第4話 ライセンス
ミサギの執務室は屋敷の一階、玄関から入って左側の廊下沿いにあった。
執務室といっても、置いてあるものはいくらもない。室内の中央には、ソファーとテーブルが一セット、一番奥の窓際には仕事用の机が一つあるだけだ。
広い室内には、大きな窓から差し込む朝の光で満ちている。どちらかといえば、応接室のような雰囲気を醸し出している。
中央のソファーの横にみっちゃんとユウが立ち、前にミサギが立っている。
彼は露骨に嫌な顔をしていた。
特に、みっちゃんをじろりと睨む。それはまさしく鬼の形相であった。
その無言の圧力を知ってか知らいでか、みっちゃんは人の怒りをあおるように踊りながらちょろちょろしている。
くるりと優雅に回転し、ミサギの前でピタリと止まると、あの紙袋の中から箱を取り出し、その中身を見せた。
「お待ったっせ〜ナリよミサギ殿♪ ご所望の肉まん買ってきたぜよ〜」
「肉まん? 僕はそんなの頼んだ覚えはないよ」
機嫌の悪い声でつっけんどんに言う。
「え〜? ウッソこきぃや。この前言うとったやん、『肉まん食べたいな』って。やからわっしはミサギ殿の好きなホーライの肉まんをわざわざ買うてきたのに〜」
「………………ああ、あの時か」
ミサギは、数日前の仕事先で見た中華飯店のコマーシャルを思い出す。
新作のシュウマイを大きく取り上げて宣伝していて、思わず『たまにはああいうのも食べてみたいな』と漏らしたものだ。
「確か、それ言ったら君はいきなり飛び出していったね」
「そやそや。わっしがんばって買いに行ったんやで〜。飲茶で美味いいうたらホーライ♪ ホーライいうたら肉まん♪ うんまいで〜」
「僕は肉まんなんて一言も言ってないよ。大体、シュウマイのCMを見ていたのに、なんで連想の途中から肉まんになるんだい?」
「ぬがぁっ!?」
みっちゃんは、背景に稲妻を走らせショックを受ける。ここで初めて勘違いに気付いたようだ。
「しっ……しまった……! わっしとしたことが、ホ、ホーライ言うたら肉まんちゅう心理が……ぬぁあ〜! 大失敗やあ〜!!」
「阿呆」
「そ、そんなっ……! わ、わっし三日三晩走り通してやっと戻ってきてん…………ミ、ミサギどん、そう言わずにできたて直送をお熱いうちに食うて〜な」
出された肉まんをじっと見る。
一箱五個入りの特製肉まんは、三日三晩走ったというみっちゃんの運動能力についていけず、無惨に潰れて偏っていた。
しかも保存状態が悪かったせいか、かびのようなものがちらほらとある。
「明らかに人が食べられない状態になっている肉まんのどこをどうみたらできたてあつあつに見ることができるんだい? 僕はいらない。不満なら君が食べれば?」
「そこを何とかかんとか♪」
「……しつこい」
ミサギは、原形を留めていない肉まんを、有無を言わさずみっちゃんの口に全て突っ込んだ。
「木戸」
「はい」
ミサギの後方に控えていた木戸が、みっちゃんの両脇を抱えて速やかに出て行った。
この二人に命令文は不要らしい。
だが、一部始終を見ていたユウの関心はそこになく、木戸がずっとミサギの後ろにいたということに驚いていた。
――全っ然気が付かなかった……
「それで、ユウ君のこれからのことなんだけど」
「うぇ、はい?」
「君には僕の仕事を手伝ってもらうよ」
「……はい?」
「仕事だよ仕事。働かざる者食うべからずってね。僕の仕事、アヤカシ関連の事件を調査する事務所をしているんだけれど、全国あちこちで事件は発生しているっていうのに、僕のような仕事をしている人なんてほんの数人しかいないんだ。僕の管轄は西日本なんだけれど、一人だとどうしても無理な仕事もいくつかあって、試しにバイトを雇ってもみたんだ。けれど、これがまた気の利かない自己中心なバイトばっかりでね。人の言ったことしかやらない、できないで、仕事を教わろうともしない。そんなのばっかじゃこっちも教える気がなくなるよね。しかも、結局はアヤカシが見えないものだから木戸にもできる雑用しかやらないし。まったく、人間はごまんといるのに、どうして揃いも揃ってアヤカシが見えないんだろうねえ? 鈍感にも程があるよね。
