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君と歩く永遠の旅 作者:夜野うさぎ

1周年記念挿話

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割り込み とある夏の夢

「外伝 異世界で異世界で出会った小さな王子さま」を本編から切り離しました。
http://ncode.syosetu.com/n7357ec/
 その日の夜。懐かしい思い出を夢に見た。
 時計の針をさかのぼろう。そう、春香がまだアムリタを飲む前、俺たちが二十歳になったばかりの夏へと。

――――
 俺はウインカーを出して、諏訪湖サービスエリアへのレーンに入る。
 「ふわぁぁぁ」
 車を止めたところで春香が大きなあくびをした。
 「ふふふ。疲れたか?」
 「うん。ごめんね」
 「いいって。もう少しだよ」
 目をこすっている春香を見ながら、昨日は遅かったからなぁと思いつつ、車を降りた。

 今日は、夏休みでバイトの合間を利用して、一泊二日の諏訪湖旅行に来ている。
 長野県の中央に位置する諏訪湖。荒々しい御柱おんばしらの祭りで有名な温泉郷でもある。八月十五日のお盆には盛大な花火大会。そして、冬には湖面が凍り付いて膨張した氷が盛り上がって一本の道のようになる御神渡おみわたりが見られる。
 諏訪氏という一族の納めていた土地で、個人的には聖徳太子と蘇我氏の連合軍に敗れた物部もののべの一族の血も流れているのではと勝手に想像している。
 というのも諏訪大社はかなり古い歴史を持ち、御柱おんばしらの祭り自体が最古に属する祭祀を表しているように思うからだ。その荒々しさは武門であった物部もののべの一族を彷彿ほうふつとさせる。
 彼らの本体はさらに北上し東北に土着したと想定しているが、この地方には興味が尽きない。
 ……と、話が道にそれた。ここは精密機械工業が盛んなところで、実は俺の先祖がここの出身なんだ。もう世代を重ねたので親戚づきあいもないけれどね。

 サービスエリアの展望台から諏訪湖をながめていると、春香が通り過ぎる風に気持ちよさそうにしている。ぎらぎらとした太陽が照りつける陽気だが、春香はぴたっと俺に寄り添っている。
 今日の春香の服装は、つばの広い白い帽子に、水色のワンピースにミュールという可憐なお嬢様ファッション。
 俺は正面奥の山々を指さした。
 「あれが八ヶ岳だよ。……ここからは影になっちゃってるけど、もうちょっとあっちの方に富士山があるんだよ」
 春香は目の上に手のひらをひさしにして、遠くを眺める。
 「へえ。今日は晴れてるからよく見えるね」
 「ホテルからは、富士山も見えるかも」
 「本当?」
 期待するような春香に俺は微笑んだ。

 今日は、湖畔の北澤美術館、とSUWAガラスの里、そして、間欠泉をのんびりながめ、早めにRAKO華乃井ホテルにチェックインする予定だ。明日は高島城、諏訪大社の秋宮を見て、片倉館の千人風呂に入ってから帰ることにしている。

 ちょうどお昼が近いが、どうせならお店でそばを食べたい。「おなかがすいた」という春香をなだめつつ、再び車に乗り込む。出口の岡谷インターはもう少しだ。

――――
 インターを下り、中山道を走る。
 途中のそば屋千秋庵に入った。

 小上がりのお座敷に案内していただいて、二人とも天ざるを注文する。
 「信州そばって有名だよね?」
 むふふと微笑む春香に俺はうなづいた。顔を寄せて小さな声で、
 「……有名だけど。その地方ごとに特徴があるから、合うか合わないかは人それぞれだよ」
 「うんうん」
 「例えばさ、うどんでも讃岐うどんと伊勢うどんと山梨の吉田うどんじゃ、全然違うんだよ。信州そばも一緒さ」
 「へえ。……夏樹はなんでも知ってるよね」
 「東京でも本当においしいって思った蕎麦ってなかなか出会えないんだよねぇ。並木の薮蕎麦くらいか……」
 まあ、他の更級御三家や砂場、神田、池の端の薮蕎麦はまだ行ったことがないけどね。御三家って言うくらいだから、いずれ春香と行ってみたい。
 春香は「ああ」と思い出したようだ。
 「確かにあそこのはおいしかったよね」
 「あはは。そば屋に来て、他の店の話はやめようか」

