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賢者の弟子を名乗る賢者 作者:りゅうせんひろつぐ
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145 頂上決戦

百四十五


 長い階段を一足飛びに駆け上がり、カグラが辿り着いたところは岩山の山頂。正確には、その中にある小さな空間だった。だが小さいとはいえ、ミラが居残った場所に比べてであり、部屋としてみるならばそこそこの広さがある。
 その広さ、そして造りからみて、この場所は王の謁見室をイメージしているのだと分かった。
 部屋の中ほどから緩やかで幅広の階段が続く。そして、その先にそれは存在した。

「あんたが、ここのボスね」

 カグラはその者を真っ直ぐに見据えながらも、警戒しつつ歩を進めていく。
 部屋の奥には、巨大な石をそのままくり貫いたかのように無骨な玉座があり、そこに何者かが座っている。黒い霧に覆われよく見えないが、その者は明らかに異質な気配を放っていた。
 すると不意に、その影が揺れる。

「その通り。妾こそが、かの者共の支配者なる鬼姫ぞ。しておんしは何者なるや? 部外者であろう? この場に部外者を立ち入らせるとは、まったく使えぬ者達よ」

 苛立ちというより失望。失望というより無関心で、どこか無邪気な少女の声が響いた。
 黒い霧の奥、近づくほどに、その姿ははっきりとし、いよいよ部屋の中ほどを越えた頃、カグラは足を止めた。そして、僅かに表情を顰める。
 キメラクローゼンの首領、鬼姫と名乗ったその者は、年端もいかぬ少女の姿をしていたからだ。

(あの霧……どこから出ているの? 服の中? でも、おかしい。あれだけ濃い霧を発生させるには、鬼一体分の黒霧石でも足りないはず。なら、あれは……)

 カグラは、その少女を見据え思案する。決戦までの数日、錬金術師アルバティヌスの協力のもと、黒霧石について徹底的に研究していた。特性やその対処は、全てカグラの頭に入っている。ゆえに目の前の光景は、異様であったのだ。
 黒い霧とは、鬼の呪いが具現化したもの。黒霧石はその媒介。そのため霧の濃さに比例して、媒介の量も増えるのだが、少女は黒霧石どころか、その加工品すら所持している様子がなかった。
 黒い霧を纏う少女、鬼姫は、霧にも負けぬ黒い髪のおかっぱ頭で、目は血のように赤く、額には二本の黒い角が生えており、肌は陶器のように白い。そして和装に似た形状の絢爛な衣を羽織り、他には何も身に着けてはいなかった。それでいてその姿は、一目で人と違うと分かるもので、それこそ人形のように見えるものだったが、人形のように見えるからこそ、鬼姫は完成された美しさを備えていた。

(どういう事? プレイヤーを見た時とは違っているのに、名前も能力も見えないなんて……)

 カグラは、注意深く鬼姫を調べていた(・・・)。だが、幾つかの表示が目に浮かんでいるにもかかわらず、詳細が全て解読不能であった。たとえ相手が格上であろうと、名前くらいは分かるものである。それら一切が不明というのは、カグラにとって初めての状況だ。

(一先ず、油断は出来そうにないわね)

 ただ一つ、鬼姫が元プレイヤーではない事は確実だろう。元プレイヤー相手には、そもそも表示すら出ないのだから。つまり相手は未知の存在といえる。だからこそ、カグラの気持ちの切り替えは早かった。
 そして切り替えが早い分、行動も早い。
 キメラクローゼンの首領、つまり敵だと確定するなり、カグラは躊躇いなく術を発動した。

【式符術・朱雀:攻法三式・赤】

 突如ピー助が全長三メートルは超えるだろう巨鳥となって燃え上がり、砲弾の如く鬼姫に突撃する。
 圧倒的な熱を放つ炎の塊。それが鬼姫の纏う霧に接触した時、鈍い衝撃が響くと同時に破裂して、部屋中が紅蓮に染まった。

「姫とはよくいったものよね。別格って感じじゃないの」

 カグラが放った術は爆発を伴うものではなく、焔を纏った朱雀が幾度と突撃を繰り返すという、そんな術であった。しかし舞い散る炎の中、見ればピー助は力を失ってしまっていた。その核となる式符が火の粉に紛れてひらりと落ちるのを確認したカグラは、最低でも術を相殺出来るだけの力が鬼姫にあると確信する。

「随分と気の早いこと。とはいえ、余計な問答は妾も好まぬ。さあ、どちらかが朽ち果てるまで死力を尽くそうぞ!」

 言うや否や、鬼姫が宙を舞う。黒い霧が尾を引くように追従すると、途端に進路を変えて上方からカグラ目掛け降り注いだ。
 人の頭ほどの大きさとなった霧の塊は、床にぶつかると重々しい音を響かせて、そこを大きく穿つ。数十と飛来する霧の塊全てに、岩を砕くだけの威力が秘められているようだ。

「鬼姫……そして黒い霧、か」

 次々と降り注ぐ霧の玉。カグラはそれを器用に掻い潜り、範囲外へと駆け抜ける。しかし、その程度で逃れる事は出来ないようで、霧の雨は即座に軌道を修正し、カグラに殺到した。
 直後、カグラは大きく右腕を振るう。その手に持った白い錫杖がしゃらりと音を鳴らすと、途端に黒い霧が微塵も残らず霧散していった。

「やっぱりそうか。もう、あんた自身が呪いそのものって事なのね」

 カグラは、どこか冷めたような、それでいて憐れみを含んだ目で、中空に佇む鬼姫を見上げた。
 カグラ用に誂えられた『白銀滅鬼』の錫杖。その力が働いたという事は、黒い霧が、黒霧石の霧と同質であると証明されたようなものだ。
 霧、つまり呪いを塊にして直接攻撃するなど、黒霧石や、それを利用した加工品であろうと決して出来ない芸当である。
 そして、鬼姫の周囲に漂う霧の量と密度は黒霧石が秘めるそれを遥かに超えたものであり、技術云々といった次元ではないと考えられた。

「なんと、妾の正体を見破るかや。おんし、只者ではないな」

「いいえ、あんたのような存在は、陰陽術士の常識ってだけよ」

 呪いの凝縮。そして具現化。カグラは、その現象を知っていた。何度も見てきていた。
 それは、積もり積もった恨みが怨霊になる事と実に似た現象であり、そういった事と陰陽術士は、とても縁が深いのだ。
 ゆえにカグラは気付く。いや、見抜いた。鬼姫という存在が、鬼の呪いの集合体。呪いの化身である事に。

「その身体が依代って事になるのかしら。どこの誰の身体かは分からないけど、多少の怪我は大目に見てほしいわね」

 石や箱、鏡に人形と様々だが、呪いや怨念が具現化するには、それと関係の深い依代が必要になる。
 その少女は、何者なのか。答えはまだ分からないが、その事実はカグラの内に秘められていた殺意を僅かに小さくした。
 が、だからといって手加減する気はないようだ。カグラが三枚の式符で立て続けに術を行使すると、無数の火弾と水弾、そして石飛礫が微塵の合間も置かず鬼姫に殺到する。
 しかし次の瞬間、彼女を守るかのように黒い霧が広がった。それは瞬く間にカグラの術を掻き消すと、僅かの後、その全てをそのまま撃ち返してみせた。

(ふーん。なるほど。これが資料にあった術の反射ね。こういう感じになるんだ)

 激しく打ち付ける一斉砲撃。それを瞬時に張った結界で防ぎつつ、カグラはただ静かに事前知識と目にした現象とをすり合わせていく。
 着実に追い詰め、確実に仕留める。それがカグラの戦い方であるのだ。
 すると、返された弾幕の直ぐ後に続く黒い霧の塊が、カグラの結界を悉く砕いてきた。
 圏内にまであっという間に侵入してきたその塊を錫杖で振り払い、根本から完全に破壊され消滅していく結界を、じっと見つめる。

