ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第8話 保護
 閉じられたはずの扉をこじ開け、不気味な手を伸ばして現れたのは、見た目十代の少年だった。

 ユウと比べて頭一つほど高く、歳もいくつか上に見える。
 だが、その容姿はとてもじゃないが生きている人間に見えなかった。

 乱れてボサボサの髪、左目は潰れ、右側も白目を剥いている。
 衣服や身体はズタボロに裂け、全身血にまみれた彼はヨロヨロしながらそこに立っていた。

「……ぅ」

 苦しそうに呻く。
 掠れた、少年特有の少し高い声。

「ユ……」

 少年は、求めるように両手を伸ばす。

 ミサギと木戸は警戒して、ユウは初めての状況に、その場から動けずにいる。

「ユ……ウ……」

 ようやく絞り出した声は、ユウの名だった。
 ずっと「ユウ」と言い続けていたのだろう、少年はなおも「ユ……ユ……」と呻いている。

「な、なんでボクの名前……?」
「知らないよ、君の友達じゃないのかい?」
 ミサギが、少々マヌケな事を聞く。

「自慢じゃないけど、ボクはいじめられっ子だったから友達いないです!」

 その時、白目を剥いていた少年がギョロリと瞳を見せた。

『!!』

 血よりもさらに鮮やかで深い紅色の瞳。
 それを見た途端、三人は少年から距離をとった。

 人間にはない瞳の色。
 アヤカシを示す紅。

「ミサギさん、あの目……」
「成りは人間だけど、あれはアヤカシ……だろうね」

 断言しなかったのは、今まで人間の姿をしたアヤカシに出会ったことがなかったからだ。

「ア、ウ……!」
 少年の左手がピクリと動く。

 それが戦闘開始の合図となった。

 少年の腕は、鞭さながらに長く伸びてうねり、ユウ達に襲い掛かる。
 三人は二手へ分かれて跳び、最初の攻撃を難無くかわす。

 どうやら初めて使った能力らしい。
 彼の鞭さばきはいまいち素早さに欠け、攻撃が外れて地面にめり込んだ右腕を何度も引っ張って引き戻す。

 すると今度は巨大な鉤爪に形を変えた。

 キョロキョロと視線を散らし、銀色の髪を赤い瞳で捕らえる。

 爪を大地に突き立て、ひと掴みでえぐり取る。
 大きな爪でそれ以上の巨大な塊を、少年は軽々と投げ付けた。

 着弾点にはミサギと木戸がいたが、二人がじっとしているはずもなく、すぐに避ける体勢に入る。と、突然地の塊が爆発した。
 その向こうから少年が凶爪を繰り出してくる。

 ミサギを狙って殺意が迫る。

 攻撃が届くその寸前、木戸が間に割り込んだ。

 ミサギを庇うように受けた攻撃は、攻撃に振り下ろした勢いも手伝ってぐんと重く、衝撃に圧され木戸の足元が沈む。

 砂埃立ち込める中、ミサギが彼の肩越しに身を乗り出す。
 手を伸ばす先は少年の赤い瞳。

 アヤカシの核――すなわち『目』を封印すれば終わりだ。

 指先があと数ミリで『目』に手が届く。と、反射的に少年が後ろへ跳んだ。

 ミサギは思わず舌打ちする。
 少年は距離をとって着地し、ミサギを見る。

