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その無限の先へ 作者:二ツ樹五輪(*´∀`*)

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第2話「引っ越しをしよう」

-1-



 クランハウスの見学が一通り終わった後、マネージャーさんの経歴について紹介してもらった。
 そのまま地べたでというのもあんまりなので、《 アイテムボックス 》に用意してあった椅子とテーブルを配置した。簡易リビングの完成だ。
 残念ながら飲み物は外のコンビニで買ってきたものだ。

 向かい合わせに座り、改めて彼女の情報が記載された資料に目を通す。
 名前はククリエール・エニシエラ。今度ウチのクラン……まだクランではないが、クランのマネージャーとして配属されたギルド職員だ。

「ククリエールって長い名前だな」
「ククリでもエニシエラでもなんとでもお呼び下さい。友人からは主にククルと呼ばれています」
「じゃあククルで。こっちも好きなように呼んでくれ」

 見た目は真面目そうなお下げ眼鏡さんだ。仕事以外では外しているらしいが、会館で会う場合はこのスタイルになるのだろう。
 迷宮都市なら視力は何とでもなるだろうから、ファッション以外で眼鏡する事ってなさそうだもんな。

「あ、これは一応能力付与で《 集中力 》がついてます」

 眼鏡はファッションではないようだ。摩耶がロッテ戦の時に使ってた眼鏡みたいなものか。

 種族は見た目通り人間。性別は女の子。年下だと思っていたが年上で今17歳だそうだ。2個上である。
 今回の件が特例という事もあって、クランマネージャーとしては最年少になるらしい。
 本職としてはギルド職員だが、実は冒険者でもあるようだ。

「もう冒険者として上に上がるのは諦めましたけどね」

 元々は冒険者を志してデビューまでは漕ぎ着けたらしいのだが、適性が絶望的で無限回廊の10層を攻略出来なかったようだ。
 戦闘能力は皆無。戦闘に直結するスキルは1つもなく、唯一役に立ちそうなのは、パンダから逃げ回る内に習得した《 逃走術 》だけっていうならそれもしょうがないのかもしれない。

 でも、10層位なら武器を何とかすれば強引に突破出来ないだろうか。
 マシンガンとか……あるか知らないがロケットランチャー等の銃火器があれば、いくらHPの壁があろうがボスパンダ程度なら倒せそうな気がするんだが。
 ……そこを突破しても後には続かないだろうから、そんなに意味はないかもしれない。

 現在ではギルド職員としてのランクのほうが上らしい。俺は知らなかったのだが、こういうランクは冒険者以外の職業でも個別に存在するそうだ。
 戦闘能力の代わりに事務能力が優れてたというので、そちらの道に進んだのは英断なのだろう。俺達のような外から来た人間のように冒険者になる事を義務付けられているわけでもなく、職員からの推薦もあった位なのだから。
 いつかユキが言ったように、他に道があるのならわざわざ痛い思いする事もない。

「ギルド職員って冒険者でもなれるものなのか?」
「本来はバイトでも駄目らしいですが、カナン……受付嬢さんの推薦を頂きましたので、特例として採用されました。デビュー時点で《 事務処理 》スキルはLv3あったので」

 この資料を見る限り、それからLv6まで伸ばしたって事か。この子も凄いが、受付嬢さんの見る目が凄えな。
 俺自身がLv6のスキルを3つも持っているのでピンと来ていないのだが、Lv6っていうのは剣でいう達人以上って事だ。
 1年でこれならまだ伸び代すらあるって事でもある。ちょっと凄い。

 詳しく聞いてみたらギルド職員が冒険者紛いの事をする事はあっても、逆はほとんどないらしい。
 他の冒険者の詳細情報も知る事になる訳だしな。彼女の場合は結構な特例みたいだ。

「《 事務処理 》のLv6ってのはどんな感じなんだ?」
「説明の難しい話ですけど、事務処理限定で文章力や書類の構成力に補正が掛かったり、文書を読んでいる際に重要箇所が把握し易かったり、ですね。
手続き毎の関連性の把握や、どういう流れで仕事をするか等の大まかなスケジュール能力も含みます」

 地味だが、有用そうなスキルだ。軽く言ってるが、Lv6って事はその精度やスピードは桁外れなのだろう。ミスとかしなそう。
 秘書とか合うんだろうな。……マネージャーが既に秘書みたいなものか。

