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第13話 病院にて
 昼下がりの午後、そこはがらんどうとしていた。

 大通りから一つ奥の道に入っただけで、別世界と思われるほど暗鬱な雰囲気が漂っている。

 そこは、新しい時代に置いていかれた区画だった。

 年季の入った平家の店がいくつも並び、そのほとんどは閉店し朽ち果てている。
 シャッターすらない店たちは、木枠の引き戸の奥で、昔の活気を懐かしむかのように商品棚を覗かせ、またある店は、中身をすっかり取り除かれて虚無の空間を漂わせる。

 廃墟の街並みは「綻び」といわれ、都市が大きければ大きいほど、その綻びの数も増えていた。

 そして、綻びを溜まり場や棲家とする者も少なからず、いる。

 人気のない建物に挟まれ、唯一灯をともす小さな家は、『レフュージェ』と呼ばれていた。

 もとは住宅だったのだろう。表には看板もなく、家庭的な木製の玄関がぽつんとあるだけ。
 知らない人は店と判断できない佇まいである。

『隠れ家』とも『避難場所』ともとれる店の中には、人の目を避けるように集まってきた者達が黙して座す姿が見られる。

 そんな店内で、場にそぐわない子供が二人、ネットスペースにあるパソコン一台を前に、おしくらまんじゅうを繰り広げていた。

「だーかーらー、あたしに貸してってば!」

 甲高い声で隣に座る少年を押しのけようとする少女。
 させじと少年は体に力を込める。

「だから、ライセが書くとガキの交換日記になるからダメだって!」
「ゼンが書くとモノスゴ暑苦しいじゃないの!」

「暑苦しくないっ! むしろ堅苦しいんだ! って、言わすな!」
「だからあたしが書き足して和らげるって! 語尾にハートマークとか絵文字を入れれば一発で――」
「アホかっ!」

「じゃあ顔文字っ」
「やめれっ!」

「ギャル文字っ」
「読めんっ!」

「せめて――」
「全部ダメだっ!!」

 ゼンはライセが奪おうとするパソコンを守りながら、喫茶店のマスターを呼んだ。
 マスターは、二十代前半ほどの、髪を茶に染めた男で、呼び声に対し無表情のまま作業の手を止める。

 常連である二人のこの事態は日常茶飯事なのだろう。
 マスターは、タイミングよく完成させたパフェを彼女の前にそっと置く。

 細身のパフェグラスには、季節のフルーツがごろごろと入り、コーンフレークとショコラスポンジが交互に重なって入っている。トップにはフルーツキャンデイがちりばめられたオレンジのアイス。
 それらをたっぷりの生クリームでデコレーションし、極めつけには、中央に大きな棒付きキャンディがささっている。

 髪を引き抜かんとばかりにゼンの頭を鷲づかみにしていたライセは、目の前のそれを見みるなり、瞳をアイスの上に乗るフルーツキャンディのように輝かせた。

「スペシャルキャンディパフェ!」

 喜んで幸せそうにぱくつくライセを見て、ゼンはやっと落ち着いてパソコンに向かう。

 途中まで入力していた文章を消し、もう少し子供らしい言葉を探しつつ打ち直す。

 ふと俯くと、さらりと自分の髪が視界に入った。

 あまりに黒くツヤツヤしすぎているせいか、光の反射で白髪と間違われ幾本も彼女に抜かれた髪だ。

――そういやアイツ、変わった髪の色だったな

 肩まで伸びた髪を見ながら、魔眼使いの少年を思い出す。

 紫苑の花で繰り返し染めたような、紫とも青とも違う色。

 決して暗い色ではないのに、その奥に昏い昏い何かを覆い隠しているような深い色味をしていた。

 その容姿に違和感はなく、生まれつきの色であると直感させた。

 そして、見たものをすべて貫く、凍った蒼い瞳。

 ゼンは背中にゾクリと冷たいものが通るのを感じ、思考が一瞬、停止した。

 ■ ■ ■

 みっちゃんが市内の総合病院で、強化ガラスでできた夜間窓口を周りの壁ごと蹴破って侵入したのは二日前のことだ。

 もちろん強盗目的……ではなく、ミサギとユウの治療を求めるためである。

 彼の辞書にはきっと、『穏便』とか『冷静』とか『ドアの前に立って一旦止まる』なんて言葉はないのだろう。

 いきなり宿直のおじさんの胸ぐらを掴み、有無をいわせぬ脅し口調で医師を呼ばせた。
 そして、医師にも掴み掛かっている隙に、おじさんが赤いボタンに手を伸ばしたのを木戸が寸でのところで止めたのだ。

