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第9話 狭間の世界2
 少年は、部屋中を文字通り這いずり回って主を捜した。
 ベッドはもぬけの殻。勉強机の前にもタンスの中にも、トイレにも、部屋をぐるりと見渡しても誰もいない。
 外にいるのだろうかと、集中して主の力を探ってみるが、やはり主の気配を感じない。

「ユウ……いない」

 ■ ■ ■

 前も後ろも延々と長い廊下を、何度も繰り返して見渡す。

 いつもの廊下だが、今日はいつもと違っていた。

 両方とも、先の方は薄暗くなっていて端など見えやしない。
 なのに、部屋への扉は一つもなく、はめ込みの窓からは青い空が広がっている。

 ただ、それだけだった。

「……どこだここはぁー!?」

 ユウは力いっぱい叫んだ。

 ■ ■ ■

「……ほーぅ、わっしがおらんかった間にそげんオモシロ――」

 ミサギがキッと睨む。

「ゲフォッ! グェフグェフッ……大変な事があったんかいな」
 みっちゃんは慌てて咳でごまかす。

「そいで、ユウどんは?」
「さあ? 僕は知らないよ」
「どっこ行ったんやろなあ? せっかくおもろいネタを持ってきたんに……」
「ギャグにもならない極寒ネタの間違いだろ……?」

 そこへ、少年が床を這いながら部屋に入って来た。

「……ハル、なにをしているんだ?」
「ユウ、さがしてる。ユウ、あさからいない。ユウのにおい、どこにもない」

 先日から居候――というより、ユウになついた犬のような少年。
 アヤカシが人間の少年にとり憑いたものらしく、ユウの提案で屋敷に連れてこられたのだ。

 いつもならユウにべったりで、そうでなければ暴れまくる少年だが、今日はおとなしく、寂しげだ。

 ユウに『ハル』と名づけられた少年は、クゥンと喉を鳴らして再び床を這う。
 その姿は、まさしく親を捜して鳴いている子犬を連想させた。

「どこにもおらん? どっか出掛けとるとかやなくてか?」
「出掛けるなら、僕か木戸に言ってるはずだよ」
 ミサギは、おかしいな……と首を傾げて木戸を呼んだ。

「お呼びでしょうか」
「ユウ君の外出を聞いているかい?」
「いえ。どうかなさったのですか?」
「朝からいないらしいんだ。どこにいるか捜してみてくれないか?」
「承知いたしました」

 そう言うと、木戸は空気に溶けるように姿を消した。

「き、消えよった!?」
「それがどうかしたか?」
「木戸はん……何、人間ちゃうの?」

 すると、ミサギはキョトンとする。

「人間だよ。知らないのか? この屋敷と周辺一帯の空間は、木戸が作り出しているんだ」
「はっ!?」
「屋敷と外の空間を繋げられるのも、彼の能力があるからだよ。前に言ったはずだけど?」
「わっし……初耳やで」
「あっそう。じゃ、一つ利口になったね」
 ミサギはさらりと受け流した。

 その間に探索を終えたのだろう、木戸が再び姿を現した。
 わざわざ隣の部屋の扉から。

「どうだい?」
「屋敷内にいらっしゃるようですが……どうやら狭間の世界に入り込んでしまったようです」

「…………」
 ミサギは疑いの眼差しをみっちゃんに向ける。

「なっ? ちょっ……今回はちゃうで! んな、疑念たっぷりの眼差しで見んといて!」

「……木戸、ユウ君は屋敷のどこらへんにいるんだい?」

 すると、木戸は表情を曇らせる。
「それが、屋敷内を移動しているようです。ご案内してもすれ違う可能性が……」

「ユウ君のいる近くに行ければいい。案内してくれ」

「わかりました。こちらです」

 木戸は、命じられるままにミサギをユウのもとへと案内を始めた。

 ■ ■ ■

「なんかさあ、前も似たよーなことがあった気がするんですけど……」
 ユウは一人ごちながら廊下を歩く。

 前回は、みっちゃんと二人でひたすら落ちていったが、今回は一人でひたすら歩いている。

 前々からこの屋敷内を探索してみたかったというひそかな野望を今朝、実行したまではよかった。

 最初に最上階である三階へ上り、下へ下へ、様々な部屋を探険した。
 屋敷内とは思えないほどの巨大な資料室。
 いつも使っている食堂。
 ホテルかと間違えるほど設備の整った客室の数々。
 威圧感を放つ扉の会議室。
 歩けば歩くほど、迷ってしまいそうな広さだ。だが、初めて見つけた部屋もあり、なかなかに楽しかった。

 だが、気が付けばずっと廊下を歩いていた。

――クスクスクス。

「?」
 後ろを振り返るが、誰もいない。
「誰か笑ってたような気が……?」
 ユウは無意識に顔を引きつらせる。

――夜が明けた?