 Lv6スキルは、俺で言うと、《 死からの生還 》、《 生への渇望 》、《 痛覚耐性 》の3つだ。最早何も言うまいが、死なない為のスキルへ極端に偏っている。
《 痛覚耐性 》はまあいいだろう。Lvが上がれば痛みに強くなる。強くなるだけで痛いのは痛い。これは身を持って実感してる。
《 生への渇望 》はHPが1になった時、一定時間HPダメージを無効化する効果だ。このLvが上がると無効化する時間が長くなる。HP以外の肉体ダメージは食らう。
 そして良く分からないのが、《 死からの生還 》だ。これは《 不撓不屈 》と似たようなスキルで、HP0になった時、1度だけHP1になるというものだ。
 では、こんなに効果のはっきりしているスキルで、Lvが上がってどう変わるのかと聞いてみたら

「《 死からの生還 》は習得者が少なく、全容がはっきりしていないスキルです。そのスキル効果はLv1の時のものでしょう」

 会館のデータベースで調べた情報なのだが、それも完全な情報ではないという事か?

「じゃあ、Lv上がるとどうなるんだ?」
「1回じゃなくなるとか……HPの回復量が増えるとかですかね?」

 HP1だから意味があるんじゃないだろうか。HP2だと《 生への渇望 》が発動せんがな。

「会館のデータベースに登録されているスキルの情報は、習得者が検証した結果なので、内容は絶対と言えない部分があります。
後で打診は来ると思いますが、スキルの検証します、と言えばギルドが買ってくれるでしょう。検証作業も手伝ってくれると思います」
「最初っからHP0の設定だと駄目だろうから、減らす必要があるんだよな」
「それは……そうですね」

 情報がアップデートされてないのってそれが原因じゃないのか?
 何でわざわざ痛い思いせにゃいかんねん。しかも検証って事は、1回じゃないだろうし。
 痛くない方法でHP0にするスキルとかないのかな。

「ダンマスだったら詳細知らないかな」
「ダンジョンマスターですか? どうでしょうか……。あの方は、基本的にギルドの運営にはノータッチなので」

 データベースの情報も手を加えてないって事なんだろうか。
 登録のない《 飢餓の凶獣 》の情報を知っていた位だから、個別に正確な情報を持ってるかもしれない。
 ……問題は連絡つかなそうって事だな。



「俺のスキルについてはいいや。……じゃあ、次。冒険者学校出身ってあるけど、摩耶とか知り合いだったりするのか? 同期?」
「同期は同期ですが、話した事はないですね。彼女は有名なので、一方的に知っている程度です」
「あいつやっぱり有名人なのか」

 どうやら、学生時代から将来性を買われていたらしい。実際、訓練でも感じたが、彼女は凄い。
 斥候の技能は最低限で戦闘能力を重視、なんて事を言っていたが、その"最低限"は並の斥候職が習得している以上だ。
 その上でそれ以上の戦闘能力を持つ。火力も俺やゴーウェンに届かないだけで十分ある。そりゃ有名にもなるだろう。
 訓練ではそんなに組む機会はなかったが、とにかく速い。移動も攻撃も何もかも全部だ。
 瞬間火力はともかく、攻撃スピード含めた時間あたりのダメージはユキを越えるかもしれない。

「成績もずっと上位でした」
「上位って事はずっと1位って事じゃないんだな。成績だけ見ればもっと凄いのはいるって事か」

 ああいうキャラって常にトップみたいな印象がある。漫画とかのイメージだけど。

「……いえ、もう"1人"ですね。摩耶さんの1、2年目の成績は知りませんが、3年目の1年間はずっと2位でした」
「ずっと1位だった奴がいるって事か? そいつも< アーク・セイバー >所属だったりするのか?」
「……彼はまだ卒業してません」

 ……なんで?
 将来性抜群なんてレベルじゃないだろうに。

「理由は分かりません。卒業する気がないのか……年齢的な問題に引っかかっているのか」
「ああ、若いのか。親の許可が必要なんだっけ?」
「それはそうなんですが、冒険者学校に来るような生徒は入学時点で許可貰ってると思うんですけどね」