(今のは、術の元となったマナを崩壊させる効果、かな。となると、術での防御は不可って事か)

「なら、これはどう?」

 五枚の式符を手にしたカグラは、一気にマナを集中させて術を構築し、陰陽術の中でも特に格上の術【式神招来・麒麟】を行使した。
 術が発動すると共に、五枚の式符が青、紅、黄、白、黒に色を変え、宙に五芒星を形作ると光り輝き、いよいよそれが顕現する。
 伝説の霊獣、麒麟。式符を核として構成されたその体は、四メートルは超えるだろう大きさで、龍に似た頭と牛のような尾、足は馬のようで頭部には雄雄しい角が二本生えていた。顔の周りは黄色の毛、背中は五色の毛で覆われ、それ以外は金属のような光沢をもつ鱗で守られている。
 正に伝説にたがわぬ神々しい姿を見せた麒麟のリン兵衛は、堂々とした姿勢で鬼姫と対峙した。

「ほほう、これはこれは良き面構えぞな。しかし、惜しい。現世にしかと受肉しておれば、妾の脅威となったであろうものを」

 中空より見下ろしながら笑みを浮かべた鬼姫は、そう言って霧の塊を一つ撃ち出す。瞬く間に迫ったそれを寸前で飛び越えたリン兵衛は、勢いそのまま宙返りして、蹄から雷球を発射した。

「良き動きぞ。しかし、まだまだよ」

 鬼姫の周囲を漂う霧が雷球を阻むと、雷に似た閃光と雷鳴が響き渡り、どことなく金属のような匂いが僅かに鼻についた。
 落雷にも匹敵するリン兵衛の雷球。それを受けてもなお黒い霧は健在で、鬼姫を守るように包んでいる。

(反射しなかった? いや、出来なかったとか?)

 黒い霧にぶつかった雷球は、先程の術のように返って来る事無く、その場で炸裂した。属性によって違うのか、それとも式神が放った力だから反射出来なかったのか。それを確かめるべく、カグラは更に動いた。

「むぅ……。なかなか足掻きおる」

 カグラとリン兵衛の波状攻撃。白の錫杖で霧を払い、術を放つカグラ。縦横無尽に駆け回って霧を掻い潜り、雷球を放つリン兵衛。
 多方面から絶え間なく続く猛攻を凌ぐ鬼姫は、鬱陶しそうに呟いたあと、不意にくつくつと笑い始める。そして唐突に目を見開き「次は、妾の番であるぞ!」と叫び、その気配を一変させた。
 急激な変化を前にしてカグラは立ち止まり、慎重に鬼姫の様子を見つめ警戒する。

「まずは、目障りな偽物からぞ!」

 鬼姫はそう言うと同時、その両掌をリン兵衛に向けて突き出した。するとどうした事か、力強くも軽やかに駆け巡っていたリン兵衛の足が突如として止まり、勢いそのまま地面を転がったではないか。

「何、今の!?」

 カグラが驚いたのも束の間、機動力を失ったリン兵衛は黒い霧に覆われていき、瞬く間に式符に戻されてしまっていた。

(まるで足を掴まれたようだったわね。術、とは何か違う。となると、固有魔法……? 呪いの化身の固有魔法とか、どう考えても呪いよねぇ……)

 リン兵衛の足が動かなくなった時、一瞬の感覚共有でその状態を確認していたカグラは、その力を固有魔法の類ではないかと推察する。
 固有魔法。それは人が扱う術とはまた違う、人以外の存在が操る特殊な力の総称であり、種族の数だけあるとさえ言われるほど多様だ。ゆえにその全てを知る者はなく、また一部の者達の関心を集めてやまない研究対象でもあった。

「さて、これでおんしの術は封じたも同然ぞ」

 朗々と言いながら不気味に口端を吊り上げた鬼姫は、不意に両手を大きく広げた。すると焦点が合わない虚像のように、その両手がゆっくりとずれて、二つ、三つと増え始める。

(黒い霧の手? ……いや、なんか違う。あれは……)