「ヒィッ!」

――夜は明けた

「だっ……誰かいるのか!?」
 驚いて尻もちをついたユウは、誰もいない廊下で叫ぶ。

 すると突然、廊下を照らすろうそくが一斉に炎を大きくした。
「!?」

『明けた、明けた、夜が明けた。
 今日も天気は快晴で、僕らはこれから一休み』

「え? え!? ろうそくが……てか、火が歌ってる?」

 ユウの目の前で、ろうそくの炎は歌って揺らぎ、飛び跳ね、まるで踊るように次々と消えていった。

 最後に残った炎が、ゆらゆら踊りながらユウの前にやってくる。
 その炎だけは他の炎よりも真っ赤で、静かに燃えていた。

「チミ、そこのチビッ子」

「へ? ボク?」
 手のひら大の炎は、こっくりと頷く仕草をした。

「そう。お前さん、『あちらの世界』の住人じゃろ。迷い込んだのかな? いつまでもここにおったらいかんのじゃないかな〜?」

「『あちらの世界』? え? あの、ここドコ?」

 しかし、炎は質問に答えずにゆらりと上昇していく。
「ま、待ってよ! 帰り方を教えてよ!」

「そうは言っても、ワシはろうそくの『火』だからのう。突き当たりの人形にでも聞いとくれ」
「ちょっ……待って! 話が全然みえないよ。突き当たりの人形って何?」

「文字通りじゃて。廊下の突き当たりにおるよ」
 それだけ言うと、炎はポッと音をたてて消えた。

「廊下の突き当たりって……」
 ユウは、突き当たりの見えない廊下を見つめた。

 ■ ■ ■

 木戸は、階段を上りきったところでぴたりと止まる。
「木戸?」
「ユウ様が動きました! すごい速さです!」

 すぐ横の廊下を指した。

「あちらからです! こちらへ向かってきて――」
 と、言葉が途切れた。

「……一階に移動しました……」

「瞬間移動っ!?」
 みっちゃんが思わず叫ぶ。
「狭間の世界は、時間の流れも空間構造もこの世界と違うからね……」
「なあ、木戸はんの能力でワイらも瞬間移動とかできんの?」

 その問いに、木戸は首を振った。
「この空間自体も、狭間の世界においてありますので、ユウ様との距離は変えられないんです」
「?」
「要は、瞬間移動ができないということさ。とにかく下へ行こう」

 四人は、回れ右をして今上った階段を駆け下りていった。

 一方、ユウはというと、水でできた大蛇に追い掛けられていた。
「な、なん……屋敷になんであんなヤツがあああ!?」

「んもう、ちょっと〜。つれなくしないで。こっちいらっしゃいよボーヤ〜」
 低く太めの声が艶っぽく誘う。
「喋ってるし! カマっぽいしー!」
 後ろを気にしつつも、ユウは全力疾走していた。
 こんなスピードを出したのは、過去、兄の地獄の特訓から逃げ出した時以来である。
 今なら世界最速の記録を叩きだせるのではないかというくらい、ユウは必至に逃げていた。



 ろうそくの火に教えられたとおり、廊下の突き当たりを目指して、終わりの見えない廊下をマイペースに歩いていたら、そこへいきなり水が降ってきた。

 ぐしょ濡れの顔を上げると、天井に張り付くように蛇が這っているではないか。しかも、透明で透き通っている。

「わー……綺麗だなあ」
 と、思わず呟いたのが運のツキ。

 蛇は天井からユウを仰ぎ、透明な舌をチロチロと出した。

「あら〜、嬉しいわ。ボーヤもなかなかイケるじゃない。ね〜え、アタシと遊ばなぁい?」
「……え?」

 後ろから伸びてきた尻尾に、あっという間にがんじがらめにされ、宙へとさらわれる。ユウの頭はすぽっと水蛇の体に埋もれ、空中で溺れるという不思議な体験をした。

 もがいて暴れて、やっとの思いで蛇の締め付けから脱出し、ユウにとって命がけの追いかけっこが始まった。



「待って〜ぇ」
「いやだぁー!」
 捕まったら、溺れながら締め上げられる。
 止まったらカマ蛇の餌食にされる。
 ユウでなくても、巨大な蛇に追われれば誰しも逃げるのは必至だ。
「も〜う、照れ屋さん――あっ、ボーヤ落ちるわよ」
「っ!?」

 ガクンと足元が沈んだ。

――こける!

 いや、フワリと浮く感覚になった。直後、体内の血液がすべて上空へ消えていくのを感じた。

 足元に、暗闇へ続く穴が突如出現したのだ。が、それに気付いた時には、ユウは落下していた。

「……?」

 しばらく、ボー然としていたユウ。

 じわじわと思考回路が回復し、ようやく自分がどこにいるか理解した。
 蛇が、その巨体を器用にくねらせ、素早くユウの体に巻き付けて落下を防いでいたのだ。

「ふう。危うく奈落の底へ落ちるとこだったわね、ボーヤ」
 蛇は高々とユウを掲げる。

「あ、ありがとう……」
「まあカワイイ! アタシのことは●※↓■♪←って呼んで〜」

 名前の部分だけ発音がよくわからない。
「テュ、リィ……蛇語?」
「←■※↓●よ」

 気のせいか、さっきと発音が微妙に違う。

「タァ、ラ……ターラさんでいい?」
「あらうれしい〜。そう呼ばれるのは初めて〜。ボーヤのお名前は?」
「春日ユウ」
「春日ユウちゃんね」
「ユウ、でいいよ」
「じゃ、ユウちゃん、さっそくアタシと遊びましょ」
「や、ちょっ……そうだ! ボク廊下の突き当たりに行かなきゃならないんだ! そこにいる人形に――」
 すると、ターラは「あら、そうだったの」と意外にあっさりと納得した。

「なら、アタシを跨いでいけばすぐよ」

「ターラさんを跨ぐ……?」

 ユウは、その巨体を眺めた。胴の高さだけでも、ユウの身長の倍はある。

 それを跨げという。

 ターラはユウの表情を見てチロチロ笑う。
「だあ〜いじょうぶよ。こうすればユウちゃんにも跨げるから」

 ターラは、ユウをそっと下ろして、自らはみるみるうちに小さくなった。

「さあ、これで行けるわよ」
 小さな蛇は見上げた。

「行けるわよって……」

 蛇といいこの屋敷といい、どういう構造しているのだろう。
 ユウは、もうわけがわからずに蛇に従う。

 高めに足をあげ、大股で蛇をまたごうとする。

「あ、そうそう。突き当たりの人形によろしく伝えてね。いつでも遊んであげるわよって」
「は?」
「会いに行くんでしょ? よろしくね」

 ターラは、水晶のような目をキラキラさせてウインクした。

 ■ ■ ■

「今度は屋根裏です!」

「食堂に移動しました!」

「応接室です!」

 ユウに振り回されて、ミサギたちは屋敷中をあちこち駆け巡った。
 ユウの動きはやっかいで、止まったかと思って行けばその目前で姿を消し、そうかと思えばまた止まるの繰り返しであった。

 やがて体力も限界を見せ、みっちゃんとミサギはぐったりとその場に座り込む。

 体力に自信でもあるのか、木戸はケロリとしてミサギに恭しくハンカチを渡し、ハルは依然ユウを捜してチョロチョロしている。

「……じっとしとられへんのかユウどんは……! あちこち……どこ行こうとしちょるんや……?」
「そりゃ……出口じゃないのか……?」
 ミサギは息も切れ切れに額の汗を拭った。いつ作って持ってきたのか、木戸がアイスティーを彼に渡す。

 その時、木戸がふと気付く。
「出口……?」
 その一言につられ、ミサギも思わず口を開ける。

「……あ!」
「なんやあ?」

「突き当たりの人形だ」

「は? なんやて?」
「突き当たりの人形のところだ。いくぞ!」
 ミサギはアイスティーを一気に飲み干して、先頭きって走り出した。

 到着した所は、封印したアヤカシの『目』の保管庫の真ん前であった。

 アヤカシがいると思うと、普通の扉も不気味に見える。
 みっちゃんは寒気に身を震わせた。

「な、なあ……ここに『突き当たりの人形』があるんかいな?」

「ああ。狭間の世界では、ここに突き当たりの人形がいる。
 狭間の世界からこちらに戻るには、絶対にあの人形のところに行かなければならない。
 多分、ユウ君は狭間の住人に教えられてここに向かっているんだ」

「狭間の住人……ミサギどんも迷い込んだことあるん?」

「僕は迷っていない。昔、探険したことがあるだけだ」

 ミサギは『探険』の部分を強調して言った。

「アヤカシの封印が解けたりとかせえへん?」

「平気さ」

 みっちゃんはミサギの指す廊下の柱を見た。
 そこには、古びてボロボロになった札が何枚か貼られている。

「ここは強力な結界を施してあるから、アヤカシは外からも内からも出られやしないよ。ただし、人間も入れないし出れないけどね」

「なんじゃそりゃ?」

「頑丈にするためには仕方がないんだよ。条件を増やせば、それだけ結界は脆くなるんだ」

 ハルが、床から壁にかけて念入りに匂いを嗅ぐ。

「ユウ、きた」

「うまく先回りできたようだな。木戸、狭間への扉を開けてくれ」
「承知いたしました」

 ■ ■ ■

「やあ、また来たね」
 ユウは、笑顔で自分を迎えてくれた人形を凝視した。

 ユウと変わらない背の丈。
 燕尾服にフリルのついた袖のブラウス、膝上ほどの短いズボンをまとって椅子に座っている。
 そして、笑顔で喋っていた。

 人と見まごうほど顔のつくりは精巧なのに人形とわかるのは、覗く足の関節部分が木のネジで固定されていたからだ。

「ボク、ここに来るの初めてだけど?」
 人形に驚きつつ言うと、人形はゆっくりと否定する。

「いいや、前にもきたよ。丸いサングラスをかけたやつと一緒にね」
「……みっちゃんだ! あれ? けど、あの時は――」

「『こんなところに来ていない』?」

 言おうとしたことを先に言われてしまった。

「そう感じたろうね」
 人形は、カタリと音をたてて腕を伸ばす。

「だけど、みいんなここへ来て、僕の開いた扉から自分の世界へ戻るんだよ。覚えていないだけなんだ。今回は、僕が君を呼んだから覚えてるし忘れないけどね」
「君が、呼んだ?」
「うん……君に伝えたいことがあって」
「ボクに?」

 すると、人形は、濃い翡翠の瞳を真っ直ぐユウに向ける。

「そう。遠くない未来の話。
 黒い波が君を飲み込んでしまうこと。
 それは底無しの闇で、凶々しく、暗く、冷たく、誰にも声が届かない。
 君は避けることはできないよ」
「!」

「だけどね、絶望ばかりじゃない。
 覚えていて。必ず、君に手を差し延べてくれるモノがいるから。だから、そのときは、ちゃんと手を延ばして助けを求めるんだよ」

 ユウは、自分の夢の出来事を誰かに話したことはなかった。ましてや、目の前の人形とは初対面だ。
「黒い波……どうして、それを?」

 すると、人形の隣で扉が揺らめきながら現れた。

「あ、お迎えがきたようだね。さあ、帰る時間だよ。この扉の向こうで、君を待っている人達がいる」
「待って! 教えてよ!」

 しかし、人形は黙したまま扉を開き、ユウを導いた。

 ■ ■ ■

「ユウ!」
「ぬあっ!?」
 ユウが扉から姿を現すなり、ハルが横から飛び付いた。
 ユウの方は、逃げる間もなくバランスを崩し、その場に倒れ込む。

「ユウ君、無事かい?」
「ケガとかしとらんか?」
 ミサギとみっちゃんが駆け寄る。

「は、はい……何とか」
 後頭部にできた大きめのタンコブをさすりながら起き上がる。

 二人に支えられるように立ち上がり、ユウはすぐ後ろを見た。

 ちょうど、木戸が扉を閉めたところであった。
 ユウが駆け寄ると、溶けるように扉は消えていった。

「まったく。どうやって行ったか知らないけど、狭間の世界には不用意に行ってはだめだろ! どんな影響を与えるかわからないところなんだから!」
 先程の心配顔はいずこへか。今にも噛み付きそうな勢いで、ミサギはユウに怒鳴った。

 ユウだけでなく、その場にいた全員が思わず縮こまる。

「……ごめんなさい」

「み、ミサギ殿〜、ユウどんかてそんな悪気があってやっとるわけじゃ――」

「悪気があったらなおさら質が悪いよ!」

「うう……」
 ミサギはもはや鬼の形相だ。
 ユウはひたすら小さくなる。

「ボ、ボクも、よくわからなかったんだ……突き当たりの人形に呼ばれたみたいで……」

「あの人形に?」

「ボクに伝えたいことがあるって言って……ました」

 ミサギは、思案顔で話を聞いていたが、
「……そう。なら、いい」
 それ以上何も言わず、きびすを返して歩き出した。

「はれ? どんな話か聞かんでええの?」
 みっちゃんは、少しうずうずしている。

「人形がわざわざユウ君だけを呼んだんだ。僕らはおそらく知らなくても大丈夫だよ。
 それより、ユウ君のせいで、今日の予定が大幅に狂ってしまったよ。ハルから話を聞くんだろう?」

 ミサギはすたすたと先へ進んでいく。

「何ボサッとしてるんだい? 置いていくよ」
「は、はいぃ!」

 ユウたちは、慌てて駆け足でミサギの後を追いかけていった。
どもです。あとがきではじめましてです仕神です。
蒼の魔法士をここまで読んでくださりありがとうございます!

ええと……第9話は、7月1日に更新すると宣言しておりましたので、本日追加させていただきましたが、思うところが出てきてしまったので近々書き直すつもりです(時間に余裕があったら。
本当に申し訳ありません。


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