第5話:痛み苦しみ
「リ・・・・リズ・・・?」
血まみれの親友を目の前にして足が竦むノヴェル。
血はあんなに見慣れていたはずなのに、『人間』なんか塵のように扱ってたじゃないか。何故今になって。何故怖いのだ。と自分に言い聞かせるも、無駄だった。怖くて足が震える。
「大丈夫・・・。」
ノヴェルの心配をよそにリズは真っ直ぐに歩いてきた。
「これ・・・パパの・・・、血。みんな、死んじゃった。」
真っ赤に染まっている小さな少女の手は小刻みに震えていた。
「みんな・・・死ん・・・・」
彼女は真っ赤に染まった手で顔を覆い、泣き出した。
「リズちゃん、とりあえず、顔拭いて・・・・」
リズが落ち着いた頃、ノヴェルの母が水道の蛇口をひねった。
しかし、出てきたのは水ではなく、血。
「きゃぁああ!」
ノヴェルの母親の悲鳴が村に響く。家屋は焼け落ち、更地になってしまった村に声は真っ直ぐにとおり、跳ね返りはしなかった。
・・・・何でこんなに血ばかり。
ここはどうして襲撃されたの?何のために?誰が?
あの青髪の男でしょ?なんで?研究?なんで私、ここにいるの、どうして・・・。どうして・・・。
色んなことが、頭の中を駆け巡る。余計な事ばかり考える。
「ノヴェルちゃん!!!危ない!」
リズの声に気が付き、ノヴェルが振り向くと、後ろに大きな影が迫っていた。
さく、さく、と地を踏みしめる音がやけに大きく彼女の耳に聞こえる。
「え・・・・・」
『それ』は銀色の、長髪、暗く深い蒼の瞳。吐き出す煙草の煙が鼻にツンとくる。
母の悲鳴、兄の涙、リズの、血。様々なものが目を貫き脳に叩き込まれる。
「リズッ!!!」
リズが、斬られた。すべてがスローモーションで動いているように見える。自分の声すらゆっくり聞こえ、行動が遅いように思え、やきもきする。
リズは私をかばって死んだのだ。
ノヴェルは唐突に思い出し、悔しさに胸をいためた。
何かに気をとられて襲われそうになった私をかばって、あの忌々しい『あの男』の目の前に。
友達思いのいい少女が、倒れる。小さな少女の手が血の海に沈む。
「いやぁあああ!!!」
精神が15歳だとしても、親友の死を目の前にするのはキツイ。彼女は喉がつぶれそうになるくらい大きく叫んだ。
喉が、熱い、胸が痛い、頭が割れる・・・。
友人が、倒れている。大好きだった叔母が倒れていてもなんとも思わなかったのに。何故今になって・・・。そもそも、なんで私たちが襲われているの?あの人は誰・・・?
ノヴェルの頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。
「ノヴェル!!」
今度はシュウが叫んだ。ノヴェルが我に返り、焦点を合わせても、銀色の髪の男はどこにも見えない。
「え・・・。」
その男の代わりに、小さな黒い塊が・・・破裂するのが見えた。
目が眩む閃光、耳を劈くような爆発音、体に突き刺さるような爆風、骨まで炭になりそうな熱。
私に向かって飛んでくる母。閃光に吸い込まれるように見えなくなる兄。
――――――――――――・・・・。
「いた・・・・。」
腹部に母が覆い被さっている。
ああ、生きていたの、と錯覚してしまう。周囲は土ぼこりで何も見えない。
「おかあさん・・・・?」
呼びかけに答えない。
腹部が重苦しい、と母親をどける。母親は動きもせずにごろりと地面に落ちた。
「・・・!!!」
土ぼこりでよく見えないが母親の、腹部から下が・・・ない。
「おかあさん・・・」
もう生きてはいなかった。
兄の姿は見えない。リズは右手首しか残っていなかった。2人で一緒に海岸で拾った貝殻を使って作ったブレスレットが血にまみれて、千切れた手首にはめられていた。
「やだ・・・リズ!!リズ!!!!」
再度大事な親友の死を目前にし、発狂寸前のノヴェル。
ふらふらと立ち上がり足取り重く歩いていく。
「にいちゃん、・・・おにいちゃん・・・」
必死になって兄を探す。もう頼れるのは兄しかいない。
「・・・ノヴェ・・・・?」
背の高い草が生い茂る草むらの中から小さく兄の声が聞こえる。
がさがさと自分の背丈より長い草を掻き分けて、奥に入ってゆく。
「おにいちゃん!!」
大分奥に入ったとき兄の姿が見えた。彼女は大きく叫び、駆け寄る。しかし何故か起き上がろうとしない。
「良かった・・・生きてた・・・っ」
爆風で吹き飛んだものの、運良く軟らかい草むらに落ちたようだった。
ノヴェルがほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間、兄の体に何があったのかを目にした。
「あ・・・・頭っ・・・・」
頭部の右半分と、足を一本を失っていた。立てないのも、喋るのがやっとなのも納得できる。
「苦しい・・・・。」
苦しそうにむせる兄。むせる度に血がごぼごぼと口から溢れる。
本来緑であるはずの草は真っ赤に染まり、嫌なにおいを放っていた。
「・・・・くる・・・し・・。い、た・・・い・・・、」
苦痛の表情がどんどん酷くなる。ノヴェルは思わず目を閉じた。
悲鳴が遠くで聞こえてくる。周りでどんどん『人間』が死んでゆく孤独感が胸をいっぱいにし、最後の身内のこの無残な姿に悲しさが募る。
「助けて・・・ノ・・・ヴェ・・・ル。」
小刻みに震えながら声を出す兄が恐ろしかった。涙が止まらない。辛そうな兄をこれ以上見ていられない。気がおかしくなりそうだと、彼女は思いながらも、死に1歩1歩近づく兄から目をそらせない。
「おにいちゃん・・・・っ」
たまらなくなった彼女は草むらを抜け出した。ぐっと足を踏む出すたびに激痛が腹部を襲う。
「いたっ・・・・・い・・・。」
彼女はその場に座り込んでしまった。兄はこの何倍の痛みに苦しんでいるのだろうと、ノヴェルはおいおい泣き出した。『死体』がそこら中にある。恐怖は彼女を容赦なく襲う。
彼女は思い返す。
(ここは『過去』だ。私は15歳だ。死体は10年間毎日見つづけてきただろう。何故だ、何故怖い?ずっと人間を、殺してきたではないか。しかも、此処の村の者を。怖くない・・・。)
心臓の鼓動は早くなり、息切れがいつまでたっても治らない。喉が渇いて仕方がない。
地獄の中を這いつくばるように歩いていくと何か光るものが見えた。
それは銀色の細長いナイフだった。繊細なデザインで、柄の部分に龍が彫られている。
「・・・・っ」
拾い上げると冷たい輝きが目に痛い。確かな重みが手にしみる。
彼女はナイフを持って兄のもとに戻っていった。
楽に、させてあげなきゃ。コレばかりが彼女の脳に強く残る。
「お兄ちゃん・・・・。」
声をかけるとうつろな目で彼女を見つめ返す。生きていられること自体不思議だ。
苦しそうに、必死に息をしながら、迫り狂う死の恐怖に耐えていた。
「ごめんね、ごめんね・・・」
兄の喉本にナイフを突き付け、目をきつく瞑り、沢山の思い出と共に全体重をナイフにかけた。 |