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前回の更新からかなり遅れてしまいました。
待っていた方もそうでない方も、申し訳ありません。
第11話 ライセとゼン
 空を切り裂くように走る都市高速は、昔の小説に出てくる未来都市を彷彿させた。
 あまりの眩しさに顔をあげていられない太陽が、ゆっくりと優しい色へと変わり始め、それらを背後にして舞い降りた少女は、さながら天使のようだった。

 その、最近の天使は、どうやら人間の流行に敏感らしい。
 ピンクと黒のチェック柄のスカートにパーカー。そして、フリンジのブーツが白く細い足を際立たせている。

 頭には丸くて大きな二つの髪飾りを付け、陽の光でキラキラ反射していた。

 ボンネットを伝って車から降りると、少女は軽く服をはたく。
「助かっちゃった。ありがとね」
 ユウより幼い笑顔を見せる。
 無邪気に笑う少女を見ると、空から降ってきたことなど忘れてしまいそうだった。

 そこへ、後部座席から目を回したユウが姿を現す。
「うう、さっきの衝撃は何だったんだ?」
「あ、ごめんなさい。あたしが――」
 少女は振り返り、ユウにも謝罪の言葉をかける。

 その時、少女とユウの視線が合った。

 おそらく、この瞬間を『運命』と呼ぶのは後にも先にも彼女だけだろう。

 その口から語られる出会いのシーンには花が咲き乱れ、昔の少女漫画さながらのシチュエーションになるはず。
 それほど彼女の表情は輝いていた。

 ユウは、見覚えのある顔に、思わず指を差してしまう。
「……君、前に会った……」

「あたしの王子様あ〜!!」

「!?」
 叫ぶなりユウに飛び付く少女。その勢いで、ユウは車に逆戻りした。

「会いたかったあ! あたしの愛しい蒼髪の君〜!」

 車外にまで聞こえてくる叫びから、彼女は力のかぎりユウを抱きしめていると想像できる。
 でなければ、苦しそうにばたつかせていた足が急に力尽きることはないだろう。

「な、なんや? どーゆーこっちゃねん?」
 みっちゃんが後部座席を覗き込む。
 そこには、有無を言わさず押し倒して締め付けている少女と、瀕死状態ながらもギブアップを訴えて座席を力なく叩いているユウがいる。

「ゲホッ……えっと、何、君誰だっけ? なんでこんなトコいるんだ……?」
 締め付けられたショックで記憶が飛んだユウ。
「やだァ。恋人の顔忘れちゃダメよ、ダーリン。今から式場を見に行くんでしょ?」

「いや、絶対違うだろそれ!」

 幸せ妄想爆裂開催中である彼女の発言を力いっぱい否定する。だが、彼女は全く聞いていない。

「覚えてる? 二人が初めて出会った時のこと……あたしがアヤカシに襲われてたところを、颯爽と現れたあなたが助けてくれたのよ」
 少女は嬉しそうに説明する。
 その瞳は夢を見ていてうっとりとしていた。

「かっこよかった……傷つき意識が遠のきそうなあたしの前に、後光を背負って凛々しい王子様が現れて、『助けに来たよ』って、そっと優しく抱き上げてくれて……」
「……なんか話が変な方向いってない?」

 彼女の回想が間違った内容に脚色されている――もはや妄想と化していることに気付いたのは、面識のあるユウだけだ。

「あたしライセ! 王子様はあたしを迎えに来てくれたのよね! お名前は?」
 圧倒されて、ユウはしどろもどろに名乗る。
「か、春日ユウ……その、王子じゃないんだけど」
「ユウ様ね。謙遜しないで。あなたは間違いなくあたしの王子様なんだから!」
「は、はぁ……」

 ユウが勢いで完全に負けていると、突然、後ろから鋭い爪が現れた。

 ライセに突き付けられた爪は、違う事なく喉元を狙っている。
 ハルだ。

「おまえ、ユウからはなれろ!」

 ギラギラした紅い瞳がライセを映す。

 自分へと向けられた異形の敵意に、ライセは少女らしい悲鳴をあげるどころか、逆にハルを睨み返した。

「あんた何? あたしとユウ様の邪魔をしないで」
「おまえ、きけんだ。ユウからはなれろ!」
「ウッザ! しかもユウ様を呼び捨てってムカつくー! あんたこそ消えなさいよ!」
 言うなり、ライセの髪飾りが飛んだ。

 不意の攻撃は、ハルのこめかみを強打した。

 手のひら大の水晶は、ライセの意思そのもののように自由自在に外へと飛び出した。

 再び襲い来るそれを避けて、ハルも車のドアを破って飛び出す。
「ハルっ!」
「やっちゃえ!」
 ライセは車の屋根に飛び乗り、水晶を操る。
 ハルを翻弄しようと二個の水晶は彼の回りを飛び、隙を突いては攻撃を繰り返す。
 対するハルも、攻撃を鋭い爪で弾いていく。

「あーもうっ! 早く死ねっ!」
 ライセが地団駄を踏み、その威力に車の屋根はどんどんへこんでいった。

 と、次の瞬間。
 ハルは動きを止める。いや、止められた。

「!?」

 ハルが視線を下げると、胸から黒い錐が突き出ていた。それが動きを止めていた。

 それから、ハルはゆっくりと後ろを振り返る。

 錐は、ハルの影から延びて背中に刺さっていた。
 身動きができないまま、背と胸、そして口からおびただしい血が流れだす。

「ハ、ハル!?」
 ライセとハルの後を追って外に出たユウは、眼前に広がる光景に息を呑む。

「ライセ、何遊んでるんだよ」

「ゼン!」

 ライセが見上げた先に、彼女と同じくらいの少年が立っていた。

 ゼンと呼ばれた黒髪の少年は、港に停められた一隻の大きな船の先に立っていた。

 左の手では、逃げた猫を捕まえるように、自分よりも大きな男の襟首を掴んでいる。
 それは奇妙で、不思議さよりも滑稽さが先立っていた。

 しかし。

 信じられるだろうか。先程から、周囲を畏縮させるほどの冷えきった威圧感を、たった十歳たらずの少年が出しているのである。
 ユウもみっちゃんも、無意識のうちに後退っていた。

「赤目か」
 ゼンと呼ばれた少年は、ハルを一瞥してつぶやく。

 くいっと指をあげると、ハルにさらに錐が十数本突き刺さった。
「ぐっ……がああっ!」

 紅くなってゆく凄惨な光景。ユウは思わず顔を背ける。

 痛みを感じているのだ。
 感覚など、とうに機能していないはずの肉体が、少年の操る鋭い錐によって獣のような苦鳴を響かせる。

 港に隣接された造船所から巨大な機械音が唸る。それが幸いした。このような光景、どんな騒ぎになったことか。

「ハル、待ってろ! 今――」
 駆けだそうとしたユウの腕を、ライセがぎゅっと抱き捕まえる。
「だーめ! ユウ様までケガしちゃう」

――何だ、この子の力!?

 まるで岩に腕を固定されたようにびくともしない。
 ユウはとっさにみっちゃんを見た。
 自分の代わりにハルを助けてもらうつもりでいたが、その望みも叶わなかった。
 彼も、彼女に掴まれてそのまま動けずにいる。

 ゼンは、何度か錐を操ってハルに攻撃した後、諦めたように攻撃を止める。

 錐から解放されたハルは、全身を真っ赤に染めて血の海に沈んだ。

「ハルッ! ハルー!!」

 叫んでもまったく反応がない。
 まさか、と嫌な予感がよぎる。
 だが、
「やっぱ封印しなきゃダメか」
 少年の言葉とともに、ハルが力無く顔をあげた。

 ユウの、昂る感情がほんの少しだけ落ち着いた。

「ライセ、こんなアヤカシ相手にしてないでちゃんと仕事しろよ」
「だってだってぇ! あたしの王子様にやっと会えたのに邪魔すんのよー!」
 彼女はユウたちを掴んだまま足をじたばたさせる。
「オレ達は仕事中だろが」
「それはわかってるけどぉ」

 二人が言い合いをしている隙を狙って、突然、男がゼンからの束縛を破った。
 転がりながら甲板の縁まで逃げ、眼下のユウたちに向かって声を張り上げる。
「おまえら逃げろっ! こいつらヤバい! さっき来た奴も――」
 叫んでいる途中で、男は血を吐いた。