ああ、そうそう。僕の仕事を手伝うって話だったね。
さっきも言った通り、僕も西日本をあちこち回って結構忙しいんだ。君が手伝ってくれると助かるんだけど」
ユウの返事は間を置いて出てきたのに対し、ミサギは間を置かず、しかも弾丸のように早口なものだから、ユウは相づちすら打てなかった。
「あ、あのー……それじゃ、ボクのアヤカシのは?」
「ああ……それは追い追いやっていくさ。君は『妖魅呼』だから今すぐどうこうできるわけじゃないんだ。しばらくはこれを持っているといい」
ミサギは紫の石を渡した。
「失くしたりしないようにね。アヤカシ除けのお守りだから」
「……あの、ヨミコって?」
「知らないなら自分で調べる。他人に頼ってばかりだと馬鹿になるよ。自分の力でやるべき時と頼るべき時を誤らないようにね」
「なっ!?」
「僕はヒスイのように優しくないから。じゃあ頑張って調べてね。あ、資料室は部屋を出て一番奥だから」
ミサギは仕事に向かうと言って出ていってしまった。
残されたユウは、誰もいなくなったのを確認して、ドンと床を踏みならした。
「……っだあの態度! 何が頑張れだ腹立つ〜!」
「まぁまぁ、怒っても始まらんぜよ。わっしが教えたるけん」
「うわあっ!?」
ポンとユウの肩に手を置いたのは、追い出されたはずのみっちゃんだった。
「ミサギ殿は、仕事仕事で忙しいからのう。代わりに、ワシがわからんところを説明しちゃるがな」
「あ、ありがとう」
「ん〜、どっから話せば良いかのう〜」
「あ、あのさ、みっちゃん。ヨミコって――」
言いかけて、やめる。
先ほどのミサギの言葉を思い出す。
「――やっぱ、いいや」
「?」
「資料室にいけばわかる、かな?」
「おぅ♪ わかるもわからないも、あの部屋行けば全部わかるぜよ! ただ、迷子にならんように気をつけなあかんがな」
「? とにかく行ってみよう」
「ちょい待ち!」
部屋を出ようとするユウをみっちゃんが止める。
「ヌシはこの先ミサギ殿の手伝いをするんやろ?」
「うん」
「やったら先にライセンス取りに行かな。仕事はそれがないとできへんのよ」
「ライセンス?」
「まあ、行ってみりゃわかるわな。早速出かけるぜよっ♪」
「でも、ボク、十三歳なんだけど大丈夫? ライセンス取れるの?」
不安げに見上げるユウを、みっちゃんはにかりと笑って答えた。
「大丈夫じゃて。魔法士のライセンスっつのは年齢関係ないねん。パソカ持っていきゃすぐ済むよって。さ、行こうや」
「う、うん」
二人は屋敷の外に出た。
中は驚くほど広いのに、外見は呆れるほど小さかった。五分もあれば一周できそうだ。そして反対側を見ると大平原が広がっている。
みっちゃんは三日三晩かけてきたが、自分はどのくらいで行けるだろうかと、ユウは考えるだけで疲れが溜まりそうになった。
しかしみっちゃんは、屋敷の裏へと向かう。
「あれ? どこ行くの?」
敷地の外に出るなら、広い平原を突っ切るはずなのだが、見向きもしない。
「どこって、魔法省じゃよ。こっちんが近道じゃけえ」
「『こっちんが』って、そっちは屋敷の裏じゃん」
「いやいやいや、こっちんが近いし楽なんよ。まあ、面白いけえ。ほれ、来てみ」
指差された方向には、古びた木製の扉があった。
屋敷の壁に絡み付くツタに隠れるように、ひっそりと佇んでいる。
金のドアノブに銅のドアノック、そして、鍵穴は銀でできていた。
「ドア?」
「いやいや、扉じゃ」
「だから、ドア……」
不思議そうな表情で言うユウに、みっちゃんは頭を抱えて何やら唸っている。どうやら説明の言葉を探しているようだ。
