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その無限の先へ 作者:二ツ樹五輪(*´∀`*)

第四章「理想へと至る一歩」

57/110

Prologue「勇者」

-1-



 古い御伽話がある。
 あまりに古く、出典すら定かではない英雄譚だ。
 内容は極めて単純かつ明快。人間の勇者が悪い魔族の王……魔王を討伐するという、ただそれだけの話だ。

 絵本ならばその程度の描写しかないが、この物語は古くから色々な形で伝承となり本となった為、詳細な設定が付け加えられた物も多い。
 後付けの設定なのだろうが、原典すら定かではないこの物語はどれが真実なのかという議論すらされる事はない。創作なのだから、どれも偽物で、どれも本物なのだ。
 何度も読み解かれその度に姿を変えて来たこの物語は、数多くの異なる物語が作られた後も変わらず、広く世界の"人間"に親しまれている。

 体感時間で一年程前、人間の街に立ち寄った際に読んだ最新の本では、勇者は三人の仲間と共に戦ったという設定が加わっていた。その前に読んだバージョンではヒロインと二人で戦っていたので、人数的には倍に増えた事になる。
 敵の魔族にも複数の幹部の描写が追加され、よりドラマチックに勇者と魔王の戦いが演出されている。幹部が揃いも揃って尽く外道なのは失笑が禁じ得なかったが、これはこれで面白いものだ。
 元々が子供向けの冒険活劇で創作なのだ。面白いならどんな設定しても良いだろう。子供の頃に読んだ絵本とは既に別物だが、これはこれで良い物だと思っている。
 徹底的に魔族が極悪非道な悪役として描かれた物の中では、大陸の九割を支配圏として、人間のほとんどを抹殺した状態から始まる絶望的な設定の物もあった。
 が、それは物語とはいえ盛り過ぎだ。そんな状態で人間が文明を維持出来る筈もないし、九割も攻め落としているのに残り一割が残っているのも良く分からない。
 ……まあ、こんな現実離れした設定でも、物語だから問題はないのだろう。

 だが、このように内容を変え、設定を変えて紡がれる物語でも変わらない部分がある。
 勇者は人間であり、善であり、正義である。そして、魔王を含む魔族は悪役だ。この二つだけは絶対の不文律であり、変わる事はない。
 時代により、作品により戦いの大義が違う、登場人物が違う、結末が違うものもある。人間以外の別の種族が仲間になる事もあるし、或いは先の時代では敵だったドラゴンが味方に付く事もある。
 だがいつの時代でも、正義の勇者が悪の魔王を倒すのは変わらない設定で物語の土台だ。

「はあ、魔族というのはとても怖い種族なのですね」

 俺が話を聞かせている少女。サティナは言う。
 その目は見開かれてはいても光を映し出す事はない空虚なものだ。こちらに向いてはいても俺の姿は認識していないだろう。

「御伽話だよ。俺も魔族だが、人間を害そうなんて考えた事はない」

 誰がいつ作ったのかも分からない創作だ。原典どころか、元になった出来事があるかも怪しい。
 実際の歴史の中で魔族が人間と敵対した事はない。それどころか、魔族の国は極端な辺境にある為、どこかの国と戦争をしたという記録もない。せいぜい魔族同士の内戦程度だ。
 少なくとも数千年分の記録は残っているのだ。それらを全て捏造するのは不可能に近い。
 有り得るとしても、せいぜいが国同士の戦争に一部魔族が混ざっていたという位だろう。そんな場合なら、両方の国にいたっておかしくない。どこの国にだって魔族位いるのだから。
 この物語が生み出された過程は分からないが、元々は人間の勇者を自国、魔王を他国とした戦争用のプロパガンダとして作られたのではないかと、知り合いの学者は言っていた。
 それを後世の人間が、物語として分かり易く改変したのではないかとも。証拠もないのでただの推察に過ぎないが、有り得ない話ではない。

「魔王も勇者も実際にはいないのですか?」
「魔王はいるな。我々の王がいわゆる魔王だ。何度か謁見した事はあるが、穏やかな気性の方だったよ」

 虫も殺せないような優しい方だった。演技でもあの方が悪役をやるのは難しいだろう。記録に残っている歴代の魔王も皆そんな気性だったという。
 実際の歴史では戦争を起こすのは決まって人間だ。いつだって魔族はそれに巻き込まれるだけ。そして、大抵は貧乏くじを引かされる事になるのだ。