 彼の背中から、黒い錐が生えていた。錐は、歓喜するように男の血を飛ばしていく。

 ゼンは何事もなかったように首を掴み、手に力を込める。
「っああ……あ!」
「勝手に喋んな。腕の前に首へし折るぞ」

「あー! 待って待ってゼン。首折るならあたしやる!」
 まるで、おもちゃをねだるようにこの少女は人殺しを口にする。

 ユウは、自分の感覚が今、本当に正しいのか誰かに聞きたい気分になった。

「き、君達、一体……? それに、アヤカシのことも、なんで……」
 すると、ライセはすまなそうに両手を合わせる。
「ごめんねユウ様。お仕事の事は内緒なの。すーぐ終わらせてくるから待っててね」
 そう言うと、ライセは一飛びでゼンのいる船へ着地した。

「ちょっ、待って! さっき来た奴ってのは――」
 ライセを追って一歩踏み出した途端、ユウとみっちゃんの周りに黒い錐が出現する。
 交錯して地面から突き出した錐は檻の様相を呈した。

 冷ややかな眼が囚われの二人を見つめる。
「おまえら、動くな」
「ちょっとぉ! ユウ様に手荒な事しないでよ! さっさとユウ様の質問に答えてっ!」
「いだっ」
 ライセがゼンをひっぱたく。
 先程までの威圧はどこへやら、ゼンは肩をさすりながら答える。

「銀髪の女とサングラスの男だよ。オレらを待ち伏せしてたんだ」

 それを聞いて、ユウは顔が引きつった。
「銀髪の『女』……」
「……ミサギ殿と木戸はんやな……多分」
 みっちゃんが丁寧に解釈した。

「その人達は今どこに?」
「さーね。邪魔だったから、オレが結界術で消した。どっか知らない世界に行っちまったんじゃねーの?」

「ミサギさんが……消えた!?」

 自分で言葉にしても全く現実味が湧かない。
 気がついたら、全身から力が抜けてその場に座り込んでいた。

「あー、もしかしたら死んだかも」

「ミサギ殿がそげんこつくらいで死ぬわけないじゃろっ!」
 珍しく、みっちゃんが強く反発する。
 ユウをぐいと引っ張り立たせて体を揺さぶった。
「シャンとしい、ユウどん。ヌシはあげん奴の言うことを信じるんか!?」

「う、ううん……」
 しかし、ユウの返事は虚ろだ。だらりとしている。

「オレ、結界術は得意だから失敗はしない。あいつらは確実に消したよ」
「ってゆーかユウ様、その銀髪の女とどーゆー関係? あたしという恋人がいながら! あうう……ひどい!」
 ライセはあからさまにシクシクと言いながら泣き始める。
 そして、急に顔を上げたかと思うと、ゼンと同じく表情を冷やかにする。

「こうなったら、腹いせよ」

 男に魔の手が伸びる。
 腹を貫かれ、逃げることもできない。
「やっ……やめろ……!」
 ライセの手が男を捕らえたその瞬間。

 ガラスの割れる音が響いた。
「なんだ!?」
 何が起こったのか。
 すぐに静かになったが、ライセとゼンは慎重に辺りを見回す。
 何も変化はなかった。

「っきゃあ! なによコレぇ!?」
 ライセが突然叫んだ。
 驚いたゼンが振り向くと、伸ばしたライセの腕に、ガラスのようなひびが入っているではないか。

 それは、どんどん彼女の体を侵食すると同時に、ぼろぼろと崩れ落ちていった。

「ライセっ!?」
「ゼン! 助け――」
 言い終わらぬうちに、彼女の全身が一気にひび割れた。
 手を伸ばすも、指先が触れるか否かのところで、彼女はガラスの塵となって砕け散った。
 間を置かず、風が彼女をさらっていく。

