■053 ギルドホームを目指して
ギルドポイントを得ることができるギルドクエストにはいろんなものがある。
討伐系から採取系、変わったものだと子守りとか店の売り子なんてものまである。
さらにプレイヤーギルドの依頼までもあるから、中には怪しいクエストもチラホラとあった。
当然、そういった怪しいクエストを受けることは年少組三人の保護者であるウェンディさんが許さない。
僕らは危なげなく健全なクエストを選び────。
「シロくん! そっちいった!」
「任せろ! 【加速】!」
僕はスキルを使い、湾岸都市の裏路地を超スピードで駆け抜ける。リゼルが追い詰めた相手がこちらへ向かって全速力で駆けてくる。今度こそ逃がさん。そのために挟み討ちにできるこの路地に追い込んだんだ。
僕の横を素早くすり抜けようとするそいつを両手を伸ばしてしっかりと掴んだ。
「ウニャアァァァッ!」
「よっしゃあ!」
腕の中で爪を立てて暴れる黒猫を逃がさないように押さえつけた。DWOでは痛覚は大幅にカットされてるので痛くはないが、チクチクと割り箸かなんかでつつかれている感覚はある。
「ミウラ! ケージをこっちに!」
「あいよ、シロ兄ちゃん!」
駆け寄ってきたミウラが依頼者から預かったペットケージをインベントリから取り出した。すかさずその中へと黒猫を入れて鍵をかける。
「よし、任務完了!」
「やった!」
「ふえぇ、疲れたー」
リゼルが大きなため息をつく。
この迷子の子猫を捕獲するのが今回の任務であった。ギルドポイントはそれほど高くはないが、そのかわり危険もないクエストである。
依頼主はフレデリカに住むNPCのおばさんだ。
「ギルドクエストっていったら、もうちょっと手応えのある仕事だと思ったんだけどなー」
ミウラがそうボヤくが、わからんでもない。なんか何でも屋か、日雇いのアルバイトでもしている気分だ。ギルドポイントの他に多少お金も貰えるからあながちハズレでもない気がする。
「まあまあ。レンちゃんたちの方もうまく片付いてたらギルドランクがEからDに上がるよ。やっと念願の本拠地が持てるじゃない」
リゼルがミウラを宥める。
僕らとレン、ウェンディさん、シズカの三人は別行動だった。それぞれ他のクエストをこなしていたのである。
ちなみにレンたちは職人の共同工房で、機織りをしている。反物を納品というギルドクエストがあったのだ。
ソロモンスキル【ヴァプラの加護】を持つレンは、生産に失敗が少なく、また完成した品質も高い。これによりギルドポイントも高めに貰えるのだ。ウェンディさんとシズカはレンのお手伝いである。
不器用なリゼルと飽きっぽいミウラが手伝いから外されたのはやはり適材適所というべきだろうな。
ギルド管理センターの中へ入ると、ロビーの椅子に三人が座って待っていた。
「あ、三人ともおかえりなさい。どうやら捕まえたようですね」
レンがミウラの持ったケージを見て微笑む。両手でミウラがそれを頭の上に持ち上げると、ロビーに子猫の鳴き声が響き渡った。
「かなり手こずったけどね。そっちは?」
「ついさっき納品してきました。ギルドポイントも入りましたよ」
じゃあ僕らもさっさと終わらせるか。ギルマスはレンなので、子猫の入ったケージを渡し、一緒に受付カウンターに向かう。
「クエスト完了の手続きをお願いします」
「はい。ギルド『月見兎』、クエスト完了承認いたしました。このクエスト完了により、ギルドポイントが加算されましたので、ギルドランクがDになりました。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
ステータス画面を確認してみるとギルド欄のところが【月見兎:ギルドランクD】となっていた。おお、やった。
当たり前だが、ギルドランクを上げるためにはギルドポイントをたくさん得る必要がある。つまりはギルドメンバーが多ければ多いほど有利なのだ。
ちなみに【怠惰】トップギルドのアレンさん率いるギルド、【スターライト】のランクはB。