「勇者様が魔王を討伐する理由がありませんね」
「はは、俺が魔王と戦うのはちょっと勘弁願いたいな。それは正義ではない」

 サティナが勇者と呼ぶのは、御伽話の中の勇者ではない。

「では、勇者様は誰と戦う事になるのでしょうか」

 この子の言う勇者とは"俺"の事だ。

「悪いお隣の国、オーレンディア王国と戦うそうだ」

 だが、この世界の勇者は悪い魔王を倒す正義の体現者ではないらしい。

「王国はとても大きくて強いと聞きます。大丈夫でしょうか」
「大丈夫だ。気にする必要はない」


 侵略の兵器として使われるただの奴隷だ。



-2-



「いよう、勇者サマ」

 部屋を出ると、そこに待機していたかのようなタイミングで男が話し掛けて来た。
 いつもヘラヘラしている小柄な男だ。名は確かゴンサロと言ったか……。

「サンゴロだよ。忘れんな」

 悪いな。この国の人間の名前は覚えたくないんだ。
 それにしても変な名前だ。単語の意味するところも分からんが、音の響きからして美しくない。

「勇者サマのいた世界には転生者はいなかったのかい?」
「そんな奇っ怪な存在はいなかったな。確か、生まれ代わりというやつだったか?」

 死んで、記憶を保持したまま別の存在として再び生を受ける。そんな例がこの世界にはいくつもあるそうだ。
 死ぬ以前の生の事を前世と呼ぶらしいのだが、その前世は何もこの世界に限らず、別の世界からも転生するという。
 俺のいた世界から生まれ変わった奴がいるかも知れない、なんて少し考えたりもしたが、俺には関係はない事だとすぐに興味もなくなった。
 このゴン……サンゴレもその転生者で、名前が変なのはその前世とやらの名前とこの世界の名前が合わさった結果らしい。何故態々合わせるのか分からんが、違う世界の名前が交われば変にもなるだろう。

「別の自分として生をやり直すというのはどんな気分なんだ?」

 前世の記憶は子供の頃に戻るのが一般的だが、新生児、つまり生まれたばかりの赤ん坊の段階で記憶を持つ者もいるのだという。この男もそうだと以前勝手に喋っていた筈だ。
 聡い赤ん坊など気持ち悪いだけだと思うのだが、親は何とも思わないのだろうか。

「大した事じゃねえよ。ちょっとばっかし記憶の量が多いだけさ。ガキの頃は周りに比べて多少頭が良いが、今ではこんな感じだ」

 早熟な子供でも大人になれば埋もれていく事は珍しくないが、スタートライン自体が違ってもそんなものか。
 無為にただ長く生きても成長などしないのは、魔族の生を通じて体感している。魔族の生は長いが、その大半は何も成せずに歳月を重ねるのだ。
 むしろ、人間のほうが何かを成し得る事は多いように思える。短い生の中で、それを最大限に活かそうとしているのだろう。
 転生はその概念を引っ繰り返す。継ぎ足された人生は、人を無気力にしてしまわないだろうか。

「なるほど、何年生きようが一度死のうが、お前のような馬鹿は馬鹿のままという事か」
「言うね勇者サマ。だがまあ、俺は確かに馬鹿だし、間違っちゃいねえ。生まれ変わろうが根本的な部分なんてそう変わる筈ないのさ。クズはクズのまま。馬鹿は馬鹿のまま」

 まあ、お前は馬鹿だとは思うが、クズとは思わんよ。真にクズというのは、この国の上層部の連中の事を指すのだ。連中は本当に救い難い愚か者だ。

「今日もサティナ嬢とお話かい? 時間があればいつもだな。もうヤッちまったのか? どんな具合なんだ。勇者サマのモノはやっぱり勇者って感じなのかい?」

 相変わらず下賎な男だな。こいつは口を開けばそんな話ばかりだ。何故態々俺の下半身事情を暴露せねばならないのか。
 そもそも魔族は寿命が長い代わりにそういった欲求が薄い。年中発情している人間とは違う。この男は知らんだろうが。
 世界が違えばまた法則も違うのかも知れないが、少なくとも俺のいた世界で魔族と人間はそういった関係にはならない。
 仮にこの世界ではそれが有り得るのだとしても、俺が彼女とどうこうする事ないだろう。

