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賢者の弟子を名乗る賢者 作者:りゅうせんひろつぐ
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221 騒動の中心

二百二十一


「さて、こちらはどうするかのぅ……」

 一度ワゴンに戻ったミラは、その隅に転がしていたアンルティーネを見やる。幸せそうな寝顔の水精霊は、結局終日起きる事はなかった。余りにもぐっすりであるため、途中心配になったミラだったが、精霊王の説明で安心する。曰く、急いで来るために精霊力を随分と消耗しただけと。数日もすれば、元気に目覚めるそうだ。
 という事で、ミラはアンルティーネをそのままにする事とした。とりあえず押し入れからバスシーツを出して、眠りこけるアンルティーネに掛ける。すると、アンルティーネの手がもぞもぞと動き出して、バスシーツをぎゅっと握り手繰り寄せるようにして包まった。
 こうなると、すやすやと眠るアンルティーネの姿は、人のそれと大して変わらない。
 ミラは、もう問題ない事を確認してからワゴンを降りる。そして、不寝番代わりの武具精霊を召喚するべく、意識を集中した。
 少しして魔法陣より現れたのは、聖剣を携えた二体の騎士。合成術と精霊王の加護によって完成した灰騎士である。
 合成術を行使する時の感覚、更に精霊王の加護をより身体に馴染ませるために、この灰騎士召喚は、とても都合が良い存在だった。そのためミラは、野宿の際の不寝番として定期的に召喚していたりする。

「うむ、なかなかの仕上がりじゃな」

 ミラは灰騎士をじっくりと観察しながら、完成具合を確認する。実はこの術、まだまだ出来上がったばかりという事もあって、ミラの実力を以ってしても、息をするかのように召喚、というわけにはいかなかった。召喚には、しっかりと合成し繋ぐための集中が必要となるのだ。
 そうした後、不備がないかを、しっかりと確認する。このようにミラは、新しい術が完成したからといって、そこで手を緩めたりはしない。次には、完成を完璧に仕上げるための試行錯誤が始まるのである。

(ふーむ……装甲が厚くなった分、ダークナイトの時に調整した部分が、やや膨らんでおるな。これはその内、検証して再調整する必要がありそうじゃ)

 こうして、問題点を一つずつ挙げては修正を繰り返し、一歩一歩完璧に近づけていく。地道だが確実な方法だ。

「いずれ完璧に仕上げてやるからのぅ。一緒に頑張っていくぞ」

 ミラは灰騎士にそう声をかけてから、精霊屋敷に入っていく。物言わぬ灰騎士は、ミラが扉の奥に消えると、与えられた指示を実行するべく、ワゴンと精霊屋敷周辺の巡回を始めた。サンクティアという特例はあるものの、基本として武具精霊には自我がないとされている。だが不思議と、巡回警備を遂行する灰騎士の足取りは、どこか軽やかであった。


 ミラは、早速とばかりに風呂の支度を始めた。湯を溜めながら、湯上りの一杯を用意する。それから、さっさと用を済ませて、今夜の夕飯を考えつつ暫く待つ。
 そうこうして風呂の準備が出来たら、即座に服を脱ぎ捨てて、浴槽に飛び込んだ。
 この日は、窓から大きく聳えるハクストハウゼンの外壁が望めた。今は見えないが、その向こう側には多くの人々が生活している街が広がっている。月明りを受けて見事に浮かぶその光景は、ひっそりとしながらも頼もしく、確かな息遣いを感じるものだった。


 この日、風呂から上がったミラは、パンツ一枚のままで歩き回らず、直ぐに服を着ていた。ようやく女らしさというものを身に着けたのだろうか、とも思えたが、少々違う。その理由は、現在の立地である。
 ハクストハウゼンの入口から、さほど遠くはない位置に今の精霊屋敷はある。つまり、入口近くからならば、多少なりとも何かがあるとわかる状態なのだ。
 なぜ、このような場所に精霊屋敷を召喚したのか。それもまた、ミラの召喚術布教の一環だった。
 何もなかった場所に、謎の屋敷がある。となれば、きっと誰かが調べにくるであろう。その時は笑顔で歓迎して、『これは召喚術であり、修行を積み苦難を乗り越え、運命の出逢いを果たした時、この恩恵が授けられるのだ』と、ミラは語るつもりなのだ。なおミラ自身、精霊屋敷召喚は、かなりの難度である事を承知しているので、今回の宣伝は、高いハードルがある事を示唆した内容になっている。
 あくまでも、こういった可能性が召喚術士にはある、という事だけでも知っておいて欲しい。それが今回のミラの目標であった。
 いつ誰が来てもいいように準備を整えた後、ミラは、夕食を摂った。今日のメニューは、出来立ての牛丼だ。
 アイテムボックスを利用すれば、いつでも出来立て。ミラはその恩恵に感謝しながら、ほかほかの牛丼を頬張った。