 あれは警察沙汰になる本当にギリギリのところでした、と木戸は当時を語った。

「そんなことしなくても、私に連絡くれたらよかったのに」
 総寮寺は、携帯電話から映された立体映像の姿でからからと笑う。
 その声にイラッときたのだろう。ミサギは、携帯電話を上下に振る。

「うわわわっ、画面を振らないでくれ! 目が回る!」

「……」
 最後に大きく振ったあと、ミサギは携帯電話を思いきり投げつけた。

 電話は、『この病室では携帯電話が使用できます』と、カモメを模したキャラクターが描かれたポスターのど真ん中へ見事に当たる。

 だが、病室の硬い防音壁にぶつけられた衝撃で、携帯は無惨にも破片を散らせながら床に落ちていく。
 その役目を満足に果たすことも叶わず、先に残骸となった仲間の横に転がる。

 本日、三台目の破壊である。

 すぐさま、木戸が別の携帯電話を取り出し、総寮寺と回線を繋ぐ。

 画面の向こうでは、さっきので酔ったのか、気分悪そうに背を丸めた総寮寺がいた。
 何か言いたげに口をわななかせているが、ミサギは知らんぷりだ。

 ミサギの機嫌が悪いのは、総寮寺のせいだけではなかった。

 子供――つまり、ユウ相手に負傷したことに加え、それが自分の油断によって生まれた傷だったからである。
 おまけに、医師に全治二週間と言われ、ユウに至っては一ヶ月以上かかるだろうと診断されたからだ。

 そこへ、ユウの様子を見に行っていたみっちゃんが戻ってきた。
 行く前と変わらず、不安そうな、心配そうな顔で報告をする。

「ユウどん、まだ目ぇ覚まさへんわ」
「そうだろうね。消耗が激しいだろうから」
 ミサギはそっぽを向いたまま応える。

 いつもなら、ミサギがどれだけ不機嫌だろうと構わずに極寒ボケをかますのだが、さすがにそんな気分ではなかったらしい。

「何? 何かあったん?」
 と、尋ねたが、
「別に」
 と、素っ気なく返されただけだった。

「えっ、何なんだい? ユウ君がどうかしたのか!?」
 会話の中にユウの名を聞いて、話に割り込む総寮寺。
 その顔は野次馬というより、親が子を心配する顔つきに似ている。

 身を乗り出したので、脇に控えていた書類の山が雪崩た。
 ディスプレイには映らなかったが、マイクがバサバサと落ちる音を拾ってミサギの携帯へ伝えた。

「なぜ、あなたがそんなに心配するんです?」
「いや、だってまだ子供だろう? 君の仕事の手伝いともなるとまさに命がけ――っていうか、まさか現場に連れていったのか!?」

 自分でしゃべってるうちに気付き、尋ねる声は糾弾へ変わった。

 詰め寄られたミサギは、面倒臭いというように息を吐く。
「連れていってませんよ。勝手に来ただけで――」
「なっ……ミサギ殿を心配してきたんじゃろーが!」

 みっちゃんが憤慨して割り込むが、ミサギはいつもの不機嫌な顔で睨み返す。

「僕がいつ心配してくれと頼んだ?」
「しかし、ハルがミサギ殿に……」

「いつ頼んだ?」

「う……」

 ミサギの冷ややかで強い押しに、みっちゃんの言葉は最後はごにょごにょと消えかけていた。
 代わりに総寮寺がぴしゃりと言う。

「なんにせよ、責任は君にあるんだよ。君がユウ君の保護者なんだから」

「……せっかく屋敷に残してきたのに」

 彼のぼやきは誰にも聞き取られることなく、彼の口元でほろほろと落ちていった。

「それで、ユウ君の容態は?」
 総寮寺は腕を組む。
 それは、度の過ぎたいたずらをした子供を叱る様子に似ていた。

 ミサギは沈黙する。

 彼には、ユウが魔眼が使えるようになったことは知らせていない。

 魔眼は、人間が扱うには強大すぎる力だからだ。

 コントロールもできず、体への負担も大きい。ミサギも完全にマスターしているわけではない。

 現に、ユウと戦ったときも、力を解放させずに、相手の力を防ぐだけにしか使えていなかったのだ。

 そんな力を、ユウのような子供が使った。
 正直なところ、生きていること自体が奇跡であった。

 いつ目覚めるどころか、目が覚めるのかどうかもわからない。

 それほど危険な力なのだ。

 ここは無難に答えるべきとミサギは口を開こうとした。

「気にすること――」
「ユウどん、ずーっと意識がないまんまなんのよぅ」

 意図せず、みっちゃんがミサギの言葉を遮った。

 余計な詮索をされたくなくて、黙っているように念を押したにもかかわらず、みっちゃんはあっさりと喋った。これにはミサギも、そして木戸すらも睨みつける。

 相変わらず空気が読めない男、みっちゃん。

「これからCT……っへぶぅわあ!」

 さらに喋ろうとしたみっちゃんは、ラリアットを食らって吹っ飛んだ。

 これ以上余計なことを喋らせないための、ミサギが思いついた行動である。

 ちなみに、実際に攻撃を繰り出したのは木戸だ。

「大事を取って寝かせてるんです。気にするほどでもないです」
「そ、そうかい?」

 そうでも言わないと、すっとんでここへ来るに違いない。そういうお節介な性格なのだ、総寮寺は。

 総寮寺は乗り上げた身を下ろして、崩れた書類をさらに机下へと押しやった。

「そうそう、目的を忘れるところだった。君に見せたいものがあったんだ」

 総寮寺は資料の海に手を突っ込み、一枚のボードを手に取った。

 A4サイズの薄っぺらなボードは、全体が無色透明のプラスチックに似た素材で、左下のスロットから小さなデータカードを取り出した。
 それをパソコンに差し込み、ミサギの携帯へと送信する。

