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賢者の弟子を名乗る賢者 作者:りゅうせんひろつぐ
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227 ミラ、宝石を求める

二百二十七


 気休め程度にしかならないが、ミラはユリウスとの無関係を装いつつも案内に従い、ファジーダイスファンが行き交う大通りにワゴンを進ませていく。
 ハクストハウゼン。そこは、実に特徴的な構造をしていた。
 まずは、街を囲う東西南北の外壁。その外壁全ての中央に門はあり、その内側に大きな広場がある。この半円形の広場からは、正面と左右、左右の斜め前方で計五本の大通りが延びていた。
 鳥瞰で大通りを見たとしたら、四角の中に四十五度傾けた四角を入れて、十字を描いたような状態だ。
 そして、北東、北西、南東、南西の区画に分けて、それぞれに代表がいる。それがこのハクストハウゼンの統治形態となる。
 ミラが今歩いている場所は、西門から入って真っ直ぐ行った大通りである。鳥瞰で見た場合の十字にあたる部分であり、ハクストハウゼンでは一等地となっていた。それゆえに、大通りには如何にもお高そうな店が並ぶ。しかも同じ一等地でありながら、中央に近づくほど更に上等になっていくという構造だ。通りを進めば進むほど、立ち並ぶ建造物の背も高くなり、教会や公的な施設も増えていった。

「お、あれは」

 その最中、ミラはとある店舗を見つけ、思わずといった様子で声を上げる。それは、お高そうな街並みにお似合いの宝飾店であり、御婦人方が実に朗らかな笑顔を湛えている様子が窺えた。

「やはり精霊女王さんも、煌びやかな装飾品はお好きですか? 何でしたら報酬を装飾品でお支払いする事も出来ますよ。特注でご用意する事だって可能です」

 流石は探偵助手だろうか、その洞察眼は優秀だった。呟きと僅かな視線の方向で、ミラが興味を示したものを察したようだ。しかしながら、その心中までは、やはり難しいらしい。

「いや、結構じゃ。ただ飾るだけの装飾品に興味はないのでな。というより、その精霊女王さんというのを止めてもらえぬじゃろうか。何ともこそばゆい気持ちになって仕方がなくてのぅ」

 装飾品で飾るという感覚をまったく持ち合わせていないミラは、きっぱりと断言しながら、所々で気になっていた点を指摘する。精霊女王さんと呼ばれる事に、ずっと違和感があったのだ。

「素敵な二つ名ですが、そう仰るのならば仕方がありませんね。では、ミラさんと呼ばせていただきます」

 きっと本当に素敵だと思っていたのだろう、ユリウスの表情は、実に残念そうだった。しかし、もっと残念そうだったのは、ミラの脳裏に響いた精霊王の声だったりする。曰く、存在を拒絶された気分だという事だ。ミラはただ、そんな事はないと釈明するのが精一杯だった。

「ところで、興味がないのだとしたら、何をご覧になっていたのでしょうか?」

 眺めていただけならば、声など漏らさないだろう。ユリウスは、ただただ興味を持ってそう訊いた。

「なに、ここの特産品は琥珀だったなと思い出しただけじゃよ」

 ミラが見ていた宝飾店は、ファッション専用の店であった。そのためミラが求める能力値強化が付与された品は、置いてはいないだろう。しかし気になるものはあった。それは、そこに並ぶ数多くの琥珀製装飾品だ。

「琥珀、ですか?」

 それを思い出したからといって、声を上げるほどのものだろうか。装飾品に興味がないというのなら尚更だ。職業柄かそういった細かい事が気になるようで、ユリウスは疑問を顔に浮かべてミラに振り向く。

「うむ、琥珀じゃ。とはいえ、ただの琥珀ではないぞ。もう一つの、虹珠琥珀の方じゃ」

 ミラは、そう口にしながら、前方に見えてきた店を指し示してみせる。そこもまた装飾品を扱う店であり、大きな窓から首飾りやブレスレットなどが並んでいるのを確認出来た。しかし、先程の店とは一つ違う点がある。
 それは、客層だ。御婦人ばかりであった先程の店に対して、今度の店は男性の姿も多く、そして何よりそのほとんどが、冒険者然とした姿ばかりであったのだ。

