今回は一部を除き、あえて文章から登場人物名は消してみました。
どのセリフが誰なのか当てて遊んでみてください♪
正解者には作者からおめでとうの拍手を――(いらんって。
第14話 閑話休題四篇
【主と従】
『私』は、主と出会う前の記憶がない。
はじめはそれが苦痛でしかなかった。
記憶がない分、他人の記憶が入り込んでくる。
自分の殻に閉じこもっても否応なしに頭の中に響く他人の声は、不快や苦痛という言葉では括れない、狂気じみのたものであふれていた。
それは、思い起こせば地獄というものだったのだろう。
主と初めて出会ったとき、主はこう言った。
「そんなに苦しいなら、僕が君の記憶を作ってあげるよ」
主は、たった一言で『私』を地獄から救い出してくれた。
今の『私』に必要なのは、空間を操る能力と主に対する忠誠心。
それだけで事足りた。
饒舌である必要もないから、自然と無口になった。
常に一緒だから、主の言動にすぐ対応できるようになり、命令の伝達が不要になった。
今日も主の傍らで『私』は命令を待つ。
「いくよ」
『私』は、主の後について病室を出る。
振り返ると、広い空間に大きなベッド。コンピュータによって完全完備された空調に救急システム。
快適な個室ではあったが、主はそれでも、室内にいると余計に病気になってしまうと言っていた。
そのことは口にしなかったが、『私』にはそう言っているのがわかった。
朝早いためか、薄暗い廊下は誰もいなかった。ナースステーションには明かりが見える。
主にその様子を伝える。
『私』以外に人がいないのを確認すると、主は廊下のど真ん中を歩き始めた。
主は全盲であるにもかかわらず、周りの状況を把握できる。
魔眼の力によるものだが、視える範囲というものはかなり限定されているようだ。
主は、以前、そう考えていた。
「エネルギーとでもいうのだろうか。僕が視れるのは、力の流れだけなんだね」
つまり、ヒトや動植物の生命力、雷など電気の力といった、万物のエネルギーを視ることができるらしい。
形そのものはさすがに視えないとも主は考えていた。
だから、建物など無機物は視えないが、エネルギーの流れを応用して、持ち前の空間把握能力でカバーしているようだ。
足元に道しるべが描かれただけの長い廊下をふらつくことなく、支えもなしにしっかりとした足どりで歩き、やがて大きな個室の扉の前でぴたりと止まった。
名前は出されていないが、主のもとで世話となっている子供がここにいる。
先日、魔眼の暴走で体が限界を超え、いつ目覚めるかもわからない眠りに入ってしまった子供だ。
そっと扉を開くと、主は『私』を連れて中へ滑り込む。
子供は部屋の中心に寝かされていた。
大きなベッドの上で、たくさんの医療器具が取り付けられた小さな子供は、外傷こそないものの、体のそこここから延びるチューブに束縛されているように見えた。
主はそれを無表情で見ている。
しばらく、呼吸も、心臓すら止まっているのではと間違えてしまうぐらい、主は微動だにしなかった。
「……なぜだろうね」
主はおもむろに呟く。
子供の頭をゆっくり撫でる。蒼い髪をすくいあげると、さらりと流れていく。
「死んでも傷ついても、所詮はヒトだ。当たり前なことだと、そう、考えていたのに……」
主の声が震え出した。
「……僕はどうかしている」
苦しい。
主の心が、そう、言っていた。
昔の『私』が常に感じていた痛みと似ている。
だが、その理由が『私』にはわからない。
初めてのことだった。
なぜ苦しいのだろう。
この子供が二度と目を覚まさないかもしれない事が辛いのか。
それとも、唯一無二の親友の兄弟をこのような境遇に遇わせてしまったからか。
それとも――。
主は黒い瞳でじっと子供を見据える。
「行こう」
「はい」
主は『私』を振り返り、何か力を込めた一言を残して病室を後にした。
『私』は主と出会う前の記憶がない。
しかし、今はそれが苦痛となったことは一度もない。
問題はない。
これからもずっと主についていくだけだ。
■ ■ ■
【四条】
俺は昔っから体力と丈夫さには自信があった。
例えば。
ガキん時のマラソン大会では終始全速力で突っ走ってもスタミナは切れず、いつも優勝してた。
俺はそれが当たり前だと思っていたから気にもとめなかったが、 ある日、友人から指摘されて初めて自分の異常な体力に気付いた。
例えば。
高校生の時、車に轢かれる事故に遭った。
あまりに間抜けなことだが、友人の打ったホームランボールを追いかけてグラウンドを飛び出し、トラックに撥ねられた。
かなり遠くへ吹っ飛ばされた記憶があったが、頭のでっかいタンコブ一つですんだ。
このときも、医者に「信じられないほど頑丈な体をお持ちですね……」とか言われて、人が事故ってんのにバカにしとるんかとブチ切れ――、いや、人並み外れた丈夫な体に気付かされた。
けど、ほんの何日か前――。
ドジっただけならともかく、ちびっこい子供一人に徹底してボコボコにやられちまった。
不運っつーか、これはさすがにヘコむ……。
あれからもう二日。
のんきに寝込けてるうちにそんなに経っちまったのかと俺は慌てる。
首の痛みも取れたし、怪我も治ったし、さっさと動かねえと間に合わねえ。
きっちり巻かれた包帯を引っぺがすと、青黒く変色した皮膚が現れる。
ったく、ちょーっと強く打っただけなのに医者たちは大袈裟なんだよな。
ガキんちょの頃はこんなの日常茶飯事だったぞ。
体中の包帯やらギプスやら点滴の針やらを取っ払ってると、背後からバサバサという音が聞こえてくる。
心なしか、生温い風も一緒に吹いていた。
俺の背後――つまり、俺の寝ていた横だ。
そこにもベッドはある。そこで寝てるやつがなにか音を起てているんだと俺は予想した。
音は、「うるせぇ」と言わせるためにわざと起てているようにしか思えなかった。
こーゆー、あからさまなことをされると、何か言い返したくなる。
だけど――と、俺は喉元にまで昇ってきた文句をぐっと飲み込む。
ウチの上司曰く、俺は喧嘩っ早く、手も口も出すのが早いらしい。
毎回上司が力ずくで止めに入って、それがいつも大変だとめちゃくちゃ怒られたことがある。
「俺を怒らせ殺す気か」とどつかれたこともあったっけ。
そんなワケで、俺は今、我慢をしなければならない。強いられている。
ここで口出ししたら誰も止められないどころか、俺が上司に殺される。
けど、そうはさせじと今度は声が飛んできた。
「き、き、き、君! 勝手に包帯を外しちゃダメじゃないか!」
あーもーうぜぇ。内心でそう言いながら仕方なしに振り返ると、掛け毛布を引っくり返したおっさんが喚いていた。
半端な白髪混じりの頭でサラリーマンっぽくてやせっぽちで管理職っぽいおっさんだ。おまけに、病気か何かのせいか弱っちい感じがする。
毛布を蹴飛ばしてじたばたしてる姿は駄々こねてるガキそのものだ。
いい年してかっちょ悪。
ヒステリーな声が、この救急病棟のスタッフや他の病人を振り向かせた。
「どうしましたー?」
高い声だけ聞くとかなり若く聞こえるが、姿は見事なほど肉付きのいい女性看護師がおっさんの対応に走る。
これは気のせいじゃない。彼女が歩くたびに小規模な地震が起きている。
「こ、こ、この人また勝手に包帯を……。せ、先生が治すまでおとなしくしてる
よう言ってやってください!」
おっさんは目を剥き出して俺を指差している。
おもしれえ顔……。
だが、俺はおっさんの一言に眉根を寄せる。
医者が治す。
それは、具合が悪けりゃ病院に行く、病気は先生が治療するのが当然だと言っているようなもんだ。
自分で治す気ゼロか?
