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命のきずな
作:地球の星


 2008年2月のある日のことだった。
 26歳の会社員、大石将一(おおいし しょういち)は、韓国から来た27歳(満表記)の親友、成地球(ソン ジグ)と共に、韓国と日本を旅していた。
 2人はジグの地元である韓国ソウルで合流してから列車を乗り継いで慶州を訪れ、そこからバスで釜山を訪れた。
 釜山からはフェリーで博多に入港し、将一の地元である横浜へと向かっていた。

 今日、彼らは途中で広島に立ち寄り、原爆ドームや平和公園を訪れた。
 平和記念館の展示物を一通り見た後、2人は記帳ノートに「原爆反対」をそれぞれ日本語、ハングル文字で書いた。
 その先にある階段を下りて、外に出てきた後、彼らはまだ語り継がれてきた現実ついて語りだした。
「知らなかった。ウォンポク(原爆)というものがあんな兵器だったなんて…。」
「僕は2度目だけれど、やっぱり何度見ても原爆(げんばく)ってむごいものだって思ったよ。」
「世界には『ウォンポクは戦争を終わらせた兵器だ。』と言って正当化する人もいるけれど、この事実を知ったらその人達はどう思うんだろう。」
「…。」
 将一は何も答えずに、うつむいてしまった。
「あ、ミアンヘ(ごめん)。傷ついた?」
「ケンチャナ(大丈夫)。でも、原爆を正当化されるっていうのは、日本人の僕としては悔しいけどね。」
「クレ(そうか)…。」
 2人は一緒に歩きながら韓国人犠牲者をまつるモニュメントのところまでやってきた。
 そこには当時広島にいた2万人の韓国人が犠牲になったことが記されていた。
「知らなかった。あの時、広島で2万人の韓国人が犠牲になっていたなんて…。原爆については学校とかで習って、結構知った気になっていたけれど…。」
「チョンマリエヨ(本当か)?」
「ネ(はい)。」
「日本人ならウォンポクについて何でも知っていると思っていたのに…。」
「僕達でもまだ知らないことがあるってことだね。でも、これで分かった。原爆による被害は、日本人だけの問題じゃないってことが。」
「クロンネヨ(そうだね)。」
 将一とジグは一緒に手を合わせ、目を閉じて韓国人犠牲者の冥福を祈り続けた。

 その日の夜、2人は広島駅から夜行列車に乗って、横浜駅に向かうことになっていた。
 将一は事前に購入しておいた2人用個室のチケットを持ちながらジグと韓国語で会話をしていた。
『横浜に行ったら、最初にどこに行きたい?』
『お前の家。』
『何で?』
『荷物がムゴンニッカ。』
『ムゴンニッカ?何、それ?』
「ああ、『重いから。』って意味。」
「それってハングル文字でどう書くの?」
 将一はそう言うと、素早くスケジュール帳とシャーペンを取り出した。
 ジグはそれを受け取ると、素早く字を書き、さらには『重い』という単語の原型も書いてくれた。
「へえ、原型はムゴッタで、それを活用させて、ムゴンニッカってなるのか。」
「そう。しかしお前の韓国語もまだまだだな。」
「うん。出来れば韓国語で色々会話したいんだけど。」
「無理するなよ。僕が日本語話せば、会話にはそんなに不自由しないだろ?」
「そうだけど…。でも、簡単な言葉は韓国語で話してくれる?」
「オケイ(OK)。」
 将一は心の中ではジグが日本語を話してくれないと満足に会話出来ないのが悔しかった。
 しかし、あきらめたくはなかった。
 その気持ちを象徴していたのが、2人がソウルで合流した翌日のことだった。

 その日は、将一は列車で水原(スウォン)に行こうとしていた日だった。しかしジグは急に仕事が入ったために同行出来なくなってしまった。
 朝、ジグは心配しながら電話をしたのだが、ホテルのフロントで電話を受け取った将一は「大丈夫。一人でも何とかなるよ。」と自信持って答えた。
 まもなく彼はホテルを出発し、最寄り駅から5分くらいのところにある地下鉄の駅に足を踏み入れたのだが、そこからすでにつまずいてしまった。
 彼は切符を買うために窓口のおじさんに話しかけてみたのだが、
「アジョッシ、スウォンッカジ…(おじさん、スウォンまで…)。」と、言いかけたところで言葉に詰まってしまい、一瞬頭の中が真っ白になってしまった。
 そうしているうちに、窓口のおじさんが何か早口で話しかけてきた。何を言っているのかはよく分からないが、どうやらせかしているようだった。
 将一は動揺しながらも、下手に言葉をひねらず、簡単に言うことにした。
 そして「スウォンヨゲ、カムニダ(スウォン駅に、行きます)。」と言いながら必要なお金を差し出した。
 ソウルを通る鉄道には駅がかなり多いが、おじさんはすぐに切符とおつりを差し出してくれた。かなり手馴れた手つきだった。
(結構長い間勤務しているのかなあ、このおじさん。)
 将一はそう思いながら、切符とおつりを受け取り、地下鉄へと通じる改札口を通り過ぎていった。
 その後も彼は言葉に苦労することはあった。
 しかし、車内で物を売るおじさんを見かけたり、おばさんに席を譲った時に「日本人ですか?」と問いかけられたことがあった。
 そんな体験をしながら無事に水原にたどり着くことが出来、一人旅を楽しむことが出来た。