 黒い霧の前には結界は紙同然で、放った術も反射される。そして式神は、不思議な力で捕まえられ霧の餌食だ。鬼姫の言う通り、封じられたも同然である。しかしカグラは、そんな事など意に介した様子もなく、鬼姫の周囲に漂う霧と、それに紛れて浮かぶ黒い無数の手を全て視界に捉えたまま思考していた。

「妾の法力、とくと味わうがよいわ!」

 術士にとって、術が通じないとなると、それは致命的であるはずだ。だが動じる事無く静かに構えるカグラの姿に苛立ちを覚えたのか、鬼姫は怒りを露にして両手を振り下ろした。
 次の瞬間、数十という黒い手がカグラに襲い掛かる。

「法力? そう、これは法力っていうのね!」

 鬼姫が操る謎の力、固有魔法の名称は『法力』というものらしい。カグラはその場から素早く飛びのきながら、鬼姫の言葉を拾いうっすらと笑う。そして迫り来る黒い手に白い錫杖を振り落とす。
 しかしその途端、激しい衝撃と共に錫杖が大きく弾き飛ばされた。

(なんだか、凝縮された力の塊って感じね。当たったら痛そう)

 即座に地を蹴り飛び上がったカグラは、見事宙を舞う錫杖を受け止めて、なおも追い縋ってくる黒い手を術で幾つか撃ち落とし、更に幾つかを結界で阻んでみせた。

(うん、やっぱりあの霧じゃないと、マナの反射や崩壊は出来ないみたいね)

 そうカグラが一つずつ確認していた時である。突如として結界が破られ、黒い手が再びカグラを狙って動き出したのだ。
 カグラは素早く後退しつつ結界を張る。だがそれは、魚群のように迫る黒い手に触れた直後に砕けていった。それを確認して、カグラは一つの解を得る。

(なんとなく予想はしていたけど、霧の手も紛れ込んでいるって事か)

 法力によって作られた黒い手。そこに紛れる黒い霧の手。法力の手は術で撃ち落せるが、霧の手に当たれば反射されてしまう。霧の手は錫杖で消し飛ばせるが、法力の手に当たれば弾かれてしまう。単純だが、なかなかに厄介な状況だ。
 それでありながら、カグラに一切動じた様子はない。ただ距離をとり蠢く手の群を見つめたあと、式符を錫杖の先端に貼り付けた。

「物理が駄目なら、術で殴ればいいだけよ!」

 真剣な表情でそう言ったカグラは、一転して黒い手に向けて駆け出し、炎を帯びた錫杖を豪快に振るった。するとどうだろうか、その軌跡に沿って黒い手が霧散していったではないか。

「効果はバツグンね!」

 白銀滅鬼の力と術の効力がいとも単純に合わさり、法力の手も霧の手も諸共に消し去っていく。

「存外に、よく持ち堪える。けれど、妾にこの法力を使わせる事、後悔するがよいぞ!」

 中空に留まったままカグラの奮闘ぶりを眺めていた鬼姫は、上手くいかない事がもどかしいのか、益々苛立ちながら再び両手を大きく広げてカグラを睨みつけた。

「二度目は結構よ」

 更なる法力を使うつもりだと察したカグラは、即座に上方に向けて式符を放った。それは瞬く間にピー助に変わり高くまで飛翔する。そして間髪入れずに巨大な火球を生み出して、それを準備動作中の鬼姫に放った。
 その火球は、初撃の《攻法三式・赤》を更に上回る業火を撒き散らし、鬼姫を包み込む。大気は熱せられ、ちりちりと周囲が焼け焦げていく。だが、それも束の間。

