バードメン!!!(2/25)縦書き表示RDF


途中で下品でハシタなくていかがわしい表現を含みます。苦手な方はご遠慮ください。
バードメン!!!
作:森本エリ



災難はラブストーリーよりも突然に。


 朝っぱらから外をぶらつくのは久々で、しかも地理については全くの無知な僕は鉄筋階段を下り、この路地裏を、ただ宛てもなく歩くことにした。

ゴミ収集車が近くの飲食店の前に停まっていて、それを遠巻きに見ている黒い手先達。薄汚れた緑色っぽい水色の作業服をきた人が、手慣れた感じにゴミ袋を放り投げていく。

僕はブルーデニムのポケットに両手を突っ込んでしばらく眺めていたが、作業は淡々とこなされてすぐに終わってしまった。

(たぶん)酔っ払い吐瀉物が排水溝にブチまかれていたのを見てしまい、爽やかな朝を台無しにしてしまう。
僕は顔をしかめて目を逸らし、空を見上げた。
紛れもなく、雲一つない快晴の一日の始まりだった。
 僕はそれだけで気を取り直して、鼻歌を歌った。
店でよくかかっている、アメリカのネオロカと言われた伝説バンドの曲だ。
僕は別に好きで家出少年になったわけじゃなかったが、この曲は好きになった。

コンビニでチーズと卵のサンドイッチと安いパックのカフェオレを買って、少し歩いた。
歩いていくうちに、寂れた雑居ビルばかりのこの通りが好きになった。

 人が一人通れるくらいの幅のタイル張りの階段に腰を降ろして、僕はそこで朝食を摂ることにした。
サンドイッチを三分の一ほど、ぱくついた時、上から足音が聞こえてきた。
平たいつっかけの軽快な音だった。
僕は振り向いて足音の方を確認して腰をあげた。

「あっれー?恭平さんの弟くんやーん!」

赤っぽいオレンジの鳥の巣みたいなパーマの女の子が僕を指差した。

「みゆさん、でしたっけ」

みゆさんは“バードメン”の常連さんで美容師とたまにキャバクラ嬢をしている。背が低くて、見た目が幼くて僕と同い年くらいに見えるが、はたちだ。みゆさんはにこにこして頷いた。

「なんしよーとー?」

「遊んでます。笹本さんがお給料くれたから」

「お兄ちゃんなのに、名字で呼びよーと?おかしくない?」

「名字違うんで別に違和感はありませんね」

みゆさんは立っている僕の目線の高さの段に腰を下ろした。

「ずいぶん離れ離れやったっちゃね」

みゆさんは真っ赤なホットパンツに50年代のピンナップガール柄のキャミソールで足元はラウンドヒールのパンツに合わせた真っ赤なサンダルを履いていた。
意外と肉付きのいい白い太ももにどうしても視線がいく。
両手で頬杖をついているから無防備な谷間が強調されて、そこにも僕の視線は誘われてしまう。

くびれた足首もなかなか。僕は思わず唾液を飲み込んだ。

「暇ならさぁ、ちょっと、うちにおいでよ?髪染めたげるよ」

みゆさんは悪戯っぽい笑みを浮かべて上目遣いで僕を見ていた。

別に染める理由もないし、気分でもなかった。

でも僕はついていってしまった。
言い訳をすれば、白い頬に散らばったそばかすと笑った時にのぞく八重歯が可愛かったから。

みゆさんの部屋はワンルームで、狭いのにいろんな雑貨で埋め尽くされていた。 僕はいろんな靴が散乱した玄関で立ち尽くしていた。
前を歩いていたみゆさんは振り向いてニコッと笑う。

「あがりなよ、おとーとくん」

僕は少し頭を下げて靴を脱いだ。

生まれて初めて全くの他人の女の子の部屋に入るのだ。緊張してもいいじゃないか。

僕は自分に言い聞かせながら、一歩一歩、踏み出した。

「金髪似合いそうだから、ブリーチしない?夏だし、イケイケな気分になるよ」

みゆさんは、とてもはしゃいだ口調で言った。

「わかりました。ブリーチしてください」

みゆさんの笑顔が可愛かったので、僕はそう答えた。髪を染めたことがなかったから、似合うかも解らなかったけど、どうでもよかった。

「シャワー浴びておいでよ」

みゆさんの言葉に僕は異常に緊張した。心臓が飛び出しそうで息苦しくなるほどだった。
僕は回れ右をして浴室を探した。
と言っても狭いワンルームではどこが浴室かすぐにわかったけれど。