「……ライセ?」
 彼女のいたところを見つめるゼン。

 すると、ライセだったガラスの破片が空中で集まりだし、再び人の形を成してきた。

 塵は、揺らめき崩れてを繰り返し、やがて銀髪の小柄な人間とサングラスをかけた黒い人間になった。

 それは遠くにいたユウにもすぐわかった。まごうことなき美貌はミサギだ。木戸もその後ろに控えていた。

 不敵な笑みを浮かべながら、ミサギはゼンと対峙する。

 ゼンは、ぼんやりとしか脳が働かないのか、未だ焦点が定まらない目で前を見つめていた。

「へえ、君はしぶといんだね」

 ピシリと音がする。

「……おまえ……!」

 急に現実へ引き戻されたゼン。
 彼の腕にもひびが入り始めたのを見て、ミサギはにやりと口の端を引く。

「君達が僕らに使った結界の術、逆に利用させてもらったよ」

 ミサギは、自分の腕をピンと弾く。ゼンの腕のひびが進行した。
 そして、いつ逃げたのか、いや、きっと彼らに助けられたのだ。ゼンが捕まえていた男は木戸の横でうずくまっていた。

 ふと、ミサギがこちらを見た、ユウはそう感じた。
 しかし、何か言うでもなく、彼は懐から数枚の札を取り出す。

「さて、君には大人しくしてもらうよ」
「よくもライセを……! どこへやった? 返せっ!」
「よく言うよ。自分達から仕掛けてきたんだろうに。ま、君風に言わせてもらうと、どっか知らない世界に行っちまったんじゃねーの?」

 ミサギは、ゼンを真似て言った。

 少年はカッとなったが、すぐに抑え込み、左手につけているブレスレットのアクセサリーを外す。
 それは、ユウの持つ十字架と同じように大きくなり、少年の背丈を越す大鎌となった。

「おお怖い。まるで死神の鎌だね」
 ミサギが揶喩する。

「おまえ、ぶっ殺す!」

 ゼンは、持ち柄を中心にぐるりと円を描いた。
 とん、と柄の先を足元に突くと、そこから青白い光が溢れだす。
「来い、アヤカシども! 餌を与えてやる!」

「!?」
 光が辺りを包んだかと思うと、一瞬で場の空気が変わった。

 ユウの感じた気配は、明らかに人外の接近を予感させた。

 低く、呻くような声が聞こえ始める。地の底から、地鳴りを起こしながら勢いをつけて足元へ上がってくる。

 来た、と思った刹那。
 世界はシンと静まり返った。

 何も変化がない。

 全員の緊張がピークに達する。

 ふと、違和感がユウの視界に入る。
 アスファルトの道の隅に、鳥の頭が生えていた。
 目だけが大きく、キョロキョロしながら首を傾げている。

「げっ!?」

 それを皮切りに、アヤカシが次々と這い出てきた。

 ユウは十字架を構える。
「空・封――」
 横からアヤカシが突進してきた。ユウは永唱を止め、後ろへ跳び退く。
「これじゃ結界が張れない!」
 封印しようにも、数があまりに多いのだ。
 一匹ずつ封印していてはやられてしまうのは目に見えていた。

 今までにも似た状況は何度かあった。
 その時は、アヤカシをまとめて結界に封じて難を逃れることができた。
 だが、それはユウ一人であった場合だ。人が何人も近くにいては、彼らを封印に巻き込んでしまう可能性があった。

「ヤバいで……ユウどん、こっちや!」
「でも、ハルとミサギさんたちが!」
 逃げようとするみっちゃんだが、ユウは後ろを振り返って叫ぶ。
 ミサギと木戸はアヤカシに囲まれ、ハルは血を流しすぎたのか、両者とも動けずにいた。

「えーから早く!」
 囲まれきる前にみっちゃんがユウの手を引いて突破を試みる。
 それをゼンは逃さなかった。
「させるか!」

 ゼンの鎌が空を裂いた。
 標的とされたのはハルだった。

 鎌は重い音を起てて背中に突き刺さり、その衝撃にハルは大きく痙攣する。

「ハル!」
「立てっ、おまえにも餌をやる! ご馳走だぞ、そこの二人を喰えっ!」
 ゼンの声に応えて、ハルはゆっくりと起き上がる。

「うぐ……ぐぅ……」

 苦鳴を漏らしながら、背に刺さった鎌を抜く。顔をあげると、ユウがそこにいた。

「ハル……?」

「…………」
 紅い瞳は、餌を見つけて歓喜に歪む。

ぐるぉぉおおぉぁあああ

 血にまみれたハルは、人とも獣ともつかない雄叫びをあげた。


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