 そりゃそうだわな。専門学校なんだし、普通は冒険者になるだろう。目の前も例外はいるが、この子の場合も結構な特例だ。

「デビューすれば一瞬で駆け上がっていく子だと思うので、クランに誘ってみるのもいいかもしれないですね」

 そんな高嶺の花が、サージェスという見える地雷が設置されたウチを視野に入れるかな。
 そういえばその地雷さんは、昨日病院で会った時は抜け殻みたいだったが大丈夫だろうか。……入居の話もあるし、様子見に行ったほうがいいだろうな。

「そいつを勧誘するにしても、卒業まで最低でも半年以上あるだろ?」
「3年在学してトライアル攻略もしてるので、いつでも卒業出来ますよ」

 学校はそういう仕組みなのか。
 じゃあ、来月デビューしててもおかしくないって事だ。

「じゃあ、覚えておくよ。デビューしたら情報くれ。……後は趣味・特技……パンダ嫌いなのか?」
「大っ嫌いです」

 態度が豹変する位嫌いらしい。……なるほど、無限回廊10階のパンダのせいか。何回も殺されてるって事だもんな。
 ……冒険者諦めたって言ってたけど、気分転換に銃火器持って殴り込んでみるのはどうだろうか。


 これが影響したのかは分からないが、その日、久しぶりにグラサンパンダの夢を見た。
 とりあえず殴っておいた。



-2-



 というわけで、今回の試練に参加したメンバーにそれぞれ入居するかどうかの確認をとってみた。
 全員が電話機能を有効にしているわけでもないので、確認はバラバラだ。

 最初は転送施設内で偶々出会った摩耶に聞いてみた。彼女は今の寮もあるが、一応の確認だ。

「私は< アーク・セイバー >の寮があるので」
「そりゃそうだよな。まあ、偶々通り掛かったから聞いてみただけだ」

 < アーク・セイバー >の寮のほうが環境も良いし、わざわざ引っ越しする事もないだろう。

「でも、今後も攻略には参加しますし、クランを作る頃には移籍すると思います」
「そりゃありがたいが、移籍決めるにはまだ早いんじゃないか?」
「いえ、今回のイベントで自分に足りないものを痛感しました。私だけじゃなく、< アーク・セイバー >の特に下級ランクは外の環境も知るべきです」
「そういうもん?」
「そういうもんです」

 具体的な真意は分からないが、摩耶も今回のイベントで色々吹っ切れたように見える。
 今後もパーティ組んで貰えるのはありがたい。何せダンジョン攻略では必須に近い< 斥候 >職だ。その上戦闘力も一級品とくれば理想に近い。

「そういや、マネージャーから聞いたんだが、摩耶の学生時代に凄いのがいたんだって?」
「ああ、ディルク先輩の事ですね」
「……先輩なのか? まだ若いんだろ?」
「私が冒険者学校入る1年前からいたみたいです。今年で6年目ですかね? 幼年学校、中等学校、高等学校とそれぞれ1年で飛び級して卒業してるので、まさしく天才って感じです」

 どんな化け物だそれは。
 迷宮都市の教育制度は知らないが、名前から推察するに小学校から高校までを3年で卒業したって事じゃないのか?

「でも、そうですね。……先輩はツナさんに近いかもしれません」
「気が合いそうって事か?」

 エロいのかな。

「性格的な部分ではなく、性質が似てます。型破りなところとか」

 何か良く分からない奴みたいだ。何の為に6年も在学しているのか分からんし。

「中級になれば冒険者学校の実習の仕事もあると思うので、機会があったら行ってみるといいかもしれません。
先輩はともかく、今後クランメンバーを増強するに当って学校がどんなところか見ておくのもいいでしょう」
「そんな仕事もあるのか」

 通う事はないんだろうが、ちょっと興味が出てきた。
 仕事といえば、中級になったからトライアルの同伴も出来るんだな。……印象は最悪だからあまり受ける気はないけどさ。

「クランの中には< アーク・セイバー >のように在学中にスカウトしに行くところもありますしね」
「< アーク・セイバー >ってどんな基準でスカウトするんだ?」
「基準はちょっと分かりませんね。……詳細は幹部とスカウトマンしか知らないと思います」

 専属のスカウトマンがいるのかよ。さすがだね。
 こちらは弱小らしくクランマスター候補が直々に声を掛けに行く事になりそうだ。



 続いてサージェスだ。自宅にいるようだったので訪問してみた。
 昨日の抜け殻のような状態に比べると爽やかな笑顔だ。むしろ、以前よりすっきりしている。

「クランハウスですか。いいですね」
「でも、ここよりは狭くなるから難しいかもな。……荷物多いよな?」

 SMグッズとか。具体的にはもう1つの開かずの間の中身。

「無限回廊攻略には邪魔ですね。……よし、捨ててしまいましょう」
「は?」
「邪魔でしょうがないんですよね。あれらがなくなればすっきりしますし。……SMグッズとか、何が良かったのやら」
「ちょ、ちょっと待て。一体どうしたんだ?!」