「うーんと……な、このドアの名前が『トビラ』なんじゃよ」
「はあ?」
「えっと、物にはたいてい名前がついちょるやろ? お主は『春日ユウ』、ミサギどんは『東条ミサギ』。それと同じ要領で、こいつにも名前がつけられちょるんじゃ」
「ちなみにみっちゃんはなんていう名前?」
「みっちゃんはみっちゃんぜよ♪」
「…………」
さりげなくも自分の名前は言わないみっちゃん。
「……で、その名前が『トビラ』?」
「そうなんじゃよ♪」
満足そうに頷かれても――と、ユウは思いつつトビラを眺める。
「それで? このトビラの向こうがいきなり魔法省とかいうところになるわけ?」
「惜しい! 正しくは、このトビラが魔法省のある場所と空間がつながるんじゃよ」
「へえ〜」
「ぬ! 信じとらんな?」
「信じてないわけじゃないよ。こんな便利なのがあるのに、どうしてみっちゃんは使わなかったのかなあって思って」
「言うたやん、わっし魔力ないって」
「じゃ、これ、魔力使って空間移動するの?」
「そのたうり♪ 百聞は一系に聞かずじゃ。魔法省へレッツらゴー!」
これもボケなのか、ことわざに微妙な間違いがあった。が、ユウは完全に無視していた。
「ボク、魔法省の場所なんて知らないよ?」
「行き先はわっしがわかっちょるから、ヌシはなんもせんで大丈夫じゃ」
「……そんなんでいいの?」
「おう♪ ミサギ殿の時もそうじゃったけんのう」
鍵もないのにみっちゃんはトビラを大きく開ける。
トビラの向こうに景色はなく、銀色と虹の色が混ざり合い、波のように揺らめいている。
「ほな、行こか」
「う、うん」
みっちゃんはユウの手を引いて中へ入って行く。ユウも、せいいっぱい吸い込んだ息を止めて頭から中へ入った。
■ ■ ■
その場所は、混雑こそしていないが、それなりににぎやかなロビーだった。
四方をコンクリートに囲まれ、ユウから見て右に総合受付と書かれた吊り看板と大きな掲示板、そして左に出入り口があった。
魔法省という名から想像していたのとは違い、事務的な役所を思わせる雰囲気。マントや杖を持ってる者など一人もいない。当たり前のようにスーツ姿や、今風の服装で目の前を通り過ぎていく。
「……なんか、想像してたのと違う」
「うん? どうした、ユウどん? 受付行くで」
「っていうかさ……どうしてトイレとつながってるわけ? しかも掃除用具入れから」
ユウの言うとおり、屋敷のトビラをくぐって出た場所はなんと魔法省の女子トイレ。
しかも、外から鍵がかけられている掃除用具入れに二人同時に押し込まれた状態になったものだから、抜け出すのに悪戦苦闘したのだ。
「すごいじゃろ♪ しかも出かけ先からは屋敷に帰れぬ特典付きじゃ!」
それは特典とはいわない。そう突っ込みたいところを、ユウはぐっとこらえた。
言ったら負けという強迫観念が、なぜだかユウを支配していた。
「……不便だね」
なんとか無難な言葉を探して返す。
「まあ、細かいことは気にせんといて。それよりパソカちゃんと持ってるか?」
「あるよ。肌身離さず持ってるんだから」
言われて、ユウは透明なカードを取り出す。
パソカは、個人の生体情報や現住所など、持ち主に関する情報がすべて一枚に記録されているカードで、身分証明に用いられることが多い。
透明プラスチックに似ていて、ユウが表面を親指でなでると白く変色し、名前と顔写真が現れた。
ユウは、それを確認し、『魔法士ライセンス』と書かれた受付に行く。
迎えたのは優しそうな女性で、ユウににっこり微笑みながら挨拶した。
「こんにちは……あら、あなた新顔さんね。ライセンスの取得ですか?」
「しゅ、取得です」
「でしたら、番号札をお渡ししますので、呼ばれましたら左奥の査定室へお越し下さい。手続き後、二日ほどでライセンスを郵送いたします」
「は、はあ」