 互いに牽制するように睨み合いが続くことしばらく。

 少年がぴくりと動き、ミサギは懐の札を構えた。
 再びミサギへ攻撃にくるかと思われたが、彼はくるりと方向を変え、ユウに向かってきた。

 いきなりのことに、見学者と化していたユウは慌てた。
 チョーカーにつけた十字架を錫杖に変えようとして、手を滑らせてしまった。

 しかし、そんなこともお構いなしにミサギが叫ぶ。
「ユウ君! 『目』を狙うんだっ!」
「は、はいっ!!」

 急いで錫杖を拾い、応戦すべく身構える。

 少年は一気に距離を縮め、凶爪を伸ばす。

「わわっ!」
 迫る攻撃を錫杖で弾き返すが、その瞬間に爪は鞭に変わり、ユウの体に巻き付いた。

「なっ、しまっ……!」

 少年は、そのまま高く跳躍し、屋敷の屋根に着地する。

「ふぇ?」

 ミサギと木戸が、呆気にとられた顔でユウを見上げている。
 ユウも目を点にして二人を見下ろす。

 少年は、ユウを抱きかかえる格好で屋根を強く蹴って屋敷を離れる。

 ユウが我に返った時には、屋敷もミサギも遥か彼方に遠ざかっていた。

「な……なんでぇぇぇえええ!?」

 ユウの叫びが木霊しながら消えていく。

「……木戸」
「はい」

 気の抜けた顔で青空を見上げる。
「どうしよう……連れてかれちゃった……」

 残った二人は、ぽつんと佇むしかなかった。

 ■ ■ ■

 少年は平原を駆け抜け丘を越え、森の中を猛スピードで走り続ける。

「放せっ! 放せってばおいコラ!! バカーッ! 赤眼ぇー!」

 捕らえられたユウは、少年にむかって罵声を浴びせるが何の効果もない。
 風を切る音が、ユウの言葉など耳に入っていないと言いたげだ。

 今度はもがいて脱出を試みるが、がんじがらめになって身動き一つとれない。

 だんだん締め付けが強くなってきて、ミシミシと嫌な音が体から聞こえ始める。

「うっ……ぐぅ……ぐるじ……」

「!」

 苦悶の表情を浮かべるユウに気付き、少年はようやく速度を緩めた。
 そして、近くにあった大樹の根元でユウを解放する。

 むせて座り込むユウを見つめる少年。

「ユ……ユ、ウ……」

 鋭い爪がユウに触れようとする。
「触んなっ!」

 甲高い音が森に響く。

 ユウが持っていた錫杖で力いっぱい叩き返したのだ。

「……っ痛ぇ〜!」

 跳ね返した反動が、痺れとなってじんじんと腕に伝わる。
 ユウはぶんぶんと腕を振る。

 少年は、ただ、ユウをじっと見る。

 再びユウへ手を伸ばす。
「来るなって!」

 跳ね返すユウ。

 少年は何度も手を伸ばす。
 ユウもその度跳ね返す。

 だんだん事の往来に苛立ちを覚え、幾度めかの腕を跳ね返してユウは叫んだ。



「いい加減にしろよ……!
 その目玉、潰すぞっ!!」



 凄んだユウにびくりと反応し、本能的に右目を押さえる少年。
 その表情は紛れも無く怖れを抱いていた。

「ボクに近付くな!」

 弾かれるように少年はユウから離れ、縮こまる。

――なんなんだ、あいつ?