《 インモラル・バースト 》の影響がまだ残ってるのか?
 当日の抜け殻みたいな状況よりマシだが、何かごっそり抜け落ちてないか? 主に煩悩が。
 ずっとこのままなら別にいいかもしれないが、元に戻るんだよな?

「お前、サージェスとして必要な物が8割位抜け落ちてないか?」
「失敬ですねリーダー。私はこれから無限回廊の攻略に全力を尽くすんです。余計な事に気を取られてる暇はありません。
昨日までの煩悩の塊ではなく、これが私本来の姿なのです」

 何か色々駄目な感じだ。これじゃ別人じゃねーか。

「……まあ待て。お前の変態っぷりは確かにアレだが、アレがお前の強みでもあり、実際戦闘力に直結していただろう?」

 これまでの難所で、サージェスの変態性に助けられた部分はかなり大きい。
 パーティ組み始めた当初ならともかく、現時点でそれを手放すのはマズいと思うんだ。昨日のロッテ戦でお前の代わり出来る奴とかいないぞ。

「最悪、戻らないのならそれでもいいだろうが、1週間位は様子を見たほうがいいんじゃないか?」
「うーむ、リーダーがそう言うのでしたら」

 というか、昨日からの変化を考えると多分元には戻るしな。その時反動受けてより酷い事になるのは避けたい。
 元に戻ったのが大切にしてた物を捨てた後とか、悲惨だろう。……賢者モードってそんなもんだ。俺も覚えがある。

「一応、お前の部屋も用意しておくよ。GPで拡張しながら引っ越しすればいいだろ」
「そうですね。雑誌の取材などもありますし……取材か……。お断りの連絡をしたほうが……いや、セミナーの方も退会の手続きを……」
「いや待て。何で俺が止めないといけないのか混乱しているが、ちょっと待て。お前はとりあえず1週間何もするな。何なら、クランハウスの部屋でずっと寝ててもいい」

 ちょっと変容が極端過ぎる。この状況で何か行動させるのは不安極まりない。
 昇格手続きは最悪遅れてもいいし、ククルに代行して貰ってもいい。

「では、1週間くらい集中して強化トレーニングでも始めますかね。……それしか出来ない合宿とか」
「……いいかもな。猫耳が言ってたブートキャンプにでも参加するか」

 何も考えられない位体を酷使すれば、余計な事は考えずに済むだろう。それで元に戻るかもしれないし。
 1週間経って元に戻らなければ、その時にまた考える。サージェスのアイデンティティが失われるが、健全だからそれでも別にいいし。

「シャワートイレも買い替えたばかりですが、どうしましょうか。< ダイナマイト・インパクト >持っていきますか?」
「いらんわっ!!」

 そんな危険物資を押し付けるんじゃない。
 何か、洗浄用の水にポーションの成分が含まれるらしいが、そんな情報もいらなかった。どんなトイレだよ。


 その後猫耳と連絡を取り、タイミング良く丁度翌日から開催されるという『ダブル兎耳ブートキャンプ』に放り込む事になった。
 どうもクランリーダーとサブリーダーの2人が指揮をとる超ハードな強化トレーニングらしい。

『ほんとに、いけに……参加者希望がいるのかニャ?! これはきっとあちしの普段の行いが良いからニャ。
あんな拷問染みた特訓には付き合ってられないニャ。これで大手を振ってバックれられるニャ。マジ感謝ニャ。』

 定員割れするとクラン員が強制参加になるらしいので、猫耳は泣きそうになって喜んでいた。
 まさかこんな事で感謝されるとは……。兎耳スキンヘッドの訓練はそんなにハードなのか。……俺も参加するとか言わなくて良かった。

 こうして、『ダブル兎耳ブートキャンプ』から逃れた猫耳さんだったが、後日、他のクラン員が逃げた枠を埋める為に強制参加する事になったと本人から聞いた。
 ……基礎訓練はちゃんとしたほうが良いよね。



