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「ひみつ」
作:白雪なずな



12−2 達也


 美香に名前を呼ばれると、俺の中のおかしな感情が疼いてくる。胸の奥から湧き上がる、抑えきれない衝動と共に。


 美香に組み敷かれたまま、俺は対応に困って美香を見上げた。
 美香に拘束された腕も、ひたむきに見つめてくる瞳もあまりにも確かで、夢だとは到底思えなかった。夢ではないなら、これは現実だというのだろうか。美香の瞳には今まで見たことのないような強い光が揺れている。困惑するばかりの俺とはまるで対照的だった。
 
「美香……?」

 戸惑いつつも恐る恐る名前を呼ぶと、美香の瞳に浮かんだ揺るぎないと思われた光は、けれど簡単に揺らいだ。その澄んだ瞳にいっぱいの涙をためて、美香は俺を見つめてくる。そんな顔を見せられて、俺がどんな想いに支配されるかなんて、美香はきっと知らないだろう。

「……達也」

 必死に涙をこらえる美香の唇が紡いだのは、俺の名前だった。俺は、思わず強く美香の瞳を見つめ返してしまう。
 できるはずもないのに無駄に冷静を装おうとしながら、俺は言葉を返す。

「……馬鹿、そう呼ぶなって何度も……」
「達也、……達也」

 美香は俺の名前を呼ぶのをやめようとしない。とうとう美香の目からこぼれた暖かな雫が、俺の頬を濡らした。大きな瞳から大粒の涙をいくつも零しながらも、美香は何度も確かめるように俺の名前を呼ぶ。
 これ以上名前を呼ばないで欲しいと、俺は切に願っていた。抑えきれなくなってしまう。俺の想いは、自分でも信じられないほど強力に俺のすべてを支配しているのだから。

 美香の切ない泣き顔を間近で見せられ、心の奥に押し込めていたはずの感情が湧き上がってくる。込み上げる愛しさをそのままに、美香を強く抱きしめてしまいたかった。けれどそんなことをしてしまったら美香をより泣かせる結果になるだけだ。今は美香も酔って混乱しているのだ。そう自分に言い聞かせ、俺は“兄”であることに集中しながら口を開く。

「頼むから、そんな顔して泣くな。何か悩んでるなら聞いてやるから。……とにかく今は落ち着け、酔ってるだろ。いつもはこんなことしないのに」
「いつも、って何? お兄ちゃんは“妹”の私しか知らないじゃない。お酒も飲めない子供だって思ってるんでしょ?」

 涙声の美香がいつになく強い口調でまくし立てるのを、俺は何も言えず黙って聞いていた。美香は流れる涙もそのままに続ける。
 
「もう、子供じゃないんだよ。知ってた? 私も“女”なんだって……」

 美香のその言葉に、俺は大きな衝撃を覚えた。そうだ、美香の“女”の部分を夢にまで見ていながらも、俺は気付かないふりをしていたのかもしれない。美香は純粋で幼いままの“妹”であると。そう思い込んでいなければ、保つことができなかったのだ。

 “兄”としての自分を。“妹”としての美香を。

 けれどもう、限界だった。“女”の顔をした美香を前に、目を覚ました感情が貪欲に美香を求め始める。心の片隅で自分が自分を制止していたが、最早そんなものは何の効果も持たなかった。俺は美香の肩を半ば乱暴に掴み引き寄せ、バランスを崩して俺の胸に倒れこんでくる美香を受け止めた。そうして俺は、惹きこまれるようにその唇を、奪っていた。

 美香の瞳が驚きに大きく見開かれる。けれど俺はそんなことにも構わずに、想いのままに美香を求め続けていた。こんなことは許されない。頭ではそう分かっていても、自分を全く制御できなかった。美香の唇の隙間からその口内に入り込んで、俺は更に深く口づけていく。

 何度も角度を変え、俺は愛しい妹とのキスに酔いしれていた。美香の後頭部を抑え、更に深く求め続ける。従順な美香は、兄にこんな仕打ちを受けても抵抗をしようともせずにただ俺を受け入れていた。それをいいことに、俺は遂に美香を組み敷き深いキスを続ける。しばしの口づけの後やっと唇を解放してやると、美香は訴えかけるように俺を見上げてきた。

「お兄ちゃん、どうし、て……」

 美香は荒い呼吸を繰り返しながらも、俺の瞳を必死に覗こうとしてきた。当然の疑問だ。今まで兄だと思っていた俺に、無理やりに唇を奪われたのだ。けれど、その答えを知らせるわけにはいかない。

 俺は美香の問いかけには答えないまま、表情と感情を殺し美香を見下ろしていた。
 どんなことをしてでも、この美香への想いだけは決して悟らせない。決めたばかりなのだ。兄として美香を悲しみから守ってやると。今日、衝動に負けて美香の唇を奪ったことで、この先ずっと美香に軽蔑され、嫌悪され、拒絶されたとしても。それでも俺は“兄”であり続けなければならないのだ。

 だから今この時だけは、俺だけの美香でいてほしかった。大切で何よりも愛しい、俺だけの美香。
 失いたくなかった。他の男のものになどなってほしくなかった。

 再び口づけた美香の頬を、涙が伝っていく。それを見るのがどうしようもなく辛くて、俺はきつく目を閉じた。それでも尚、美香を求めることを止められない。こんな最低な兄のことなど突き飛ばして、拒絶して、その瞳から抹消してほしいとすら感じた。

 やがて俺の背にすがっていた美香の腕が、力を無くしてぱたりと床に落ちた。
 我に返り、慌てて美香の様子を見ると、気を失ってしまったようだった。安らかな寝息にほっとするのと同時に、後悔と自責の念が俺を飲み込んでいく。

「ごめんな、美香……」

 懺悔の言葉を何度も胸の内で呟きながら、俺は力の抜けた美香の体を抱きしめた。 









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