「どうした? この程度では、妾を焼く事など出来やせぬぞ」

 鬼姫の声が響くと同時、黒い線が幾重にも走ったかと思えば、炎が切り裂かれた。見ればあれほどの炎にまみれながらも、黒い霧に覆われた鬼姫には傷一つなく、それどころかその背後に浮かぶ不気味な黒い人影が、着実に法力の準備が進んでいる事を物語っていた。
 しかしカグラが、見ていたのはそこではなかった。
 やはり式神の攻撃は反射出来ないようだ。そう確信したカグラは次の瞬間、「なら、こっちね」と呟いて上空のピー助と入れ替わり、間髪入れずに燃え盛る白い錫杖を振り下ろした。
 それは完全な視覚外、頭上からの不意打ちであった。その一撃は回避を許す事無く黒い影と霧を貫いて、鬼姫の頭部を容赦なく打ち付ける。
 途端に錫杖がけたたましい鈴のような音を鳴らし、鬼姫の悲鳴を打ち消した。
 そして見事に一撃を喰らわせたカグラは、軽やかに着地すると即座に鬼姫を見据えて、その状態を確認する。

「ぐぅ……。なんと小癪な小娘ぞ……」

 中空から叩き落とされた鬼姫は、口元から一筋の赤い血を流しながら、その両目を禍々しく見開いてカグラを睨みつける。錫杖によって消し飛ばされたからか、その身を包む霧は先程までよりも随分と薄くなっており、法力で作り出されていたのだろう人影も今は無い。

(本体の防御力は、それ程でもなさそうね)

 力を削がれ、確かに傷ついた鬼姫の姿は、どこか強がっているかのような印象だった。それを確認し終えたカグラは、直後に距離をとるため大きく跳躍した。すると鬼姫は、その動きを瞬時に捉え、「逃がさぬ!」と霧の塊を放つ。
 その時である。大業火が再び鬼姫に炸裂したのだ。今度は、視覚外のピー助による一撃だった。カグラは迫る霧の塊を錫杖で払い飛ばし、燃え盛る炎をじっと見つめる。
 やがて炎が収まり、その中にいた鬼姫の姿が露になった。霧が薄かったからだろうか、見れば炎は鬼姫に届いたようで、衣のところどころに焦げ痕を残しているのが分かった。

(霧がなければ、充分に通るかな)

 黒い霧によって完全に無効化されていた術も、本体にさえ届けば有効打になりそうだ。状況からそう判断したカグラは、一つの結論を導き出す。

「なるほど。精霊に対してのみ特に強いってだけか」

 これまでの観察で大体の性能を把握したカグラは、鬼姫の力をそう評した。
 精霊の力だけでなく、術も無効化するなど、多様な効果を持つ鬼の呪い。その力はキメラクローゼンの基盤であり、多くの敵を葬ってきた。しかし、どんなに万能に見えるものでも、やはり欠点というものもある。そしてそれは、大概が重大な弱点を内包しているものだ。

「妾をこけにするか……。許さぬ! 魂までも喰らい尽くしてくれようぞ!」

 カグラの呟きを耳にした鬼姫は、それこそ般若の如き形相で叫び、衣の焼けた部分を破り捨てた。露になった白い肌には、火傷のような痕も多々見られ、ピー助の炎が確かに有効だった事を証明している。
 だが鬼姫が黒い影に覆われた手でそこを一撫ですると、火傷は綺麗に消え去り、恐ろしいまでに艶やかな肌に戻っていた。

(回復も可能って事か。じゃあ、短期で決めないとだめかな)

 何をする気だろうか、黒く染まった全身から黒い霧を噴出し始めた鬼姫。ただ、限度があるようで、広範囲に広がれば広がるほどに霧は薄く灰色に変わっていく。けれど視界が遮られるのは分が悪い。
 鬼姫の異様な姿を見据えたカグラは、迷う事無く駆け出した。その進行を阻むように霧が壁となれば白い錫杖で打ち崩し、周囲を囲まれれば正面だけを貫き進み、中心部に鎮座する霧の塊の目前にまで迫った。
 カグラは躊躇いなく、その塊に錫杖を突き刺す。その直後だ。

