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2010年2月から執筆再開といいながら、更新がまったくできず大変申し訳ありません。私情により、ここ一年しばらくは執筆がさらに遅くなります。
読んでくださる方々にご迷惑をおかけしていることを深くお詫び申し上げます。
この回は、2010年4月現在で公開できるところまでを投稿しております。大変短いですが、ご了承ください。
第15話 開眼
 ユウは、閉じていた瞳をゆっくりと開く。
 そこは、あまりに陽が眩しくて、堪らず太陽に背を向ける。
 広がっているのは、丈の長い草の原。
 ユウの胸の辺りまであるのだから相当長い草だ。

 風でなびく様は海を連想させるが、ユウの視線からでは草が揺れているだけだった。

――兄ちゃん……

 どこからか、幼い声が兄を呼ぶ。
 しかし、しばらくまってもそれに応える声はない。

――兄ちゃん

 幼い声は焦燥感を覚えたか、先程より声を大きくした。

 何度呼んでも、風が声を遠くまで運んでも、それでも返事はなく、それを繰り返すうち、声はとうとう泣き出してしまった。

 ユウはいてもたってもいられず、声のする方へと走り出す。

 しかしどこを捜しても見つからない。

――に……ちゃん、お……ちゃ……

 いつの間にか、子供の声は聞き覚えのあるものへと変わっていた。

「ハル……ハルー!」

 無意識か、ユウは声の主を呼び、さらに走る。

 まるで風になったように、ユウは体が軽くなったのを感じた。
 そして走るほどに周りの景色は流れ、緑は色を失っていく。

 足が触れる地の感触がだんだん硬くなる。疾走するうち、それはコンクリートになり、草原は長細く黒い石碑が無数に生える空間へ変化した。

 空に浮かぶ真っ赤な陽がそれらに長い影を落とす。

 ハルはどこだ。

 変わり果てた世界でユウは一人立ち止まる。

「ハルー!」
 見回すと、彼は夕日の方向を向いて立っていた。

 謝るんだ。
 そう思って言葉にしようとするが、どうしても喉にひっかかって出てこない。

「ハル……ボク……ボクのせいで……!」

 大事な言葉なのに。声になってほしいのに。

 しかし、その願いは叶わず、そしてハルは、何も言わず、風に任せて髪をなびかせていた。

 あの時のことは、ぼんやりとしか覚えていない。
 だが、ハルを手に掛けたのは自分自身だとユウは理解している。
 胸が苦しくなった。

 ゆっくりと振り向いた彼は、夕日を浴びて、ユウからはその表情が見えなかった。

 見えなかったが、彼は笑っているように感じた。

「ユウ……」
 ハルの声は、優しげだった。

「無理しないで。言葉にできないのは、その思いが強いから。ただ、強すぎて、ユウにはまだ言えないだけ。だから、悲しまないで。いつか、オレ――」

「何? ハル?」
 最後の言葉は、強い風に掻き消されてしまった。

 いや、風などではない。
 ハルは背後から振り下ろされた大きな剣に切り裂かれていた。
 そこには青く光る一対の瞳。
 ユウがそれをじっと見つめると、いつの間にいたのか、ミサギが遮るように立つ。
「ミサギさん?」