意識しないうちに口が開きかけ、俺は慌てて閉じる。
あぶねえ、地獄耳の上司に殺されるトコだった。
ヒステリーおやじは、看護師の半ば強引な説得で再び寝かしつけられていた。
そのあとで、彼女はドスンドスンと足音を起てながら俺の方に来た。
俺より背の低い看護師は、俺より太い腕を伸ばし、がっしりと俺の腕を掴んで包帯を巻きはじめる。
「ああっ、せっかく外したのに」
「何言ってるんですかあ。怪我が治るまで包帯は勝手に外さないでください〜。完治にはあと一週間はかかるんですから〜」
「完治する日にちなんて誰が決めたんだよ? 俺はもう治ってるって」
「完治したと判断するのは先生です〜! きちんと治るまでちゃんと体を休めるのも治療なんですよ〜!」
言った分だけ言い返された。
間延びした甲高い声で、怒っているんだろうけど全く迫力がない。
強いていえば、その巨体に迫力がある。俺より背は低いけど、うん、巨体だ。
不満の溜まる状況に、俺はさらに口を尖らせる。
「俺は急ぎの用があるんだよ!」
他人にとっちゃ大怪我でも、俺にゃこんなの怪我のうちに入んねえんだっつの。
そんな俺の心を読み取ったのかのように、看護師はさらに力を込めて包帯をきつく巻いた。
へっ、痛くねーよ。
「例え急いでいても、怪我のうちに入らなくても、世間ではこれは怪我っていうんです〜。先生が治してくれるのをおとなしく待っていてください〜」
まただ。先生が治すっつったって――。
「あんたさ、本気でそう思ってんのか?」
「はい〜?」
「本気でそう思って、患者にそんなこと言ってるのか?」
俺は包帯を持つ看護師の手を掴んで睨みつけた。
「病気ってのは、自力で回復させるモンで、医者はそのサポートをするモンじゃねえのか? あたかも医者が全部怪我や病気を治すなんて言い方しちゃだめだろーが!」
自分でも驚くくらいのでかい声が出た。
あまりに唐突なことだったらしく、周りの視線が一斉に俺に集中する。目の前の看護師はポカンとしていた。
おっさんを振り返り、
「てめーもちったあ考えろ。自分の体を健康にするのはなんだ? 医者か、美味い食いモンか、家族や友人か? 違うだろ、自分の意志だろうが。名医がどんなに優れた治療をしたって、自分に治す意志がなけりゃ病気も怪我も治らないんだよ!」
病棟の看護師たち患者たちはボー然と俺を見、静まり返る。
人間てのは、何かと先入観を持っちまって、物事本質を見失いがちなんだよな。
これで、ちったあ治療の意味を理解すんだろ。
俺は鼻息を荒く吐いた。
だけど、不幸なことに目の前の看護師には俺の真意が伝わらなかったらしい。
力のかぎり俺をベッドへと押し戻す。
「はいはい。それじゃあ四条さんには自分でゆっくり休んでしっかり治してもらいましょうね〜」
看護師はいつの間にか屈強な看護師を背後に従えていて、五人がかりで俺の両手足を固定する。
逃げようとすると、彼女が俺の上へダイブし、ボディプレスをかました。
さすがにこれは苦しい……。
その隙を突かれ、手足首にベルトが装着され、俺はがっちりとベッドにはりつけ状態にされる。
「ちょっ……おいこら何すんだっ!?」
「何度も病院を抜け出そうとするからです〜! あと一ヶ月は絶対安静なんですから、おとなしくしてください〜!」
「ちくしょー! 俺は平気だー!」
「静かにしないと、今度は一発で静かになっちゃう魅惑のキッスをしますよ〜」
言って、軽く投げキッスをする。たまらず鳥肌が立ち、全身を震えが走りぬける。
「し……しぃましぇん……」
俺、不幸。俺はこの病院を出るのに一ヶ月近く費やした。
■ ■ ■
【主と従・2】
「じゃあ、構造というか構成はヒトと同じなんですね」
ディスプレイの向こうで博士が頷く。
「ただ、遺伝子になんらかの異常はあると思われます」
そう答える声には、珍しく弱気な部分が含まれていた。
博士は、はっきりと物事を述べる人だから、曖昧なことは嫌いなはずだ。
それに対して、あまり失礼でないように返すと、
「実は、何度試しても機械がエラーを出してしまって結果が出せないんです。おそらく、そのエラーこそが遺伝子異常の原因なのですが――」
博士は言葉を濁した。
ショックが相当大きかったらしい。