「彼女とはそういうんじゃない。それはお前だって分かってるだろうに」
「知ってて言ってるんだよ。男同士の会話なんてそんなもんだろう。大人のコミュニケーションって奴だ。部隊の中ではこんな話ばっかりだが、勇者サマもお仲間とそんな話はしなかったのか?」
「知らん」

 少なくとも、これまで生きてきた中でそんな常識はない。仲間もいない。俺はいつだって一人だった。魔族の中でも孤立し、人間には敬遠され、戦場にはモンスターしかいない。
 必要がなければ何年も誰かと話す事さえしない。たまに話すのは俺以上の変人だけだ。男同士の会話の常識なんて身につく筈もないだろう。この男の話は合わないと思うから、それが常識とはとても思えん。

「で、何の用だ?」
「本当に通りすがっだけかもしれねえぜ」

 そんな筈はあるまい。軽薄そうに見えてやはり軽薄なこの男だが、無駄な事はしない。一見無駄に見える行動も意味があっての事だ。この男の価値観でもって意味のある事だが。

「お前とそんな運命的な接触はしたくないな」
「俺もごめんだ。隊長が呼んでるぜ。今日の夜、いつもの会議室に集合だ。……いよいよ始まるそうらしい」
「……そうか」

 いよいよ悪い王国との戦争が始まるらしい。
 ……いっそ、本当に魔王でもいてくれれば気が楽になるんだが。



-3-



 オーレンディア王国とは、この世界の、今いるこの国の隣国に位置する大国らしい。
 その歴史は古く、ここ数十年で体制が出来上がったこの国とは比べ物にならない。
 この国はその王国の属国だ。戦争の多いこの大陸で、恭順して生き延びてきたそうだ。そうでもしなければ、こんな小さな国が生き残れる筈もない。
 歴史だけでなく、国の規模も格も比較にならない。そもそもオーレンディア王国と比較し得るのは大陸内ではリガリティア帝国だけだ。
 俺は地図と簡単な資料を見ただけだが、それで分かる位には明確である。人口比なんて、どちらもこの国の十倍以上だ。本来ならば歯向かう事自体が愚かしい。
 そんな大国に、こんな小国が戦争を仕掛けるという。……いや、もう戦端は開かれているのだから、"仕掛けた"か。
 国の上層部が言うには、不当な圧政を敷いている王国は従うに値せず、との事だが、実際はただの独立戦争だ。
 さっきの男……サン……なんとかが言うには、王国は今公にしていない内戦で疲弊状態らしい。その隙を狙うつもりなのだろう。
 独立してどうするのか。庇護をなくした状態で周りの他の国とどう立ち回っていくのか。肝心の帝国への対応はどうするのか。
 そんなビジョンはおそらく持っていない。ただ独立したいという子供のような理由というのも有り得る。
 王国が疲弊した結果、連鎖的にこの国も追い詰められているのかもしれないが、俺が見る限り、この国には独立国としてやっていく実力もノウハウもない。
 強者の影に隠れてコソコソ立ち回っていた者が、その影を作っている者に牙を剥いてどうしようというのか。上層部の連中は戦争の熱に浮かれるだけで何も見えちゃいない。
 ……国民もか。煽動されて、国全体がこの戦争が正義の聖戦と勘違いしている。馬鹿ばかりだ。いや、馬鹿はゴロなんとかの事だから、それ以下だ。大馬鹿だな。救いようのないふざけた国だ。



「もう終わりか?」

 日課の訓練という事で、所属している第三軍、そこに雇われた傭兵部隊と模擬戦を行う。あのサゴなんとかが所属する傭兵隊だ。
 傭兵だから勿論正規の軍隊ではないが、練度はそれ以上だという触れ込みだ。
 その評価は間違っていないが、比較対象のレベルが低いだけでこの部隊も大した事はない。全員こうして無様に転がっているのがその証拠だ。

「勇者サマはお強いからな。剣は当たらねえし、当たっても斬れねえし」

 全員ではなかったな。サンなんとかが俺の傍らに立って喋り始めた。そういえば、さっきからこいつの姿が見えなかったが、どこに隠れていたのだろうか。

「お前は何故参加しないのだ。サンゴラ」
「惜しい、サンゴロだ」

 周りは死屍累々で、起き上がれる奴はいない状態だ。お前もこの部隊の所属だろうに。仲良く転がれば良いじゃないか。今からでも叩きのめしてやろうか。

「こんな無駄な訓練やってられねーよ。勇者サマとは隔絶し過ぎてて何の意味もない。隊長も何考えてるんだか分からん」
「サボって良い理由にはならないだろう」

 部隊として、仕事として必要な訓練だと隊長が判断したからやっているのだ。気が乗らないが、俺も請われたからやっている。

「俺は副隊長として監視の役目を仰せつかっているのです、はい」
「お前、副隊長だったのか」
「違うけどね。ウチに副隊長なんて立場はないし」

 ふざけた奴だ。……まあ、こいつの言わんとしている事は分からないでもない。
 傭兵隊の隊長に請われて始めたこの訓練だが、実力が違い過ぎて実になるとはとても思えない。指導に慣れた奴ならまた話は違うのだろうが、俺が出来るのは叩きのめす事だけだ。
 拮抗してる、或いはその実力差がそれほどでもないのならこの方法でも身につくだろうが、これだけ隔絶してると技術も盗みようがない。ただ痛い思いをするだけだ。
 それ程までに俺とこいつらとの差は激しい。……いや、この世界の人間とのだろうか。

 この世界にはレベルもHPも、概念自体が存在しないらしい。というのは召喚されてすぐに知った事実だ。ステータス自体は存在するようなのだが、それらの項目がごっそりと抜けているようだ。
 ギフトやスキルの概念、魔術は存在する。アクションスキルもあるにはあるらしいのだが、それ単体ではたかが知れた力しか身につかないだろう。
 ほとんどの人間は自分のステータスを確認する術すら持たない。いちいち教会とやらに行って確認してもらうらしい。
 俺も一度その教会とやらに行ったが、やってる事はただの《 簡易鑑定 》だ。あれでは見える情報も少ないだろう。スキルが五つ以上あったらどうするのだ。
 勝手に勘違いして貰えたから、こちらの力を隠せてラッキーだったが。

「やっぱアレか? その浅黒い皮膚はリザードマンみたいに特殊な作りになってるのかい」
「お前らと大して変わらんよ」

 魔族の皮膚は人間のそれよりは頑丈だが、大した差はない。こいつに言っても分からないだろうが、斬れないのはHPの壁があるからだ。
 HPがないという事は身を守る壁が物理的なものしかないという事だ。この国の兵士達が身に纏う鉄の甲冑は、その金属としての硬さで攻撃を耐えるものらしい。
 HPがなければそういう戦い方になるのは仕方ないが、随分と大変な世界だと思う。それでは歩くのだって大変だろうし、ゴブリンはともかくオークを倒すのにも難儀するだろう。
 人間は魔族よりも脆弱だ。その上で一切の加護のない状態でまだ侵略戦争をしようというのだ。闘争本能に満ち溢れていて結構な事だ。あ、独立戦争だったか。
 この訓練場の死屍累々を見る限り、そんな人間相手なら例え十倍以上の戦力比だろうが、俺がいれば引っ繰り返せる程度のものだ。
 なんなら戦うのは俺一人でも良い。そこに意味があるというのなら、一人でオーレンディア王国を陥落して見せよう。
 大人と子供というレベルではないのだ。実力だけなら確かに勇者と呼ばれてもおかしくない。子供相手に本気で力を振るう大人気ない勇者だ。

「凄いね、勇者召喚の加護とやらは。俺も召喚されたらそんな感じで強くなれんのかね」
「さあな」

 どうもここの連中は、俺のこの強さを召喚に伴って付加された力……何かの加護と勘違いしているらしい。
《 翻訳 》のスキルは確かに付加されたようだが、それ以外は何も変わっていないというのに。わざわざ手の内を明かす必要もないので、勘違いさせたままにしてあるが。



