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プロローグ
「素晴らしい……!」
 歓喜のあまりに思わず出た声が薄暗い部屋の闇に吸い込まれるようだった。
 照明としている蝋燭(ろうそく)も深い闇の前にはさして意味を成さず、僅かな光は深い暗黒を讃えるかのように揺らめいている。
 壁には様々な言語で書き(つづ)られた人体解剖図が貼り付けられており、他にも札や魔方陣も所狭しと乱雑に貼り付けられていた。
 部屋の中央には真っ黒いフードを被った男が一冊の本を携え、一人ほくそえんでいる。
 人間の皮膚を用いて創られた分厚い表紙には、近年になり貿易が盛んになってきた東の国の文字が表題となっており、その書体自体が一つの芸術品と言っても過言ではない。
 恐らくインクとして人間の血を用いて書かれたであろうその本は、何か不思議な力により読むことはおろか、開く事すら叶わずに封印されている。
 だがしかし、男にはその不思議な力に男は心当たりがあった。
 魔法。複雑な知識と長い呪文の詠唱により外界の魔力と、体内の魔力を紡ぎ合わせ発せられる神秘の具現。魔力は東の国では気やチャクラとも言われ、古くから生物の体内に存在する事が確認されていた。
 魔法は体内で練った魔力を呪文として詠唱することより、外界に働きかけ指向性のモノへ転ずるれっきとした物理現象である。
 しかし、膨大な量の知識や血による魔力の継承、果ては外界の魔力の塊、つまりは精霊や悪魔と呼ばれる霊的な存在と『力と代償の契約』をしなければ大きな魔法を行使できないといった理由から、その担い手は少なく、現在男が所属する組織が認定している魔法使いは、男を含め十二人しか居なくなってしまった。
 彼らは自らを十二の徒と呼び、各々が各分野での研究に勤しんでいる。
 聞くところによると、東の国では呪文を用いないで魔法を使える者達がおり、その技術を脈々と今日まで受け継いでいるらしい。
 まるで正反対ではないか。東の国に貿易船に乗った船乗りから噂話として聞いた時の感想だ。
 もしもそんな人間が居るのであれば、逢ってみたい。そしてその術を実際に目で見て、あまつさえ、解剖し自分たちと異なる点があるかじっくりと考察したい。そして自らの魔法を遥か高みへ。そう考えるには時間は掛からなかった。
 男の手元にあるのは、闇ルートでようやく手に入れた、秘術が記された『魔書』である。いや、人間を『魔へ導く』ような不思議な存在感は『魔導書』と言った方がしっくりくる。
 今だ開く事の叶わない『宝の本』を大事そうに抱きかかえ、ゆっくりと鏡に写った自分を見る。目的の達成ならば手段も犠牲も厭わない外道の姿がそこにあった。
「もう少しだ。もう少しで私の望みが叶う」
 呪詛を纏った言葉が闇に溶けて消え、執念を孕んだ双眸が蝋燭の光を映しているようだった。
 奇怪な道具が乱雑に置かれた机の上に、異彩を放つ『普通』の写真立ての中の美しい女性は、今も変わらぬ笑顔をこちらに向けている。
 尽きかけた蝋燭の炎が最後の力を振り絞り、一際大きな明かりで辺りを照らし、光に反射した写真の中の女性と目を合わせた。
「君の為なら、私は悪魔となろう」
 愚かなる男の決意に、揺らめく影が嘲笑(わら)った気がした。


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