「違うっ」

 カグラは素早く錫杖を引き抜くと、しつこく追い縋ってくる黒い霧の蛇を切り裂いて再び距離をとった。

「もう少しで捕らえられたものを。勘のよい娘ぞ」

 どこからともなく、鬼姫の声が響く。
 見れば、霧散していく霧の塊の中に紐状の黒い影が無数に蠢いていた。法力で編まれた紐である。その色合いは、これまで見た全ての黒よりも黒く、錫杖に纏わせた術の力では掻き消せないほどに強固なものだった。確認してみると、錫杖に貼り付けた式符がぼろぼろになっている。

「やっと本気を出してきたって感じね。今のは危なかったわ」

 広範囲に及んでいた霧が、勢い良く一点に集まっていく。その先を目で追うと、ずっと奥側にまで移動していた鬼姫の姿がそこにあった。
 視界を大きく制限し、移動と罠の両方を隠す。基本的だが有効な戦法である。カグラは淡々とした口調で呟いたあと、錫杖の式符を張り替えて構えた。

「その杖、なにやら特別な代物らしいが、次で折らせてもらうとしようぞ」

 鬼姫がそう口にすると、集まっていく霧が徐々に形を成し、その濃さが飛躍的に増していく。更に、仕掛けられていた法力の紐や鬼姫から染み出す影が混ざり、数秒の後、闇よりもなお深い漆黒の極大剣をそこに作り出した。

「言うだけの事はありそうね」

 生成過程から、その剣は黒い霧と法力の混合物であると推察出来る。ただ、その剣が纏う気配は明らかにこれまでとは桁違いであり、術の力を兼ね備えた白銀滅鬼でも消しきれるか読みきれないものがあった。
 だが、そんな極大剣を前にしながら、カグラは少しだけ笑みを浮かべて鬼姫を見据える。

「けど、残念。こっちの準備も万端なのよね」

 そう言ってカグラは錫杖を投げ捨て式符を一枚手にすると、莫大なマナを注ぎ込んでいく。その式符は淡い光を放ち、これまでの術より明らかに格上である事を現し始める。

「何をする気か分かりやせぬが、この剣を前に術が通用するとは思わぬ事よ!」

 鬼姫が手を振り上げた時、黒の剣が矢の如く放たれた。
 術に対する耐性の強い黒の霧を纏い、その特性を膨大に秘めた剣を携える鬼姫。最上級であろうと術である以上、それを構築するマナが黒い霧の力で崩壊すれば、たちまち無力となるだろう。
 その場から素早く飛び退いたカグラは、式符を手にしたまま、追従してくる黒の剣から逃れるようにして更に跳ぶ。

「これは予想以上の迫力ね」

 轟音を響かせて縦横無尽に飛び回る黒の剣は、その刀身に触れた全てを悉く砕き塵としながら、執拗にカグラを狙う。ピー助が援護射撃をするも、その効果は皆無。カグラが回避するたび、剣がどこかに衝突するたび、その差は狭まっていく。
 五メートルはあるだろう黒の剣を注意深く確認しつつ、カグラは周囲に視線を配る。改めて広く見渡してみれば、鬼姫とカグラの距離は攻防を繰り返すたびに離れていた。
 そして宙を舞うピー助は、その体を雀程度の大きさにまで縮小し、カグラとは逆に上方から鬼姫に近づいている。
 黒の剣の着弾と、カグラの回避。それが更に数回行われた時、遂にピー助が鬼姫の頭上に到達した。
 床を黒の剣が抉ると同時に炎があがり、強烈な爆音が轟く。その瞬間、カグラは鬼姫の頭上にあり、音も言葉もなく、マナの篭った式符をかざす。
 その時であった。轟々と燃え盛る炎を見つめていた鬼姫が、禍々しく喜びに満ちた笑みを浮かべて頭上のカグラへと振り向いたのだ。

「妾が気付いてないと思うたか!?」

 鬼姫が赤い目を大きく見開き、両手を振り上げると、途端に無数の黒い霧の塊と黒い手がカグラに押し寄せた。重力に引かれるまま落下するカグラに、それを避ける手段はない。
 はずだった。