「何のデータです?」
「まあ、とにかく見て」

 まもなくミサギの携帯に届き、もう一つディスプレイが追加される。
 データを開くと地図が映し出された。

「これは……」

 そこには全国版の日本があり、何かの日付と顔写真が、青い点を指して表示された。
 点は、日を追うごとに南下している。

「私のとこのデータと、君からの情報をもとに、怪奇事件の発生日と場所、それから被害者をまとめてみたんだ」

 そして……と、総寮寺がキーボードを操作すると、今度は大小様々な大きさの赤い円が現れた。
 これも、先ほどの青い点と同じく、日ごと南下している。

「これが、アヤカシが発生した事件の件数さ」
 円が大きいほど件数が多いようだ。一緒に表示された数字が如実にそれを表している。

「結構多いですね」
 想像以上の数値に、ミサギも少し驚いた。

「怪奇事件のあるところ、アヤカシ大量発生ってとこだ。被害者も、魔法士で体の一部が持ち去られているのが共通している」

 彼の言うとおり、事件のあった青い点は、赤く大きな円と重なっていた。

 さらに彼がキーを叩くと、北と南の二カ所で赤い円が大きく膨らんだ。

 南の一カ所は、ミサギたちがゼン、ライセと戦った場所だ。日付もあっている。

 もう一カ所は、
「廃病院……ですね」

「そう。それに、この日は君達がハル君と出会った日だ」

「……やっぱりハルも犠牲者だったか」
 ミサギは、落胆とも嘆きともとれないため息をついた。

「何故、アヤカシが憑いたのだろうね?」

「アヤカシの心理なんてわかりはしない」
 ミサギは白い天井を仰ぐ。

「人間の強い心に惹かれる習性の結果、ということも考えられます。久原の御曹子に、死してなお強い心……まあ、未練でもあったってところでしょう」

「真相は謎、か」

 そこで会話は一旦途切れ、二人の間に沈黙が流れる。

「……とにかく」

 切り出したのは、総寮寺だ。

「事件に関しては、子供のするいたずらにしては質が悪すぎる」
 言いながら、データを保存する。

「私は、指示を出した者がいると睨んでる。このデータを政府に突き付ければ少しは動きやすくなるから、私なりに調べてみるよ」

 やる気でも込められているのか、彼がキーボードを叩く音はやけに快活だ。

 そんな姿を見て、ミサギの口から、ふと言葉が出た。
「……前々から気になっていたんですが」
「なに?」

 彼は不可思議なものを覗き込むようにこちらを見る。

「どうして国軍が――いえ、あなたが魔法士の事件をすべて把握する必要があるんですか?」

 総寮寺の属する国軍は、政府の直下機関だ。その下には治安維持機関として警察がある。
 しかし、魔法省は国軍の下に属さないどころか、政府とはまったく関係がない。
 しかも不穏分子として睨まれている。

 魔法士という存在が認められていないことは、世間では周知の事実だ。

「国の治安維持のためには、こーゆーこともしなきゃいけないのさ。私からすれば、警察も魔法士も同じ国軍所属の機関なんだよ。魔法省のみんなだって、そのために頑張ってるんだよ」

「政府は否定してるのに?」

「あんな奴らに認められたくてしてるんじゃないよ」

 総寮寺は皮肉っぽく笑う。

「現実にアヤカシという人間の害があって、魔法士という防止策がある。正体不明だからといって拒絶したり逃げたりするのはいかにもおカタい人間たちのすることだと思わないか?」

 つられてミサギも苦笑する。
「いいんですか、そんな風に言っても?」

 含みのある言葉に、総寮寺もそれなりの笑みを返した。

「いいんだよ。これ以上適切な表現なんて見つからないだろ」

 いつも政府のもとで、飼い馴らされた犬のように締まりない顔をしている総寮寺。
 その彼がたまに見せるこの一面を、ミサギは気に入っていた。

「君もユウ君も、ゆっくり休むといいよ」

「……そういえば、被害者の男はどうしてます?」

 ミサギは思い出したように、総寮寺のもとへ保護された男のことを尋ねた。

 ゼンに襲われていた青年だ。

 彼も、すぐさま病院へ運ばれ治療を受けたが、右腕を複雑骨折し、全身打撲で、こちらも入院中とのことだ。

「じゃあ、詳しい話はまだ聞けないのか」

 総寮寺は肩を竦める。
「とにかく、あとのことは私に任せて君達はしっかり休んでいてくれ」

 とりあえずは、今後、総寮寺からの報告を待つことに話はまとまり、通信は終了した。

 木戸は、携帯の残骸を片付けて病室を出て行き、それを見送ったミサギはベッドから起き上がる。

 左腕を肩から肘にかけ包帯を巻かれ、三角巾で吊してはいるが、実のところ、肩の怪我はそうひどくない。
 体を支えるまではできないにしろ、上下に動かしても何ら問題はなかった。

 今回の入院だって、魔眼の消耗が激しかったために、体力を取り戻すためにしたようなものだ。

 あの時――ミサギは窓の外を眺めた。

 ユウの攻撃は避けられたはずだった。
 地を蹴って横に跳ぶ、それだけの事。
 なのに、ミサギはできなかった。

――なぜ?

 その答えを突きつけるかのように、彼の脳裏で何度も何度も同じ光景が繰り返される。

 あの時、あの時、あの時。

「……」
 言葉に表すことのできないイライラが募り、ミサギは目の前のガラス窓に拳をぶつける。

 腰ほどの高さにある窓枠が隣接する窓に当たり、割れたかと思うくらい大きな音をたてて震える。

「くそっ……! 僕は……」

 彼はあの時見たことを後悔した。

 ユウが剣を突き出し、瞳が真っ直ぐとこちらを見据えたその瞬間。

 刹那に消えた、霞のようなユウの涙を。


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