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忍者、異国で戦う 7
 忍は裏の裏を読むべし。
 相手の隙をつき、不意をつき、意表をついてこそ忍。
 先日、人通りの多い道で接触するという奇抜な行動を取ったギムレットも、まさか今度は自分も同じような目にあうとは、予想していたかもしれないが、それを選ぶ可能性は限りなく低いと思っていたに違いない。
 事実、呼び出した時の表情は人懐こそうな笑顔を凍りつかせ、自分の正体を知った上で酒に誘うという常軌を逸したバルゴの行動に、躊躇と戸惑いと警戒の意を示した。
 ともあれ、それは数十分前の話。
「いやぁ、まさか旦那がご近所さんだったとは!これもあれですかね、運命とかいうヤツなんですかね?」
 ギムレットの白々しい嘘に耳を傾けながら安いワインを舐めるように飲む。
 この土地にきてから初めて飲んだのだが、どうも喉に引っ掛かる感じが好きになれない。もっとも、ミゾレはおいしそうに毎日ボトル一本を空けるペースで飲んでいる。その飲みっぷりは豪快の一言に尽き、里内外においても酒豪、ウワバミ、ザル等、名(迷)声を馳せている。
 ここは西の旧市街において数あるバーの一軒。バルゴたちの住むアパートの大家も常連である小さな店。
 そこそこ繁盛しているのか、薄暗い店内の入り口付近の二席しかないテーブル席は満員。六席程度のカウンターの真上には逆さに吊るされたワイングラスが整然と並べられ、淡い照明とあいまって美しい光のシャンデリアとなっている。
「しかし、まさか『あんな物』で呼び出されるとは思いませんでしたよ」
 バルゴの右手でクルクルとペン回しされている細長い物。犬笛である。人間には聞き取り可能な周波数が存在し、人の耳は20000ヘルツの音域を聞き取れる。しかし、犬や猫の場合、聞き取り可能な周波数は更に広がり、犬笛は22000ヘルツまでの音を発する事ができ、普通人間の耳にはどんなに強く吹いても聞き分けられない。
 しかし、忍や暗殺者は暗号や、合図として用いる必要がある為、特殊な訓練によりそれを克服している。
 アパートの外から犬笛を吹き、ほどなくギムレットが窓から顔を出した時、やはりこの国は侮れないと改めて認識した。
 人間の持つ肉体的な限界の上限を熟知し、限りなく高め、暗殺、諜報を行わせるという思考。おそらく忍も抹殺者も存在意義も目的も大差無いはずである。
「はは、まぁ、俺たちの出会いと、今日という良き日にぃ、乾杯!」
「これで何回目だ?」
 すでに酔っているのか十回以上の『乾杯』をしている。バルゴも律儀にグラスをチンと鳴らし、チビチビと飲む。
「ところで、あの美人の奥さんはどうしたんですかい?男同士の飲みもいいですが、やっぱ、華がなくっちゃぁ」
「あいつは留守番」
「旦那ぁ、そいつは殺生ってヤツですわ。美しいモノは文化だ!共有財産だ!この倫敦にも綺麗な観光名所が沢山あったでしょ。だから旦那には、あの奥さんをここに呼ぶ義務がある!」
 身振り手振りで大げさに表現する酔っ払い。
 火影の陰謀により、本人の知らぬところで書類上、結婚している事になっている事実を知らないバルゴだが、任務とはいえ同棲している事実は否定できず、かといって反論する理由も見当たらず、かつ、周囲にそう思わせ怪しまれないようにするのが目的である以上、相棒の呼ばれ方は関与しない事にしている。
『さて、と。旦那、俺の事は一体どこまで調べたんですかい?』
 先日の昼間と同じように、特殊な口形による指向性の声を隣のバルゴに聞かせる。
 目の前で丁寧にグラスを拭いているバーのマスターには全く届かない声。
 酔っていながらも、紅葉のような赤い顔とは対照的に、その瞳はまっすぐバルゴを捕らえていた。
『一通り。あんたが侮れない人物であるというくらいには調査した』
 漠然敵に抽象的に、自分が知っている事を、まるで伏せたトランプのようにはぐらかす。
 口を吊り上げ「へぇ」と呟くギムレットの視線は鋭い。
『それじゃぁ、この前から俺の事を見張っているカラスは、旦那の使い魔ってワケですかい?』
『ほう。それは興味深いな』
 バルゴがグラスに視線を据えたままニヤリと口を吊り上げる。
 疑心暗鬼。自分の周りの何か異変を感じているのであれば、含みを持って接触してきた人物を疑うのは道理。問いの答えの焦点をずらす事で、こちらのカードを伏せたまま相手のカードを先に切らせる、巧妙な心理の罠。
 忍と抹殺者。初めの心理戦はバルゴが先制する形となった。
 しまった、と言わんばかりの態度が見て取れる。
『おっと口が過ぎたか。まぁいいや。ならついでに俺を呼び出した、本来の目的を達するとしましょうか』
 ギムレットを呼び出した目的。
 すなわち、『自分もお前の事を調べた。お互い敵対する意思が無いという状況においてはイーブンという状況だ。なら情報交換といこうじゃないか』という無言の交渉。