機械では出せない結果がある、すなわち、博士自身が否定されたも同じだ。
なにしろ、その機械は博士自身が十年以上かけて考案、設計して百年先の大発明と称された遺伝子解析機なのだから。
「性別がわからないうえに髪が青い……それって、アルビノの一種か何かですか?」
「いいえ」
博士はきっぱりと否定する。
「その程度のことならエラーは出ません。これは人為的なものです。もちろん、人工的な遺伝子操作でもあらゆる情報を網羅していますが、そこにすら該当しないのは、人為的かつ私にも把握しきれないところで生み出されたからだと推測されます。例えば、アンダーグラウンドでクローンを生み出そうとし、その過程で遺伝子に無理な負荷をかけてしまったとか」
人工的な生命。今時珍しいわけではないが、特殊な響きがあった。
「アンダーグラウンドにクローン、か」
「そんなもの、本当に存在するのか疑わしいですがね」
博士は、白いふさふさのヒゲを撫でる。
「私から見れば可哀相な子です。異常な形で生み出され、きっと尋常ならぬ人生を歩んでいるでしょうに」
私は、あの子の笑顔を思い浮かべようとし「ああ、そういえば笑っている顔を見たことがないな」と下を向く。
決して暗い表情ではなかった。
初めて顔を見たとき、明るい印象を持ったのを覚えている。
思えば、気丈に振る舞っていたのかもしれない。
「博士、情報ありがとうございます」
約束のものは信頼できる部下に持って行かせることを告げると、博士は「君も物好きだね、好奇心が君に災いを持ってこないことを祈るよ」と、機械の手を見せて電話を切った。
「……さて、と」
私は部屋を見渡す。
電話のために厄介払いをした執務室には、当然のことながら誰もいない。
いつもの厳しい部下も、博士への遣いに出しているのでいない、はずだ。
「……ちょっとサボってこよう〜っと」
「なりません」
「のわあっ!?」
天井から、眼鏡を光らせた部下がぶら下がっていた。
「で、出た……君、仕事は? さっき遣いに出しただろ?」
「元帥が普段からきちんと仕事をされていたら、すぐにでも私は仕事に参ります。ですが、先程元帥はサボタージュ宣言をされましたので、こうして監視させていただいております」
「監視って……いいから行っておいでよ、仕事に」
「元帥の見張りが最優先です。そういえば元帥のお耳に入れるべきことが――」
国軍の中でも管理能力がずば抜けて優秀で、それを買われて私の直属部下に抜擢されたんだが、彼女は真面目すぎる。そこが難点だなと私は思う。
最近ではストーカーに間違われて必死に弁解してたっけ。
「聞いておられますか、元帥?」
「あ、ああ、ごめん。何?」
考え事で、つい聞き逃してしまった。
彼女は、手に持った資料を確認し、再び眼鏡を光らせる。
「最近、アヤカシが急増している地区がございます。まだ被害は出ていないようですが」
「また物騒なことだ。どのあたりだい?」
私が聞く前に、彼女はすでに地図を映し出していた。
見ると、ある病院を中心にアヤカシの反応が異常な多さで表示されている。
見覚えのある病院名だと思ったら、そこは東条が入院している病院だった。
「一度、視察に行かれてはいかがでしょう? 立派にお仕事をされている元帥を見て、国民も安心されるのでは?」
彼女は得意の含みある言い方をする。
国民――東条たちが入院してる病院は彼女には言っていないんだが――独自に調べたんだろう。
彼女の情報網もなかなか侮れない。
「そうだね。サボる暇はないな」
「暇なんてございません。早速いってらっしゃいませ。私も後ほど合流いたします」
言うと、彼女は煙幕とともに姿を消した。
忍者か、あの子は……。
私は、コートを羽織って準備をする。
もちろん、これから視察へ行くために。
■ ■ ■
【意識】
深い、深い闇が訪れた。
昏い、昏いところにいる。
もう、自分の体ではないようだ。
他人の体の中に閉じ込められたようだ。
自由に動けない。
せっかく手に入れたと思ったのに。
ようやく解放されたと思ったのに。
しかたない。
また、しばらく眠るとしよう。
なに、すぐにまた自由になるはずだ。
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