『勇者殿の所属は我が第三軍になるが、貴様に決められた配置はない。都度指示に従って、各部隊と連携するように』

 不味い夕食の後、作戦会議とやらで伝えられた内容はそれだけだった。要するに危険な場所を教えてやるから、一人で戦えって事だ。作戦もクソもない。
 だが、あの隊長の判断は正しいだろう。俺のような新参者とまともな連携などとれる筈ないし、合わせるような実力でもない。
 この国の騎士団や参謀だったら無理矢理部隊に組み込んで使おうとするだろうから、あの傭兵隊長は良く分かっているという事なのだろう。
 実際に戦争を経験しているというのは大きい。そこは褒めても良い。

「出撃前に星見とは趣味が良いね、勇者サマは」

 ただ一人中庭で星を眺めていると、ゴンサロ……サンロゴ……。

「サンゴロだ」

 ……サンゴロが話し掛けてきた。
 出撃までそう日もないが、準備も連携もする必要もないとなっては暇にもなる。星の観察など趣味ではないが、やる事がないのだ。基本的に王城から出る事は禁止されているし、この時間ではサティナは既に就寝済みだ。こいつは……センゴラは俺と違ってやる事はある筈なのに暇なのだろうか。

「作戦内容が不服みたいだな。元々の顰めっ面がより険しくなってんぜ」
「うるさい。元々は余計だ」

 仏頂面は元々なんだ。気にしているのだから触れないでくれ。子供が逃げていく位に強面だという事は自覚している。その上、笑うと子供が泣くのだ。仏頂面にもなるだろう。

「お前さんがいた世界にも星はあったのか?」
「こういうところは変わらないな。見える位置や明るさは違っても星は星だ」

 元より星を眺めるようなロマンチックな趣味はないから、星がどんな配置で輝いていたかなんて覚えていない。ここにいるのは考え事をするのに丁度いいからだ。

「俺のいた世界にはガデスという衛星があってな」
「えいせい?」

 衛星を知らないのか。……まさか、あの星々が何であるのかを知らないなんて事はないよな。
 ……星がある以上、この世界も丸い球形をしていると思うのだが。いや、分からんか。何せ別世界なのだ。この大地が巨大な亀の背中という事も有り得る。機会があれば水平線でも見てみる事にしよう。

「まあ、そういうデカイ星が毎晩夜を照らすんだ。この世界にはないみたいだな」
「ほー、じゃあ夜も明るかったりするのかい? 照明いらずだな。経済的だ」
「そこまで明るくはない」

 ガデスがないのはここが異世界である証明だ。あれが空に出ていると頭を押さえつけられたような気分になるが、なければないで寂しいものがある。

「故郷が懐かしくなったか? いきなりこんな所に呼び出されたんじゃ無理もないか」
「この国は嫌いだが、別に故郷に思い入れがあるわけでもないな」

 星の話になったから話題として挙げただけだ。
 家族もいない。友人は……いるにはいるが、元々頻繁に会っていたわけでもない。体感時間的には数十年に一度程度だ。
 帰れるかどうかはともかくとして、百年後にひょっこり帰ったとしてもせいぜい久しぶりと言われる位だろう。……このままいなくなっても誰も気にも留めないかもな。

「世界が違うんじゃ故郷に帰るのは難しいだろうが、勇者サマは逃げたりしないのかい?」
「……お前も知ってるだろう? あの魔術士に洗脳の魔術を掛けられてるんだ」

 召喚された直後に洗脳魔術を掛けられた。確か、効果は絶対服従だった筈だ。

「でも効いてねえだろ、それ」

 あっさりとサン……サン……ヘラヘラ男は言う。
 なんだ、この国は馬鹿しかいないと思っていたが、見抜いてる奴もいたんだな。あの馬鹿魔術師や阿呆大臣は気付いてないぞ。
 あの程度の魔術、俺に効いたりするものか。あれが効くのはレベル一桁か精神耐性に弱点を持つような奴だけだ。

「お前さんを使わなきゃ勝ち目のない戦争を仕掛けるのが間違ってるんだ。逃げちまえよ」

 なんだ、こいつはわざわざ俺を逃がそうとしているのだろうか。俺がいないと負けるぞ。

「そういうわけにもいくまい」
「数日前に会ったばっかりの女に熱を上げて、人質にされて、大量虐殺でもするつもりか?」

 なるほど、この男にはそう見えているらしい。
 確かに俺が縛られてるのはそれだ。悩んでいるのもそれだ。変わらない答え。出る筈のない打開案をひたすら検討している。何とかあの哀れな子を救えないかと頭を抱えている。
 俺は頭が良くないから未だ対策を出せないが、頭の良い奴は現状を打破する方法を思い付いたりするのだろうか。……こいつも馬鹿だから頼りになりそうにはないな。

「この国の勇者とやらは、非のない相手を大量に殺害する事を生業としているらしいぞ」
「そんな血塗られた英雄譚は絵本に出来ねえな」

 違いない。

「仮に逃げるとしても、俺がいなければ逆にこの国の人間が虐殺だろう」

 俺の出番はまだ来ていないが、戦端は開かれているのだ。既に血を流している以上、取り消す事は出来ない。

「それは随分と取ってつけたような理由だな。……いいんだよ。仕掛けたのはこっちなんだから。滅びれば良いんだ」

 随分と過激な発現だ。傭兵とはいえ、とてもこの国の人間の言葉とは思えんな。

「その場合はお前も死ぬ事になるんだが?」
「そりゃ仕方ねえ。俺達は傭兵だからよ。金貰ってるんだよ。でも、お前は何も対価を貰ってねえじゃねえか。タダ働きだ。あの呪い付きの嬢ちゃんを好きにして良いって言われたって、対価にはならんだろ」
「…………」

 衣食住は提供して貰ってるがそれだけだ。
 いきなり呼び出されて、効いてないにしても服従の魔術を掛けられ、侵略戦争の最前線に送り込まれる対価としては不足しているだろう。
 サティナをどうこうするつもりもないし、そういった欲求があるわけでもない。言う通り、割に合わないにも程がある。

「お前がいりゃそりゃ勝てるだろうよ。むしろお前だけで勝てるだろうさ。でもそれじゃ俺達は何の為にいるんだって話だ」
「金の為じゃないのか?」
「かーっ! そうだよ、その通り。正論だ。傭兵の俺達は金の為に戦ってる。……だがな、お前さんみたいなの見てるとイライラするんだよ。いてもいなくても意味のない、そんな存在なんて金貰っても真っ平御免なんだよ」

 傭兵なりの矜持という奴だろうか。こいつにも譲れないものがあるという事か。……俺には良く分からない。

「だいたい、そうやってお前の力だけで勝ったところで国が金を払うかどうか怪しいだろうが」
「それもそうだ」

 そっちのほうが、理由としては現実的だな。碌に仕事してないのだから、雇う側がゴネればそれで終了だ。
 俺の世界でもそうやって代金踏み倒された傭兵はいた。傭兵ではないが、俺も踏み倒された事がある。
 法律が整備されてない国では、雇用側の力は強いからな。ましてや戦争なんて荒事ならもっとだ。用済みになったら消されてもおかしくない。

「お前こそ逃げれば良いだろう。元々ドサクサに紛れて逃げるつもりだったのかもしれんが」
「勇者サマがいる限り、ウチの隊長も逃げる事を了解しないんだよ。勝てちまうからな。逃げるなら綺麗さっぱり逃げてくれたほうが動き易くて良い。だからさっさと逃げろ。早く逃げろ。消えちまえ」

 酷い言い草だが、別にお前の為に残ってるわけではない。

「良いじゃねえかよ、忘れちまえよあんな女。背負って生きていくには重過ぎるだろ」
「それは……出来ない」

 見てしまったのだ。知ってしまったのだ。そうすれば、忘れる事など出来ない。そういう風に割り切れないのだ。俺は。
 勇者はあんな少女を見捨てたりはしない。だが、侵略戦争に加担して大量虐殺をするのもまた勇者ではないだろう。そんな事は分かっている。分かっているのだ。

「まったく、勇者サマなんだから御伽話みたいにダンジョンに潜ってドラゴン退治でもしてれば良いのに」
「……この世界にもドラゴンがいるのか?」

 ダンジョンに潜るのはつい先日までやっていた事だ。やるのは構わないが、そんな生物がこの世界にもいるのだろうか。こんな脆弱な連中では、雑種相手でも歯が立つまい。

「例えだよ。そんな化け物がいたらその付近の文明は崩壊だ。手立てがねえ。御伽話だから出来るんだ」
「純血種や古代種なら厳しいが、ただのドラゴンなら何とでもなるぞ」

 召喚の際に持って来れなかった武装があれば、もっと上……上位種位ならなんとか出来る。
 そういえば《 アイテム・ボックス 》も空になっていたが、中身はどうなったんだろうか。

「ほんとに化け物なんだな。勇者サマは」

 つい最近も仕留めてるからな。それにドラゴンでなくても強いモンスターはいる。ゴブリンだって格が上がれば強敵だ。

「この世界にもダンジョンがあるのか?」
「ああ? あるぞ、モンスターが湧いてくる穴の事だろ。傭兵やってるとダンジョンの間引きに参加したりする事もあるからな。基本は冒険者の仕事なんだが、数が多いとそうも言ってられない。勇者サマの世界にもあるのか?」
「あるな」

 レベルもHPもないのに良くやるものだ。

「という事は無限回廊もどこかにあるという事なのか?」
「なんだその無限なんとかってのは」
「知らんならいい。気にするな」

 ずっと疑問に思っていたのだが、一方通行とは言え世界間転移をこの国の魔術士……この場合はサティナが成功させる事は難しい筈だ。
 或いは無限回廊にいたせいでこの世界に落ちたというのが正しいのだろうか。
 だとすると、無限回廊が他世界と繋がっていると言っていたあの男の推論は正しい事になる。眉唾ものだったが、大したものだ。いや、まだ実証出来たわけではないのだが。

「その冒険者とやらはダンジョンに篭って糧を得ている者達なのか?」

 言い方は違っても、俺の世界で言う迷宮探索者の事のように聞こえる。

「冒険者はそんな上等なもんじゃねーよ。大体モンスター相手にしてどうやって金稼ぐんだよ」
「?」
「何訳が分からないってツラしてるんだ」

 分からないのだから仕方ない。モンスターを倒せば何かしらのアイテムが手に入るだろう。それは職業として成立しないのか?
 ……ああ、戦力差が有り過ぎて割に合わないのか。納得だ。

「噂ではそんな事してる街もあるって話だがな。ねえよ。冒険者は何にもなれないやつが仕方なしに就く職業だ」
「そうか」

 無限回廊があれば、或いは元の世界に戻る事も出来るかと思ったのだが、この分だと人類の文明圏にはなさそうだな。
 話に聞いた暗黒大陸や魔の大森林あたりを捜索してみるか。片っ端から遺跡やダンジョンを巡ればいつかは辿り着くだろう。
 この世界に無限回廊があるという前提だが、そこはあいつの話を信じるしかあるまい。

 ……それよりも目の前の事のほうが問題か。
 オーレンディアとの戦いはもう始まってるのだ。俺の出番も近い。その間に、なんとかサティナを救う手立てを考えねば元の世界に戻る手段を探す事も出来ないだろう。
 せめて芯の部分位は勇者として在りたいと、そう願わなければやっていられない。



-4-



「明日から暫く留守にする」
「王国との戦争ですか? 勇者様ならきっと大丈夫だと思いますが、気をつけて下さい」
「善処するよ」

 俺という個人が最大戦力である以上、戦略的に負ける局面はあるかも知れんが、間違っても俺自身が死ぬ事はないだろう。
 いざとなれば秘密にしている魔術を行使しても良い。だが、この分だとアクションスキルすら必要ないかもしれない。

「勇者様は勇者様ですから。悪い王国になんか絶対負けません」
「……ああ、そうだな」

 分かってはいても、サティナの酷く純粋で盲目的な言葉に心が折れそうになる。
 ここで、真実を伝えてしまえば楽だろう。俺は勇者でもなんでもなく、聖戦はただの侵略戦争で、お前はその戦争で使い潰す為の奴隷を異世界から拉致した犯罪者だと。