 ユウはぶつぶつ言いながら服の下から腹部をさする。

 動くと痛みが走ったが、さするうちに落ち着いてきた。
 体からきしみ出た音からして、肋骨が何本か折れたかと思われたが、意外にもユウはケロッとしていた。

「ふぅ……」

「ど……して…………」

 少年が初めて口を開いた。

「は?」
「ユウ……オ、レ……たす……け……くれ……ユウ……た……す」
 少年の俯いた口はもごもごと小さくつぶやいた。

「助け……何?」

 しかし少年は、切り裂かれた喉笛からヒューヒューと空気を漏らすばかりでうまく聞き取れない。

 仕方なく、ユウは少年に近付く。が、少年の方が反射的に遠退く。

「……攻撃しないって」

 だが、先程の脅し文句がまだ効いているらしく、少年はまったく近付いてこない。

「ボクが悪かったって……ホントに何もしないから」

――って……これじゃボクが悪者みたいじゃん……

 少年は怯えてうずくまる。

「ほら、武器も捨てるから」
 言って、錫杖を遠くへ放る。

 その後しばらくは警戒して動かなかった少年も、ユウが何もしないことを理解したのか、のろのろとユウの前にきた。

「ボクはもう攻撃しないから、おまえもするなよ」
 少年はこくりと頷いた。

「いろいろ聞きたいことはあるけど、とりあえずおまえ、人間か?」

 少年はふるふると首を横に振った。

「じゃあ……アヤカシ……?」
 こくりと頷く。

 ユウの背筋がゾクリと冷えた。

「……なんで人間の恰好をしてるんだ?」
「あぁ、うー……」

 少年の首から笛の音が漏れる。
「……ごめん、質問変える」

 ユウはしばらく考える。

「えーと、アヤカシって変身できるのものなのか?」
 少年は首を横にした。

 いやな予感が脳裏をよぎる。
 人に変身しないとすれば――、自然ともう一つの可能性が浮かび上がり、絞り出すような言葉になって出た。

「……もしかして、人間にとり憑いてる、とか?」
 ユウが少年を凝視する。

「……」

 頷いた。

 ユウはその瞬間に身を引いた。

「お、お前まさか、ボクにとり憑くつもりじゃないだろーな?」
 しかし少年は、慌てて首を横に振る。

「ち、違う?」
「あうぅ……ひ……ら、あ」

 少年は懸命に口を動かす。
 しかし、何か言いたげな口は動くだけで、裂けた首からなり損ないの言葉が淋しげにこぼれていく。

「? 何を――」

 言いかけた時、森の茂みの向こうからユウを呼ぶ声がした。

 だんだん近付く二種類の呼び声は、ユウのよく知る声だ。
 それに気付いたユウは、立ち上がって叫ぶ。

「ミサギさーん、木戸さーん!」

 その後ろで少年が威嚇するように唸りをあげた。
「大丈夫。ミサギさんも木戸さんも、攻撃しないから」
 しかし少年は、ユウの行動を遮るように飛び付いた。

「おいっ! 何すん――わぁっ!?」

「ミサギ様、こちらからユウ様の魔力が――」
「ユウ君!?」
 茂みから二人の影が出て、ユウたちと合流した。

 その瞬間は、ユウにとって間が悪かったというか何というか――。

 少年は下敷きになっているものの、しっかりとユウを抱きしめていた。
 後ろから抱きつかれた形で倒れたユウは、ひっくり返った亀のようにじたばたしているが、少年の力に敵わず身動きがとれないようだ。