 俺はそう言いながら、お店で買った諏訪湖のガイドブックを開いた。
 「今いるのがここ。で、この道が中山道だけど、ずっといくと、秋宮の前で右に曲がる。ずっと道なりにいって、ここで諏訪湖に出るよ。で、北澤美術館がここ」
 そういって地図で示す。春香が、
 「そうそう。諏訪湖に行こうって夏樹が言い出した時から思ってたんだけどさ。……初めてのデートでしょ?」
 俺はうなづく。
 始めて春香とデートした時の美術館のことだ。ちょうどガラス細工や美術の展示だったが、その時に「いつか諏訪湖に行こう」と言っていたのだ。
 春香はにっこり笑って、
 「んふふ。……だから夏樹が大好き」

 そんな惚気のろけていると、ちょうど蕎麦がやってきた。

――――
 交差点を右折すると、正面に諏訪湖が広がっている。
 「うわぁ。大きな湖」
 春香が目の前を見て、感嘆の声を挙げた。
 青天に静かに湖が広がっている。街路樹の緑がきらきらと輝いているようだ。

 そのまま湖畔の通りを進み、北澤美術館へと到着した。
 ここはエミール・ガレなどのアール・ヌーヴォー期のガラス工芸を多数展示している美術館だ。今年は丁度、ガレの没後100年ということで、東京、大阪、岐阜、MOA美術館と巡回展が行われている。
 繊細なガラスの美術品に、春香が食い入るように見つめ、
 「……きれい」
とつぶやく。その横顔こそ、俺には美しく見える。
 うん? これはガレのじゃないな……。キャプションを見ると、その作品はナナカマドという花瓶で、ガレに迫ろうとしたドーム兄弟の作だった。
 たしかにガレの作品にはどこか退廃的な雰囲気のあるものもある。この作品はどちらかというと、凜とした気迫と品位の高さを感じる。
 じいっと作品を見つめていると、急に右手を引っ張られた。
 「うん?」
 春香が恥ずかしそうに俺を見つめる。
 「えへへ。……なんとなく、今の横顔がかっこいいなぁと」
 それを聞いて、そっと耳元で、
 「さっきの春香も凛としていてきれいだったよ」
というと、ぎゅっと俺の右腕に柔らかい感触が……。
 春香が、
 「さ、さあ、次行こう」
とそのまま俺を引っ張る。俺は微笑みながら春香のエスコートに任せて次の展示室に向かった。

 北澤美術館では、ちょうど東山魁夷の特別展をしていた。
 現代美術で風景画を代表する画家であり、牧歌調のほのぼのとした温かみのある教会や林道の絵、寒々とした、どこか緊張感のあるヨーロッパの街並み。そして、厳かな光と影の色なす「白夜光」。
 じっくりと絵画を堪能して、魅了された心が冷めないうちにSUWAガラスの里へ向かった。

 諏訪湖をぐるっと回るように道路が続いている。
 次の目的地であるガラスの里は北澤美術館の新館で、いわばガラス製品のミュージアムショップだ。
 車を止めて、店内に入った途端、春香の眼がキラキラと輝き始める。
 「うっわぁ。ね、ねえ。じっくり見ようよ」
 うん。その気持ちはわかるぞ。タイムリープ前から、独身にもかかわらず食器とかガラス製品とか見るのが好きだったからな。
 ちなみに、かつての自宅で愛用のコーヒーカップはジノリのアマデウス。寝る前にはバカラのグラスでウイスキーを飲むのが習慣だった。
 さすがに学生時代からそんな暮らしをするつもりはない。とはいっても、二人で選んだペアカップにお揃いのグラスを使用している。