「なるほど。何とも凄腕冒険者らしいお言葉ですね。私の目もまだまだのようです」

 日々精進だと向上心を垣間見せるユリウス。顔が整っているだけでなく、努力家でもある彼は、ミラが提示したヒントで、それらを察する事が出来たようだ。
 ミラが口に出した虹珠琥珀。斑に虹色が浮かぶという美しい宝石であり、琥珀の十倍ほどの価値がある代物だ。そしてそれは、現在でも森深くに生息する、虹アゲハという蝶の化石と共に見つかるという。
 琥珀とは、太古の樹液が化石化したものであるというのは良く知られている事だろう。虹珠琥珀もまた、樹液の化石であるという点は同じである。違う点はただ一つ。化石となる前の状態だ。
 虹珠琥珀は、虹アゲハの体内に残った樹液が化石となったものだとされている。
 樹液を餌とする虹アゲハは、腹が大きく膨れるほどに樹液を吸う。すると当然、飛べなくなる。そのため数ヶ月の間、目立たぬ場所でじっとしているのだ。そしてその際、迷彩の魔法を身に纏う。
 この状態で、何かしらの要因があり化石となった時、腹に残った樹液が虹珠琥珀となる。そう発表した学者達がいた。
 事実、大きさに若干のばらつきはあるものの、虹珠琥珀は、その全てが楕円型で発見されており、それは虹アゲハの消化器官と同じだと証明されている。

「何でしたら、報酬を虹珠琥珀にいたしましょうか? 加工や付与なども、懇意にしている技師がおりますので、店で選ぶよりずっと理想的なものをご用意出来ますよ」

 ユリウスが、ふとそう提案した。余程のものが用意出来るのだろう、その表情には自信が浮かんでいる。

「魅力的じゃが、そのあたりは実際に所長とやらと話してからにしよう」

 ミラは、そう言ってこの場では提案を断った。報酬については今、触れる気はなかったからだ。そもそもミラの目的は、ファジーダイスから目当ての孤児院の場所を訊き出す事であり、捕まえる事ではない。そして何より、今後の背中の心配もある。場合によっては、見逃す事だってあり得るのだ。そんな状況で、報酬の話など出来るはずもないだろう。
 とはいえ、惹かれる提案ではあった。
 その美しさと希少性から、虹珠琥珀の価値は高い。しかし一番の特徴は、そこではない。虹珠琥珀は、能力値強化の付与とすこぶる相性が良いのだ。多少なりとも魔法を使う蝶の影響か、虹珠琥珀は、ただの琥珀の数十倍という付与強度を誇っていた。
 能力値強化の付与とは、特別な武具や装飾品などにみられる付加価値であり、命がけを生業とする冒険者達にとっては、生死を分ける重要な要素だ。
 その効果は、その名の通り、筋力や体力、魔力などの基礎能力を強化するというもの。単純だが、それゆえに効果もはっきりしており、当然需要も高い。
 そして付与強度とは、能力値強化の上限である。同じ付与でも、使う素材などで効果が変わるため、強度が低い土台に高い効果を発揮する素材を利用しても無駄になるだけだ。
 ただ、何よりもこれらの事に重要な要素があった。それが、ユリウスの提案に含まれていた技師の部分である。
 土台の付与強度もさる事ながら、何よりそれを最大限に活かせる加工技師というのが、なかなかに貴重な人材だったりする。
 ミラは、精錬の技術によって付与効果を抽出する事は出来るが、効果自体を生成する事が出来ない。後々、精錬で最大効果にまとめ上げるつもりではあるが、素となる付与がなければ始まらないわけだ。
 とはいえ、きっと国に戻れば、ソロモンお抱えの技師がいる事だろう。今度、ソロモンに頼んでみようか。などと考えながら、ミラは後であの店も確認しようと心にメモした。いくら技師がいようとも、強化付与品の制作には時間がかかる。だがそれ以上に、ただ商品を見て回るのが好きだからという理由でもあった。


 時折、他愛のない会話を交わしながら、暫く大通りを進み続けていたところで、いよいよユリウスが足を止めた。その目の前には立派な屋敷が建っており、一番目立つ正面に『男爵ホテル』という看板が掲げられている。一見すると貴族邸なここは、どうやらそういった風情を楽しめるという宿泊施設のようだ。

「所長を呼んでまいりますので、ミラさんはロビーの方でお待ちください。あと、ワゴンはそちらの駐車場にどうぞ。先程お渡しした私の名刺を係の者に見せれば、置かせてもらえますので」