 夕飯を終えた後、ソウルハウルの研究書を熟読し、技能大全にも目を通すなどして、精力的に勉強をしていたミラ。更には、その合間合間に、《意識同調》の訓練ついでに表の灰騎士の視界を共有し、誰か調べにやってきてはいないかと確認したりもしていた。

(流石に夜では、人は集まらぬか……)

 この場に精霊屋敷を召喚してから、五時間ほど。そろそろ眠気に抗い辛くなってきた時間。
 街道脇に突如現れたように見えるであろう、この屋敷。しかし、居を構えたのは既に夜の闇に覆われていた時間であり、街の外の人通りも少なかった。もしかしたら日が昇るまで気付かれないかもしれない。実際、灰騎士の目を借りて見回した範囲に、近づいてくる人影は皆無だ。
 唯一見えるのは、遠く街の入口にいる、門番達である。丁度、交代の時間なのだろうか、十人近くが集まって、何やら話し合っている様子が窺えた。
 暫くすると半数が街へ戻り、もう半数が外壁の門に残った。時刻は既に深夜の零時だ。

(こんな遅くに、ご苦労な事じゃな)

 ミラは、これから夜の見張り番なのだろうその者達を、心の中で労いながら《意識同調》を解除した。
 それから研究書や技能大全を片付けたミラは、しっかりと鎧戸を閉めて特製寝袋に潜り込み眠りについたのだった。



 精霊屋敷で迎える朝は、実に心地の良いものだ。七時を少し過ぎた頃に目を覚ましたミラは、用を済ませた後、鎧戸を開き、朝日を室内に迎え入れる。
 明るい日の光は、程よい刺激となり、ミラの頭をすっきりと目覚めさせていく。
 と、目覚めていくと同時、ミラの耳は、遠くより響いてくる喧騒を捉えた。
 朝早くから、随分と賑やかな事だ。そう感じたミラだったが、次の瞬間、ふと思う。今いる場所、精霊屋敷のある場所は外壁の外であり、街道からは幾らか離れた地点であったはずだと。
 それでありながら、喧騒が聞こえてくるのは、おかしくないだろうか。それに気付いた時、ミラは予定通りに功を奏したかとほくそ笑んだ。
 きっと朝早く、明るくなったところで、誰かがこの精霊屋敷を発見したのだろう。そして、突如として現れた精霊屋敷に興味を持って、あれは何だと騒いでいるのだろう、と。
 計画通りだ。そう確信したミラは、召喚術の認知度をより高めるために行動を開始する。
 まずは、存分に着飾った。といっても、いつもの侍女達作であるワンピースを着てコートを羽織っただけだが。
 ミラは、これまでの経験から、ある事を一つ学んでいた。それは、ギャップによる印象の違いだ。かつて、ダンブルフだった頃の姿よりも、今の姿で同じような術を使った方が、より相手には印象に残り易いのだと、これまで見てきた反応から学習したのだ。
 そして、なるほど確かに、とも納得していた。如何にも老練で凄い事を簡単にやってのけそうな者より、そうとは全く見えない美少女が凄い事を簡単にやってのけた方が、明らかに驚くというものだ。
 ゆえに、こんな姿になってしまったからには、それを大いに利用してやろうと、ミラは画策していたのである。

(この賑やかさ。結構な人数じゃな)

 これだけの美少女が魅せる、最大級の召喚術。そして屋敷精霊の利便性。きっと、召喚術に対する印象も良くなるはずだ。ミラは、そう信じて疑わなかった。
 そうこうして、主観的には身なりをきっちり整えたミラは、お披露目だとばかりに扉を開き、優雅な足取りで精霊屋敷の外に出た。
 直後、ミラは驚いたように目を見開いて足を止める。

「なん、じゃと……?」

 ミラの目に映った光景は、想像したものと少し違っていた。ミラの予想では、この屋敷は何だろうかと、興味津々な者達が野次馬の如く集まっているというものだった。しかし実際そこに集まっていた者達は、兵士と武装した冒険者ばかりであったのだ。しかも一様に警戒し武器を構え、完全な臨戦態勢という有様である。
 予想外の状況に、びくりと肩を震わせたミラは、何事かと周囲を見回した。


 ただ、驚いていたのはミラだけではなかった。

「おい、どういう事だ、あれは?」

「可愛らしい女の子が出てきたぞ?」

 精霊屋敷をぐるりと囲むように配置された兵士と冒険者。彼等彼女等は、正体不明の屋敷から出てきた美少女の姿を前に、動揺を露わにした。皆が内心で、こう思ったのだ。聞いていた話と違うぞ、と。

「どうするんだ、怯えてるぞ?」

 一人の冒険者が、そう隣の兵士に声をかける。その兵士は、ここにいるどの兵士よりも立派な鎧を身に着けていた。どうやら彼が、この場の責任者である兵士長のようだ。
 武装した集団に突如囲まれたからであろう、屋敷から姿を現した少女は、びくりと肩を震わせて戸惑った様子で周囲を見回していた。
 責任者である兵士は、その様子に心を痛めながらも、表情険しく言い放つ。相手は、かの大怪盗か、その関係者である恐れが強い。どのような手段をとるかわからない以上、警戒を維持し続けよと。
 その場に集まった者達にそう伝えた後、さて少女は何者なのかと、兵士長はゆっくりと歩み寄っていった。



 謎の武装集団に囲まれたミラは、はてさて今はどういう状態なのかと考えていた。と、そんな時だ。伝言か何かであろうか、その者達がひそひそと交わす言葉の中に、原因に繋がりそうな単語があった。

(何やら、怪盗云々という言葉が聞こえた気がしたのじゃが……。これは、もしや……)

 何となくだが現状を理解し始めたところで、一番身なりの良い、この場のまとめ役であろう兵士長が、こちらに向かって来るのが見えた。

(予想通りならば、この状況は……)

 兵士長が動くと同時、近づいてくる者を自動で遮り排除しようと動き出した灰騎士。そんな灰騎士にミラは「良い、下がれ」と、指示をあえて口にして控えさせた。こちらに敵意はないと、周りに示唆するためである。
 指示通り身を引いた灰騎士は、戻りミラの脇で待機の姿勢をとった。
 するとどうやら、ミラの意図するところが伝わったのだろう、それを見た兵士は自らも剣を収め、改めてミラに歩み寄っていった。

「話し合いをする気はあるだろうか?」

 双方の距離が五メートルほどになったところで、兵士は立ち止まり、そう口にする。その表情からは幾らかの険しさが抜けており、代わりに窺い見定めるような色が表れていた。

「うむ、願ってもない申し出じゃな」

 ミラは、そんな兵士長と真っ直ぐ向かい合い頷いた。それできっと解決出来ると察したからだ。今の状況は誤解による結果であると。

「そうか、助かる」

 ミラが話し合いを快諾すると、一安心といった様子で兵士長は表情を緩めた。だが、それも一瞬だ。次の瞬間には再び引き締まった顔で言葉を続ける。

「まず初めに教えてくれ。君は、ファジーダイスの関係者か?」

 その言葉は、ミラの予想通りであった。何がどうしてこうなったのか、怪盗ファジーダイスに関係していると疑われ、このように包囲されていたという訳だ。

「否、わしはただの冒険者じゃ。このたび、この街に怪盗が現れると聞いてのぅ。捕まえてやろうと馳せ参じた次第じゃよ」

 そう言いながら、ミラは冒険者証を印籠のように掲げてみせる。可愛らしいカードケースに入れられた冒険者証だ。更に歩み寄った兵士長は、二メートルほどの距離で、それに目を凝らす。

「確かに……。おお、なんとAランクとは!」

 それが確かに本物であると確認した兵士長は、続けてミラがAランクである事実に驚愕した。それと同時、周囲で待機していた者達が、兵士長の声を聞いた途端に、ざわめき出す。
 ともあれ、それも当然か。Aランクといえば、上級の中でも更に上の位であり、冒険者達にとっては、憧れにも成り得る存在なのだから。

「しかも怪盗退治に助力してくださると。いやはや、Aランクの方に来ていただけるなんて、これは心強い! 最近は余り来てくださらないので、本当に助かりますよ」

 冒険者証とAランク。どうやらこれらは、かなりの信頼性を有する代物のようだ。兵士長からはほぼ警戒の色が消え去り、随分と歓迎した態度に変わっていた。

「ほぅ、そうなのか? むしろAランクが集まってきそうなイベントと思っていたのじゃがのぅ」

 Aランク冒険者が、最近は余り来てくれない。その兵士長の言葉に、ミラは首を傾げた。怪盗ファジーダイスの出現は、余所の街にまで届くような大事件である。そして冒険者総合組合では、その捕縛任務が緊急要件として張り出されているという。
 報酬は破格で注目度も高いため、更なる名声を得る好機といえるだろう。成功させればAランク同士での競争で一つ抜き出る絶好の機会だ。
 と、ミラはどことなく、イベント感覚で考えていた。しかし、実際は随分と違うようだった。

