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忍者、異国を駆ける 8
 南の貧民街。入り組んだ迷宮の一角にある、小さな一軒家。
 身寄りの無い少年少女たちが他人の温もりを求め合い、寄り添いあう隠れ家。
 ミノタウロス。
 ギリシア神話に登場する、牛の頭と人間の身体を併せ持つ怪物の名を冠した秘密の基地は、アリアドネという中心の少女を失い、太陽を欠いた空同様、真っ暗な部屋の中で幼い少年少女たちが泣き喚き、葬式同様の雰囲気が漂っていた。
「どうだ、ミゾレ?」
 降りしきる雨の中、付近の建物から部屋の様子を伺っているミゾレに声を掛ける。
 読唇術を心得ているミゾレは中で話している人間の唇の動きを読み、会話の内容を盗み取っている。
「やっぱり帰っていないみたいね、あの娘。一体どこに行ったのかしら」
 振り返るミゾレの両の目は三つの勾玉文様が浮かびあがり、色彩が真紅に輝いている。
 写輪眼。
 うちはの一族が今日まで伝えてきた秘術中の秘術。
 その特性は、ずば抜けて高い洞察力により『忍術、体術、幻術』の全てを見切るといわれ、高速で動く物体すらその視野に置く程の高性能な瞳術。
 稀有な特異体質は血継限界と呼ばれ、多くが強大な力を有し、その秘密を守り、伝承する事は一族の、そして里にとっても隠匿する必要のある、生ける財産ともいうべき代物であった。
 しかし、高すぎる能力を持つ者は自然とその土地の支配者となり権力を振るう事となる。 
 それを妬んだ者たちにより差別や迫害を招く要因ともなり、その過去はまさに血塗られた歴史と言っても過言ではない。
 取り分け、うちはの一族はその業が深く、木ノ葉里を壊滅させる程の事件を度々起こしており、その粛清によりうちはの栄華は衰退の一途を辿る事となり、宿命の業火は彼女の代になっても、その身を焦がし続けている。
「事件にでも巻き込まれたのかしら?」
 焦り、苛立つ瞳で幼い子供たちの会話を探る。
 そしてようやく見て取れた単語は、中央通り、大人、ミノス、連れ去られた、東の倉庫街。そしてジュイド。
 瞬きするのも忘れる程の集中力でようやく得た有力な手がかり。
 『中央通り』と『大人』というのは、察するに自分たちの事だろう。
 つまり自分たちと別れた後、ジュイドという者に東の倉庫街へ連れ去られたと解釈するのが一番しっくりくる。
 ミノスという名前も、『ミノタウロス』のメンバーなのかもしれない。
 バルゴの腰に下げた懐中時計が、刻一刻と秒針を削っていく。
 悪意を持った大人がか弱い子供に何をするか。言うまでも無い下劣で最悪な想像に焦りが生じる。
 アリアドネと別れて既に数時間が経過している。もはや一刻の猶予も無いかもしれない。
 東の倉庫街にある倉庫の総数は大小合わせて、五百にも及ぶ。一つ一つ調べていたら夜が明けてしまう。
 ミゾレが辛酸を舐めた面持ちで東の街を見下ろす。
「……先行するわ。チャクラが見える倉庫を片っ端から調べる!」
バルゴが「待て」と言い終わる頃には既にミゾレの姿は夜の闇へと消えていた。
 雷遁系の忍術による肉体活性による高速の移動。その神速と称されるミゾレの足は里随一を誇る。
 とはいえ、冷静さを欠いたミゾレは本気で全ての倉庫を捜索するつもりだろう。人目につくようなヘマはしないだろうが、あまりにも非効率だ。
僭越(せんえつ)ながら……」
 バルゴの後方から声が聞こえた。中性的な声は男とも女とも判断できない。
 誰が。というのは愚問だった。今この倫敦の地に居る忍は三人。
 バルゴ。ミゾレ。そして――。
(むじな)か」
 振り返ると、暗黒を(まと)っていると見紛うような黒いフードをかぶり、『狢』の名が示す通り、狸の面をした忍がそこに立っていた。
 眼下の街灯が二人の忍を妖しく照らす。
「何だ。言え」
 味方であるとはいえ、明らかに警戒の意を示すバルゴの口調に微かに戸惑いが見えた気がした。
「では申し上げます。現在のミゾレ様、バルゴ様の行動は、任務とは何ら関係がありません。無関係な少女の捜索など、即刻辞めるべきかと」
 それは忍としてまったく正しい言葉。正論。任務の成功を最優先とすべく、私情挟むべからず。非情たれ、無慈悲たれ、という言葉を常とする忍の掟。
 教科書どおりの文章を口にする忍をバルゴが冷酷な瞳で見据える。
 その双眸からは明らかな敵意が読み取れる。
「俺たちにとって、任務達成は必ず遂げねばならないモノだ。その為に仲間と協力し、時にはいかなる犠牲も厭わんとする。 そんな世界に身を置くからこそ、俺たちは仲間との繋がりを大切にする」
 いつになく饒舌に話すバルゴの表情は決意にも似た意思が宿っている。
「だから、俺は、あいつが大切にしている『縁』を大切にする」
 それはバルゴが唯一、己が胸中に抱く忍道。生死流転の目まぐるしい闇の世界で、流れ流れる年月を経て得た結論。
「邪魔するな」
 漆黒の闇を孕んだ言の葉に、心臓が捕まれたような感覚を覚える。
バルゴの殺気に身体が震えている。まるで呼吸する事すら許されない絶対的な恐怖。
「判りました。そこまで言われるのであれば、その少女の捜索、私も協力致します」
「助かる」
 そう言いながらも狢に向けた敵意と警戒を解く気配は無い。
「索敵は、私の得意分野です」
 この男と分かり合えるには、まだ暫く時間が必要なのかもしれない。
 何か諦めたように肩を落とした狢が両の手を眼前に沿え、人差し指を合わせ虎の『印』を作る。
 火遁を司る虎の印は、体内を通るもう一つの神経、経絡(けいらく)に活性を促し、流れるチャクラの量を高め術の発動を促す基本的な印でもある。
「白眼!」
 それは木ノ葉の中でも最強を誇る『日向一族』の秘伝。絶対可視の特性を持ち、視界は360度。視認範囲は数十キロ以上にも及び、構造物の内部はおろか、人体構造すら把握する千里の瞳。
 無機質な仮面の奥で、全てを見通す白き瞳が東の倉庫街をくまなく探す。
「東の倉庫街で、それらしいチャクラを発見しました。ですが、経絡の動きから、何者から逃げているように見えます。ミゾレ様は……離れた所を捜索しているようです」
「場所は?」
「似たような建物が無数に隣接しています故、案内します」
「頼む」
 先導を狢に任せ、戦闘装束に仕込んだ無線でミゾレに呼びかけるが、降りしきる雨が電波を妨害し、通信が出来ない。
 間に合ってくれ。
 神にも祈りたい気持ちを噛み締め、暗雲立ち込める東の空を、翔る。


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