎士団が何故このような所におる?」
もっとも初歩である武具精霊召喚を珍しい等とは変な事を言う隊長だと思うが、確かに今時こんな下級召喚を使っている召喚術士は滅多にいないだろう。なので珍しいといえば珍しいと言える。
精鋭の騎士団を率いて、こんな国境付近まで来るなど隣国に下手な誤解を与えかねない。アルカイト王国の国王は侵略戦争を好まず、騎士団も国防のための軍事力として有しているだけだ。そんな貴重な力を何の理由で派遣したのか鑑は見当がつかなかった。
そもそも、何か国で大きな動きがある時は、銀の連塔のエルダーである鑑の耳に入らないわけがないのだ。
「ああ、魔物が国境付近まで進行してきたという情報が入り、その討伐のために派遣されてきたんだ」
国境付近の魔物進行の討伐。鑑が当番でつい先ほど完了した任務だ。アルカイト王国民ならば、誰もが知っているはずの当番制だが、なぜ国の精鋭であるこの隊長は知らないのだろうか。鑑の脳裏にまたも疑問が過ぎる。
「お嬢ちゃんも冒険者なら聞いた事はないか。十年前の空から飛来した魔物達との激戦、三神国防衛戦を。あの頃より魔物の出現数が倍近くに跳ね上がっている。今回もそれに関係する事らしいぞ」
「十年前……じゃと?」
「知らないのか。うーむ、まあ十年前といえばお嬢ちゃんは二、三歳といったところだろうから無理もないか」
そもそも十年前だとクローズドβすら始まっていない。
『アーク・アース オンライン』でのゲーム内時間は現実の時間と同じに進む。設定でも魔物との激戦があったという話を鑑は聞いた事が無い。
正式サービス開始時には、アーク暦2112年9月1日。地球も同じで西暦2112年9月1日だ。そして開始から四年経った今ではアーク暦2116年9月14日。西暦でもアーク暦でも十年前はありえない事なのだ。
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