「聞いた話ですが、最初の頃は結構集まっていたそうです。そして、Aランク冒険者を一目見ようと、他にも多くの見物人も集まっていたと。それはもう、年に一度のお祭りくらいに賑やかだったと、当時の関係者に聞きました」

 そう思い出すようにして、兵士長は知り合いに聞いたというファジーダイスの事と、とある街での出来事を語った。
 それは、余りにも鮮やかで、余りにも圧倒的だったという。
 冒険者総合組合からの任務、または標的にされた者からの依頼に応え集まったAランク冒険者は、計十人。それは、Aランク超えの凶悪な魔獣、街一つを危機に陥れるようなレベルの相手であろうと、討伐出来るだけの戦力だった。
 ゆえに誰もが、Aランク冒険者達の勝利を信じ、その活躍を期待していた。
 しかし、実際に蓋を開けてみれば、それは圧倒的な敗北で終わったそうだ。当時、相当に勢いのあったAランク十人が、ファジーダイス一人相手に、悉く破れたらしい。しかも十人全員は、簀巻きにされて組合の軒下に転がされていたという話だ。

「Aランク十人を相手に、そこまでとはのぅ……。相当な手練れのようじゃな」

 これまでで、何度かAランクの冒険者に会った事のあるミラ。そして、出会ったその者達は、きらりと光るものを内に秘めた本物の勇士だった。
 組合の定めた様々な審査基準をクリアして、ようやく就けるというAランクというのは、指標として確かなものだ。そんなAランクを背負って挑んだ十人を、撃退したファジーダイス。どうやら、予想以上に強者であるらしい。

「ええ、とんでもない強さだったという話です。そして何より、大いに期待を受けての完敗だった事もあって、その十人は随分と信頼を失ったと聞きました。更には、それに加えて、かの怪盗が狙う標的についても色々あり……」

 兵士長は苦笑交じりに溜め息を吐きながら、「今じゃあこっちが悪役ですよ」と笑った。

「あれじゃろ、義賊云々というやつじゃな」

「その通りです」

 出始めたばかりの頃は、ただの怪盗とされていたファジーダイス。しかし回を重ねる毎に標的の共通点が露わとなり、結果、ファジーダイスは庶民の星に進化したのだ。
 その共通点とは、悪人である。ファジーダイスが標的にする者は、全てが悪い噂の絶えない、そしてそれが事実である悪人だけなのだ。そのため、世間一般の認識では、ファジーダイスこそが正義となっていた。
 となれば、これに敵対する者は悪だという関係性が成り立つ。他よりも影響力の高いAランク冒険者にとって、これはかなりのマイナスイメージとなってしまうわけである。
 そうした末、今はファジーダイス捕獲任務に、Aランク冒険者はほぼ現れなくなったという事だ。時折現れるのは、腕試しだとか見学だとかで、ファジーダイスを牢獄にぶち込んでやろう、というような剛の者はいないそうだ。

(そうすると、わしも余り褒められた理由ではないのぅ)

 ミラの目的は、ファジーダイスからアルテシアがいそうな孤児院の場所を訊き出すというものである。捕まえる捕まえないという事については、全くといっていいほど考えてはいなかった。むしろ、情報が聞けたらそのまま見逃そうとすら思っていた次第である。
 とはいえ、それをわざわざ話す必要はないだろう。ミラは、あくまでも怪盗を捕まえに来たという体で兵士長と向かい合うのだった。





最近のご飯なんですが
豆腐とサツマイモの他、ネギ、ニラ、ササミの鍋もありまして
そこでふと気づいたのです。
ネギ、ニラ、ササミあたりは切ったなんだが必要なわけですが、これ、形状的にハサミの方が簡単そうだな、と。

なので買っちゃいました。
キッチンばさみ!
これは便利ですねぇ。まな板いらずです。
という事で、この性能をもっと活かすために、新たな食材を試す事にしました。
新入りのアスパラガス君です。

細長いものなら、簡単に切る事が出来るキッチンばさみ。これはかなり捗りますよ!
+注意+
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