「あの時、ショウ(将一のニックネーム)はよく頑張ったよ。」
「まあね。相手の言っていることがよく分からなかったけれど、でも楽しかったよ。相手のおばさんが、僕が日本人であることに気づいても、親切に接してくれたし。」
「今の韓国人はみんなそうだと思うよ。もう過去に関する恨(ハン)を持ち込みながら日本人と接するのは良くないってことに気づいているはずだから。」
「そっか。日本の人達が韓国人に嫌われたくないと考えているのと同様に、韓国人もそう考えているんだね。」
「うん。」
「だったら、僕がサッカーの日本対韓国戦を韓国で見にいっても、大丈夫かな?」
「どっちを応援するんだ?」
「ムルロン、イルボン(もちろん、日本)。イルボンデピョンユニポムルイボ(日本代表のユニフォームを着て)。」
「まじで?」
「ネ。アンジョン(うん。安全)?」
「今の状況だったら心配ないと思うよ。それよりショウ、いきなり韓国語か?」
「まあね。たまにはしゃべりたかったから。」
「クレ(そうか)。」
 将一とジグは時間も忘れてすっかり会話に夢中になっていた。
 そうしていると、やがて東京行きの寝台特急がやってくる時間になった。
 2人は改札を通り、列車の来るプラットホームに向かっていった。

 将一とジグは列車内では向かって左側にある2人用の個室で、広島〜横浜間を過ごすことになっていた。
 窓側に座っているジグと通路側に座っている将一は一緒に外の景色を見ていた。
 次から次へと流れていく家々の後ろで、たくさんの星達が、夜空の中で輝いていた。
「ショウ、きれいだね。この空。」
「うん。まるで心が洗われていくようだね。」
「あのさ…、ショウ。」
「何だい?」
「国が違っても、たとえ、仲の良くない国の人達同士であったとしても、この星空を見れば、誰もが『きれい』って言うのかな?」
「言うと思うよ、きっと。言葉や文化が違っても、考え方で分かり合えなかったとしても、星空をきれいだと思う気持ちは世界共通だと思うよ。平和や友好を願う気持ちもね。」
「うん…。」

 2人はしばらく時間も忘れて夜空を見つめていたが、やがてお互いのノートパソコンを机の上に置き、DVDでこれまでに録画しておいた映像を見ることにした。
 まず、将一が97年にソウルで行われたサッカーのフランスワールドカップ予選、日本対韓国戦の映像を出した。
 それはもともとビデオで録画しておいたものをDVDにダビングしたものだった。
「ショウ。それ、イルボン(日本)が2対0でハングク(韓国)に勝った試合だよね?」
「うん。この時、韓国はもうワールドカップ出場が決定的な状況で、一方の日本はこのアウェーの試合で韓国に勝たないと出場が消滅する可能性がある状況だったんだ。」
「何でその試合を最初に僕に見せようと思ったんだ?」
「試合の結果よりも観客の様子を見せたかったんだ。ほら、これ。」
 将一は韓国人の観客が出した横断幕を指差した。
 そこには日本に向けて”Let's Go to France Together.”のメッセージが書かれていた。
「僕、この時すごく感動したんだ。それまで韓国人に対して反日的なイメージばかりが先行していたけれど、これを見て韓国人の優しさに触れた気がしたよ。」
「あの時は、今と比べて反日的なイメージが根強かったからね。でも、ワールドカップ共催が決まっていたし、それが好転材料になったようだね。93年にカタールで行われていたアメリカワールドカップ予選では韓日戦の後、双方の国のサポーター同士が相手に嫌がらせをしてきたのと比べれば、すごい違いだね。」
「…ああ、きゅ、93年…、カタールね…。」
「話しにくいのか?」
「ま、まあね…。日本人だったら韓国人に対してこのことは話したくないと思うよ。あの後ドーハの悲劇が待っていたから…。」
「こっちはドーハの奇跡!あのおかげでワールドカップに行けたから。」
「だからそう言うの、よせってば!」
「悪いねえ。」
 興奮する将一に対し、ジグはちょっぴり皮肉を込めて答えた。
「それにしても、韓日戦も変わったな。昔は『絶対にイルボンには負けるな!』といった脅迫概念のようなものがあって、戦争のような雰囲気さえあったのに。」
「何か怖いね、それ。」
「うん。ショウは驚くかもしれないけれど、李承晩(イ スンマン)が大統領だった時には『負けたら玄界灘に身を投げろ!』とまで言われていたし。それに80年代〜90年代でも、絶対に勝たなければならないというプレッシャーのせいで、『韓日戦には出たくない。』という選手までいたからね。」
「まじかよ、それ?」
「ああ。だから、今の韓日戦は本当に変わったなって思っているんだ。」
 将一とジグはしばらくDVDを見るのも忘れて、会話に没頭していた。

 次にジグが自分のパソコンを用意して、去年彼の家族と一緒に京都に行った時の様子を収録したDVDを見せてくれた。
 そこには金閣寺や銀閣寺、清水寺などに行った時の映像がおさめられていた。
 将一は実家が横浜であることもあって、その旅には同行できなかったため、興味深そうに見ていた。
 その様子を見ながら、将一はジグが出会った日本人の態度に注目していた。
(それにしても、ジグの家族に出会った人達は本当に親切だよな。道を尋ねたり、何か質問があれば、何でも親切に答えてくれるし。)
 その親切な人々の態度は、自分が韓国に行っていた時のことと重なって見えた。
(本当に両国は友好的になったなあ…。こんな関係がいつまででも続いてくれればなあ…。)
 将一はすっかり夢中になって見続けていた。

 そうしているとやがて画面が消えた。どうやら最後まで来たようだ。
 将一は今度は自分のパソコンにDVDをセットした。
 そして、映像を再生させると、ジグのほうを見た。
 しかし反応がない。
「おい、寝てるのか?」
 将一は問いかけてみた。しかし返事がない。
 ジグは異国の地を旅していることで疲れでも出たのだろう。すっかり熟睡していた。
「おいジグ、起きろよ。せっかく見せたいものがあるんだからさ。」
 将一は左となりで寝ているジグの右肩をたたいた。
 しかしなかなか目を覚まさなかった。
「ジグ!」
 じれったくなった将一はついつい思いっきり肩をたたいてしまった。
 ジグはやっと目を覚ました。
「はあ〜、やっと目を覚ました。しっかりしろよ。DVD終わったぞ。」
 将一はパソコンを指差しながらイジェクタボタンを押させようとした。しかし、返ってきた言葉は意外なものだった。
「君は、1週間前に僕のお墓参りに来てくれた人、大石君だよね?確か、ニックネームはショウだったよね?」
 将一はそれを聞いて、思わずあっけにとられてしまった。
「ジグ、どうしたんだよ?とぼけているのか?」
「驚かせてごめん。今はジグではないんだ。僕の名前は尹龍紀(ユン ヨンギ)。今ちょっと君のお友達である彼の体を借りたんだ。」
「ヨンギって、あの2002年春のあの日に…!?」
「そのとおり。君は知っているんだね。」
「…は、はい…。」
 ヨンギはペラペラの日本語でしゃべり続けた。
 将一は目の前に起こった現実が信じられず、唖然としていた。
 ユン ヨンギ
 その名前は、将一にとって忘れられないものだった。
 なぜなら、彼の勇気ある行動は、その後の将一の人生に大きな影響を与えていたのだから。

 それは、日本と韓国で共同開催されたサッカーワールドカップを目前に控えた、2002年5月のある日の夜のことだった。
 いつもと同じように仕事を終えたヨンギは、すでに辺りが真っ暗になった中で、会社から徒歩10分の距離にある最寄り駅に向かって歩き出した。
 それから3分ほど経ち、踏切の近くの道路に差し掛かった時、彼はふと『助けて!』と泣き叫んでいる女の子の声を聞いた。
 困った人を見ると助けずにはいられない性格のヨンギは走って声のあった場所へと走っていった。
 すると、そこには12〜13歳くらいの一人の少女が踏み切りの中で倒れたまま、声を出してもがいていた。
 すでにその踏み切りでは警報機が鳴り響いており、遮断機は下がっていた。
 ヨンギは素早く遮断機の下をくぐって、彼女のところまで駆け寄った。
「大丈夫か?線路に挟まったのか?」
「助けて!助けて!」
 少女の右足は線路とアスファルトのすき間に挟まれており、彼女は何とか靴を脱ごうと必死だった。
 しかし、頭がパニック状態なのか、なかなかそれが出来なかった。
 そうしているうちに、電車はどんどん近づいてきた。
「いやあっ!死にたくない!」
「あきらめるな!最後まで!」
 ヨンギはそう叫ぶと数歩歩いて、両手を広げながら彼女の前に立ちはだかった。
 電車はすでに目の前まで迫っていた。
 すでにブレーキはかけているのだろう。少しずつ減速しているのは分かった。
 この時点では、ヨンギは逃げようと思えばまだ逃げるチャンスが残されていた。
 しかし、彼はその場に仁王立ちを続けていた。
 そして、電車の放つ眩しいヘッドライトを浴びながら、「クジョンチャ、ソラーーー(その電車、止まれーーー)!!!」と大声で叫んだ。
 そして……!!!

 当時学生で、一人暮らしをしていた将一はその日の夜、勉強をしながら何気なくテレビでニュースを見ていた。
 するとそこに衝撃的なニュースが飛び込んできた。
「今日、午後7時30分頃、○○線の○○駅近くの踏み切りで男女2人が電車にはねられるという事故が発生しました。」
「警察が身元を確認したところ、事故にあった男性は、韓国人国籍のユン ヨンギさん30歳と分かりました。ユンさんは現場にいた少女と面識はなく、たまたま踏み切りの中で動けなくなっていた少女を助けようとして事故に巻き込まれたものと思われます。」
 その内容を聞いて、将一は思わず涙がこぼれそうになってきた。
(見ず知らずの人のために、どうしてそこまで…。)
 彼はその場を動けなかった。

