バードメン!!!(7/25)縦書き表示RDF


バードメン!!!
作:森本エリ



孵化するときに見上げるもの。


薄暗い店内で、笹本さんはアイス・ストックから、氷をすくいあげている。
がしゃがしゃと、氷をすくう音と雨の降る音が、茫然としている僕の耳に届く。
シャワーを浴びたあとの湯気や熱気が自分の膚からあがるのが、沈黙の中で、なんとなく解った。

「こげん雨降っとったら、喧嘩もしたくなるわ。しかし相手が女の子はいかんねー」

笹本さんが独り言のようにつぶやき、顔を上げた。

「お、コーラが売れとる。遼太郎やろ?変なところで律儀かねー」

笹本さんはかかった伝票をとって、百円硬貨を四枚と、氷の入ったビニルを僕に渡した。

受け取っていいのか解らず、僕は黙って手を差し出したまま笹本さんを見上げた。

「なんや?俺がかっこいいけんって見とれんな」

僕は笹本さんを見上げたまま、百円硬貨をポケットにしまった。

そして、互いに吹き出す。

「お前、意外に生意気やね」

「すみません」


笹本さんは腕を組んで、苦笑しながら僕を見た。

「あーあ、あとで、みうちゃんに謝りにいかなね。うちの弟は猿山の猿やけん」

笹本さんはまた僕の頭を軽く叩いた。

「先に誤解を招くような事をしたのはみうさんですよ」

「そうか、それで仕返ししたら、反り打ちにされたったい。様ないな、遼太郎。そげん無様な男になっていいとや?」

僕は首を横に振る。

「惚れた女には尽くさんと。自分をかけて尽くしてみ、おとしたときの気分はもうたまらんぜ。後はこっちのもんって感じになると、最高やね」

「僕、別にみうさんが好きとかじゃないですよ」

僕は笹本さんから目を逸らした。 あんな訳の解らない女なんて好きになる物好きがいるかっての。

「嫌よ嫌よも好きのうちって言うやん?て言ったっちゃわからんやろーね」

笹本さんはカウンターのスツールに腰掛けた。
「笹本さんならヤラせてくれるかもしれませんね」

自分でも、不思議だ。笹本さんにこつかれても、あまり、不快感はない。
時間差でうずく頭を撫でながら僕は思った。

「バカちんやねー、そんなすぐにヤラせてもらえっかよ!第一、そげなん、つまらんやん」

笹本さんはカウンターに並べてある『アーリー・タイム』と、カウンター越しから適当なショットグラスを取る。

「笹本さんは追い掛けるほうなんですか?」

「狩猟本能ってやつかいな?ま、釣った魚に餌やりすぎて逃げられとーけ、俺も様ないわな」

笑いながら酒をついで、一口であおる。

情けない発言を笑って言える笹本さんが何故か格好良く思える。
雌猫が寄ってくるのも納得だ。

「みうさんも香菜子さんもいるじゃないですか。香菜子さんとヤッたんでしょ?」

僕の言葉に笹本さんは口の中の液体を噴射した。
この光景を前も見た気がする。
間抜けだけれど、格好良いだけじゃないところがまたいい。

「しとらんて!!お前、あれは冗談やん!しれーっと、とんでもないこというな!ちこーっと、ちょっかい出されたけど、やってない!しとったら、俺は街ば歩けんし!」

「何でですか?香菜子さんが泡姫だからですか?」

「んな訳なかろーが!!一度、お手合せ願いたいくらいぜ!!そーやなくて……なんつーか、一応な、この時期は女断ちしとかんと」

笹本さんはそういって少し笑った。
また、グラスに琥珀色の液体をそそぐと一気に飲み干す。

「まー、こげん酒飲みよって、願掛けになるっちゃろうか?女断ちより、酒断ちの方が、俺にはよかとかなー。でも、もう飲んだしなー、な!遼太郎!」

笹本さんは独り言から、いきなり僕に振った。
どう返していいか解らずに黙っていても、気にした様子もない。
願掛け、ってことは、みうさんが言ってた山笠関連なんだろう。
僕は黙ったまま笹本さんを眺めていた。

「あ、遼太郎!今度むしゃくしゃしたときは、俺に言え。タイマンやろーや!」

笹本さんは名案とばかりに笑って言った。

「はぁ?!嫌ですよ!笹本さん相手にやれるわけないじゃないですか!」

「なん寝呆けた事、言いよっとや!男なら、弱いもんより、強い奴と喧嘩せな!それにいきなり街でからまれるのと、タイマン張るのは、訳が違うっぜ!いきなり、からまれた時は負けられんけん、変に力はいるけど、お互いに、じゃあ、やりますか。やりましょう、てなったら意外に楽しめるんよ。熱くなっとるけど、どっかで冷静に、自分のやりたいようにできるし、負けたときも、気分いいし、恨みっこなしでスカッとするぜ」

笹本さんは目を輝かせながら僕に話して聞かせる。

「検討しときます」

僕の答えに笹本さんは肩を下げる。

「ったく、すかしやがって。喧嘩と火事は江戸の華やないとや!」

「何百年前の話してるんですか!」

「知らん、四百年前くらいやないと?」

「適当なこといって……」
僕は呆れて溜息を吐く。

「よかやん、粋でいなせな江戸っ子って言葉、今でもあるやん。かっけーやん」

「そんな言葉使われたの聞いたことないですよ」

僕が答えると笹本さんは肩をすくめた。

「新しいもんがいいとは限らんのにな、オールディーズも昭和歌謡曲も、今の俺が聞いても、かっけーのに」

「古いものばかりでもいいとは言えないでしょう」

僕は反論を試みる。

「いいものはいつの時代だって支持されるとぜ、そんな偉業を俺は果たせる人種やないけど、なんつーか、せめて曾孫あたりにも、俺の爺ちゃん、かっけーとか言われる男になりたい」

笹本さんがそう断言すると、僕は何も言えなくなった。

「……腹減らん?語りよったら、俺、腹減ったっちゃけど」

「……オムライス、食べたいです。半熟で、バターライスにデミグラスで」

「かーっ!どこのボンボンか!せからしか!ま、よかけどさ」

笹本さんは肩をすくめて厨房へ入る。

「笹本さん、」

「なんか?やっぱケチャップがいいとや?」

「いや、違います。このお店、なんで“バードメン”ってつけたんですか?」

「男なら、上目指したいやん。俺もそうやけん、最初は“フライング・モンスター”にしようかと思ったけど、そしたら、なんか余計怪しかけん、スマートな感じに“バードメン”にしたと」

「鳥男ですか……ちゃんと意味あるんですね」

「女は理由をつけたがるけど、男は意味を持ちたがる、なーんてな!意味解らん!男はムナシイ生きものやけん、美学をもたんと、意地をもたんとな!“鳥男”やなくて“飛躍する男”にしてくれんかなー」

笹本さんは口も身体もよく動く。しゃべりながらも手際よくオムライスを作りはじめている。

「こだわって生きるしか出来んとよ。俺。
そういうやり方で生きてきたけん。
でも、それを認めてくれる人がおったけん、幸せよ。上を目指せばキリがない。目指したくてもそれが出来ん人もおる。
俺だってどれだけ上にいけるか解らん。
空は無限やけん。くじけそうなときこそ、俺を認めてくれる人がおるって有り難いと思うし、こだわりがあってよかったと思う。
少なからず、やっぱ男は上を目指すやん?限定するわけやないけどさ。上を目指して頑張ってる人を応援するために、この店しよるっちゃん。男も女も関係ない“バードメン”の止まり木よ。ここは」

話が長いのか、手際がいいのか、まもなくオムライスが出来上がりそうだ。
デミグラスソースは寝かせているから温めるだけにしろ、おいしそうな匂いが、僕の鼻孔を心地よくくすぐる。

バードメンによるバードメンの為のこの場所で、僕はぼんやりしていた。


僕は怒りや憎しみの殻の中にいる。

そして、バードメンという止まり木で、笹本さんの熱意が遠慮なく僕に押しつけられる。
笹本さんのそれで、僕は、孵化するのを待っているのかもしれない。

だって、そうじゃなきゃ、こんなに胸の辺りが熱くなるわけない。

笹本さんは、せっせと、あるだけの卵を割っている。

次々に割られる八個の卵。そいつは全員死んでいる。

生命の欠片も与えられず、他者の栄養になるだけ。

僕は本当に食物連鎖に還るだけで、いいのだろうか。

笹本さんが与えてくれた“生きる”ことに対する熱が僕を包む。

上を目指す、ってどこだろう?笹本さんを見るかぎり、金持ちになって、いい車のって、働かなくても暮らせるっていう理想は見当たらない。
笹本さんの上って?
僕が目指す上ってやつは?

教えてほしいけど、そんな事、笹本さんが知るはずない。

僕が目指すところは、僕が決めなきゃ意味がない。

“こだわり”なんて照れ臭いもの、僕にはない。

目を向けてない、見ようとしない。
僕は下を向いて生きてきたようだ。


ふと影が出来て、見上げれば、オムライスをもった笹本さんの笑顔があった。


山笠だすときには少し抵抗がありましたけど、暖かい評価をいただけて、幸せです。











ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう