森のくまさん
ハァハァハァハァ。
苦しい。
息がうまく吸えない。
森の中を走り続けて、どれくらい経ったんだろう。
手足が重い。
折れそうになる体と心。
それでも、私は走る。
全身が、森の中を走ったせいで傷だらけだ。
まだだ、まだ逃げなきゃ。
ガサリ。
不意に森の奥からナニカが動く音がした。
「あぁっ」
絶望が忍び寄る。
ここまで来たのに、やはり駄目だったのか。
ガサガサ。
音はどんどんあたしに近づいて来る。
絶望で膝を曲げ、あたしはその場にへたり込んだ。
傷から流れる血がつうっと額を滑り落ちた。
「おまえは誰だ?」
森から現れたのは、黒く大きな体をした男だった。
剣呑な顔つき。
低い声。
「え、あ、あ……」
予想していた追っ手と違った。
それでも、目の前にある巨体からあたしは視線を外せずにいた。
こいつが、あたしを殺る気なら、あたしはきっとここで終わる。
そう確信するほどの威圧感をそいつは放っていた。
ふいに、威圧が消え失せる。
「ふんっ、小娘か。
今は気分がいいから見逃してやる。
いいか、この辺り一帯は俺の縄張りだ。
次に会ったら命はないと思え。
ほら、行けっ!」
男はそう言って顎をしゃくった。
震える足に力を込めて立ち上がり、あたしは男がしゃくった方向へとヨロヨロと駆け出した。
助かった……?
疲労からまとまらない思考の中で、それでもわかるのは助かったということ。
ガクガクする足を拳で叩いてあたしは走る。
自由へ。
走るはしるハシル。
そうだ、あたしはもう自由だ。
歓喜が胸に溢れる。
自由、なんて素晴らしい。
空も森も、あたしを祝福している。
あたしはあんなに憧れた自由なんだ!
「XXX」
ずいぶんと走った時、何かの声が背後から聞こえてきた。
眼を凝らすと、男が何かを叫びながらあたしを追いかけてきていた。
なんで?
どうして?
見逃してくれたんじゃなかったの?
あっという間に男はあたしに追いついた。
「おい、忘れ物だ」
そう言って、男は白いナニカをあたしに投げ渡した。
ううん。
白いナニカじゃない。
あたしは知っている。
森の入り口で捨てた、あたしの左耳から引きちぎった白い認識タグ。
あたしがヤツらの実験動物の証。
「あは、あはははは」
おかしくもないのに、あたしの喉は笑い声をあげていた。
もうじきヤツらはここに来るだろう。
認識タグに仕込まれたGPSが、あたしの位置を正確にヤツらに伝えてるはずだから。
もうおしまいだ。
「あははははははは」
森の中に、あたしの笑い声が響く。
それは、あたしの絶望の歌だった。
「あはははははははははは」