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「ひみつ」
作:白雪なずな



22−1 美香


 夜景を見終えた帰りの車内で、二人とも何も言葉を発さなかった。お兄ちゃんは何も言わなくて、私も何も言えなかった。

 家にたどり着いて、玄関先で靴を脱いで上がったばかりのお兄ちゃんの背中に、私も急いで靴を脱いで上がって抱きついた。どこか不安だったのだ。確かな安心なんて得られるわけはないとわかっていた。でも今日は、幸せだったけど、同時にお兄ちゃんから伝わる気持ちが不安定で、雲をつかむようなそんな感覚だったのだ。

 私に抱きつかれて、お兄ちゃんはやっぱり何も言わなかったけど、振り向いて私の頭をよしよしと撫でてくれた。

「お兄ちゃん」
「ん?」

 思わず用事もないのにお兄ちゃんを呼ぶと、お兄ちゃんは穏やかな表情で答えてくれる。胸が詰まるような思いだった。

「美香、もう遅いから。先に風呂入っていいよ。今日は早く寝た方がいい」

 言葉を失ってしまった私に、お兄ちゃんは相変わらず穏やかな声のままで言った。突き放されたような気持ちだった。冷静に考えれば、毎晩一緒に寝るわけにはいかないのもわかる。けれど今日は夜景を見に行ったから、帰ってきた時間が遅かったのだ。お風呂に入ってすぐ、寝る時間になってしまったから、不安な気持ちを消せないまま一人の部屋に戻らねばならなかった。
 
 このまま、お兄ちゃんが離れていってしまうような気さえした。お兄ちゃんのそばを離れたくなくて、私はまた、夜中にお兄ちゃんの部屋に行った。ノックしてお兄ちゃんの部屋に入った私を、お兄ちゃんの優しい眼差しが包んでくれていた。

「一緒に寝てもいい?」

 遠慮がちに聞くと、お兄ちゃんは頷いてくれる。そうして昨夜のように私をベットに入れてくれたけど、昨夜と違って、お兄ちゃんはただ私を抱きしめていた。心の不安を埋めたかった私はそれに物足りなさを感じ、お兄ちゃんをぎゅっと抱きしめた。

 お兄ちゃんは小さくびくりとして、それから一呼吸を置いて、私にキスをした。触れるだけの短いキスを何度かした後、次第に、長くてひたすらに深く甘い口づけに変わっていく。絡め取られていくたび、頭がぼやけていくようなそんな感覚に、もうこのまま離さないでほしいという思いが私のすべてを占めていく。私に触れたお兄ちゃんの手の温かさに、なんだか安心した。小さく音をたてて、お兄ちゃんは唇を離した。

「なしくずしみたいで、今日はやめとこうと思ったのに……美香のせいだよ」

 そういったお兄ちゃんの顔が本気で困ったときの顔で、なんだかそれが可愛く見えて笑ってしまった。

「こら。わかってるのか?」

 お兄ちゃんが少し怒ったような口調で言ったけれど、至近距離で見るその瞳には優しさが滲み出ていた。お兄ちゃんへの愛しさが私を支配していく。その気持ちが大きくなればなるほど、同時に不安も増していく。お兄ちゃんと結ばれたことで、ずっと望んでいたこの幸せは、手に入れてしまっても怖いものなんだと初めて知った。

 お兄ちゃんと過ごす夜は、私に限りない甘さと幸福感を与えてくれる。愛されているんだと実感させてくれる。ずっと一緒にいたい。私たちは普通の恋人同士とは違うけれど、だからこそ二人の絆も普通の恋人同士よりも強いと思うのだ。朝日に包まれて目を覚ました時に、私を包むような眼差しで見つめてくれているその瞳を、失いたく、ない。

 寝起きのかすれた声でおはようを言って、やっぱり慣れない照れくささに困りながら体を起こした。お兄ちゃんは布団ごとそんな私を抱きしめてから、私の頬に一つ、キスを落とした。

「好きだよ……」

 切なさと愛しさの入り混じったようなお兄ちゃんの声に、胸が騒ぐ。
 お兄ちゃんが私を見つめたまま、何気なく私の髪を弄りはじめた。その手の隙間から、私の髪がこぼれおちる。

「お兄ちゃん? 私たち……、いけないことしてるのかな……」

 お兄ちゃんと気持ちが通じ合ってからずっと抱えていたこの言葉を、口にすることをためらっていた。そう、きっと私の不安は、お兄ちゃんの瞳の哀しい色は、全部私たちが兄妹だということから来ている。普通の恋人同士よりも強い絆の由来でもあり、私達の不安の由来でもある“兄妹”ということ。“妹”ということ。“お兄ちゃん”ということ。

 私たちが兄妹である限り、この不安は消せないのだろうか。血のつながりなんてなくて、ただ偶然兄妹として生きてきたというだけなのに。……けれど、例え血がつながっていたとしても、私は私の気持ちを止めることはできなかったのだ。結局私は定めに逆らおうとしていた。その報いだというのだろうか。

「血のつながりがなくても、兄妹だよ。ずっと昔から……兄妹だ。非難されてもおかしくない」

 お兄ちゃんは、辛そうにそんな言葉を洩らした。けれど、そんなことには負けたくないと思った。この幸せを守るためなら、何を犠牲にしてもいいと思ったのだ。とにかく、誰にも私たちを壊さないでほしかった。勢いづいて、私は必死にお兄ちゃんに訴えかけた。

「でも、そんなの関係ないでしょ? 私、お兄ちゃんだけが居ればいい。お母さんたちとか、友達に反対されたって……!」
「……そうだね」

 お兄ちゃんは、私の言葉に、少し困ったように笑った。胸騒ぎがする。
 お兄ちゃんは私の表情を見て、私の内心に気付いたのか、小さく私にキスをした。なだめるようなそのキスに、少しだけ安心を得た。二人なら、きっと怖くない。これから何が起ころうと、耐えていきたいと思った。

 その時、ベットの脇にあったお兄ちゃんの携帯電話が鳴った。メールらしく、お兄ちゃんは携帯電話を開いてその文面をチェックすると、少し顔を曇らせた。

「美香、母さんからメール。今日、戻ってくるって」
「え……?」

 私は茫然と声を洩らした。こんな幸せが、永遠に続くと思っていたわけじゃない。けれど、今。不穏な空気が、少しづつ訪れてくるようで怖かった。私の手をしっかりと握ってくれる、お兄ちゃんの手の温かさだけが、私を支えていた。









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