「…………どうかしましたか、勇者様」
「いや、なんでもない」

 だが、それが如何に酷な事であるか。きっとサティナの心は保たないだろう。簡単に崩れ落ちる。
 そうでなくても俺が僅かでも逆らう素振りを見せれば、この子に更なる呪いが掛けられるのだ。
 ただ適性があったというだけで黒オーブを使用する事を強要され、召喚の技能と引き換えに視力を失ったこの子を更に苦しめろというのか。

 そんなものは正義ではない。俺が憧れた勇者の在るべき姿ではない。
 あの魔術師にとってサティナは保険だ。俺に洗脳が効いていない事を知らないあいつらは、サティナの命を奪う事も躊躇わないだろう。
 俺に呪術の適性があれば、この程度の呪いなど簡単に払ってみせるものを。

 何故、この子に対してこんな思い入れをしているのかは自分でも分からない。
 種族も違う。生まれた国が違う。世界すらが違う。その上、この世界に俺を呼び出した張本人だ。これが物語なら悪役側の人間だ。
 だが、弱い者、虐げられている者を救うのが勇者なのだ。それは俺が俺である為、先に進む為に必要な活力なのだ。
 きっとここでサティナを見捨てれば、前に進めなくなるだろう。それは分かる。

「勇者様?」
「悪い、もう行くよ」

 ……ああ、俺は何て弱いんだ。こんな弱い奴が勇者だなんて、とんだお笑い種だ。

「はい、私はこの通り目も見えませんし、歩けもしないですが、その代わりここでずっと祈っています」

 誰に祈るのかなんて知らない。
 だが、この世界の神よ。もしもいるのなら、この子を救ってやっては貰えないだろうか。
 神でなくてもいい。誰でもいい。

 俺には勇者という道化の役しか演じられない。


 誰か助けてくれ。






「よお、別れの挨拶は済ませて来たのかい」

 集合先へと向かう途中に待っていたのは、ヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべた小男だ。

「……サンゴロか」
「お、ようやく名前を覚えてくれたみたいだな。繰り返し言ったかいもあったってもんだ」

 その勝ち誇った顔はムカつくな。

「もう忘れた」
「酷いな、おい」

 こんなふざけたやりとりも、お前はきっと、俺の心境を直感的に理解してやっているんだろうな。随分と助けられている気がする。
 ……こいつも死なせたくはないな。

「まあ、精々死なないように頑張れよ」
「俺は生き汚いので有名なんだ。うちの隊の誰が死んでも俺だけは死なないぜ」
「確かにお前は殺しても死ななそうだ」

 だから、せめて名前位は覚えておこう。この掃き溜めのような腐った国で、俺にとってお前はそれ位の価値はあると思うのだ。

「あと、その勇者サマというのはやめろ」
「勇者サマは勇者サマじゃないのかい? というか、名前知らねーし」

 ああ、そういえば勇者として紹介されて、あのクズたち以外誰にも名乗った覚えがないな。

「俺の名はベレンヴァールだ。ベレンヴァール・イグムートという。覚えておけ、サンゴロ」
「おー、家名持ちだったのか。……了解、覚えておく」





 古い御伽話がある。
 あまりに古く、出典すら定かではない英雄譚だ。
 内容は極めて単純かつ明快。人間の勇者が悪い魔族の王……魔王を討伐するという、ただそれだけの話だ。



 幼い頃、俺はその御伽話に憧れて、勇者になろうと思った。
 そんな俺を見て、人間も、同胞の魔族もが、悪役である筈の魔族が勇者になんてなれないと、そう言った。
 だが、俺は諦めきれなかった。夢に見た理想の自分になりたかったのだ。

 何でも願いが叶うという死の試練、『無限回廊』に挑戦したのもその為だ。
 そうして無数の死と引き換えに力は手に入れた。
 しかし、英雄と呼ばれるような力を手に入れて尚、理想には一歩も近付けていない気がする。

 そうしてここへ辿り着いた。勇者と呼ばれ、悪行を強要されるこのふざけた世界に。

 勇者の在り方から、正義の体現者から遠ざかっていくのを感じる。近付こうと努力すればする程、理想が遠のいていく。

 魔族は勇者になれない運命だとでもいうのか。
 理想を諦めろと、そう言うのか。



 誰も応えてはくれない。



次は第三十一層攻略の話です。(*´∀`*)
+注意+
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