「思ってなかったよ!」

 そう答えたカグラは、式符に込めた術を発動させる。すると途端に猛烈な豪風が吹き荒び、それは黒い霧と手に捕まる直前のカグラを高くへと舞い上げた。

「なぬ!?」

 どこかおちょくっているようにも見えるその光景。そしてカグラの返答、行動に合点がいかず、鬼姫が僅かに表情を顰めた、その直後。
 それは黒い霧の護りを貫き、容赦なく鬼姫の頭部を殴り飛ばしたのだ。

「あんた達お得意の精霊武具でも身に着けていれば、これは防げたでしょうけどね」

 声無き悲鳴をあげて地を転がる鬼姫。その姿をしかと視界に捉えながら、カグラはひらりと地に舞い降り、それを──鬼姫に直撃した錫杖を拾い上げる。
 式神の技術を応用した陰陽術士の技。式符や、式符を貼り付けた物体を自在に操る《御霊乗せ》。それを用いて白い錫杖を操り、鬼姫に意識外の一撃を喰らわせるに至ったのだ。
 しかし、カグラの攻勢はこれだけで終わらなかった。

「これは、マルチカラーの分よ!」

 カグラは一枚の式符を取り出して一気に駆け出し、ふらりと足元が覚束ない様子の鬼姫に急接近すると、その腹部に豪快な拳を叩き込んだ。
 声にならない、嗚咽の交じった悲鳴が鬼姫の口から零れる。

「これは、リーシャの分!」

 カグラは、まだ止まらない。鋭い叱咤の声をあげ振りかぶったカグラの手が、鬼姫の頬を激しく打つ。破裂音にも似た痛々しい音と、くぐもった弱弱しい少女の声が響くと共に、鬼姫は宙を舞って、どさりと地に伏せる。
 見ると鬼姫の真っ白な頬は真っ赤に腫れて、そこには一枚の式符が貼り付けられていた。

「これは、精霊達皆の分」

 震える四肢で必死にもがく鬼姫を見据えながら、カグラは最後にそう冷たく言い放ち、式符が張り付いた錫杖を構える。
 僅かに大気が震えると同時、式神から戻され床に散らばっていた式符が『御霊乗せ』によってふわりと浮かび飛来して、鬼姫を取り囲んでいった。その枚数は、六。それらは次の瞬間、カグラのマナに呼応して、式神を顕現する核となる。

【式神招来:七星老花】

 カグラの術が発動した時、一際輝いた式符が六色の光の玉に変じる。そしてその光の玉は、五角錐の結界を作り出し、瞬く間に鬼姫を捕らえた。
 その中で、法力によって身体を治し立ち上がった鬼姫は、黒い霧を発生させて結界をこじ開けようともがき始める。
 一見すると、結界で作った檻であった。
 だが、違う。

『破軍一星、理を示せ。これなるは、破邪の(つるぎ)よ』 

 それは檻ではない。主役を飾るための舞台である。そう、《七星老花》は、もう一手をもって七星となるのだ。
 カグラが手にする錫杖が脈動するかのように輝き始めた。そこに張られた式符は七色の光を帯びて、ゆっくりと錫杖をその光で包んでいく。
 やがて杖は七星の剣となり、カグラの手の中でその力を激しく流動させる。

「覚悟しなさい」

 カグラは剣を上段に構えながら万感の思いを込めてそう言うと、両手で握り締めた七星剣を結界に叩き付けた。
 それはまるで、晴天に舞う桜吹雪のようであった。七星剣が結界を切り裂いた時、そこに光の柱が上がり、次の瞬間猛烈に渦巻いて膨大な光の粒を撒き散らしたのだ。
ミロって冷たい牛乳でもオッケーじゃないですか。
でも、この季節になると、どうも冷たい牛乳に溶けにくいんですよね……。
コップに牛乳入れて、そのまま常温で放置。その後、ミロを入れると今までどおり溶けてくれるんですが。
この待ち時間が……。

そういえば、また漫画の事ですが。ヘルクっていう漫画も、なかなか見つからないんですよねぇ。
1、2巻は買えたんですけど。3巻からが……。
ぐぬぬ
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