「のう、この子のライセンス、できれば今日中にほしいんやけど、何とか頼めるかのう?」
後ろから、みっちゃんが付け足すように言った。
女性は、番号札を差し出す手を止め、ちょっと驚いたように目を見開く。
「まあ、これはこれは…………今日中にでございますね、かしこまりました。わたくしから担当に伝えておきますので、このまま左の奥にある査定室へお進み下さい」
受付に言われ、二人は示された部屋に向かった。
「なんでみっちゃんを見て、あの受付の人は今日中にできるって言ったんだ?」
「そりゃ、ワッシはミサギどんとよくここへ来ておるからのう。常連じゃよ、常連」
「ふーん」
「ほれ、ユウどん。早く査定室へゴーぜよ!」
「査定……」
「そんな固くならんでええで。本人確認するだけやけん」
みっちゃんが卒先して査定室に向かう。ユウは少々うつむき気味でその後を歩く。
「別に固くなってないけど……」
「どしたん? ここへ来てから、なんか元気がないのう。笑いすぎて腹が痛いか?」
「それは絶対違うけど……」
査定室の前で立ち止まり、すれ違った女性二人をチラと窺う。
相手も同じようにユウを振り返り、二人でヒソヒソ何か言っているようだ。
他にも、ユウを見た人は皆、物珍しそうにユウを振り返っていた。
「やっぱり、変なんだろうなぁ」
前髪をつまんでポツリと言う。
「……なんじゃあ」
みっちゃんはおもむろにユウの真ん前に立ち、両手で頭をくしゃくしゃに撫でる。
「痛てっててて! 痛いみっちゃん!」
「んむ、びゅーちほー♪」
「何するんだよ!? 結構気にしてんだぞ、この髪の色!」
かき回された髪を慌てて直す。
「ヌシが気にしすぎるからじゃ。こんなキレイな青い色、染めたって出せぬぞえ!」
「けど、みんな指差して何か言ってるし……」
「そんなの、ヌシの髪がキレイやから妬んどるんじゃよ。いちいちマイナス方面に気にしておったらキリがないで」
「気にするなって言われても、そう簡単には――。今までも、この髪のせいでいろいろ言われてきたんだし。だから帽子被ったりしてたんだけど……」
「帽子なんかいらんよ。髪の色が他と違うからって、恥じることはなかとよ。世の中変わった髪の奴はぎょうさんおるんやから」
「それじゃあ、ボク不良みたいじゃんか……」
「じゃ、わっしも不良じゃのう♪」
「?」
「わっしの方が定番色! パツキン! 一緒につるむでユウどん!」
「……ぷふっ」
みっちゃんのおかしな仕草を見ていて、ユウは思わず笑っていた。
「なんかみっちゃん見てたら自分が馬鹿らしくなってきた」
「じゃろ♪」
「ごめん、ありがとう」
ユウは笑う。みっちゃんも一緒になって笑っていると、査定室のドアが開き、白衣を着た女性が怒りの表情を覗かせた。
「そこ! 廊下では静かに! あなたが春日さん? 査定室に早く入ってください!」
「はっはい!」
中に入ってユウが感じたのは、病院の雰囲気と薬の匂いだった。
窓が一つもない部屋は、白を基調とした設備が揃い、清潔感を漂わせている。それが余計に病院を思わせ、ユウは独特の緊張に囚われた。
「それじゃ、本人確認するわね。パソカは持ってきてる?」
みっちゃんと同じことを言われ、ユウはカードを担当者に渡す。
コンピュータの画面にかざすと、立体映像がユウの前に表れた。姿形、大きさまでユウそのものであり、なんとユウの声でしゃべり始めた。
「このカードは、確かに春日ユウ本人のものです」
「すげー……最新のコンピュータだ」
「魔法士ライセンスの登録を開始します。
生体登録番号、完了。
氏名、完了。
誕生日、完了……」
ユウの姿で経過を報告するコンピュータ。関心の眼差しで眺めているユウに、査定の女性も嬉しそうに言う。
「そーなのよう。つい先日、やっと導入してもらったの。個人の登録だけでなく、魔力を数値化して調べられるようになったのよ!
『シルシェ』シリーズ、知ってるかしら? 今、すごい勢いで普及してるOSなんだけど、もーかわいくってかわいくって――」
「ライセンス登録にエラーが発生しました」
登録作業をしていたコンピュータが担当者の言葉を遮る。
立体映像は隣に画面を表示させ、エラー内容を知らせた。
「あら、性別が登録されてないみたいね」
「あ、それは――」
「大丈夫よ、気にしないで。たまにあることだから。この際、カードに性別を登録しておきましょうか」
「あの、でも……」
「そこに手を置いて、指紋照合してくれる?」
言って、査定担当者はDNA情報を取り出すため、機械を操作し始める。
「これであとは結果を登録すれば――え?」
彼女が声を上げたのは、再びエラーの文字が表示されたためであった。
最新鋭の機器が最高のプログラムを搭載し、今まで連続してエラーなど起こしたことのなかった機械が、今、起こしたのだ。
――やっぱり……
ユウはため息をつく。
「うそ!? DNA鑑定してエラーになるなんて……! もう一回――」
しかし、何度やっても結果は変わらず、立体映像のユウはエラーを訴え続けた。
機械とにらめっこし、ついに肩をがっくり落として査定担当者はユウを見た。
「DNA情報に異常があるわけではない、機械も正常、なのにエラーが出るなんて前代未聞だわ。ニューハーフだってもとの性別まで調べることができるのに…………君、一体何者? 人間よね?」
頭のてっぺんからつま先まで、食い入るように見つめる査定官。
「おねーさん、いくら何でも傷つきます……」
「あ、あら、ごめんなさいね。悪気はないのよ。でも困ったわね、ライセンス登録には必要なのよ」
彼女は腕を組んで考え込む。
「――手間がかかるけど、手動でやってみるわ」
「大丈夫か?」
様子を見ていたみっちゃんが、心配そうに尋ねる。とは言っても、サングラス越しではわかりづらいが。
査定担当者は、自信を持って言葉を返す。
「おまかせください。ものの三十分もあればできます。それより、こんな不思議な現象、査定官である前に研究開発者としての意欲が掻き立てられるわ!」
ユウを研究者特有の輝く目で見る。両手の指が怪しさを増して動く。
「私のプライドにかけて、ぜったいにこの原因を突き止めるわよ〜!」
「な、なんかコワいんですが……」
「それじゃあ、私はちょっと登録をしてくるわ。その間にこの適性検査をしててちょうだい。終わったら呼んでね」
査定担当の女性は、電子ボードを手渡して、隣の部屋へと姿を消した。
「て、テスト?」
「テストじゃの。ユウどんファイトじゃ♪」
「……聞いてない」
ユウは難しそうな問題を眺め、意を決したかのようにペンを取った。
■ ■ ■
三十分が経ち、登録を済ませた査定官は、電子ボードを受け取ってかなり苦い顔をした。
「……正直、ここまで酷いとは予想できなかったわ…………まあ、魔力は規定値の倍以上だから大丈夫よね。これでライセンス登録は完了よ。はい」
パソカを受け取り、ユウは深く礼をする。
「どうも、ありがとうございます。お手数をおかけしました」
「まあ、礼儀正しいのね。そういう子は好きよ」
「すまぬのう、今日中なんて無理言ってしもて」
「気にしないでください。きっと、東条様のお言い付けなのでしょう?」
「むう……」
「でしたら、私どもはそれに全力でお応えするだけです。
春日さん、あのエラーの件は本当にごめんなさいね」
「いえ、気にしないでください。パソカつくるときもそうでしたし」
「今度、ヒマな時でいいからまた来てちょうだいね。私、あのエラーの原因を突き止めたいの」
再び研究者の顔になる彼女。
「か、考えときます……」
もう一度、礼をしてユウとみっちゃんは査定室を後にする。
ユウは、ロビーへ出た途端、口をへの字に曲げた。
「みっちゃん、どこが簡単な会員登録だよ! あの適性検査、めちゃくちゃ難しかったじゃん!」
「そうか? でも、適性検査て、簡単なものしか出てへんはずやで。ワシもやってみたことあるが、全部基礎やったし。まあ、わしは魔力がないんでライセンスは取れんかったけどな」
聞いて、ユウはがっくりと床に手をつく。
「……兄ちゃん、基礎だとか言ってデタラメばっか言いやがって……」
査定の結果は総合的にみると合格だったが、適性検査の正解は三分の一にも満たず、本当にぎりぎりであった。その後、魔力の測定で補うような形でライセンス取得に至ったのだ。
「さあて、次は――」
突如、地響きのような低い唸り声が聞こえてきた。
「ななな何じゃあ?」
みっちゃんが驚いていると、ユウの体勢が崩れ、床に倒れ込んでしまった。
「どうした、ユウどん!?」
みっちゃんが慌ててユウを起こす。すると、微かに口が動くのが見えた。
「え、何じゃ? ……『お』?」
――お腹すいた
「………………」
思わず、みっちゃんも脱力してその場に座り込んでしまった。
「いきなりへたり込むから、何があったかと思えば……」
「うぅ……」
「ユウどん、朝メシ食っとらんのか?」
うつ伏せのまま、こくりと頷く。
みっちゃんは、屋敷での朝を思い出し、「あっ」と気まずそうに頭をかいた。
「そういや、朝、ワッシのせいで食いっぱぐれたんか」
「う〜……」
「……うっし! ワシが飯を奢っちゃろう」
「ホント? やった!」
言うや否や、ユウは飛び上がる。勢いよく立ち上がり、みっちゃんの手を引っ張る。
「早く早く! 行こうよみっちゃん!」
「ゲンキンなやっちゃの〜」
ぐいぐいとユウに引っ張られながら、みっちゃんは近くのレストランに向かうことにした。
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