しかし【傲慢】の方には大人数を有するAランクギルドも存在するという。
しかしギルドのランクというのは、強さではなくその待遇の違いなので、小さいギルドはそこまでしなくても充分な環境を得れるとか。
六人だけのギルドに巨大金庫とか、七人パーティを組めるようになるとかの恩恵は、あまり必要ないってことかな。
「やったね、レン! これで本拠地を持てるようになったね!」
「まだだよ、ミウラちゃん。今度は本拠地を買ったり建てたりしなきゃいけないんだから」
はしゃぐミウラにレンが苦笑いしながらそう言葉を返す。
ギルドホームを造るには二通りの方法がある。一つはギルドセンターのカタログから選ぶ方法。何種類かの中から拠点に建てるギルドホームを選び、すでに完成している家をその土地に転移させる。
デザインなども決まっている家を建てるわけだから個性はないが、それなりに安い。
もう一つは【建築】スキルをもつプレイヤー、もしくはNPCに建ててもらうこと。こちらは資材を自分で用意するのでけっこう面倒だ。建ててくれたプレイヤーやNPCにいくらかお金を払わないといけないしな。いや、素材から全部自分で集めればグッと安くなるんだけども。
プレイヤーに頼めれば、【建築】の熟練度アップにもなるので、さらに安くすむとは思うけど。
こちらは細かいところまで自分たちでこだわれるので、自由度が高いのが魅力だ。後から増築もできるし。
町には【建築】スキルをもつ大工さんもそれなりにいるし、NPCだってツテがあれば安くもしてくれる。
もちろん自分が【建築】スキルを持っていれば自分で建てても構わない。もちろん資材は自腹だけど。
「私たちの場合、【建築】スキルを誰も持っていませんし、やはりカタログからということになるのでしょうか?」
「うーん、それもつまんないなあ。やっぱり自分たちでいろいろ決めたいよね」
シズカとリゼルがそんな話をしているが、実際誰も【建築】スキルを持ってないからなあ。今から育てるのはかなり時間がかかるだろうし。【木工】から熟練度を上げて、その上位スキルに【建築】はある。他に【造船】とかもあるが……。
あ。
「一人、【建築】スキルじゃないけれども【木工】スキル持ちが知り合いにいるな。ひょっとして、その人が【建築】スキル持ちのツテを持っているかもしれない」
「え? 誰です?」
「トーラスさんさ。妖精族の。確か湾岸都市に店を出したってアレンさんが言ってたよね」
「ああ、そう言えば……」
確か店名は『パラダイス』だったか。アレンさんたちの反応からすると、あまり足を踏み入れたくないような気がしないでもないが。
他にツテがあるわけでもないので、僕らはトーラスさんの店に向かうことにした。ダメでもともと、挨拶はしといた方がいいだろうし。
湾岸都市の南側、商店が立ち並ぶ大通りから少し外れた場所にトーラスさんの店はあった。
「ここ……ですか?」
隣のレンが苦笑いを浮かべながら視線をこちらへと向ける。
怪しい。一目でわかる。怪しい。
どこぞで拾ってきたような材木の板に『パラダイス』と書かれた看板が怪しい。
赤白ストライプ柄の服を着て、なぜか太鼓を持ち、怖い笑顔を浮かべて店先に立つ人形が怪しい。
「冷やし中華、終わりました」と立てられているノボリが怪しい。
扉に彫られたオリジナルだかよくわからないキャラクターが怪しい。
怪しさ大爆発だ。っていうか、ワザとやってる?
「入らないの?」
ミウラが立ち尽くす僕に声をかける。待て。心の準備が。
別になにかされるわけでもないしな。うん。よし、入るぞ。扉の取っ手を掴み、ゆっくりと手前に引く。ドアベルがカラコロと小さく鳴った。
「こんにちは〜……お?」
中に入ると意外や意外、普通の店内だった。
ちょっとした旅館の土産コーナーのような、歴史ある骨董品店のような、ノスタルジックな造りの内装だった。
しかし置いてある物は判断に困るような物が多かった。あの両手を上げた自由の女神像や、銀色の金閣寺、馬鹿でかいしゃもじは売れるのか?