 「ふんふんふ~ん」
 上機嫌で春香は、早速、涼しげな市松模様のガラスのお皿を手にとってながめている。
 俺はその隣の蕎麦猪口を手に取った。これで盛りそばとかいいな。素麺なんかも良さそうだ。
 「あっ。ねえ、あそこ行こうよ」
 春香が奥に見えるランプコーナーに気がついたようだ。ガレの作品を思い出したのだろう。俺たちのアパートに似合うのがあればいいが……。
 けれどランプコーナーに行く途中に、ガラス小物のコーナーがあって、
 「かわい~い」
と春香が足を止め、並んだフクロウの置物を手にとってながめはじめた。
 その幸せそうな表情を見ながら、自然と笑顔がこみ上げてくる。
 ふいっと俺の方を見て、
 「ね、これ。バイト先の由美さんにお土産、どう?」
 ああ。確かに、由美さんはこういう小物が好きそうだな。
 そのままマスターのお土産も購入。あとは、二人でお揃いのグラスや、春香が気に入ったフォトスタンドなどのインテリア小物を購入。

 店を出てから、間欠泉を見に来た道を戻る。
 間欠泉とはいっても、どうやら今はポンプで一定時間毎に吹き出しているようだ。
 青空をバックに吹き上がるお湯。遠くから見るとシュールな気持ちになるが、近くで見ると迫力があるね。
 一息ついたところで、思いの外に時間が経っていたみたいで、すでに夕方の5時を回っていた。
 早速、ホテルに向かう。
 チェックインを済ませて案内された部屋は、諏訪湖を一望できるゆったりとしたツインルームだった。
 春香が早速、室内探検を始めた。
 今は洗面所から、
 「うっわぁ。こんなのもある」
なんて声が聞こえる。
 「お~い。春香さ~ん。夕飯に行くぞ~」
と声をかけると、あわてて出てきた。
 温泉といったら部屋出しのお食事なんてのが定番だが、ここはホテルなので一階のレストランに向かう。予約はすでに入れていたので、すぐに席に案内してもらった。

――――
 夕食後、ちょうど日没間際の時間になり、俺と春香は外に散歩に出かけた。
 まっすぐ諏訪湖のほとりにある遊歩道に向かう。
 まだまだ明るいが、町の街灯がオレンジ色に点っている。
 昼間の暑さも和らぎ、湖を渡ってくる風が心地よい。

 しばらく黙ってその雰囲気を楽しみながら歩いていると、
 「いやあ。それにしても、思いの外、お刺身が美味しくてびっくりしたよ」
 「ああ。ここは内陸だけどさ、日本海からの流通ポイントになっているんだよ」
 「へぇ。だからか」
 そんな会話を重ねながら、夕日の残光が山の端に消えていくのを二人でながめる。

 日没直後の優しい空気が俺たちをつつむ。どこからか風に乗って……。
 「あれ? トランペットの音が聞こえるよ」
 春香がそう言った。耳を澄ませると、この先のベンチで誰かがトランペットの練習をしているようだ。曲目はわからないけれど、ジャズの何かの曲だろう。
 「ふふふ。いい雰囲気だね」
 春香がそう言って俺に身を寄せてきた。そっと春香を抱きしめて口づけをする。
 「……ああ、ずっと時がこのまま止まればいいのに」
 俺の胸のなかで春香がそうつぶやいた。……ああ、そうか。まだ春香にアムリタの話とかしていなかったな。でも願っているよ。春香と一緒にいつまでもいられることを。

 「あれ? トランペットの音が止まった?」
 不意に春香がそう言った。音が聞こえてきた方を見ると、遠くにトランペットをしまっている人の姿が見えた。
 腕時計を見ると、時間はすでに七時を回っている。
 「あっ。春香、急いで戻ろう。貸し切り風呂の予約の時間になっちゃう」
 それを聞いた春香があわてて俺の手を引っ張る。
 「急ご! お風呂!」

―――
――
 不意に体が動かなくなる。けれど不快な感じではなく、なにか柔らかいものに包まれている。
 そっと目を開けると、目の前ではぐっすりと眠っている春香が俺を抱きしめていた。
 幸せな夢を見ているのだろう。時々、フフフと笑っている。
 「……ううん。もう夏樹ったら」
 そんな寝言を聞きながら、そっと春香の額にキスをした。

 さあ、もう一眠りして、明日も頑張ろう。
おかげさまで、無事に一周年を迎えました。
最近、スランプ状態で、なかなか筆が進まずに足踏み状態ですが、別伝の旅ももう少しで終わります。
次章以降は、冒険物ではなく、再びベタベタの甘い生活にしたいと思います。
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。
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