 そう説明したユリウスは、随分と急いでホテル内に駆けていった。余程ミラへの期待が高いらしい、早く精霊女王の訪れを伝えたかったのだろう。

「まあ、とりあえず話を聞くだけじゃからな。聞くだけ……」

 駐車場へとワゴンを進めながら、ミラはどうしたものかと考える。
 まず、ファジーダイスについての情報は、一番欲しいところであり、それは欠かせない。問題は、協力云々についてだ。
 ユリウスの話からして、ファジーダイスを捕まえたいという気持ちが、ひしひしと伝わってくる。それは執念か、プライドか。どちらにしろ、ウォルフ所長とやらは、ファジーダイスを捕まえる事に並々ならぬ覚悟をもって挑んでいるのだろう。それは、かの三代目大怪盗を追う、インターポールの警部のように。
 対してミラだが、そこまで気合が入っているかといえば、やはりそうでもない。一番の目的は名も無い村の孤児院の場所を訊き出す事であり、尚且つ、ファジーダイスがそれを知っているという確証はないのだ。ファジーダイスについてのミラの気持ちは、とりあえず訊いてみようという程度のもの。ファジーダイスが知っていれば万々歳。知らなければ、次の手がかりを探すだけである。
 更に今回、ファジーダイスのファンの問題が浮上してきた。これからの身の安全と心の安らぎを考えるならば、敵対しない方が無難であるといえよう。

(とはいえ情報だけもらって、はいさよならというのも悪いしのぅ……)

 ユリウスは、協力せずとも情報は寄越すと言っていた。しかしそれでは申し訳ない気がするのが人の心理というものだろう。受けた恩は返すべきだ。そんな気質が、どうにもミラを悩ませていた。
 だがもう一つ、ミラを悩ませる種があった。
 ミラは御者台側の扉をそっと開けて、ワゴン内の様子をそっと確かめる。
 そこでは、水の精霊であるアンルティーネが、未だぐっすりと眠りこけていた。精霊とはいえ、流石にこのままでは不用心だろう。
 精霊王は、数日で目が覚めると言っていたが、あとどの程度かはわからない。それでいて、ミラはこれから怪盗ファジーダイス対策で色々と動く予定だ。ほぼ間違いなくアンルティーネが目覚める時には、近くにいないと思われる。
 そのためミラは、護衛役として灰騎士をワゴン内に召喚しておく事にした。加えてテーブルの上には書置きも残しておいた。それは今の状況を簡潔に説明すると同時、無理をして急がずとも良いという、アンルティーネを思いやるものでもあった。

 ワゴンの駐車は、ユリウスに言われた通りに名刺を提示した事で問題なく完了する。ただその際、係員がワゴンを牽引していたガーディアンアッシュに、これは珍しいと興奮した様子だった。
 何でも係員曰く、この道三十年の歴史の中、数多くの牽引者を見てきたが、灰色の熊は初めてらしい。そして、そんな彼の趣味は、牽引者の記録だという。
 これまた珍しい趣味もあるものだ。駐車を終えてワゴンから降りたミラは、そんな事を思いながら、とても楽しそうにガーディアンアッシュの写真を撮る初老の係員を、何だか微笑ましいと見つめていた。なお、高級品であるカメラの持ち主は、係員の彼ではなく、このホテルのオーナーだそうだ。彼の趣味に理解があり、貸してくれているらしい。随分と優しいオーナーのようだ。
 ミラは満足いくまで写真を撮らせた後、熊の厩舎はどうしたものかと考え始めた係員の前で、思わせぶりにガーディアンアッシュを送還してみせる。すると係員はミラの望み通りに、また驚いた。そして、まさか召喚術だったとはと楽しげに笑った。

 召喚術は健在だと係員に主張してから、ミラは『男爵ホテル』のロビーに向かう。
 建物の中に入ると、そこは正しく貴族邸そのものといった雰囲気だった。正面の大階段と、その突き当りに飾られた誰かの肖像画。天井のシャンデリアに、良くわからない風景画と、ぱっと見お高そうな壺など。実にそれっぽく誂えられている。客層は疎らで、は商人から冒険者に旅人など様々だった。
 受付は大階段の脇にあるが、宿泊するわけではないので行く必要はない。ロビーを見回したミラは、数人の客に交じり適当な待合席に腰掛けてユリウスを待つ事にした。





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