ドロップ
夕方がそろそろ近づいてきた頃です。
太陽はなんとか昼間と同じ色を保って、公園を照らしていました。
ゆうくんが伸び始めた影を踏みながら公園にやってくると、
誰か女の子が錆びついた鎖をキイキイと鳴らしながら、
ゆっくりとブランコをこいでいます。
それは後ろ姿でしたが、揺れるふたつに結んだ髪の毛から、
すぐにさきちゃんだと分かりました。
「さきちゃん!」
ブランコに駆け寄りながらそう呼ぶと、ふたつ結びのその子は振り返って笑いました。
口の端に出来たえくぼ。
やっぱりさきちゃんです。
見ると、さきちゃんは手に小さな四角い缶のようなものを持っています。
何だろうと思って、ゆうくんは少しの間、それをじっと見ていました。
すると、さきちゃんは視線に気付いたのか、
「いいでしょ」
と言って、それを自分の顔くらいの高さまで持ってきました。
缶にはイラストが描かれていて、それは色とりどりのドロップの絵でした。
どうやらドロップの缶のようです。
「わぁ、いいな。一個ちょうだいよ」
ゆうくんが頼むと、さきちゃんは慌てて首を横に振りました。
「だめ。もうあと一個しかないの」
ほら、と缶を左右に振ります。
確かに、中ではカランカランと固まりが一個だけ転がる音がしました。
そういうことなら仕方がありません。
ゆうくんは少しだけ残念そうにしました。
その様子を見たさきちゃんの顔も、少し寂しそうな表情になって、
それから何かを思いついたように、ぱっと明るくなりました。
「そうだ、もしこれがハッカなら、ゆうくんにあげるよ」
「えっ」
ゆうくんは驚きました。
だって、ハッカはゆうくんが一番好きな味だったのですから。
さきちゃんはそれを知っていたのかと思いましたが、そうではないようです。
「わたしはハッカ、スースーするから苦手なの」
ゆうくんはまた驚きました。
「そうなの?ぼくはそれが好きなのに」
「うーん、わたしはイチゴが一番好き」
さきちゃんはさっそく、手の中の缶のふたを開けました。
そして左手を広げた上で、逆さにした缶を小さく揺らします。
「あれ?出てこない」
カランカランと、ドロップが動いた音はしました。
しかし、さきちゃんの手のひらには、
割れた欠片や粉が、キラキラと光りながら降ってくるだけです。
どうも、肝心のドロップは口の所で引っかかっているようでした。
ゆうくんは、さきちゃんが持った缶の横の所を、軽く指で叩いてみました。
するとやっと、それはころんと出てきました。
「あ」
ゆうくんとさきちゃんが声を上げたのは、ほとんど同時でした。
さきちゃんの手のひらに転がり出たのは、
ハッカとイチゴの二個がくっついたドロップだったのです。
「ハッカだね」
「でもイチゴだよ」
これはどうしよっかと二人で笑いました。
公園はいつの間にかオレンジ色で、ゆうくんはさきちゃんと手を振って別れました。
振った方とは逆の、もう片方の手の中には、
ハッカとイチゴがくっついたドロップが握られています。
結局ゆうくんが貰ったのです。
今度ゆうくんがドロップを買ってもらったら、
イチゴ味を一個、さきちゃんにあげる約束をして。