「みっミサギさん……!」

「……何、してるの?」

 ミサギの一言に、その場の空気が一瞬凍る。

「いや、えーとこれは……」
 言い訳を考えているようで、あたふたとジェスチャーを始めるユウ。

 その時、少年が急に起き上がる。

 ユウを背後に隠し、大きく吠えてミサギに襲い掛かった。

「おい、待てっ……やめろ!」

 ユウが叫んだ瞬間、少年はビクリと反応して制動をかけた。が、迎え撃つミサギの方は止まらなかったようだ。

 少年の繰り出そうとした攻撃の勢いを利用し、あっという間に地へとたたき付ける。

「驚いたな、ユウ君の言う事を聞いた」

 たいして驚いた風も見せず、片手だけで少年の動きをを封じるミサギ。

「み、ミサギさん、そいつもう攻撃しませんから、放してやってください!」
 慌てて少年を庇うユウに、ミサギは眉根を寄せた。

「どういう事?」

「え、えーと……」
 ユウはしどろもどろに話し始めた。

 ■ ■ ■

「ふうん、人にとり憑くアヤカシか……」

 事情を聞いたミサギは、半信半疑の表情で少年を見る。

 解放された、といっても、ミサギの目が刺すように少年を監視していたため、檻に閉じ込められたも同然だった。

 ミサギが手を伸ばすと、彼はユウの後ろに隠れた。
「大丈夫だって。何もしないから」

 ユウは、少年をミサギの前に立たせようと、彼の後ろに回り込む。
 しかし、少年がユウの後ろに回り込み、もとの位置に戻った。

「……大丈夫だって」

 再度回り込む。
 少年も回り込む。

「…………」
 ユウが説得して、隠れる少年をミサギの前に立たせるが、どうしても彼はユウの後ろに逃げてしまう。

 その様子に、心なしかミサギの額に青筋が立つのを木戸は見逃さなかった。

 堂々巡りの二人にいきなりミサギが割って入る。
 両者を睨み付け、声を低めて言った。

「いい加減にしなよ。こっちは遊びじゃないんだ。
 お前も、その『目』、粉々にされたくなければ僕の言う事を聞け」

 その威圧感たるや、先ほどの睨みの数十倍。

 加えて、顔に合わずドスの効いた声でのセリフ。
 ミサギの言葉は、言葉以上に強い力で周囲を圧倒した。

 二人は身が凍るどころか呼吸が止まってしまった。

「そうだ、おとなしくしていれば害は与えない」
 動けない少年の、耳の下に手を当てる。

 脈は、ない。

「……死んでる。アヤカシは死体にもとりつけるのか」

 そこでも、少年は何かを訴えるように口を動かす。
 もちろん言葉になっていないので、ミサギにも、少年が何を言っているのかわからなかった。

 それを見たユウは、
「あの……ミサギさん、彼のケガ、治療できますか?」
 突飛な提案に、ミサギは顔を歪めた。
「は? 何馬鹿言ってるんだい。このアヤカシは死体にとり憑いてるんだよ。死体は治療のしようがない」

 ミサギの言葉が刺のようにユウへと刺さっていく。
 しかし、何とか踏ん張って言葉を返す。

「……ほ、包帯とかで傷を塞ぐだけでもいいんです」

「やけに食い下がるね、それで何かメリットがあるのかい?」

「メリットっていうか……彼と話ができたら、もしかしたらアヤカシについて何かわかるかもって――」

 しどろもどろならがらも、ユウはミサギの説得を試みる。

「……なるほど……その手があるか」
 ミサギは思いついたようにつぶやく。
「――僕も少し興味が出てきた。木戸、何とかできるかい?」
 ミサギが振り返ると、木戸ははっきりと頷いた。
「傷を塞ぐだけであれば」

「よし、じゃあ彼を屋敷に連れて帰ろう」

「はい! ……って」
 少年はユウにひしっとしがみついて離れない。
「おい」
 まるで子供だ。
 そしてミサギを睨む。

「ほぉう……僕にケンカを売ろうって事かい? いい度胸だ」

 その場の空気が一気に冷え込んだ。

「みっミサギさん! ちょっと待っ――」
 ユウが止める前に、ミサギは少年の首根っこを掴む。

「ふーっ! あぅあー!」

 ミサギが、抵抗する少年を問答無用で屋敷に引きずっていった。

 ■ ■ ■

 アヤカシ少年の騒動から一夜明けた朝。

 ユウは、生ものが腐るような、鉄錆のような、妙な臭いに起こされた。

「ふゃ……兄ちゃん、生ものは非常食にしたらダメだって――」

 目をこすりながら開けると、血染めの包帯と赤い瞳が真ん前にあった。

 それは、腐敗臭の少し混じった吐息を静かに吐き、ユウの顔を凝視している。

「…………」

「……ユウ、おきた」

 少年は、目を瞬かせるユウを確認すると、モゾモゾ動いてユウに抱きつく。

 それが、ユウの布団に潜り込んだアヤカシの少年と理解するのに約七十秒。

 はっきりいって、反応が遅い。
 寝ぼけているせいにしても遅すぎる。

「ユウ、おはよ」
 言って、頬にキスをする。

「……」
「……」

 互いに見つめあっている。
 一人は完全に寝ぼけているが。

「…………?」
 よくわからないままに、キスされた頬を撫でるユウ。

「あいさつ」



「………………!■♪■→※●↑!?」



 声が声にならない分、ユウはじたばたもがいてベッドから転げ落ちた。

「なっ……! なななななんでっで、なんでおまえがここんなトコに!?」

「オレ、ユウ、ちかく、いたい」
 舌っ足らずな少年は、無表情のまま再びユウに抱きついた。

「んなっ……!」

 直後、屋敷中に悲鳴が響き渡る。

 こうして、アヤカシのいる妙な一日が始まった。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。