 そしてギムレットはそれに応じた。
『あの使い魔が旦那ので無いとすると、あれは魔法使いの仕業だな』
『誰だ、それは?』
『さぁ。俺も詳しい事は判らないですが、そういえば最近、妙な本を手に入れたみたいですわ』
 バルゴの眉が僅かぴくりと反応する。
 それを捕らえたギムレットは不敵に笑みを浮かべる。
『あは。旦那の目的はズバリそれ。当たりですか』
『正解』
 誤魔化す事などせずはっきりと答える。
『そうすると、あの本はもともと旦那たちの国のモンで、それを追って来た、と』
『正解』
 注文したブルーチーズがギムレットの前に来た。バルゴはカシューナッツをついばみながら、自分の推理が当たりいい気分になっているギムレットの様子を冷静に伺う。
 人間とは物事に対して推理したがる生き物。辺と辺を頭の中で繋ぎ合わせる事で、安心と快感を得る習性を持つ。
 考えるだけの情報を与える事で後は勝手に推理をし始める。そして一見相手が交渉のペースを握っていると思わせ、裏ではこちらが大筋を握り、手繰(たぐ)り、操る。
『で、その魔法使いとはどういう関係なんだ?』
 食べようとしていたチーズを口の前でピタリと止める。
 言うべきかどうか迷っているような表情が見て取れる。
『あー、あの娘が、テセアラが事故に遭った時の、出資者でさぁ』
『出資者?』
『あの娘が負った脊髄損傷の手術代を、金の無い俺に、ある条件と引きかえに大金を出してくれた、取り合えずは、まぁあの娘の命の恩人……という事になるんですかね』
『ある条件?』
 意味深なギムレットの発言に思わず聞き返す。
 遠い目で宙を見ていたギムレットが口に含んだチーズをワインで流し込む。
 ごくりと喉を通過する音がここまで聞こえた。
『化け物の猟犬となる事』
『猟犬?』
『前歴を買われてしまいましてね。魔術を使用するには、自然エネルギーの結晶である化け物の身体の一部やらを用いるのが、一番効率が良いんらしいですわ』
 初めて出会った時、ギムレットから放たれていた強烈な血臭はその為か、と納得する。
『そいつはどこに居る?』
 いよいよ話が核心へと近づいてきた事を悟ったバルゴは、頭の中で並べた質問事項の中で一番的確な言葉を口にする。
 二人の間に沈黙が訪れる。
 抹殺者から犬と成り果てた男はやつれた瞳で、主人の敵となる青年の海のように青く、晴れ渡った空のように曇りない(まなこ)を見つめる。
 そこには、遥か東の大陸。辺りを木々で囲まれた美しい町のような風景が映っている気がした。
 ああ、これがこの青年を育てた景色か。自分もそんな青空を観ていられたら、もっと別の道が在ったのかもしれない。
 辿った道は同じでも、見渡したモノの違いを経た人間が二人。
 ギムレットの胸中に去来するのは後悔か、羨望か。
 諦めたように、自分を蔑むように静かに笑い、口を大きく開き、『舌』を出した。
「これが何か判りますか、旦那?」
 ギムレットの舌には丸い円に幾何学模様の魔方陣が刺青のように描かれていた。
 何の文様かは判らない。しかし、意図は汲み取ることはできる。
「これはね、悪魔の紋章、マルコシアスの魔方陣の応用らしくてね。呪いってヤツでさ」
 木ノ葉の里にも似たような意図の呪印はある。日向の分家に与えられるカギ十字型の文様が例に挙げられる。
「マルコシアスって悪魔は、三十の軍団を統治する侯爵と言われて、悪魔の中では珍しく嘘を嫌い、誠実を旨とする実直な悪魔らしいんですわ。んで、この印はその亜種で、主人の居場所を喋った場合……」
 ギムレットが自らの舌を歯と歯で挟む。話した場合は、呪いにより、自らの舌を噛み切る事となる、という事だ。
 それは即ち、敵対者に捕まった時の為の保険。
 どこの世界でも考える事は同じのようだ。
「というワケなんで、この話はこれで仕舞にしましょうや」
 確かにこれ以上の言及は出来ない。
 だが、得るモノは大きかった。今日のところはこれで引き下がろうとすると、店の入り口付近のテーブルで飲んだくれている親父たちから歓声が上がった。
 色めき立つ声に何事かと思い、視線を向けると、一人の女がそこに立っていた。
 木ノ葉の酒豪。ウワバミ、酒女神。酒に関するあらゆる称号を持つ女怪、うちは ミゾレが不敵な笑みを浮かべていた。
「むふん。真打登場。で、バルゴ、今失礼な事考えたでしょ」
 なぜ俺の心の声が判る?
 写輪眼で僅かな表情の変化を読み取られたのだろうか。
 このザル女と飲めば確実に潰される。次の日は二日酔い決定。
 そんな事は露とも知らず隣ではギムレットが、その美貌に騙され五月蠅い親父たちと一緒に騒ぎ立てている。
「マスター、白ワインを一本!さぁてバルゴ、夜はこれからよ!」
 青ざめ、引きつるバルゴに艶めかしい笑みを送る。
 差し出されたワインをボトルのまま乾杯をし、恐るべき酒宴が幕を開けた。


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