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賢者の弟子を名乗る賢者 作者:りゅうせんひろつぐ
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14 続賢者と王の会談

十四



「これはどういう事じゃ」

 信じられないという様な表情で、黒い箱を文字通り通過する自身の手を、閉じたり開いたりしながらミラは顔を寄せる。

「見ての通りだよ。現実になったとは言っても、元々のルールは有効なんだ。この化粧箱みたいに、譲渡不可のアイテムは人に渡す事は出来ないし、君の持つ塔鍵(マスターキー)みたいな所有者権限付きのアイテムは、力ずくで奪う事は出来ないんだよ」

「つまり、化粧箱は自分で手に入れなければどうにもならんという事か?」

「そゆ事。まあ知っての通り課金アイテムについては絶望的と言わざるを得ないけど」

「なんという事じゃ……」

 一通りの言葉を交わし終わると、ミラはソファーに正面から突っ伏した。諦めに似た感情が支配した脳内では、いよいよ持って保身を前面に押し出した言い訳をどうしようかと全力で思考し始める。

「例外は無いのかのぅ?」

 顔だけを向けて一縷の希望に縋るミラ。

「ここ三十年間、聞いた事はないね」

「なんという事じゃ……」

 歴史の篭った返事にあっさりと希望をへし折られる。ミラはソファーに寝転がりかつての雄大な姿を思い出し、妄想の世界へと逃げ込もうと瞼を閉じる。

「僕も何とかしてあげたいところだけど、こればかりはね」

「本当にそう思っとるのか。内心、わしの事を笑っとるのじゃろう」

 ソファーでゴロゴロしながらネガティブ思考全開になったミラの姿は、不貞腐れた子供そのものだ。

「いやいや、そんな事ないって。昨日の今日ならこの国の事忘れてないでしょ。君達に守られて、この国は他国と対等にやっていけたんだ。だけど今、大事な柱である賢者が不在だから、ってこの事は知ってた?」

 ソロモンが言うのはエルダー消失事件の事だ。ダンブルフが居なくなった時より一年足らずで全てのエルダーが姿を消した、アルカイト王国最大の事件として年表に刻まれている。

「うむ、グライアより聞いておる。何でも時を同じくして皆が居なくなったとな。その後、今より二十年程前にルミナリアが戻ったと聞いての、事情を聞きに塔に寄ったのじゃよ」

「そっかそっか、それで塔にね。まあ、そこまで聞いているなら話は早いか。そんな君達、国最強の矛と盾が居ないとなれば、もう後はどうなるか想像出来るでしょ?」

「なるほど……のぅ」

 九賢者の後ろ盾を生かし、決して侵略戦争を行わない事で他国との軋轢を避けていたアルカイト王国。土地は豊かでいて、王は強欲で無かったため、奪う必要も無く国防に注力していれば、他国も自然と交易を望んでくるようになった。

 だが、その国の柱が失われたのだ。

 公式に発表されたのは、ルミナリアが戻った二十年前だが、いくら九賢者とはいえ一人で国の全ては手に余る。
 結果、有益な大地を得ようと他国からの介入が増え、戦争まではいかなかったが度重なる小競り合いに徐々に国は疲弊していた。

 これが現在アルカイト王国が置かれている状況だ。一人とはいえ、九賢者の一人が戻ったとなれば、その影響力は計り知れないだろう。特に隣国の騎士団五千名を一人で押さえ込んだ軍勢のダンブルフ(・・・・・・・・)ともなれば尚更だ。

「これは王としての話になるけどね、(ダンブルフ)はこの国の英雄なんだ。その存在だけでも影響力は絶大なんだけど、それがこんなロリっ子になっちゃったなんて、ちょっと大きな声では言えないよね」

「う……うぬぬ」

「実力は同一人物なんだから変わらないけどさ、印象が全然違ってくるよ。もし君が最初からその姿だったら問題は無かったかもしれないけど、この国に根付いた君のイメージは正に老練の術士で、賢者という肩書きに恥じない風貌をしていたからね」