「お、シロちゃんやないか。らっしゃい」
「あ、トーラスさ……うわ」
「うわ、ってなんやねん。ご挨拶やな」
店の奥から現れたトーラスさんは、サングラスにアロハシャツといった、これまた怪しいファッションをしていた。褒め言葉になるのかわからないが、超似合っている。
「店を開いたってアレンさんから聞いて来ました」
「そら、おおきに。おろ? また初めての嬢ちゃんがおるな?」
「初めまして、シズカと申します」
シズカがトーラスさんに向けてぺこりと頭を下げる。
「こらご丁寧に。わいはトーラスや。以後よろしゅうにな。なんやシロちゃん、女の子パーティに黒一点かいな。モテモテやんかー」
「や、そういうのじゃないんで」
肘でツンツンとつついてくるトーラスさんを能面のような無表情で返す。
「なんや、つまらんなあ。ほんで何か買っていってくれるんか?」
「あー……とですね、実は僕らギルドを作りまして。ギルドランクがDになったので本拠地を作ろうと思ったんですけど……」
「ははあ。【建築】スキル持ちのプレイヤーを探してるんやな」
トーラスさんがニヤリと笑う。よくわかったな。まあ、本拠地を作りたいって段階で読めるか。
「あいにくとわいは【木工】から派生する【微細彫刻】を取ったから【建築】は持っとらんよ?」
でしょうな。店内に置いてある熊の木彫りとか、トーテムポールとか、アニメキャラの木製フィギュアとかを見ればそれはわかる。
「いや、トーラスさんなら【建築】スキル持ちのプレイヤーを誰か知らないかと思って。できれば紹介してもらえると助かるんですが」
「【建築】持ちなあ……。何人かはおるんやけど、まだ熟練度が低かったり、他の仕事を抱え込んでたりで……。ああ、あいつがおったか」
「誰かいます?」
「おることはおる。ちょいと変わった奴やけど、腕は確かや。待っとき、連絡してみるわ」
変わった奴? なんだろう、不安を禁じえないのだが。
「ちょうど湾岸都市に来とるらしい。これから寄る言うてたから、ちょっと待っててや」
トーラスさんの店の商品を見せてもらいながら【建築】持ちのプレイヤーを待つ。大概は変なアイテムだったが、中にはまともな商品もあった。僕が以前買った十二支のメタルバッジシリーズもある。
ふと店のドアベルが鳴った気がして、入口に視線を向けたが、誰もいない。気のせいか、と視線を戻そうとしたら扉が少し開き、誰かがこちらを覗き込んでいた。
「トーラスさん、お客さんが……」
「ん?」
「はわっ!」
ドアベルを鳴らして扉が閉まる。なんだ?
「あー、またかいな。毎度毎度しゃあないなあ」
トーラスさんが扉を開けて外へ出ていく。外で二人が言い争うような声が聞こえできた。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って、ちょっと待って! も少し心の準備をしてから……!」
「アホか! そんなん待ってたら明日になってまうわ! 別に取って食われるワケやないんやからさっさと入り!」
しばらくすると一人の男の人がトーラスさんに促されて店内に入ってきた。
黒いベストに黒のズボン、腰には大工道具らしきものと中型のハンマーをぶら下げている。
獣人族か。尻尾が怯えるように股の間に入ってしまっているが。
前髪が長く、さらにキャスケットを被っているので、目が完全に隠れてしまっている。キャスケットからは垂れた犬耳が飛び出していた。そのせいでよくわからないが、たぶん僕と同じくらいの年齢だと思う。
おどおどとどこか挙動不審だ。じっと見ているとネームプレートがポップする。『ピスケ』。ピスケさんか。
「こ、こ、こここここ、こん、こん、こんに、ち、わ……」
蚊の鳴くような声でピスケさんが挨拶をしてきた。声、ちっさ!
挨拶し終わると、ススス、と部屋の隅にあったトーテムポールの陰に隠れてしまった。なんなの?
「スマンなぁ。あいつ極度の人見知りやねん。そんなんじゃあかんって自分でもわかってるようで、リハビリにDWO始めたんやけど、そう簡単にはなぁ」
「はあ……」
人見知りっていうか、借りてきた小動物みたいになってますが。なんか震えてる? ナニモシナイヨー、コワクナイヨー。
「慣れればナンボかマシになるさかい、長い目で見たってや。腕は確かやから。ピスケ、こちらのギルド『月見兎』の皆さんがな、お前さんにギルドホームを建てて欲しいんやと」
「ぎ、ぎ、ギル、ギルドホーム、ですか?」
またしても蚊の鳴くような声でピスケさんが答える。聞き取りにくい。トーラスさんの紹介だから腕は確かだろうし、信頼もできるんだろうけど、大丈夫かね?
そんなピスケさんにウェンディさんが前に出て話しかけた。
「はい。我々は【建築】スキルを持っていませんので。お願いできますか?」
「そっ、そっ、それは、ぼっ、ぼっ、僕も、じゅ、熟練度アップになりますし、あり、ありがたいことですがっ」
しどろもどろになりながらもピスケさんが答えてくれる。おおっ、引き受けてもらえそうだぞ。
「ぎっ、ギルドホームを【建築】っ、するには、『場所』、と『資材』が必要、です。そっ、そちらの方は……?」
「場所はまだ決まってません。資材は必要な物を指定していただければ、こちらで用意させていただきます」
「で、でしたら……」
ピスケさんがギルドホームを造るために必要な資材を教えてくれる。
明日からは資材集めか。ギルドホームを建てる場所も探さないとな。忙しくなってきたぞ、と。
【DWO ちょこっと解説】
■ギルドについて④
ギルドホームは申請さえすれば転移による移動も可能で、第一エリアから第三エリア、のようにエリアを跨ぐこともできる。移動にはそれなりのお金がかかるが。また、ギルドランクにより建てられるギルドホームの大きさが決まっているが、Dランクでもちょっとした屋敷並みの家が建てられる。