 ユウの言葉に応えず、ミサギが青い光へと向かっていく。
「……ダメだ……行っちゃダメだミサギさんっ!」
 手を伸ばすが届かない。
 伝えたいのに。

「あれはボクじゃない!」

 ふいに景色が闇に落ちた。
 気付けば、ハルとミサギがユウを見下ろしている。

――許さない

「……!」

――ようやく手に入れた自由なんだ

 声はユウの足元から聞こえてくる。
 ふいと視線を落とした直後、ユウの体を流れる血液が波のように引いた。

 虚ろな青い瞳がユウを見上げ、奈落のような口が弧を描いてニタニタと笑っている。

 それは青い髪をして、首に十字架のチョーカーをつけ、まるでユウそのものだった。

「これ以上待っていられるか! さあ、早く解放しろ!」

 それは、真っ黒の両手をユウに伸ばし、薄い菫色の瞳を覆おうとする。

「う……ああ……!」

「お前は眠っていろ!」

 ユウと似つかぬ嗄れた声が叫ぶ。

「瞳を閉じろっ!」

「い、いやだっ! 離せぇ!」
 押しのけようとするが、青い瞳のユウはびくともしない。

 それどころか、長く伸びた真っ黒な手が強い圧迫感をもって瞳を閉じさせる。

「今度はお前が闇の中で一人になる番だ!」

 一人ぼっち。その言葉にユウの恐怖はいっそう強くなる。

「いやだ……いやだあああ!」
「今まで散々孤独の中に身を置いていた者が何を言う!」

 恐怖を振り払うように声を張り上げるユウ。しかし、もう一人のユウはさらに追いうちをかけてげたげたと笑う。

「本当は闇の中に埋もれちまいたかったんだろ! お前は人間に絶望を抱いているんだ! あの時のようにオレを解放しろ! 全て壊して闇にしてやる!」

「……何、言ってるんだよ……」
「忘れているなら思い出させてやる!」

 言うと、もう一人のユウは、どろどろと溶けだし、液体になって闇と一つになった。

 そして、遠くから聞き覚えのある音が聞こえてくる。

 夢の中で何度も聞いたさざ波とその音は、今や津波となって一瞬でユウを呑み込んだ。

 ■ ■ ■

「あああああ!」

 ユウはベッドから跳ね起きた。
 ボタボタと、冷や汗が顔から背中から滴り落ちる。

 肩を激しく上下させ、何とか落ち着こうとしたが、視界に青色が入り、途端に息が止まる。

 はらりと揺れたのは、ユウ自身の青い髪の毛だった。

「あ……か、髪……か……」

 汗をぐいっと拭って辺りを見回す。人の気はない。
 見たことのない機械がずらりと並び、その中央にあるベッドにユウはいた。

 機器から延びるチューブや線がユウの周りに散乱している。
 跳び起きた反動で、体についていたのが弾け飛んだようだ。

 立ち上がろうとすると、腕に違和感を感じた。
 見ると、テープでしっかりと固定されたチューブがあり、その先に点滴溶液が天井から吊り下がっている。

 そして身にまとっている水色の衣服。ユウの服ではない。 前身ごろの一、二ヶ所を紐で縛ってあり、いかにも病人が着ていそうなものだった。

 腹部がやけに苦しい。服をまくると、きつく巻かれた包帯が現れる。
 ほどいてみるが、どこにも傷がない。
 血が染み付いていたため、怪我をしていたのは確からしいが、その痕が見当たらず、ユウはそのまま包帯を投げ捨てた。

「ここ……病院?」

 場所の目星がついた途端、ユウの体から力が抜けた。

 ここは病院。枕元にあるプレートに表示された自分の名前や年齢、空欄となっている性別が、その現実味をよりいっそう強くした。

 大きく息を吐いて、ふと、呟く。

「ハル……ごめん」

 ようやく出せた言葉は、届ける相手もなく、小さく消えていった。

「……だけど、なんだって……ボクが青い目に――」
 ユウは突然立ち上がる。

 点滴を引き抜き、キョロキョロしたかと思ったら、一直線に鏡に向かう。

 一面の壁の半分ほども占領する大きな鏡には、薄菫の瞳をしたユウが映っていた。

「よかった……魔眼じゃない」

 ユウは胸を撫で下ろした。

 しかし、ユウはどのくらい眠っていたのだろうか。
 髪は少し伸びてボサボサになっていた。
 それに、顔立ちも少し大人びている気もして、ユウは訝しい顔をする。
 鏡の中の人物も同じように眉根を寄せた。

 それからしばらく。ボーッとしたまま、ベッドに座って足をぶらつかせていると、部屋の扉がゆっくりと開いた。

「あら春日さん目が覚めたのね~、よかったあ~!」

 間違いなく、話し出したらマシンガントークになる速さの、しかも甲高い声の看護師が嬉しそうに言う。

 そんな彼女の姿を見て、ユウは目を点にした。
 どんなに美人の条件を揃えた顔であろうとも、愛らしく可愛い仕草であろうとも、肉付きのよすぎる体型がユウをそうさせてしまっていた。

 肉付きがよい、というより、人としての規格が明らかに大きい。顔も手も、ユウの何倍もある。
 そのせいだろう。足だけは妙に短く、足先にいくほど小さくなっていて、例えるなら、見事な大酒樽だ。

 そんな彼女は、案の定、部屋に入ろうとして入口に体を詰まらせる。

 入口にひびがはいるほど何度も挑戦し、十数回目で体の向きを変え、さらに限界まで身を細めてようやく入ることに成功した。
 その功績を讃えるかのように、彼女は自分に拍手を送る。
 ユウも、ついつられて一緒に拍手をした。

「昨日は通れたのに入口が狭くなって困るわ~」
 あたかも、入口が縮んだのが悪いと愚痴をこぼしながら、彼女は腕の通信機を操作する。

 ユウの意識回復と医師の呼び出しを行い、彼女はにっこりと笑う。

「今先生呼びましたからね~。その間にお熱はかりましょっか」

 歩くたびに部屋を揺らし、体温計を持って、ユウの前に大きな壁のようになる看護師。
 それは、部屋が急に狭くなったという錯覚に陥らせるのに十分な巨大さだった。

「あらあら、機械全部外しちゃったんですか〜? ダメですよこんなことしちゃ~」
「え、あの……すいません……」
「髪も伸びましたね~。後で切りに行きましょね~」
「う……もげる……はい」

 彼女は髪を軽く撫でている、つもりなのだろう。実際は、頭まるごとわしゃわしゃと混ぜられ、首が折れそうな勢いである。
 悪気がないのがわかっていただけに、ユウは成す術なく返事を返す。

「はい、じゃあ脇にこれ挟んで……どしました~?」
 体温計を渡そうとした手を止め、ユウを覗き込む。
「い……痛い……!」
 ユウはうずくまって目を押さえていた。
 懸命に痛みを堪えるよう、全身を固くしていたが、そのうち狂ったように吠えて暴れだし、頭を壁に打ちつけた。

 柔らかさを感じさせる白い壁紙の向こうは強固なコンクリートでできているのだろうか。額を打ちつけるたびに鈍い音が響き、ユウの血で赤く染まる。

 それでもユウの感じている痛みの比ではないらしく、さらにさらにと勢いをつけて、ユウは壁に頭をぶつける。

「ちょっ……春日さん! 落ち着いて!」

 暴れるユウを、看護師が決死の思いでボディプレスで押さえ込む。
 それでも構わず看護師の下でもがいていたが、荒くなった息も次第に落ち着き、しばらくしてユウは「ぐるぢい」と呻いた。

「落ち着いた~?」
「……はい」
 ユウは、痛む瞳を閉じたままベッドに座り直す。
「じゃあ看護師さんにおめめ見せてみて~」
「はい……」

 両目をゆっくり開く。途中、体が大きく揺れて幾度か瞬きをし、やがて視界が明るくひらけてくる。
 しかし、ユウの視界にいるはずの看護師の姿が、そこにはなかった。

「……? 看護師さん?」

 ユウが左右を捜すが、やはりいない。
 何気なく俯くと、足元に看護師が倒れていた。
「えっ? か、看護師さん!?」

 彼女を揺さぶっても返事がない。
「な、なんで……?」

 そこへ、扉が開いて誰かが入ってくる。
「春日さん、目が覚めましたか」
 温厚そうな、白い髭をたくわえた医師が入って来た。
 そして当然ながら、倒れている看護師を見つけ、彼もまた驚きの声を漏らす。

「あ、あの……看護師さんが急に倒れて……!」

 しどろもどろと医師に言うユウ。
 だが、今度はその医師が目の前で倒れてしまった。

「う……うぁ……」

 わけがわからないまま、ただ倒れた医師と看護師を交互に見るユウ。

 目の焦点が定まらず、フラフラと壁に支えを求める。

 そのとき。

 手をついた壁に気配を感じた。
 ガバッと顔を上げると、そこにいたのは、やはりユウだった。

 しかし、瞳が蒼く輝いている。
「……は、はは……これ、鏡……?」

 力無く笑う先には、同じように笑う鏡の世界のユウがいた。

 そして、鏡の世界のユウが青い瞳をしているということは――。
 ユウの本能が、これこそが元凶と告げていた。
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