「ひみつ」(45/60)PDFで表示縦書き表示RDF


「ひみつ」
作:白雪なずな



23−1 美香


 
 大切な話があると、お母さんは言っていたらしい。ある程度予想はついていた。お兄ちゃんが養子だって言う話だ。

 お母さんが帰ってくると聞いて、お兄ちゃんはどこか辛そうな様子だった。私も不安を感じていた。私たちのことを、お母さんたちに隠していかなければいけないのだろうか。けれどそんなことをしても何の解決にもならない。

 怖さを振り切り、私はお兄ちゃんには内緒でひとつの決意を固めていた。逃げてばかりじゃ、この幸せが壊れていくのを待つだけだ。守り切ってみせる。絶対に、この幸せを邪魔させない。お兄ちゃんを苦しめていることを、私が少しでも軽くしてあげたい。私は、必死になっていた。

 午後に差し掛かったころ。やがて鍵を開ける音がして、玄関の扉が開いた。
 そうして足音が近づいてくる。

「ただいま、美香。達也。元気にしてた?」

 そろって居間にいた私とお兄ちゃんは、開いた扉の方を振り向いた。お母さんは、機嫌よく微笑んでいた。
 荷物を置いて座ったお母さんは、楽しそうに向こうでの話を始めた。それを私もお兄ちゃんも少し笑いながら聞いていた。けれどこんな団欒した雰囲気が、続くはずはないとわかっていた。予想通り、雑談を終えたお母さんは、真剣な顔になって話を始めた。

「美香。あなたに、大切な話があるの」

 お母さんの言葉を受けて、緊張に思わず自分の服を握りしめた。
 お母さんの話に対して緊張しているんじゃない。私が決意したことについて、だ。負けちゃだめだと、自分に言い聞かせる。

「知ってるよ。私、お兄ちゃんと血がつながってないってことでしょ?」

 そう言うと、お母さんは少し驚いたような顔をした。そうしてすぐ、困ったように微笑んだ。

「そう。美香まで知ってたの……。でもね、血のつながりがなくても、兄妹として……」
「お兄ちゃんが好きなの」
「美香!」

 お母さんの話をさえぎって発された、揺るぎない私の言葉を、お兄ちゃんが少し強い口調で制す。
 けれど私は引き下がれなかった。お母さんは私の言ったことが理解できなかったとでも言いたげに、唖然とした表情で私を見た。

「美香? 何言ってるの?」
「認めて欲しいの。私とお兄ちゃんのこと」

 私がお母さんの目をまっすぐに見つめて言うと、お母さんは目をそらしてしまった。
 そうして戸惑いの色を見せながら、お母さんの視線はお兄ちゃんに向いた。

「本当なの? 達也……あなたも?」

 お母さんの言葉を受けて、お兄ちゃんは頷いてくれた。突然だったけれど、お兄ちゃんも向き合っていくと決意してくれたのかもしれない。その表情に迷いは見えなくて、気持ちは一緒なんだと、安心した。

「美香のことが好きなんだ。ずっと一緒にいたいと思ってる。だから、認めて欲しい」

 さっきの私の言葉と同じように、揺るぎないお兄ちゃんの声。
 けれどそんな私たちを交互に見比べたお母さんの表情は、見る見るうちに歪んでいった。

「なんてこと……あなたたち、世間になんて言えば……」
「お母さん!」

 私は眉根を寄せた。世間だなんて、そんなことどうだっていい。周りに何を言われても構わない。
 そんなことのために私たちを壊そうとしないでほしい。けれどお母さんは悲しそうな顔をして続ける。

「二人とも、今まで兄妹として育ててきたのよ。それなのに」
「血のつながりがないなら問題ないでしょ!? どうして認めてくれないの?」

 半ば叫ぶように言った必死な私に、お母さんは厳しい目を向けてきた。

「そういう問題じゃないでしょう。そんな簡単な問題じゃ……美香、わかってるの? 達也とあなたが一緒になるってことは、これから一生後ろ指さされて生きていかなきゃいけないのよ」
「そんなこと構わない! 私はお兄ちゃんだけいればいいもん!」
「美香。あなたはわかってないの。それがどんなに辛いことか」