「そうであろう。最高傑作じゃったと今でも声を大にして言えるからのぅ」

 ミラは理想の男性像を褒められて気を良くすると、瞼を開きソロモンに嬉々とした視線を向ける。

「そんな英雄が、こんな女の子になったなんてイメージ的にどう思う?」

 言われて想像してみる。尊敬する人物。たとえば、ダンブルフの名前の元になった人物が年端もいかぬ少女になった場合。

「…………頼りないのぅ」

 そう呟き、ミラは自分の置かれた状況を理解した。

「そうなんだよね。僕としてはダンブルフが国に戻ったって宣言したいところなんだけど、今の君の姿を晒すわけにもいかないんだ。化粧箱なんて一般人は知らないんだから」

「宣言するだけして、姿は見せないと言う訳にはいかんのか?」

「それは難しいかな。三十年振りの英雄の帰還だ。国を挙げての盛大なパーティが開かれるだろうし、主賓が出ないわけにはいかないでしょ。落ち着いてくれば、きっと他国から偵察が来るだろうし」

 ソロモンの言うように、三十年も不在であったなら帰還を祝してのパーティが開かれるのは当然の流れだ。真実かどうかを探りに来る間者も現れるだろう。それでダンブルフが居ないと分かれば、国の不信を買う事は目に見えている。

 だがソロモンは、そもそもミラに会った時からダンブルフの帰還を発表する気は無かった。もう一つ、本題があったのだ。それを告げるべくソロモンはミラの寝転がるソファーまで歩み寄る。
 側で佇むソロモンの笑顔に隠れる真剣な眼差しに、ミラは居住まいを正すと、怪訝そうな瞳で見上げる。

「そこで提案があるんだ」

「ほう、何じゃ」

「誰もが納得するような成果を上げてから、ダンブルフの弟子としてエルダーの襲名を宣言すればいいと考えたんだ」

 ソロモンの言いたい事は、少女の姿に箔をつけるというようなものだった。突如現れた少女がダンブルフだと言っても、信じるものは少ないだろう。信じたところで、先程の話のように威厳が失われているため、与える影響は高が知れている。
 また、ダンブルフの弟子としてすぐに賢者の地位に据えるという方法を取った場合、英雄の弟子とはいえ何の実績も無い少女が、術士の最高位であり国の方向性を左右する権限まで得るとなれば、日々を励む術士達にどのような影響を与えるか計り知れない。

 だが、国に貢献する大きな何かと共に現れればどうか。そういう話だった。

「絶対にうまくいく。とは言えないけれど、やってみる価値はあると思うんだ。むしろやって欲しい」

「まあ、事情は把握したが。して、わしに何をやらせようというのじゃ?」

 ミラがそう訊くとソロモンは大きく深呼吸して腕を組む。そして真面目そうに振舞いながらも多少困ったような表情を浮かべた。

「ダンブルフ……いや、これからはミラと呼ぶ事にするね。どこで洩れるか分からないし」

「うむ、好きにせい」

「さて、ミラ。君に頼みたい事は他でもない、皆を探してきて欲しいんだ」

「皆、とな?」

 顎に手を添えながら言葉を繰り返すミラ。皆と言われても、どこをどうとって皆なのか。一瞬聞いただけでは分からないが、話の前後から自ずと予想は出来た。ミラは、その答えに思い当たると、心底面倒くさそうな表情を浮かべる。

「今この世界に居るのは、ルミナリアとわしだけではないのか?」

「うん。あえていうなら、君が最後だ」

「何じゃと……」

「さっきフレンドリストについて教えたよね。確認してみるといいよ」

 そう言われると、ミラは腕輪を操作し無くなったと思っていた画面『裏画面』を呼び出し、フレンドリストを開く。

 そこに並んだ名前は、かつて仲良くなった友の名だ。ソロモンやルミナリアの名前は白い文字で書かれている。そして、目的の名前を見付けると、心底気だるそうな表情でその白い文字で書かれた名を目で追った。

「全員オンラインじゃな」

「そうなんだよね」

「なら、何故おらん?」

「それが分からないから君に探してきて欲しいんだ」

「難儀な話じゃのぅ。どこをどう探せというのじゃ。塔でなければ、こやつら一所に留まるような輩ではないぞ」

「まあ、正直なところ時間はかかるだろうね。ただ出来れば今年中に半分は見つけて欲しい」

 今年中に半分。制限時間を掛けたソロモンの真意に見当が付かないミラは、そのまま疑問を口にする。

「今年中とは随分と性急じゃな。なんの手掛かりも無くゼロからあ奴等を探すなぞ、一年二年で成せる事ではないじゃろう」

「まあ、そうなんだけどね。どうしても今年中じゃないとまずいんだ。君がこの世界に現れたのも、本当にギリギリのタイミングだったからね。もう僕はその偶然に縋るしかないんだよ」

 心底疲れたように眉間に皺を寄せる少年は、何とも違和感のある姿だったが、ミラはその口調と表情から余程切羽詰った事情があるのだと察した。

「何ゆえ、それ程急ぐ。理由を言うてみい」

 ソロモンは、本棚から書類をまとめた一冊のファイルを取り出し開くと、ミラへと渡す。
 そのファイルには、十年前に起きたある戦闘の記録が記されていた。ミラの頭の片隅の方にグライアとの会話が蘇る。ある戦闘の後、魔物の出現率が上がったと。

「三神国防衛戦……か」

 ミラは記述を一瞥すると、ファイルの表紙を呟くように読み上げる。

「知ってる?」

「うむ。十年前の事らしいのぅ。グライアがその後、魔物の襲撃が多くなったとも言っておった」

「そうそう。君たちが居なくなったから騎士団を派遣する事になっちゃったんだ。数も多いし軍事費も馬鹿にならないよ」

「して、これにどのような理由がある。結局は昔の事じゃろう。それともわしらにまた討伐をさせて、軍事費ケチろうという腹か?」

「あー、そうだね。そうしてもらえると大助かりだけど、もっと切迫した問題があるんだ」

 そう言ったソロモンは、ミラの手にあるファイルのページを捲り、あるところで止める。そこには、『限定不戦条約』と題された事柄が書かれている。

「ふむ、これは?」

「君は居なかったから知らないだろうけど三神国防衛戦は、かつて僕たちが経験した戦争とは比べ物にならない程の規模だったんだ。初期三国の王、神王が直に指揮を取ったといえば君にも分かりやすいかな」

「なんと……。あの不動王どもが」

 ミラが驚くのも無理もない。初期三国というのは、誰もが一度は所属するゲームの始まりの国。それはつまり、プレイヤーが建国する前より存在していた国であり、国内ならば駆け出しのプレイヤーの安全が保障されているという事でもある。

 建国ラッシュを迎え湧き上がる大陸の中でも、この初期三国に布告するような国はなかった。たとえしたところで有名どころの揃った三国のNPCは破格の実力を持っており、プレイヤーですら軽く蹴散らかされる程だ。
 そんな国の王が三人も出張るとなれば事の大きさが窺い知れるだろう。
 余談だがミラの言う不動王とは、動いたところを見た事が無いから付いたあだ名だ。

「三神国防衛戦って銘打ってるけど、初期三国が最前線で奮闘していたからであって、この戦争は大陸全土を巻き込んだものなんだ。
 事の始まりは空から飛来した魔族の大群。主に三国を攻めていたみたいだけど、増援と共に別の場所に飛び去るんだ。その飛び去った魔族が隣国周辺に襲い掛かるもんだから被害も当然広範囲に拡大して、小国はその多くが壊滅。酷いもんだったよ」

 表情を苦悶に歪めながら酷かったと言うソロモンは、正に民を憂う王の意志をその身に宿している。ミラはそんなソロモンの姿に「そうじゃったか」と心中までは理解出来ぬとも、友として親友を憂う。

「まあ、そんな大戦が十年前にあったんだけどね、それだけの戦争だから、終戦後どんな状態だったか想像しやすいでしょ」

「どこもかしこも復興作業で大忙しじゃな」

「正解。それで各国で牽制し合う様に出来たのが、限定不戦条約ってわけ。内容を簡単に言うと、条約制定から十年間、戦争とそれに準じる全てを禁止するっていうもの」

「なるほどのぅ」

 つまりは大陸全ての国が、まともに戦争出来る状態では無いので、一先ず復興に尽力してスタートラインは足並み揃えていきませんか。という事だ。

「この条約の期限が近い。そういう事じゃな?」

 話の流れからミラが察した時間制限。それはつまり、条約の失効と共に戦争が解禁となるまでの期限だ。
 アルカイト王国の主力、九賢者が一人ともなれば付け入る隙もある。富んだ大地は、様々な大地の恩恵を与え、術においては右に出る者が居ないアルカイト王国を手中に入れれば、その英知は大いなる実りを齎すだろう。見逃す手は無い。

「正直なところ、今はこの条約に守られているといっても過言ではないんだ。抑止力とまではいかなくても、せめて国を守りきれるだけの戦力が必要だ。
 もう一度言うよ。ミラ。
 皆を探して来てくれないか」

 ミラは、ファイルを閉じると一呼吸置いてソロモンの真剣な瞳を見つめ返す。その心にはもうすでに答えは出ていた。

「いいじゃろう。引き受けよう」

 ミラがそう答えるとソロモンは「ありがとう」と破顔一笑する。
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