 翌日、将一はいてもたってもいられず、コンビニで新聞を買った。
 すると、一面に「命がけで少女を助けようとしたその勇気、報われず」というタイトルのついた記事が載っていた。
 記事の中にはいくつかのインタビューも載っていた。

 ヨンギさんの職場の同僚の女性、金山寿美(かなやま すみ)さんは「オッパ|(お兄さん)は困ったことがあれば必ず相談に乗ってくれる、私の大切な人でした。私が電車で酔っ払った人に絡まれた時に、その人に殴られながらも私を守ってくれたこともあります。本当に正義感の強い人でした。それがまさかこんなことになるなんて…。信じたくない!うそであってほしい!!」とその場で号泣しながら語った。

 亡くなった少女の母親は取材に対し「娘は家族の手伝いを一生懸命してくれて、クラスメートの面倒も一生懸命見る、私にとって自慢の娘でした。娘が亡くなったことは悲しいですが、たまたまその場に居合わせた男性まで犠牲になってしまうなんて…。韓国の人達に対しても申し訳ないですし、私も耐え切れない思いです…。」と泣きながらインターホン越しに語った。

 その内容に、将一は体中の力が抜けたように絶句してしまった。

 その翌日には、韓国からヨンギさんの両親が駆けつけてきた。
 彼らは泣き崩れながら現場に姿を見せた。
 ちょうどその時、そばにはヨンギの同僚であり、婚約者でもあった金山さんと、亡くなった少女の母親がいた。彼らも泣いていた。
 少女の母親は、ひたすらヨンギの両親に頭を下げ続けた。
「この度は、私の娘のせいであなた様方の息子さんがむごい結果になってしまいまして、申し訳ございませんでした。あなた達が望まれるのでしたら、私達はこれからの一生をあなた達ご家族への償いのためにささげていきます。本当に、申し訳ございませんでした!」
『どうか頭を上げてください。私達は恨んでいません。あなた様も自分の家族を失っただけに、さぞ辛いでしょう。そんな中で私達の心配までしていただくなんて、こちらが申し訳ないくらいです。』
『私達は何も望みません。どうか娘さんのためにこれから精一杯生きてください。私達は常日頃から韓日の友好を願い続けていた息子の気持ちを無駄にしないためにも、この勇気ある行動を語り継いでいきます。』
 ヨンギの父親と母親は韓国語で精一杯の言葉を返した。
 彼らの会話は金山さんが通訳をしながら行われていた。彼女は、日本語の他に韓国語、英語がペラペラだったので、深い悲しみに打ちひしがれながらも、懸命にしゃべり続けた。

 亡くなった2人の通夜と葬儀は一緒の場所で、合同で行われた。
 その様子はニュースの中で流され、それを将一も見ていた。
 双方の遺族や、金山さん、知り合いの人達の泣き崩れる様子を見ていると、彼自身も思わず涙ぐんでしまった。
 そしていてもたってもいられなくなった彼は、その場で紙とシャーペンを取り出し、メッセージを書き始めた。

 ユン ヨンギさんへ
 あの衝撃的な出来事をテレビで知り、僕自身ショックを受けました。
 見ず知らずの人のために、どうして自分の人生を…。そう思いました。
 もし、僕が線路で動けなくなった人を見かけたら、何もしないまま通り過ぎていったでしょう。
 何かしたとしても、非常用ボタンを押して、あとはただ見ているだけだったでしょう。
 でも、今回の出来事を通じて、人を思いやる気持ちや、窮地におちいった人を助けようとしたあの勇気について学ばせて頂きました。
 以前の僕は何かしようとしても、人の目を気にして引き下がってしまう一面がありました。
 野球場で酔った客が不快な応援の仕方をしている時、注意したくても逆ギレが怖くて、気持ちを溜め込んだまま試合を見ていたこともありました。
 電車に乗っていて、イヤホンから音が漏れている時、音を下げてもらえるようにお願いしたくても、結局何も言えなかったこともありました。
 しかし、これからはそんな自分を変えていこうと思っています。
 物事をやってみるか、やらないかで迷った時、これからはとにかくやってみよう。もし何かあってもヨンギさんならきっと応援してくれる。そう信じたいです。
 結果的にはあのようなことになってしまいましたが、あなたのその心は、いつまでも多くの人の心の中に生き続けると思います。
 あなたの犠牲は、決して無駄にはしません。
 大石将一

「確か、君はあの時、僕の両親に向けて、僕についてのメッセージを書いて送ってくれたよね?」
「はい。書きました。」
「それに、君は1週間前に僕のお墓参りをしてくれたよね?」
「は、はい。しました。」
「そして、その時、僕の両親にも会ったよね?」
「はい。そうですけど…。」
「あの時のこと、覚えている?」
「はい。覚えています。あの時も不思議な体験をしましたから。」
 将一はまだ緊張しながらも質問に答え続けた。

 それは、将一とジグが韓国を旅行していた時のことだった。
 2人は地図を頼りにしながら、ヨンギの眠るお墓を訪れた。
 座りながら一緒に手を合わせてお祈りをしていると、そこにヨンギの両親が通りかかってきた。
 将一とジグは立ち上がって彼らのほうを向いた。
「ア、アンニョンハセヨ…。」
『アンニョンハセヨ。この度は日本人の友達、ショウの要望もあって、あなた方の息子さんのお墓参りをさせていただきました。ご迷惑かもしれませんが、お許しください。』
 将一は緊張しながらあいさつをした後で、ジグはナチュラルスピードの韓国語で話しかけた。
 しばらく話をしていると、ヨンギの母親から意外な言葉が来た。
『お前…、お前は、ヨンギなのかい?帰ってきてくれたのかい?』
 それを聞いてジグは驚いた表情を浮かべた。
『母さん、目の前にいる人は息子じゃない。確かに顔は瓜二つだけれど、別の人だ。』
『いいえ、ヨンギよ!私の息子、ヨンギよ!お前、帰ってきてくれたのね!』
 父親が言った言葉が聞こえていないのだろうか、母親はその場で泣きそうになりながらジグに近寄ってきた。
 そして次の瞬間、両手でジグを力いっぱい抱きしめた。その目からは涙がぽろぽろとこぼれていた。
 ジグは自分がヨンギと勘違いされたことに驚きながらも、次第に冷静さを取り戻し、
『はい。帰ってきました。本当に迷惑をかけてごめんなさい。』
 とやさしく語りかけた。
 その光景は、まるでジグの体にヨンギの意識が乗り移ったかのようだった。
 彼らは韓国語でしゃべっていたため、将一には会話の内容がよく分からなかった。
 しかし、雰囲気で何とか状況だけは理解出来た。
 結局その日はヨンギがこの世に戻ってきてくれたという前提で、4人一緒に行動することになった。

「あの日1日はだまされたつもりで、ジグのことをヨンギさんと呼びながら行動していましたけれど…。」
「いや、実はあの時も僕はジグの体に乗り移っていて、本当にユン ヨンギとして行動していたんだ。君は気づいてなかったかもしれないけれど。」
「ええっ?本当ですか、それ!??」
 将一はヨンギの意外な言葉を聞いてますます驚いてしまった。
「まじです。」
 ヨンギは冷静な言い方で答えると、その日に体験したことを話してくれた。
 その中で彼はCDショップで日本人アーティストのCDがたくさん売られていたことが印象的だったということを打ち明けてくれた。
「僕がまだ生きていた時には、日本語歌詞の歌が韓国では販売禁止だったから、あれは感動したよ。本当に韓日関係が良くなったんだなって実感出来た。」
「日本語歌詞の歌が解禁になったのは2004年1月1日だったから、言われてみれば確かにそうですね。」
「90年代後半までは日本文化に関することは厳しく規制されていたのに、本当にここまで変わるとは…。」
「それだけ日本と韓国の関係が良好になったってことですよ。今、日本では韓国ドラマがすごく人気になっていて、ロケ地めぐりのために韓国にくる人も大勢いますよ。」
「まじですか?」
「はい。その現象は『韓流ブーム』と呼ばれています。そのおかげで、多くの韓国人アーティストが日本でコンサートを開いたりもしていますし、ビデオレンタルショップに行けば、韓国ドラマや映画のDVDがたくさん並んでいますよ。」
「…。」
 ヨンギは将一の言葉に感激したのか、しばらく黙ってしまった。
「あ、あの…。日本と韓国に友好に関する話、まだ続けてもいいですか?」
「ああ、ごめん。つい自分の世界に浸ってしまって…。いいですよ。続けて。」
「僕がプロ野球アジアシリーズを見に行った時のことですけれど。」
「アジアシリーズ?」
「あ、これ2005年から始まったイベントですから、ヨンギさんは知らないですよね。」
 将一は、日本、韓国、台湾のプロ野球チャンピオンと、中国選抜の4チームがアジア一をかけて試合をするイベントであることを説明した。
「その中で、僕は日韓の直接対決でない時には、日本チームの試合の他に韓国チームの応援もしてきました。」
「本当か?危なくなかったのか?」
「全然。一目見ただけで日本チームを応援していると分かる格好で韓国を応援していましたけれど、すごく雰囲気良かったですよ。一度やってみたかった『テーハンミングッ!』の大合唱にも一緒に参加しましたし。」
「韓国人の観客と会話は?」
「しました。僕は片言の韓国語、相手は片言の日本語。それ以外は英語で。最初は何言おうかなと思ったんですけれど、いつの間にかすごく会話が弾んでしまいまして、日本チームを応援した時以上に有意義な時間を過ごすことが出来ました。今でもあの時のことははっきり覚えています。」
「そうか。本当に韓日関係は変わったな。以前はスポーツのイベントの時に、韓国人が日本人の集団に混じっていると、ジロジロ見られたりして肩身の狭い思いをしていたのに。」
「僕も以前だったら日本人が韓国人の集団に入っていくなんて、想像も出来なかったですよ。でも、個人的にはこの映像に後押しされたかも…。」
 将一はそう言うと、ケースから「日韓ワールドカップ総集編」と書かれたDVDを取り出して、自分のパソコンにセットした。
 そして、準々決勝の韓国対スペイン戦を選択した。
 すると満員の観客が「テーハンミングッ!」と言っている映像が映し出された。
 将一は真っ赤に染まったスタンドの中に、所々青い服を着ている人がいることに注目した。
「ほら、よく見てください。日本の人達も韓国を応援していますよ。」
 彼はそう言いながら、日本がベスト16でトルコに敗れた後、大勢の日本人達が韓国を応援するようになったことを告げた。
 ヨンギはそれを知って大きな衝撃を受けた。
「信じられない。もし立場が逆だったら、こんなにたくさんの韓国人が日本を応援するなんてなかっただろうに…。」
「まあ、この時は共催国だからとか、多くの韓国人サッカー選手が日本でプレーしていたからとか、アジアで残っていた国が韓国しかなかったとか、理由は様々だと思いますけど、いずれにしても日本人にとって、韓国が近くて遠い国から近くて近い国になってきたってことじゃないでしょうか。」
「なるほど…。」
 将一は試合の映像を見せながら、このワールドカップの後、韓国でのサッカー韓日戦の時には、日本の国歌が日本語で歌われるようになったこと、韓国人にとって今の韓日戦はもはや過去の恨みを晴らすための舞台ではないこと、今日本と韓国は良きライバルとして、時には手を取り合って協力していくべき関係になっていることを打ち明けた。
 そして、それを象徴しているイベントとして、今度はケースから「ハンドボール日韓戦」と書かれたDVDを用意した。
 そしてワールドカップのDVDを取り出してディスクを入れ替え、2008年1月に開催されたハンドボールの映像を流した。
 試合を見ていると、そこにはお互いの国の選手達が懸命にプレーする中で、お互いの国のサポーターが懸命にそれぞれの母国を応援している映像が写っていた。
「以前は韓日戦にはどこか険悪な雰囲気があったのに、これを見ている限りでは本当にいい雰囲気だな。いかにも両国が友好的になり、手を取り合って競い合える良きライバルになったことが感じ取れるし。」
「実はこの試合前にも日韓がそういう関係になったことを象徴していることがあったんですよ。」
「何があったんだ?」
「この前の年に行われたハンドボールの試合では、日本と韓国に不利な判定が相次いだことで、両国が手を組んで抗議したんです。そして、その努力が実ってこの再試合が行われることになったんです。」

 将一はその後も日本と韓国は今ではありとあらゆる場面で協力し合っていることを教えた。
 それを聞いてヨンギは自分が生前にずっと願っていた韓日友好への願いがここまで現実のものになったことにすっかり感動し、ついには涙が溢れ出した。
「大丈夫ですか?」
「クェンチャナ(大丈夫)。でもよくここまで友好的になったよなあ…。」
「それはあなたのおかげです。ヨンギさん。」
 将一は自分も思わず泣きそうになりながら言った。
「チョンマル(本当に)?」
「はい。あの出来事の後、日韓の大勢の人達があなたの勇気や人柄に感動し、そして友好のために立ち上がってくれました。本当にあなたには感謝しています。ありがとう。」
「そうか…。僕の死は、決して無駄ではなかったんだな…。」
「はい。あなたの勇気は多くの人々の心に生き続けています。」
 2人はすっかり感傷に浸りながら語り合った。

 しばらくして泣き止んだヨンギははっとして将一に問いかけてきた。
「そう言えば、今思い出した。君に聞いても分からないと思うが、スミは元気に生きているのか?」
「寿美って、金山寿美さんのことですか?」
「ネ(はい)。」
「彼女はきっと、悲しみを乗り越えて力強く生きていますよ。」
「本当か?」
「はい。」
 将一はそう言うと、今度は「命のきずな 〜ユン ヨンギさんが遺してくれたもの〜」と書かれたDVDをパソコンにセットした。
「それは?」
「これは去年テレビで放送された、ドキュメンタリー番組です。勇気ある行動で僕達を魅了したヨンギさんのたどった人生を、再現VTRやインタビュー形式で30分間の長さにまとめたものなんです。その中に、確か両親や、金山さんのインタビューもあったはずです。」
「本当か?スミのインタビューもか?」
「はい。どうしますか?早送りして、その場面を出しましょうか?」
「いや、最初から見たい。アボジ(父さん)やオモニ(母さん)の気持ちも知りたいし、僕のことをどう語り継がれているのかも知りたい。」
 ヨンギの頼みを受けて、将一は早送りをせずに、冒頭からその番組を流し続けた。

 番組内では、事故の現場となった踏み切りが映し出された。ヨンギにとっては見るのも辛い場所のはずなのだが、それでも彼はじっと画面を見つめていた。
 次に、事故から5年が経過した彼の両親のインタビューが流れた。
 今回の旅行で偶然両親と再会する前だったこともあって、ヨンギの母親は『せめて一度だけでもいい。あの子にもう一度会いたい。会って、もう一度この手で彼を抱きしめてあげたい。』と涙ながらに語っていた。
 それを見ながら、将一は韓国でお墓参りをしていたときのことを思い出した。
「お母さんもきっと嬉しかったでしょうね。この願いが叶いましたから。」
「ああ。オモニの気持ち、よく分かったよ。本当に僕を愛してくれていたってことが分かったから。」
 将一とヨンギは時々会話を交えながら、夢中になって番組を見ていた。
 それから彼の生い立ちや、友達のインタビューが紹介された。
 その中で、他人思いだった彼をたたえる内容が紹介されていた。

 番組も終盤に差し掛かってきた頃、いよいよ金山さんのインタビューの場面になった。
「オッパ(お兄さん)。私、ずっとあなたを忘れません。私、以前まではみんなから変な目で見られたり、いじめを受けたりするのがいやで、ずっと自分が在日朝鮮人3世であること、自分の朝鮮名が金寿美(キム スミ)であることを隠そうとしてきました。そうしているうちに、自分をさらけ出すこと、他人の中に入っていくことをいつしか拒むようになり、自分で壁を作っていました。」
「でも今は違います。オッパと出会って、その人格や優しさに触れていくうちに、私は変わっていきました。靖国神社や竹島(独島)問題などで両国の関係がギクシャクするたびに、私やオッパは日本で心無い日本人から嫌なことを言われたり、物を投げつけられたこともありました。それでも『韓日の架け橋になりたい』という願いをあきらめずに努力する姿を見て、私はオッパを好きになりました。」
「オッパは私にとってかけがえのない人です。オッパほど私を変えてくれた人は今までいなかったですし、これからも現れることはないでしょう。私の大切なオッパ…。私は精一杯生きていきますから、どうか心配しないで下さい。どうか千の風になって、私を見守り続けてください…。」

 彼女のインタビューは3、4分ほど続いた。事故から5年が経った今でも心の中では深い悲しみを抱えているのはすぐに分かった。しかしそれを乗り越えて懸命に生きようとする姿は将一とヨンギの心を大きく揺さぶった。

 それからしばらくして、番組は終わった。
 将一は画面が消えても、DVDを取り出さず、ヨンギの顔をじっと見つめていた。
 彼はしばらくの間何も言わずにいたが、やがて何か吹っ切れたのだろうか、彼は寿美に向けてメッセージを言い始めた。
「スミ。君の気持ち、良く分かったよ。あれから随分時間がたったのに、僕のことを忘れないでいてくれて、本当にありがとう。嬉しかったよ。覚えていてくれて。でも、君はもう32歳。そろそろ、新しい恋を始めてもいいんじゃないかと僕は思うんだ。オッパを忘れないために他人に対して恋心を封印し続ける気持ちは分かるけれど、それでは進歩はないと思う。悲しみを乗り越えて、君はまた新たな道を進んでいってほしい。だから、もうオッパのことは心の片隅に置いておくぐらいでいいと思うんだ。どうか幸せになってくれ。僕はいつでも千の風になって、君を見ているから…。」

 画面越しに言い続けるヨンギの目にはまた涙が溢れ出した。
 将一もつられて泣き出しそうになったが、じっと我慢していた。
「ヨンギさん。あなたの行動は、決して無駄ではなかったですよ。結果として、両国の友好にもつながりました。さらには、多くの人達の気持ちに変化を与えてくれました。その後、鉄道の駅で誰かが線路に落ちた時に、勇気を振り絞って助けに行き、見事に助け出した例がありました。道路で誰かが事故に巻き込まれた時に、懸命に応急処置をして、結果一命を取り留めることが出来たという例もありました。彼らが言うには、現場を目撃した時に、ヨンギさんを思い出して、あなたの勇気ある行動に後押しされたそうです。」
「そうか…。そんなことがあったのか。」
「はい。彼らの中には、もしあなたの件を知らなかったら、見てみぬ振りですませてしまった人もいたかもしれません。それは僕自身が体験しています。」
「君にもか?」
「はい。僕は野球を見にいくのが好きなんですが、その際、汚い野次を飛ばす人が近くにいた時に何とかしたいと思ってその人を注意しに行きました。」
「それで、うまくいったのか?」
「うまくいくこともありましたが、逆ギレされたこともありました。その人はお酒に酔っていました。」
「怖くなかったのか?」
「怖かったです。『お前のせいで見たかったところを見逃したじゃないか!お前のせいだぞ!このクソガキ!』と言われましたし、殴られるんじゃないかと思いました。でも、その人のご家族の方がなだめてくださいました。その後は汚い野次もおさまり、試合を楽しく見ることが出来ました。」
「そうか…。」
「他にも、電車に乗っていた時に、近くにいた人のイヤホンから音がもれていた時、『すみません。音を少し下げてもらえますか?』とお願いしたことがあります。さらには朝のラッシュ時に、中程は空いているのに、ドア付近だけがかなり混雑していたことがありました。その時に一声かけて人を中程に誘導したこともありました。これは全てあなたのおかげです。本当にありがとうございました。」
「どういたしまして。こちらこそ、君のおかげで、有意義な時間を過ごすことが出来た。それに、友好的になった両国を、一目見ることが出来て、本当に良かった。もう思い残すことはない。これで安心して、成仏していくことが出来る。本当にありがとう…。」
 ヨンギはそう言うと、しばらく将一の方を見ていたが、やがて振り返って、窓の外に見える星空を見つめるようになった。
 そこには数え切れないくらいたくさんの星が浮かんでいて、いくつもの流れ星が姿を現しては、消えていった。
 将一は自分のDVDとパソコンをかばんの中にしまうと、星空を眺めているヨンギの後ろ姿をじっと見つめていた。

 やがて夜は明け、電車の車内には眩しい朝の光が差し込んできた。
 いつの間にか眠っていた将一はその光を浴びて、目を覚ました。
 隣には、すでに目を覚ましていた一人の人が外の景色を眺めていた。
「ヨンギさん、もう起きていたんですか?」
 将一は問いかけた。しかし、振り向いた彼の口からは意外な言葉が返ってきた。
「ヨンギ?違うよ。僕はソン ジグだ。確かに彼とは顔がそっくりだから、間違われたことはあるけれど。」
「えっ…?」
 将一はそれを聞いて驚き、何と答えたらいいのか分からなくなってしまった。
「まあ、誰かから間違って『ヨンギ?』って言われた時には、『ネ。チョヌン、「ヨンギ」インヌンサラミンデヨ。(はい。僕は「勇気」ある人ですけどね。)』と言っているけれど。」
 まだ呆気に取られている将一を見ながら、ジグは冗談交じりで言った。
(じゃあ、昨夜会った、ヨンギさんは一体…?昨夜あったことは夢だったのか…?)
 冗談が頭に入っていなかった将一は、韓国であったことを確かめてみることにした。
「あ、あのさ…。」
「何だよショウ。せっかくのジョークなんだから笑ってよ。」
「あの、一緒に韓国を旅していた時、ヨンギさんのご両親に会ったよね?」
「ああ。会ったよ。確かその時、僕が彼と間違われたっけ。」
「その日1日、君はヨンギさんとして行動したよね?」
「ああ、したよ。」
「その時って、自分の体に誰かの心が乗り移ってきたような感覚ってなかった?」
「なかったよ。僕はただ、ご両親の前で彼のふりをしながら過ごしていたんだ。」
「えっ?でも、昨夜ヨンギさんが…。」
 将一は戸惑いながら、昨夜ヨンギが『実はあの時も僕はジグの体に乗り移っていて、本当にユン ヨンギとして行動していたんだ。君は気づいてなかったかもしれないけれど。』と言っていたことを打ち明けた。
「はあ?ショウ、何寝ぼけたこと言っているんだよ。夢でも見ていたのか?ま、もっとも僕は疲れて早く寝てしまったけれど。」
 ジグは苦笑いを浮かべながら言った。
 将一はすっかり頭が混乱してしまった。
 昨夜あったことは夢だったのか。それとも現実だったのか。
 それを確かめる術は、もはやどこにもなかった。
 しかし、ヨンギが言っていたことはしっかりと覚えていた。
 もし将一が金山さんに出会ったら、いつまででも亡くなった人にとらわれていないで、もう新しい恋を見つけてほしいと言っていた彼のメッセージを伝える自信はあった。
 確かに亡くなった人が、そっくりの人に乗り移ってこの世界に現れるなんて、ありえないことかもしれない。
 でも、生前に韓日の友好の架け橋になりたいと願っていた彼の気持ちは、将一の心にしっかりと刻まれていた。
(たとえ、あれが夢であったとしてもいい。僕が彼の代わりに日韓の架け橋になります。あなたの気持ちは僕が確かに受け取りましたから。)
 将一は窓から見える景色の中に飛び込んできた富士山をじっと見つめながらそう心に誓った。
 目的地である横浜まではあと2時間弱で到着する予定になっていた。



 参考資料
・風海南都先生の作品「X'masトレイン」
・カン ヒボン著「あなたを忘れない 韓国人留学生・李秀賢おぼえ書き」
・映画「あなたを忘れない」DVD、パンフレット
・ホン ミョンボ著「LIBERO 洪明甫自伝」
・このサイトに投稿した作品「列車で学んだ韓国」「李秀賢さん、僕もあなたを忘れない」
・銀色の髪のアギト同盟に投稿した作品「星空 〜It's a Beautiful World.〜」


 この作品を、故 李秀賢さんにささげます。

 これは、風海南都先生の作品「X'masトレイン」を読んだ時のことがきっかけとなって生まれた作品です。
 X'masトレインを読んでから、作中に、生前韓日友好の架け橋になりたいと願っていた李秀賢さんを登場させて、友好的になった両国を見てほしいという気持ちを抱くようになりました。
 その後、上記の作品や、ニュースなどで報道されたことを参考資料にしながらアイデアを集めました。
 さらに風海先生にX'masトレインを参考資料にしたいとお願いしたところ、快く承諾をもらうことが出来ました。
 そのおかげでストーリーの展開も決まり、この作品を執筆するに至りました。

 日本と韓国は友好的になったとは言え、今でもまだまだ課題はあります。
 僕自身も韓国で天気予報を見ていたり、韓国を旅行をしている時に不快な思いをしたことはあります。
 それでもさらなる日韓友好のために貢献したいという思いは変わることはありませんでした。
 また、本編にも出てくる記述ですが、野球を見にいった時に、汚い野次を飛ばしていたファンを注意したり、電車でイヤホンから音が漏れていると、その人に一声かけたりしました。
 逆ギレにあったこともありますが、それでも李秀賢さんの勇気に支えられ、やり遂げることが出来ました。
 きっと、あなたが見守ってくれて、あなたの後押しを受けていたからだと思います。
 僕が本当に心から尊敬している人に、この場を借りて感謝の意を表し、この作品をささげます。
 チョンマルロ、カムサハムニダ。














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