 返す言葉が見つからなかった。悔しさに涙がにじんだ。お母さんは疲れ果てたような長い溜息を吐いて、またお兄ちゃんを向いた。

「認められません。頭を冷やしてよく考えて。……達也。あなたまでそうなら、この家を出て暮らすことも考えてもらうわ」
「お母さん! ひどい、そんなこと!」

 私は立ち上がって、お母さんに食い下がる。お兄ちゃんを守りたかったのに、こんなことになってしまっては元も子もない。けれどお母さんの固い心を動かすことはできそうになかった。立ち上がって私の前まで来たお母さんが、諭すように私の両肩に手を置いた。

「正しいのはどっち? 私はあなたたちを守ろうとしているのよ。兄妹で一緒になるなんて、そんなのとんでもないわ」

 お母さんの言うことに絶対納得したくなくて、私は何度も首を横に振った。するとお母さんは呆れたように首をすくめた。

「とにかく、終わりにしてちょうだい。今ならまだ間に合うでしょ。どうせ若い時の恋愛なんて一時的なものだから。あなたたちもすぐ、目が覚めるわ」

 お母さんのその言葉だけは、絶対に許せなかった。私達の、これまでの想いを。つらかった日々を。
 すべて、その一言で否定されたのだ。かっとなった私は、感情的になって涙ながらにまくし立てた。

「お母さんにはわからない! 私たちが、どんな想いをしてこの気持ちを抑えてきたか。私たちが、どんな想いをして結ばれたのか。一緒にいるのがどんなに怖いか、お母さんになんて絶対わからない!」
「美香……」

 いつの間にか私の横まで来ていたお兄ちゃんが、私の名前を呼んで、なだめるように私の背中に手を置いた。
 けれどお母さんにそんな私たちの思いは伝わらなくて、お母さんはますます表情を険しくした。

「美香、あなたがそんな子になってしまったなんて残念だわ」
「母さん! 悪いのは俺だ。俺が出ていくから……それでいいだろ?」

 するとそれまで黙っていたお兄ちゃんが、私を庇うように少し前に出て、強い口調でそんなことを言った。私は泣きだしたい思いで、お兄ちゃんの背中を見た。すると気持ちが伝わったように、お兄ちゃんが私を振り向いた。

 優しい色をしたその瞳を。こんな状況でも、愛しく思ってしまうなんて。消せないこの気持ちを、どうやって忘れることができるだろう。お母さんはそんな私たちの様子を、少し困ったような顔をしてみていた。

「最後に、時間をあげる。今日は話をしに来ただけだから、もう一度あっちに戻るの。お父さんにもこの話をしておくわ」

 観念したように、お母さんはそう言って、持ってきた荷物の中から必要なものだけをまとめ始めた。
 そうして手早く準備を終えたお母さんは、私とお兄ちゃんをまた交互に見た。

「一週間後の、夏休み最後の日に戻るわね。それまでに心を決めておいて。達也も引っ越す準備をしておくのよ。私もお父さんも家を空けることが多いから、どのみちこのままじゃいけないと思ってたの」
「うん、わかった」

 聞き分けよく、お兄ちゃんが頷く。けれど聞き分けよくなれない私は、縋るような思いで二人に訴えかけた。

「やだ。やだよ……、お母さん。お兄ちゃん」

 けれど、お母さんもお兄ちゃんも、もう決心してしまってるみたいで、私の言葉なんてまるで意味がなかった。お兄ちゃんがこの家を出てしまう。それはなんだか遠くに離れていってしまうようで、とても不安だった。そしてそれは私のせいだ。私が余計なことを言ったから、お兄ちゃんは私を守るために出ていくんだ。そう思うと、自己嫌悪と後悔の嵐に飲み込まれそうだった。

 荷物を持ったお母さんは、玄関に向かう前にお兄ちゃんを振り返った。

「達也、悪いけど駅まで送ってくれる?」
「いいよ」

 お兄ちゃんは車の鍵を取って、そのままお母さんに続いて居間を出ていこうとした。思わず駆け寄って、お兄ちゃんの服の裾をつかんだ。不安な気持ちを隠せないまま、私は言葉を失い、お兄ちゃんを見つめた。するとお兄ちゃんは私の頭にぽんと手を置いた。

「ちゃんと帰ってくるから。もう泣かないで待ってろ」

 お兄ちゃんはこんなときにも優しくて、胸が苦しくなった。無力な自分が悔しい。認めてもらえない自分が悔しい。どんな困難があっても、愛しい人を失わずに済むだけの強さが、何よりも欲しいと願った。







ネット小説ランキング>恋愛(年齢制限有り)部門>「「ひみつ」」に投票
ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。(月1回)

Simple更新報告 + Ranking投票!





ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう