「ねえ、コナン君。明日から長崎に行くんだって?」
帝丹小学校の昼休み。吉田歩美が江戸川コナンに話しかけた。
「うん」
「長崎ですか…。何でまた長崎に行くことになったんですか?」
円谷光彦が聞く。
「うん。なんでもおじさんの大学時代の友達で今は長崎県警に勤めている、って刑事さんが出張で警視庁に来た帰りに事務所に寄って、おじさんに『遊びに来ないか』って言ったんだって。それで話が進んで明日からの3連休に行くことになったんだ」
「長崎か…、いーなー。長崎って言ったらちゃんぽんだろ、皿うどんだろ、それにカステラだろ…。あー、食いてーなー」
小嶋元太が言う。
(…おいおい、オメーの頭の中には食うことしか詰まってねえのか?)
と、コナンがそう思ったときだった。
「…そうね。本場の長崎ちゃんぽんは私も食べてみたいわね」
コナンの脇で声が聞こえた。
「え?」
その声のした方向を見ると灰原哀が意味深な微笑を浮かべていた。
(…コイツ、オレが考えてたことわかったのか?)
*
そして翌日の10時少し前。
朝8時前に羽田空港を発った旅客機が長崎空港に到着した。
そしてゲートを出たとき、
「よう、毛利!」
一人の男が小五郎に近づいてきた。
「よお、中本!」
そう言って小五郎が近づく。
「よく来てくれたな」
「いやいや、今回のことは娘たちも喜んでるよ。蘭、知ってるだろう? この人はオレの大学時代の友人で今は長崎県警に勤めている…」
「中本義史です。よろしくお願いします」
そう言うとその中本と言う刑事は小五郎たちに挨拶をした。
「そしてこっちが…」
「ああ。蘭さんにコナン君…、ですよね?」
「ああ。…それよりどうしたんだ、今日は? 迎えなんかに来て大丈夫なのか?」
「大丈夫、ちょっと抜けてきたんだ。おまえの事は県警の方でも話題になっててな。お前を迎えに行く、って言ったら喜んで迎えに行って来い、って」
「ははは、そうかそうか!」
(…おいおい、誰のおかげでここまで有名になったと思ってるんだ?)
さも自分のことのように自慢する小五郎にコナンがそう思ったときだった。
「…それより、ここで立ち話もなんだから、車持ってくるから待ってろよ」
*
そして中本刑事の運転で1時間ほど車を走らせてコナンたちは長崎駅前にやってきた。
まずはホテルでチェックインを済ませると、長崎駅前にやってくる。
「…長崎を案内しようと思って色々考えたんだけど、結局一番これが手っ取り早いだろうと思ってな。定期観光バスで長崎の名所を回るツアーがあるから、これからそれに乗ってもらうことにするよ」
「わざわざ悪いな」
「なあに。滅多にこんなところなんて来れないだろ?」
そして受付で手続きを済ませて、12時長崎駅前発のバスに乗ることになった。
「じゃあ、行ってくるから」
「ああ、気をつけて。それじゃ、オレは県警に戻るけど、何かあったら連絡をくれ。それと、明日休暇貰ったから、どこか行きたいところあったら連れてってやるぜ」
「ほんとに悪いな」
そして中本刑事の乗った車は長崎駅前を離れていった。
それを見送ったコナンたちは観光バスに乗り込んだ。
*
午後2時、長崎駅前を観光バスは出発した。
乗客の入りは7割程度と言ったところだろうか。
「…本日は当観光バスを御利用頂きまして誠にありがとうございます。4時間ほどの短い時間ですが、皆様のお相手をさせていただきます運転手は広田、ガイドは私、高村恵美子が勤めさせていただきます。どうかよろしくお願いします」
そして髪を肩の辺りまで伸ばしている高村恵美子と名乗ったバスガイドは軽く会釈をした。
*
「…まずは皆さんに原爆資料館を見ていただきたいと思います。皆様ご存知の通り、広島に原爆が投下された3日後の昭和20年8月9日午前11時2分、世界で2例目となる原爆がこの長崎に投下されました…」
バスガイドが説明を始めた。
それを聞いているうちにバスは原爆資料館の前に到着した。
「はい、それで原爆資料館に到着いたしましたのでみなさんはお降りの準備をして下さい。貴重品等はご自分で管理するよう御願いいたしますね」
そして乗客たちはバスを次々と降りていった。
そしてバスガイドの案内で原爆資料館内に設置されたスロープを降りていく。
「…それでは、ここの出発は12時50分になりますので遅れないようにお願いします」
そのとき、不意にどこからか携帯電話の着メロらしきものが聞こえてきた。
何事か、とそこにいた人々が見回す。
「あ、私の携帯だったわ。お仕事の間は電話しないで、って言ってるのに…」
そう言うと、バスガイドの高村恵美子がポケットから赤いストラップのついた携帯電話を取り出した。
「コナン君、行こう」
しばらくその様子を見ていたコナンは蘭の言葉に頷くと資料館の中に入っていった。
*
原爆が投下された午前11時2分で止まっている柱時計、原爆の熱風でひん曲がった鉄骨、高熱のために溶けてしまいほとんど原形をとどめていないガラス瓶、被爆していた人が着用していた、と言う服…。話には聞いていたが、こうして資料館に展示されている現物を見ると原爆の恐ろしさが改めてわかるような気がする。そしてそれからまだ60年しか経っていない、と言うことも…。
資料館を出た後に平和公園に行き、これまたTVなどでよく見る、長崎市のシンボルとでも言うべき平和祈念像を見て、今こうして観光が出来るということは平和なことであり、そしてその平和をいつまでも壊してはいけない、と改めてコナンたちは思ったのである。
そして自らも被爆し、長崎で著作活動を続けた、と言う永井隆博士が住んでいた如己堂を車窓から眺めた。
「はい、皆様。左手の方をご覧くださいませ。左手に見えますのが如己堂でございます。この如己堂は自らも被爆しながらその体験を数々の手記にまとめられ、後に長崎市名誉市民となられた永井隆博士がその執筆活動を行っていた住居でございます。後に、永井博士の手記をもとにした映画『この子を残して』が製作されており、現在はすぐ隣に『長崎市永井隆記念館』が作られております」
そしてバスガイドが説明をする。
(…そういえば中学のとき、体育館で『この子を残して』見せられたな…)
コナン=新一はそう思いながら目の前に見えてきた浦上天主堂を見る。
ここに限らず長崎と言うところはこういった名所が街中にひょっこりと立っているのが意外に思えたが…。
そして思案橋やめがね橋といった名所を車窓から眺めたあと、一行は出島へと到着した。
ここも30分の見学時間があり、コナンたちは復元された出島に立っていた、という建造物を見学した。
その後新地中華街とオランダ坂を車窓から眺めた後、孔子廟に到着した。
「この孔子廟に置かれている石像や孔子像はすべて中国から取り寄せられたもので、ここに展示されている文化財もすべて故宮博物館や中国歴史博物館といったところから提供されているものです。それではここは14時45分出発となりますので遅れないようにお願いしますね」
そして観光客は中へと入っていった。
そのときだった。
またもやどこからか携帯電話の着メロの音がした。
「あれ…、この着メロ、お姉さんのじゃないの?」
コナンがバスガイドに言う。
「あ、本当ね」
そう言いながら彼女は黄色いストラップのついた携帯電話を取り出す。
「…そう言えばさっきも掛かってきたよね?」
「…本当ね。お仕事の間はかけてこないで、って行ってるのに」
そして彼女は他の観光客の迷惑になると思ったのだろうか、その場を離れていった。
*
そして観光バスはこの旅行の最後の見学地である、日本最古の木造ゴシック建築様式で国宝に指定されている大浦天主堂とそのそばにあり(実際歩いていける)明治時代初期、開国間もない日本の近代化に貢献した、と言うイギリス人、トーマス・ブレーク・グラバーが住んでいた、と言うグラバー園へと向かった。
*
そして一行は大浦天主堂を見物した後にグラバー園へと続く階段を上っていった。
「はい、それでは、このパンフレットをお渡しいたしますので、ここで解散といたします。ここは15時に出発いたしますので、皆さん遅れないでくださいね」
そしてバスガイドは下へと降りていった。
「…何見てるの、蘭ねーちゃん」
グラバー邸前にある庭から浦上方面を眺めていた蘭にコナンが聞く。
「ん? あのあたりにさっき見た原爆資料館があるんだなあ、って。なんだかこう見ると長崎、って箱庭みたいだよね」
「そうだね。東京じゃこういう景色まず見られないもんね」
「こんなところに60年前に原爆が落ちたなんて…、なんだかまだ信じられないな」
*
「お帰りなさい」
グラバー園見物を終え、観光バスに戻るとバスガイドが出迎えていた。
そして観光バスに乗客が乗り込んだときだった。
「…?」
一瞬バスガイドの動きが止まった。
何事か、とコナンが見てみるとバスガイドがポケットから赤いストラップのついた携帯電話を取り出した。
「…どうしたの? お姉さん」
コナンが聞く。
「ん? …お姉さんにメールが来てたの」
「今日はよくお姉さんに掛かってくるね。これで3度目だよ」
「…本当ね。お仕事中は電話をかけないで、って言ってるのに…」
そう言うと彼女は乗客を確認し、全員が乗り込んでいるのを確認するとバスの発車を運転手に頼んだ。
*
「…本日は当観光バスをご利用頂き誠に有難う御座いました。またのご利用を心からお待ちしております。お降りの際にはお忘れ物のないように御支度の程、よろしくお願いいたします」
バスガイドのアナウンスがし、約4時間に及ぶ長崎観光ツアーもまもなく終わろうとしていた。
そして長崎駅にバスが到着し、乗客たちが降りていった。
「…お父さん、どうするの?」
蘭が小五郎に聞く。
「…そうだな。晩飯までには時間があるし、みんなへの土産でも買っていったらどうだ?」
「そうだね。そうしようよ」
そして小五郎たちは長崎駅ビルの中に入っていった。
*
そして夜7時過ぎ。小五郎たちがホテルに戻ってくる。
「美味しかったね、コナン君。長崎ちゃんぽん」
「うん。皿うどんも美味しかったね」
「そうかそうか、それはよかったな。やっぱり本場は違うな」
3人とも満足げな表情でホテルに入り、フロントに来たたときだった。
「…905号室」
「…905…、あ、もしかして毛利様ですか?」
フロントが言う。
「そうですが?」
「先ほど長崎県警の中本様、と言う方からお電話がありまして。戻ってきたらこちらに連絡するように、とのことです」
そしてフロントが小五郎にメモを渡した。
小五郎がメモに書かれた番号を元に電話を掛ける。
「…もしもし。…あ、中本か。連絡貰ったよ。どうした? …何だって? うん、わかった。すぐに来てくれ」
それから十数分して長崎県警のパトカーがホテルの前に到着した。
「…なんか事件が起こったそうだが、どういうことなんだ、中本?」
「話はこの中でするから、とにかく乗ってくれ!」
そして小五郎たちが乗り込むと、パトカーは出発した。
「…で、事件、ってなんだ?」
「ああ、それか。さっき通報があってな。どうもコロシらしいんだ」
「…で、何でオレなんかを呼んだんだ?」
「いや、『眠りの小五郎』と言ったら県警でも有名だからな。お前の知恵を借りようと思って呼んだんだ」
「そうか! このオレが来たからにゃもうこの事件は解決したも同然だな!」
(…おいおい、これまで解決してきたのは誰だと思ってんだ?)
*
現場は長崎市の中心部にあるマンションの一室だった。
「とにかく中に入ってくれ。詳しいことは中で話す」
そして中本刑事に連れられ小五郎たちは中に入っていった。
「…被害者はここに住む大橋昭則さん。53歳。頸部圧迫による窒息死ですね。首にロープか何かで絞められたような跡が残ってました」
現場検証をしていた鑑識課員が中本刑事に報告をする。
「…死亡推定時刻は?」
「ええっと…、詳しいことは調べてみないと判りませんが、死後5、6時間というところですから午後1時から3時の間と思われますね」
「目撃者は?」
中本刑事が部下であろう、若い刑事に聞く。
「今探しているところですが…。土曜日の午後ということもあってマンションにいる人が少なかったんですよ」
「…つまり、目撃者は少なそうだな」
「そういうことになりますね」
「…ところで、第一発見者は?」
「…こちらの女性とこのマンションの管理人です」
そして警官が一人の女性を連れてきた。
「あれ…?」
その顔を見て「?」となる小五郎。
「…どうかしましたか?」
「いえ…、どこかでお会いしたことありませんでしたっけ?」
「そ…、そんなことないですよ」
「そうですか…? どこかで見たことがあるような気がするんですが…」
それは小五郎だけではなかった。
蘭もコナンもその第一発見者と言う女性にはどこかで会ったような気がしたのだ。
そのときだった。
「…大橋さんが死んだ、って本当なの?」
一人の女性が部屋の中に入ってきた。
その女性の顔を見た瞬間、
「あーっ!」
そこにいた全員が素っ頓狂な声を上げた。
「あんた、昼のバスガイド!」
そう、入ってきた女性は昼に小五郎たちが乗ったバスでバスガイドをしていた高村恵美子だったのだ。
そして、第一発見者の女性は髪形をショートカットにしている、という違いこそあれ、その顔は高村恵美子に丸っきりそっくりだったのだ。
その高村恵美子も小五郎たちに気づいたようで、
「あ、もしかして昼のバスに乗っておられた方…、ですよね?」
「ええ、そうですが」
「もしかして刑事さん…、だったんですか?」
「いえ、私はこの、中本刑事の大学時代の友人で毛利と申す者です。東京で探偵をやってるんですよ」
「もしかして…、あの毛利さんですか?」
「…私を知ってるんですか?」
「ええ。名前は聞いたことが。…それより、奈美ちゃん、いったいどうしたの?」
「いえ、その、姉さん。実は警察の人に事情聴取されてて…」
「『姉さん』? 『奈美ちゃん』? …ってことはあんたたちは…?」
「あ、申し遅れました。…私、高村奈美子って言って、高村恵美子の双子の妹なんです」
高村奈美子と名乗ったその女性はそうして小五郎に挨拶した。確かに双子と言われれば納得できるものではある。
「双子か…。道理でそっくりなわけだ。で、あんたもバスガイドを?」
「いえ、私は普通のOLです。今日は土曜日で職場が休みなんですよ」
「それで、被害者とはどういうご関係なんですか?」
「いえ、以前からの知り合いというだけで…」
高村奈美子が言う。
「それで発見した状況というのは?」
「いえ…、私、この近くのアパートに住んでるんですけど、今日ちょっと大橋さんとお話しすることがあって来てみたんです。それが5時ごろであったと思うんですが…。この時間には確実にいる、って言ったのに何回呼び鈴押しても返事がなくって、そこで管理人さんを呼んでマスターキーで開けてもらったら…」
「死体があった…、とこういうわけですね」
それを聞いて高村奈美子が頷く。
「ところで中本。この被害者ってどういう人物なんだ?」
小五郎が聞く。
「どういう、って言われてもなあ…。この長崎市内では割と有名な経営者で、長崎市内を歩いていれば大橋昭則経営の店や会社がいくつも見つかる、って言われてくらいだぜ。ただ…」
「ただ?」
「その経営の仕方、ってかなり強引なところがあって、それで敵を作りすぎた、って話もあるんだ」
「…実はウチの社長も困ってたところがあったんですよね」
「困ってた? …そりゃまたどういうことですか?」
小五郎が高村恵美子に聞いた。
「いえ、こういうこと言っていいのかどうか分からないんですけど…。大橋さんはウチの会社の株も何%か持ってるんですよ。そのせいかどうかわからないんですけど、ウチの経営の仕方にも事あるごとに口を出してきて…」
「…成程。部外者には口を出して欲しくない、ってことですな」
「ええ、そういうことになるんですが…。たださっきも言ったようにウチの会社の株主の一人でもあるし、無下には扱えないんですよね。ウチの会社以外の人からもそういう話を聞いたことがあるし…。もしかしたら大橋さん、それで何らかの形で恨みを持つ誰かにロープで首を絞められて殺されたんじゃないか、と思うんですが…」
*
そのとき、誰かの携帯電話の着メロが鳴る音がした。
「…あ、私だ。一寸ごめんなさいね」
そして高村奈美子が黄色のストラップがついた携帯電話を取り出した。
そして部屋の隅に行くと、
「はい、高村です。…あ、係長。いえ。実は急用で…」
どうやら勤め先の上司からの電話のようだった。
「…何の用だったんですか?」
電話を終えた後に、小五郎が聞いた。
「いえ、なんでもないです。普通の用事ですよ」
(…あれ? そう言えばあの時…)
コナンは「あること」が心の中で引っかかった。
(…となるとあれをどう説明したら…)
コナンの頭の中がめまぐるしく回転した。
(待てよ。もしかしたら…)
コナンは今回の事件を解くある一つの可能性に気づいた。
(でも、まだこれだけじゃ断言できないな…。そうか! アレだったらわかるかもしれないな)
そしてコナンは高村恵美子に近づくと、
「…ねえ、お姉さん」
「あら、確かコナン君…とかいったわね。どうしたの?」
「お姉さん、今日バスの中で永井隆博士の映画について話したでしょ?」
「え、ええ。そう言えばしたわね」
「あの映画っていつ頃公開されたの? ボク、見たこと無いんだけど…」
「ああ、そうね。公開されたのはコナン君が生まれるずっと前だものね。今から50年以上前の昭和25年に大庭秀雄監督で公開された作品なのよ。でもどうかな? コナン君には難しい内容かもしれないわよ」
「うん、わかったよ。ありがとう」
コナンの頭の中にある考えが思い浮かんだ。
(…そうか。読めたぜ、この事件! あとは…、と)
そしてコナンは小五郎に時計型麻酔銃を向けた。
不意にガタッ、と音がした。
見ると小五郎が椅子にもたれかかって座っていた。
「…? どうしたんだ、毛利?」
中本刑事が聞く。
「…わかったんだよ、中本。この事件の真相が」
「何だって?」
「今回の事件のアリバイはあるトリックを使えば簡単に出来るんだ」
「あるトリックだと? …一体なんだ、それは?」
「ああ、オレの考えによると、このトリックが使えるのはこの中でただ一人しかいないんだ。…そうですよね。高村恵美子さん!」
「…ちょ、ちょっと待ってくださいよ、毛利さん。毛利さんはご存知でしょう? 私はあなた方が乗っていたバスにバスガイドとして乗り込んでいたんですよ。立派なアリバイがあるじゃないですか。そんな私が犯人なんて…」
高村恵美子が言った。
「確かにあなたは我々が乗っていたバスにバスガイドとして乗り込んでいました。しかし、そのアリバイトリックはある協力者がいれば、簡単に作れるんですよ」
「その協力者って?」
中本刑事が聞く。
「恵美子さんの妹の奈美子さん、あなたですよ!」
その声を聞き、そこにいた全員の目が高村奈美子に注がれた。
「奈美子さんが…?」
「…今回の事件、あなた方は双子だということを利用してこのトリックを思いついたんですよ。まず、出発の時点で恵美子さんがバスガイドとして乗り込んだ。そして原爆資料館に着いたときにあらかじめ待ち合わせておいた場所でかつらをかぶり、バスガイドの服を着た奈美子さんと交代する。そして原爆資料館からは奈美子さんがバスに乗り、恵美子さんのふりをして我々のガイドをし、その間に恵美子さんは現場に行き犯行を行う。そして犯行を終えた恵美子さんは孔子廟に先回りして我々のバスを待つ。そして孔子廟にバスが到着し、我々が孔子廟を見物している間に再び奈美子さんと入れ替わってバスに戻る。後はバスが長崎駅前に到着してツアーが終わるまでガイドをやる、とこういう風になるわけです」
「…毛利さん、確かに毛利さんのおっしゃるトリックが出来るのは双子の妹がいる私だけですよ。だからと言って私ばかりか何の関係もない奈美ちゃんまでも犯人扱いするなんて…。毛利さん、もし私が犯人だというなら何か証拠があるんですか?」
「ええ。あなたが犯人だ、という証拠は3つありますよ」
「3つ?」
「ええ。まず一つはバス旅行中にあなたに頻繁に電話が掛かってきて『仕事中は電話をしないで欲しい』みたいな事を言ってましたよね」
「それがどうかしましたか?」
「確か原爆資料館で掛かってきたときはあなたの持っていた携帯電話は赤いストラップがついていた。しかし、孔子廟に着いたとき、あなたが持っていた携帯電話は黄色いストラップがついていたんですよ。そしてグラバー園から帰るときはまた、あなたの持っていた携帯電話には赤いストラップが着いていた…。いくらなんでも同一人物が2つも携帯電話を持つ必要は無いでしょう? …もしかしたらあなた方はあれで連絡を取り合ってたんじゃないですか?」
「…それが、毛利さんの言う私が犯人、だと言う証拠なんですか?」
「言ったはずですよ。あなたが犯人だという証拠は3つある、と。2つ目の証拠ですが、あなたの言ったことに対してですよ」
「私が言ったこと?」
「…あなたにコナンが聞いたそうですね。バスの中で話した映画の事を」
「え、ええ」
「コナンはこう聞いたそうですね。『お姉さんの話していた映画っていつ頃公開されたのか』と。それに対してあなたはこう答えたそうですね。『昭和25年に大庭秀雄監督で公開された作品』って」
「それがどうか…、まさか!」
「…ようやく気づいたようですね。バスの中で我々が聞いた話は『永井隆博士が執筆した手記をもとに映画「この子を残して」が製作された』と言うことですよ。しかし、映画『この子を残して』は昭和58年に木下恵介監督で公開された作品なんですよ。あなたの言っていた『昭和25年に大庭秀雄監督で公開された作品』は同じ永井隆博士原作の作品ですが『長崎の鐘』ですよ!」
「…」
「恵美子さん。おそらく、あなたはいつもバスの中で如己堂を説明するときにその、映画『長崎の鐘』を引き合いに出すのでしょう。そこでコナンが聞いたときにもその『長崎の鐘』の事を聞いてる、と思い込んで『昭和25年に大庭秀雄監督で公開された作品』と答えてしまった…。しかしバスの中の話は『この子を残して』の方だった。確かに両方とも長崎の原爆を扱った映画で有名な作品ですが、バスガイドであるあなたが公開時期に30年もの開きがある作品のタイトルを間違えるはずが無いでしょう。これはどういうことか? そのときにバスの中に乗っていたのはあなたではなかった、と言うことですよ」
「…」
「それともう一つ。あなたはご自分で無意識のうちに犯人だということを白状してるんですよ」
「どういうことですか?」
「あなたこんなこと言ってませんでしたか? 『もしかしたら大橋さん、それで何らかの形で恨みを持つ誰かにロープで首を絞められて殺されたんじゃないか』と。私も中本も犯行方法については一言も言ってませんがね。何であなたが大橋さんがロープで首を絞められて殺された、と知っているんですか? それはつまり、あなたが大橋さんを殺害し、無意識の内に『ロープで首を絞めた』と言ってしまったんですよ」
「…」
そして中本刑事が、
「…恵美子さん。失礼ですが、毛利の言ってることが本当かどうか、あなたの携帯電話を見せていただけませんか?」
その場にいた全員が一斉に高村恵美子に注目した。
彼女はセカンドバッグのファスナーを開けると、中から携帯電話を取り出した。
予想通り、彼女の持っていた携帯電話は昼にコナンたちが見たように赤いストラップがついていた。
「…恵美子さん。毛利が言った通り…」
「…そうですよ、私が実行犯です。そして奈美ちゃんは私が犯行を行ってる間に私に変装してバスに乗ってもらってたんです」
「…なんで、そんなことを」
「…あの男が許せなかったのよ」
「許せなかった?」
「…私たちの母親は私たちが小さいときに亡くなって、それからは私たちはお父さんに育てられたの。…男手一つで大変だったかもしれない。でも、お父さんは少しもそういったところを見せずに私たちを育ててくれた。高校を出て就職して、今度は私たちでお父さんに楽させてあげようと思った頃だった…。お父さんが死んだのは」
「何だって?」
「丁度去年の今頃だった。私は社員寮に入ってたし、奈美ちゃんもお父さんのところを離れて一人暮らしをしていたんだけど、お父さんの様子を見に行った奈美ちゃんから連絡があったのよ。『お父さんが自殺した』って…」
「自殺?」
「最初は理由が分からなかった。お父さんが自殺する理由なんてどこにもなかったもの。でも、調べているうちにだんだん分かってきたの。お父さんが自殺した理由は大橋にある、ってね」
「被害者に?」
「そう、お父さん、大橋にお金借りてたのよ。それがいつの間にかとんでもない額にまでなっていて…、とうとうお父さん、首が回らなくなって自殺しちゃったのよ!」
「…それだけの理由で、か?」
「…それだけじゃないわ。さっきも言ったでしょ? 『私が勤めているバス会社の経営にまで口を出してきた』って…。それを聞いたとき我慢できなかった。お父さんをあんな目に遭わせた男の言いなりになるなんてもう真っ平ごめんだわ! …最初にこの計画を奈美ちゃんに話したとき、奈美ちゃんはもちろん驚いたわ。でも、奈美ちゃんも最後は分かってくれた。だって私のお父さんは奈美ちゃんにとってもたった一人のお父さんだったからね。だから…だから…」
「…もういいよ、姉さん」
さっきからずっと黙っていた高村奈美子が口を開いた。
「奈美ちゃん…」
「こんなことになるのは判りきってたことだし、こんなことしたってもうお父さんは帰ってこないのよ。こんな事したって虚しいだけだよ…」
「奈美ちゃん…」
そして双子の姉妹は抱き合って静かに泣き始めた。
*
そして小五郎たちが帰京する日。
わざわざ中本刑事が小五郎たちを長崎空港まで見送りに来た。
「…すまないな、毛利。あんな事件に巻き込んだりして」
「いやいや、お前の頼みとあっては断るわけにも行かないからな。それに次の日からは何もなくてよかったよ」
「またなんかの機会に東京に行く事があるかもしれないけど、その時はまたよろしくな」
「ああ、こちらこそ。そのときはこの『眠りの小五郎』に任せろ」
「ああ、当てにしてるぞ」
「それじゃな」
そして、搭乗手続きをするためにカウンターに向かおうとしたときだった。
「おわっ!」
何かに躓いたか小五郎が思い切りひっくり返る。
そして両手に持っていたお土産品をそこらにぶちまけた。
(…やれやれ、一寸カッコつけるとすぐこれだ)
(おわり)
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