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賢者の弟子を名乗る賢者 作者:りゅうせんひろつぐ
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105 セントポリーの街

百五


 セントポリー貿易国。その首都であり唯一の街でもあるセントポリー。そこで一夜を明かしたミラとアーロンは、朝食を摂ったあと直ぐ街に繰り出し、グレゴールの工房に向かっていた。
 キメラクローゼンの幹部が持っていた剣がその工房のマイスター、グレゴール作であったので詳細を聞くためだ。
 工房の場所は、何度か訪れた事があるようでアーロンが知っているという事だ。なのでミラは道案内を任せアーロンの背を追いつつも、好奇心が求めるままに周囲の街並みを見回していた。正におのぼりさん状態である。

「ミラの嬢ちゃん。はぐれちまうぞ」

 立ち止まり振り返ったアーロンは、ショーウインドウを覗き込むミラにそう注意する。
 朝からでも、いや朝だからこそ貿易国の首都は大いに賑わい、活気で満ち溢れていた。ゆえに離れてしまうと、あっという間に人波に攫われ見えなくなる。
 なのでアーロンは、こうして何度か振り返りつつ進んでいたのだが、歩いている内に気づけば距離が離れていた。アーロンが歩幅をミラに合わせていてもである。そして当のミラは「おお、すまぬすまぬ」と口では言うが反省した様子はみられない。

「その内本当にはぐれちまいそうだな。なんなら手でも繋ぐか?」

 てこてこと駆け寄るミラに、アーロンは右手を差し出して、少し口端を吊り上げた。

「う……。大丈夫じゃ。もう大丈夫じゃ」

 迷子にならないように手を繋ぐ。それだけは堪えられないと震え、アーロンの背にぴたりと張り付くミラだった。


 工房は街のずっと奥、海側にあるという。綺麗に区画整理された道は分かり易く、背の高い街並みを進んでいけば、鉄の柵が横一列にずっと続く崖に突き当たる。
 鉄の柵のその先、そこにはセントポリーの街のもう一つの顔があった。
 大陸の最西端。セントポリーのある海岸線は本来高さ三百メートルの崖である。だが今、ミラの目の前には明らかに人工的な河岸段丘が広がっていた。階段状に整地されたそこには、高さと奥行きが二十メートルほどの段差が十段以上続いていた。そしてその段の全てが民家や小さな店舗で埋め尽くされている。
 今までいた場所は、冒険者や外部から来た客をもてなすための街。柵の先は、セントポリーに根を下ろす国民のための街となっていたのだ。

「いつ見ても、ここは絶景だな」

 鉄柵に行き当たったアーロンは、そこで右に曲がると海の方へ顔を向けながら柵沿いに更に進む。

「これはたまげたのぅ……」

 ミラはそこに広がる光景に息を呑んだ。背後に聳える街とは違い、階段状に続くそこは非常に落ち着いた色合いをした、それこそファンタジーのお手本といえる街並みだった。かつてはただの岸壁だったはずのその場所には、緑までもがところどころに点在し、より彩を添えている。当時の状態を知っているミラにしてみれば、もはやその光景は奇跡に見えた。
 最下層は特に広く、数多くの船舶が停泊する巨大な港で、無数の倉庫と大きな卸売市場も完備している。
 見回してみれば、遠くに見える階段街の両端は崖のままで、境目が綺麗な断面になっていた。どのように整地したのか想像もつかない、ただただ見事な景観で、まだ広げられるという余力すら感じられる。
 そんな街並みを目端に映しつつ柵沿いの道を進んでいけば、やがてその街に下りるための階段に行き着く。
 綺麗に整えられた石段を下りたミラは、途端に空気が変わったような気がして振り返り見上げる。視線の先には、ただ青い空と白い雲だけが浮かび、賑やかに色付く街の姿はもう見えなくなっていた。


 アーロンの案内で階段街を数段下りていき少し進んだところに、グレゴールの工房がある。魔剣作りにおいて右に出るものはいないと言われる名匠の工房は、その知名度に比べると随分小さなものであった。

「組合くらいにでかいと想像しておったが、なにやらこじんまりとしたところじゃな」

 鉄を打つ音が響き煙突からは白い煙が立ち上る、一般家庭と大差ない煉瓦作りの工房を前にして、ミラは思った事をそのまま口にする。

「まあ確かにそう思うよな。だがグレゴールは、こういった工房を大陸中に百軒ほど持っているようだぞ」

「なんと!」

 アーロンの話によると、魔剣作りに利用可能な素材は多岐に渡り、場合によっては一部の地域でしか入手出来ない素材もあるため、それらの研究も兼ねて、グレゴールは多くの国に工房を構えているのだという。加えて工房ごとに弟子がおり、どこもかしこも今では立派に育った弟子が切り盛りしているそうだ。弟子の中には名工百選に選ばれた者も多いようで、グレゴールは指導者としても優秀だという話だった。
 そんなグレゴールは今、このセントポリーを拠点にして弟子の指導と平行し腕を振るっているらしい。

「一本誂えて欲しいものだな」

 そう呟きながらアーロンは、鉄を打つ音の合間を見計らい扉を叩く。

「はいはーい。どういったご用件で?」

 数秒して扉が開くと、煤で汚れた革のエプロンを着けたガリディア族の青年が顔を見せた。アーロンはその青年を一見してから、工房の中に視線を移し「グレゴールの旦那はいるか?」と、問いかける。

「ああー、すんません。師匠は先日久しぶりに一品物の依頼を受けやしてね。構想を練るためどこかに篭っているんですわ」

 この青年は、どうやらグレゴールの弟子であるようだ。彼が言うに、師匠のグレゴールは余程仲の良い知り合いからしか剣を打つ依頼は受けず、受けたとなればそれはもう徹底して拘った一本を作り上げるという。
 そのためにまず、どこかに拵えた秘密基地に篭り、使い手となる依頼者の手に馴染むように満足がいくまで剣の構想を練るのだそうだ。
 その秘密基地はどこかと聞いたところ、どうやら弟子の誰もが知らないらしく街の外であるという事しか聞かされていないのだという。ただ、街からそう遠くない位置で、見晴らしの良い場所であるらしい。大自然を肌で感じイメージを得るとか、そういう事のようだが、弟子達はまだその境地には辿り着けていないようだ。

「そういう事でして、師匠はいつ帰ってくるか、ちと分からないんっすわ」

 青年は苦笑交じりに、そう締めた。グレゴールが依頼に没頭している間、おのずと工房は弟子達で回す事になり、尚且つ指導を受ける事も出来なくなるので、よく問題が起きるそうだ。そして、いつ帰ってくるかも不明であると。

「そうか、分かった。忙しいところすまなかったな」

「いえいえ、こちらこそすんません」

 ぺこりと小さく頭を下げると青年は工房に戻っていき、少ししてまた鉄を打つ音が鳴り始めた。

「なんてタイミングの悪い……」

 一品物の依頼を引き受けるのは滅多になく、しかも先日受けたばかりという事なので、拘り症であるグレゴールは当分帰って来ないと想像出来た。アーロンはその余りの間の悪さに乾いた笑いを浮かべる。

「まあ、いないのならば探すしかないじゃろうな」

「それもそうだな。やる事はまだあるので二手に分かれるか」

 セントポリーに来た目的は、グレゴールだけではない。そもそも、キメラクローゼンの本拠地がこの国にあるらしいというのが最初に得られた情報である。
 本拠地の大捜索を始める前に、居場所のはっきりしているグレゴールを先に訪ねてみた。今はそんなところだ。
 だが、いないとなれば探さなければならない。幸いにも、グレゴールの居場所のヒントはあった。
 街の外であるが、街からはそう遠く離れてはいない。そして見晴らしが良い場所というものだ。

「ミラのお嬢ちゃんは召喚術で空も飛べるんだよな。なら、グレゴールの旦那の捜索を任せてもいいか? 俺の足じゃあ範囲が広すぎる」

 そう言いながらアーロンは、布に包まれた元精霊剣をミラに差し出す。

「そうじゃな。任せておくがよい」

 頷き答えたミラは受け取ったその剣をアイテムボックスにしまい、ペガサスを召喚してその背に飛び乗った。

「ほぉー、こりゃあ聖獣ペガサスか。やっぱりとんでもねぇな」

 かつて見た事のある個体よりも、立派で威風堂々としたミラのペガサスを目にして、アーロンは楽しそうに呟く。その言葉にミラが「そうじゃろうそうじゃろう」と得意げに胸を反らせば、呼応するようにペガサスが嘶いた。

「じゃあそっちは任せたぞ。俺は知り合いや情報筋をそれとなく当たってみる」

「うむ、任された。そちらも健闘を祈る」

 そう言葉を交わしてからミラは空に飛び立っていく。そして召喚術での機動力を生かし、街の周囲を巡りグレゴール捜索を開始する。
 あっという間に飛び去っていったペガサスの姿を感嘆しながら見送ったアーロンは、知り合いや情報筋からそれとなく怪しい場所を聞き込むために街へと繰り出す。
 こうして、二人の捜査は始まったのだった。


 空の上から見下ろしたセントポリーの街は、東欧風情たっぷりな石木造りのファンタジーらしい居住地区と、近代建築とロココ調が入り交じる商業地区とで綺麗に分かれていた。そしてその規模は新興とは思えないほど大きく、遠くまで広がっている。それこそ、二十年という国としては短い時間でありながら、歴史ある大国の首都と遜色ないほどに立派な街だった。
 そう、人の手でどうすればこれだけ発展させられるのかと思うほどに。
 居住区から飛び立ったミラは、そのまま両地区の境界を越えて、商業地区の上空を北に向かって飛翔していた。眼下には中小様々な店舗が入った五階建てほどのビルが見事に立ち並び、ところどころに大商店のビルや、拘りのありそうなレンガ造りの店舗も見て取れた。
 商業地区には、人だけでなく物も大量に溢れているようだ。
 そしてその周囲には多くの宿が軒を連ね客を待ち構えている。良く見ればそこには、かつてミラの宿泊した事のある和風洋式の宿『星月荘』支店もあった。
 いったいどんなものが売っているのだろうか。そう好奇心をうずかせつつもどうにか堪えて、未練を振り切るように街の上空を抜けたミラは、グレゴールがいそうな場所はないかと目を光らせ短期決戦を狙う。その目に、まだ諦めの色はなかった。
 ミラはその機動力を生かして、広範囲を探索する。荒野の中にある小さな林や緑のある湖周辺。全方位が一望出来る小高い丘や、海がパノラマに広がる崖の上。そういった大自然を肌で感じられそうな場所を重点的に探し回った。


 グレゴールを探し始めて数時間が経過した。時刻は宵が迫る黄昏時であり、遠く西の海上の水平線に溶けた太陽が、夜の闇を覗かせる空に僅かな茜色を滲ませている。そしてそこにある雲は、消えかけの陽に照らされて片側だけを染められ、茜と灰に色づいている。
 その空はまるで、今のセントポリーのようであった。夜が近づくにつれて輝きを増していく商業地区の街並み。それとは対照的に、最低限の街灯と小さな光が灯る民家。両極端な顔を持つその街は、ちぐはぐに見えて尚面白いと感じられる、不思議な場所だ。
 ミラは上空からそんなセントポリーの街を一望しつつ、最後の一巡りを始める。夜になっても光に満ちる商業地区とは違い、宵闇に染まった荒野に光源などなく、もしそんな中に光があるとすれば、それは人の手によるものである可能性が高い。つまり、グレゴールが焚き火でもしてくれている事を願っての巡回であった。
 だがミラの願いも虚しく荒野に浮かぶ光は見つけられず、ミラは星空の下、諦めて街に戻っていく。
 繁華街の如く煌びやかな商業地区を眼下に映し、ミラはチェックインしていた宿はどこだったかと、内心焦りを浮かべつつ探していた。するとその時、見覚えのある意匠がミラの目に入る。
 それは、冒険者総合組合の看板だ。しかもそこには、術士組合と戦士組合の両方のマークが一緒に描かれている。そしてその看板は、白い大きな五階建てのビルに掲げられており、見れば冒険者と思しき者達がひっきりなしに出入りしていた。
 随分と繁盛しているようだ。
 そんな状況を眺めながら、ミラはふと思いつく。
 魔剣作りにおいては右に出るものはいないといわれているグレゴール。それだけの有名人ならば冒険者も知っているだろう。そして、街の外のどこかで会っていれば覚えているかもしれない。すれ違っていた程度だとしても、方角はそこそこ絞れるだろう。
 そう思い至ったミラは、早速ペガサスに命じて組合の屋上に降り立った。
朝起きて、ミロを一杯。夜には納豆。
健康的だなと、自分に言い聞かせる日々。
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