ドアを閉めると僕は幼児みたいな、たどたどしい手つきで服を脱いだ。

板一枚で女の子が近くにいると思うと、やけにぎこちなくなる。

ブルーデニムに手をかけたとき、突然ドアが開かれた。

「髪の毛だけでよかったのに」

背中越しでみゆさんに笑われて僕は一気に頬が紅潮するのが解った。

みゆさんの赤、オレンジ、黄色、に塗り分けられた指が僕の肩に伸びた。
僕はその色彩を視界の隅で見たのだ。

「すべすべやね。キレイ」

肩甲骨の辺りに舌が這った。 全身があわ立つのを感じた。僕は少し目を細めた。

「おとーとくん、可愛い」

そう言って、ぺちん、と僕の背中を叩いた。

「髪の毛だけでいいんだよっ」

みゆさんはくすくす笑って脱衣室を出ていった。


“いいオンナには気を付けて遊んでこい。”


笹本さんの言いつけを思い出し、僕は溜息を吐いて、また服を着た。

遣る瀬ない気分で頭を洗っていると、僕以上に期待していた下腹部とご対面して余計に落ちた。



初体験のブリーチはメチャクチャ痛かった。
頭皮に針をいっぱい刺されたような痛みとヒリヒリと火傷をしたような痛みに、三十分も耐えた。
眉毛までいじられて、出来上がった僕をみゆさんは満足そうに見ていた。

目にかかる毛先を見て僕はメチャクチャびっくりしたのだが、鏡を見てさらに絶句した。

「バリ似合っとうよ!天使みたい」
手をたたいて喜ぶみゆさん。


天使と呼べるのだろうか。いや、どこの天使だ。
鏡のなかの僕はどう見たって不良少年じゃないか。

あ、でも、あのバンドのヴォーカリストみたいじゃないか?
この天パを利用して、リーゼントにすれば……、 僕はイメージを膨らませ、指や手のひらで大雑把なリーゼントを作ってみた。

「なんしよーとー?」

みゆさんが顔を近付けてきた。僕が、反射的に振り向くとかなり急接近した。

唾液を飲み込む暇もなく、僕の唇とみゆさんの唇が軽く触れ合った。

「ブリーチのお代はこれでいーよー」

みゆさんはキャハハと甲高い声で笑い、僕はいい加減、愛想が尽きた。

「じゃあ、僕、帰ります」

僕はみゆさんから離れて、立ち上がって、逃げるように走った。

「またおいでよー」

背中でみゆさんの弾んだ声がした。

「もう来ません」

僕は嘘を吐いて、オールスターに足を突っ込むと、玄関から飛び出した。

部屋が薄暗かったから、青空がとても眩しかった。

無性にソーダ水かコーラが飲みたかった。

あの密室より狭い階段を二段飛びで駆けおりながら、僕は叫んでみた。

オンボロコンクリートのアパートを出ても僕は走り続けた。

表通りの行き交う人の視線も、どうでもよかった。

エキストラのサラリーマンもスチュワーデスみたいなスーツ姿の女の人も、大学生らしき男女も、まったく、くだらない。

どうせ奴らはラリッた不良少年が珍しいだけなのだ。
自分の日常にはない事柄が不快なだけなのだ。

くたばっちまえ。

僕は生まれて初めて独りぼっちが楽しかった。



コンビニもダッシュで寄って、一番奥のドリンクストックからコーラの復刻版の瓶を取って、レジに到着した。

店員の太った眼鏡の男が、ビクビクしながら会計をしてくれた。

まったく可愛い豚野郎だ。
僕は百円硬貨を二枚渡した。

「お釣りは募金箱に入れておいてください」

「は、はい……。ありがとうございましたぁ」

僕は知らない土地の災害援助をしてコーラの至福を手に入れると、また走った。
途中の月極駐車場のコンクリートの塀で栓を抜いた。この方法は笹本さんがやっていたのを目で盗んだものだ。炭酸が心地よい刺激をくれる。
僕は塀に腰掛けて喉を鳴らしてコーラの瓶を呷った。

半乾きだった髪の毛は付け根の辺りからまた湿っていた。
僕はムズ痒くなった頭皮をムチャクチャにかきむしった。
目の前を通ったオネェ系の女の子二人組と目が合ったが、さり気なく視線を逸らした。
今、僕は、細心の注意を払って笹本さんの言いつけを守らなければならない。
すなわち、僕自身を守るため止むを得ないのだ。

くすくす笑う女の子達をスルーして、僕は瓶の底に残った黒っぽい炭酸水を飲み干した。

まだ、一時間くらいしか経っていないのに、僕はもう時間を持て余している。

からかった罰としてみゆさんで筆おろしをしておけばよかったかもしれない。
僕は舌打ちをしたが、退屈なのには変わりはなかった。

仕方ないので僕はコーラの瓶を投げつけて塀で粉々にすると、また、宛てもない散策をすることにした。

少し歩くと遠くに赤茶色っぽい大きな建物が見えた。
中洲に差し掛かるところだった。

夜になると活気づくこの界隈も、昼間は夜の薄汚さを引きずった灰色のビルばかりで陰欝とした気分にさせる。
まぁ、どのみち、僕には関係ないのだけれど。
どこに行ったってモノは溢れているけど、本当に欲しいものはどこにもないんだ。だから、皆何でもかんでも増やしていくんだな。

僕はそんなことを思いついて少し落胆して、真理を発見したような気になって得意げな気持ちにもなった。

もういいや。どうしたってつまらないな。

僕は溜息を吐いて元来た道をまた辿った。





部屋に戻ると、玄関に三人分のハイヒールやパンプスやミュールが散らばっていた。
部屋の奥、ベッドが置いてある寝室から、複数の女の人の声が聞こえた。
僕は息を潜めてゆっくりオールスターを脱いだ。

忍び足で寝室についたとしてもどういう風な態度でいればいいのか解らなくなったので、僕は普通に、

「ただいま帰りましたー」

と声をかけてみた。

勢い良く寝室のドアが開いて弾丸というより大砲の玉みたいに笹本さんが飛び出してきた。

「遼太郎!!ナイスタイミング!!こいつらなんとかしてくれんね!!」

笹本さんに続いて、黄色い声と三人の女の人が飛び出してきた。

「遼太郎くん?!」
「マジでー!!」
「おかえりぃ!!」

「うわっ!!どげんしたとか!?そん頭!!」

急ブレーキをかけた上半身裸の笹本さんと玉突き事故を起こした女の人の薄着に圧倒されて、僕の方こそ驚いた。

「遼太郎?遼太郎!」

軽く頬を叩かれて僕は笹本さんに視線を戻した。

「……な、なにやってんですか?」

「なんもしとらん!こいつらは、美香、梨果、香菜子。このビルのご近所さんたい!お前ば見に来たとか言って押しかけてきたと!」

必死に説明している笹本さんを押し退けて、どれがどれだか解らないが、美香、梨果、香菜子さんが僕に群がってきた。

「きゃー!!超可愛い!」
「どっかに北欧系の血が交じってるとか言われない?!」
「こんな真っキンキンの金パ似合う子初めて見たー!!」
「ね、ね、遼太郎くん、チェリー?」
「うちら教えてあげようか?!」
「アレ、でかい?皮剥けた?」

付け爪が頬に食い込んで痛い。しかもうるさいし、下品。
僕は無我夢中で魑魅魍魎のカシマシ娘から逃れ、笹本さんの背中に避難した。

「あれ?人見知り?」
「ブラコン?」
「てか、むしろフォモ?」

僕と笹本さんは同じタイミングで首を横に思い切り振った。

「出ていけ!!売女!淫売!雌猫!」

笹本さんが一喝して彼女達を追い払うと室内は一気に静けさを取り戻した。

「危ねー、お前が帰ってこんかったら、俺、マワサれるとこやった」

笹本さんは胸を撫で下ろしながら呟いた。

「え、それって、笹本さん的にはオイシイんじゃないんですか?」

「バカちん、俺は一応、操を立てとるとぜ。できるかよ、そげんこと」

笹本さんは僕の頭を叩きながら言った。

「あいつらプロやけん、本気だされたらひとたまりもなかったやろうね」

笹本さんは肩をすくめる。

「プロ?」

僕が聞き返すと笹本さんは呆れたように答えた。

「それぞれ名立たるナンバーワンの泡姫」

僕はこの数時間で女性の恐さを垣間見た気がした。

「やっと寝られる」

笹本さんは首を鳴らしながらまた、寝室に戻っていく。
僕はその後ろ姿に向かって合掌をした。

なんだか騒々しかったな、僕は一息ついて壁に掛かった時計をみた。

十時二十三分。
やっと世間が動きだしたくらいだった。












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