「クランハウス! いいですね、いいですね。是非にお願いします!」

 ティリアは2つ返事で住む事になった。
 やたらテンションが高い。

「すぐにでも引っ越し出来ますよ。いつにしましょう」
「まあ、落ち着きなさい。ユキが入院中だから、その退院に合わせて見学に行こう」
「でも、少しだけでも見てみたいです。ほら、そのちょっとだけでも」

 女に迫る親父みたいな台詞が飛び出してきそうだ。目が血走ってるし。

「それは別に構わんが、明日でいいか?」
「はい、是非に!」

 翌日ククルの紹介を兼ねて、クランハウスに先行案内した。
 超真剣な顔で物色していたが、何がこの子をそこまで駆り立てるのだろうか。

「今後もちゃんとパーティ組んで頂けるんですよね?!」
「ああ、そりゃそうだな、宜しく頼むよ」

 訓練、試練と、散々頑張ってくれたのを見ているのだ。能力もそうだが、あそこまで戦える奴を弾く理由なんてない。
 弱点のオークについては……また考えよう。



「クランハウスか……今のアパートの家賃高いし、契約がそろそろ切れるから、それに合わせて引っ越しするかな。……変な噂も立ってるし」

 雑誌にも写真が載ってしまったから、そりゃ問題にもなるだろう。
 罰ゲームの目撃例が近所であった為、見た目が似ているガウルは変質者として疑われてるらしい。
 似ているも何も本人なのだが、種族の違いを盾に上手く誤魔化しているようだ。……本当に誤魔化せているかは知らんが。

「入居するなら、初期設定必要だから一週間以内には返事をくれ。期間空けて後から入るっていうのでも有りだが」
「契約更新来月だからな。引っ越し考えるとすぐ動かないとまずいな。荷物も多いし」
「そういえば、故郷の嫁さんどうするんだ?」
「まだ嫁じゃないが……そういや、それもあるな。中級に上がったからそろそろ結婚含めて移住も視野に入ってきてるしなー」

 別に一緒に住んだっていいが、夫婦なら水要らずの方がいいだろう。
 新婚の奥さんにサージェス近付けるとか、悪影響しかないだろうし。……次点でティリアも。

「移住にはクソ高いGPが必要になるけど、今回のイベントの報酬だけでも結構稼いでるしな。いっそ借りちまうか……」

 ちなみに、ガウルは最後まで攻略は出来てないが、途中のボーナスと動画販売禁止に伴うGPは発生している。
 俺たちと比べて冒険者歴も長いので、GPにも余裕はあるだろう。

「郊外に一軒家とか借りるとか」
「郊外でも一軒家は高えんだが、言われてみりゃあいつが住む場所の事を考えてなかった。……すまん、クランハウスは保留する。
昇格して情報開示されたから移住の詳細条件についても調べたんだが、早々になんとかなりそうではあるんだ」

 その言い方だと、数ヶ月単位の話なんだろうな。
 結婚式とかするんだろうか。獣人の結婚式とかちょっと興味あるんだけど。……タキシード着るのかな?

 そんなこんなでガウルは保留となった。



「決闘の件もあるから僕も保留。1ヶ月以内には決めるよ。初期設定は気にしなくていい」

 フィロスも保留だ。となるとゴーウェンも付き合いで保留しそうだな。

「勝手言ってるのに、悪いね」
「何も悪くはないが。……でもそうか、真剣勝負で決闘する相手と同じところに住むのもな」

 同じ家から出て、決闘しに行くのは何か違う気がする。
 気分の問題だが、こういうのはちゃんとしたほうがいいだろう。間抜けな絵になりかねない。

「そうだよね。ちょっと変な感じになりそうだ。
 ……そういえば、この前TVで見たんだけど、夕陽をバックに向かい合って決闘っていうのも格好良いよね。
 何かこう……互いに3歩歩いて振り向きざまに撃つっていう演出が良い。騎士団内で起きた喧嘩とか、もっと泥臭かったのに」
「それは創作だから、あんまり期待しないほうがいいな。音楽の演出とかもないからな」

 フィロスも順調に文明汚染が始まってるな。長い事ここに住んでると人格変わりそうだ。
 あと、俺達どっちも銃使わないからそのルールはどうだろう。

 ちなみにゴーウェンは何かの合宿に参加しているらしく会えなかったが、メールで確認したところ返事はやはり保留となった。
 入院したユキ……ユキ20%さんからは住むとの回答を貰っているので、これで全員だ。

 結果としては俺とユキとティリアの3人が完全に引っ越し、サージェスは部屋だけ用意。
 摩耶は暫く< アーク・セイバー >の寮のまま。フィロスとゴーウェンは保留。
 で、ガウルは結局ちゃんと家を借りる事に決めたらしい。嫁さん迎える為に、賃貸でも新居を用意しておくとの事だ。
 なんか大人な感じだ。とても恥ずかしい格好で夜の街を駆け抜けた狼さんと同一人物とは思えない。結婚したら、あんな事にならないといいね。

 ……意外にも住む人数は少ないな。3人じゃねーか。



-3-



 クランハウスの受け渡し期日が明日に迫る中、ユキの退院日がやって来たので迎えに行く。
 この後、クランハウスの見学とイベントの打ち上げを行う予定だ。

 少し早目に病院へ着いてしまったので、ロビーでユキの退院手続きを待っていると、何故か隣にパンダが座って来た。
 ここが日本なら着ぐるみを疑うか、警察へ連絡するのだが、ここは迷宮都市だ。パンダ位いるだろう……

「……って、何でやねん」

 ペットショップで売られてる位だし、そりゃいるかもしれんが、何で普通に病院利用してんだよ。
 パンダの獣人、……この場合熊人族になるのだろうか……その類ではないと思う。俺の隣に座ってきたのはどう見てもパンダだ。
 猫耳さんを見れば分かるように、獣人という種族は体の一部に獣の部位がある。ガウルのように半分位狼という種族もいるようだが、それにしても全身獣という事はないだろう。
 だが、こいつがパンダ100%だとして、病院に何しに来ているのだろうか。ここは動物病院ではない。……ひょっとして、動物病院は存在しないのだろうか。
 そもそも、パンダで保険証とか取得できるのだろうか。迷宮都市の保険制度は一体どうなっているんだ。
 迷宮都市はモンスターが住む事もあるらしいから有り得るのか? 10層で出てきたとしても、未だパンダがモンスターって認識がないんだが。

 ……まさか、こいつは俺が創りだした幻覚? あの日見た夢は正夢なのか?
 ククルがパンダ嫌いとか言ったから、トラウマが蘇ったというのか?

 試しに隣のパンダをガン見してみる。すると俺の視線に気付いたのか、パンダもこちらを見つめ返してきた。
 俺達以外誰もいないロビー。無言で見つめ合う俺とパンダ。これは一体どういう構図なのだ。

『パンダ』

 何だと……、こいつも喋る……いや違う、これは幻聴だ。俺の脳が見せている幻覚に過ぎない。だってこいつの口動いてないし。
 俺の脳はどれだけあのカポエラパンダに汚染されているというのか。こんな幻覚に惑わされたりしないぞ。しないんだからね。

 パンダが首を傾げる。普通に考えて、無言でガン見してくる奴は不思議だろう。
 ちょっと可愛いのがムカつく。

「がう」

 良かった、鳴き声は普通だ。……って普通のパンダって事じゃねーか。
 じゃあ、何でここにいるんだよ。意味分かんねぇ。

「Hey ユーハナゼ、ホスピタルにイルデスカ?」
「がう?」

 くそ、通じない。何だこいつって目で見られてしまった。
 逆だろ。お前が何だこいつだよ。何で俺が不思議生物扱いされんといかんのじゃ。

「がうがう」

 どうしよう。何言ってるのかわかんねーよ。……話し掛けなきゃよかった。
 つーか、何で俺話しかけてるんだよ。無視すりゃ良かったじゃねーか。


「交流関係が広いねツナ。友達?」

 途方に暮れていると、退院手続きが終わったユキがやって来た。
 友達じゃねーよ。俺の交友関係は確かに変な奴多いけどさ。……お前含めて。

「いや、さっき会ったばかりなんだが、言葉が通じなくて困ってたんだ」
「……なんで会話を試みようとしてるのかが分からないけど、普通通じないんじゃないの?」

 分かってるよ。どうかしてたんだよっ!
 というか、お前はこいつがここにいる事に疑問を感じないのか。

「あれ、このパンダって……マイケルじゃないかな」
「誰だよマイケルって……。お前の知り合いなのか?」

 一緒にダンス踊ったりするのか? 後ろに向かって歩いたりとか。

「違うよ。……えーとマイケル?」

 ユキが話し掛けるとパンダが頷いた。……意思疎通が出来てる。ユキさん超凄え。
 俺は今、種族を越えた奇跡を見た。後々映画になりそう。

「さっきクローシェに会ったんだ。ほら、前にパンダ飼ってたって言ってたから、もしかしてと思ったんだけど」
「そういや、ペットショップで言ってたな。独立して家出てったとか。」

 ……こいつがそのパンダなのか。

「クローシェもそろそろ来るから待ってようか。……マイケルもクローシェ待ってるんだよね?」
「がう」
「だってさ」

 何か普通に会話が成立してる。
 名前に反応するだけじゃなく、こっちの言ってる事は分かるのか。パンダ語があるわけでもないのか。

「打ち上げの前にクランハウス見せて貰えるんだよね?」
「あ、ああ、そうだな。その為に来たんだもんな」

 パンダのせいで目的を忘れるところだった。

 ユキが入院していたので退院日の今日になったのだが、メインの目的はこの前のイベントの打ち上げだ。
 場所は剣刃さんの自宅。他のメンツは夕方に現地集合。何人かは現場で準備してる。
 それだけならユキも現地集合で良かったのだが、クランハウスの案内も早々にしないといけないので迎えに来たのだ。
 ちなみにアーシャさんは今日打ち上げをやる事を知らない。

「今日、明日でクランハウスの初期設定も済ませないといけないからな」
「手続きとか間に合うの?」
「ククル……マネージャーが一晩でやってくれます」

 いや、彼女なら一晩も掛からないと思うけど。
 ギルド会館でちょっと書類仕事してるところ見せて貰ったけど、超早いの。

「そのマネージャーさんにも顔合わせしないといけないね。どんな子なの?」
「俺達よりちょい上で、お下げの眼鏡っ子だ。見た目だけだと真面目な委員長タイプで気難しそうだが、話してみると普通だったぞ」

 摩耶の方が固い印象がある。ククルは話してみると柔らかいイメージだ。声がふんわりしてる。
 でも仕事に集中するとマシーンみたいになるみたいだ。実はどこかで改造手術受けたりしてないだろうか。あのスピードはサイボーグと言われても違和感がない。

「お前以外はもう顔通しは済んでる。打ち上げにも出るぞ」
「やっぱりボクが最後か。……そういえば、結局クランハウスには誰が住む事になったのかな?」
「あんまり多くないな。俺とお前とティリアが確定」
「そうなんだ。……あれ、サージェスは?」
「一応部屋だけ用意する事になった。あいつ荷物が多過ぎて部屋の大きさが足りないんだよ。それに自宅の方で取材とかもしてたから、順次移行って話になる」

 サージェスの部屋の総面積は今借りてる部屋の方が上だから、あの魔の領域をそのまま移動となると厳しい。
 中身見てないが、部屋は器具だらけらしいし。……実は個人倉庫も一杯らしいし。
 強化合宿から帰ってきたら普通の変態に戻っていたので、そのような結果になった。

『私は一体何をやっていたのか。……くっ、《 インモラル・バースト 》め。何という恐ろしいスキルなんだ。
……ところでこのサングラスどうですかね? 兎耳さんに貰ったんですが、似合いますか?』

 とか言っていたので、大体予想通りだ。多分今でサージェス90%位だろう。
 しかし、《 インモラル・バースト 》は恐ろしいスキルだ。一時的とはいえ、ほとんど人格崩壊に近い。代償がでか過ぎる。
 あと、グラサンはどうでもいい。

「……ひょっとして、クランハウスの部屋ってそんなに広くなかったりする?」
「今の寮の部屋より遥かに広いから、あんま心配しなくていいぞ。サージェスは今の部屋が広いんだ」

 少なくとも、俺たちが候補に挙げてた賃貸物件よりは広い。

「2部屋繋げても良かったんだが、それだと部屋数がな。今後メンバー増やす事考えると厳しい」

 繋げればサージェスもすぐに引っ越しできるが、それだと5人しか住めない事になる。
 部屋増やすより、それぞれの部屋を拡張していくほうがGPも安上がりなので、部屋は10のままで行く事にしたのだ。
 個人部屋の管理は住む奴に完全に任せてしまうのがいいだろう。

「本当に家賃はいいの?」
「それは別にいいんだが、自分の部屋の拡張は自分でしろよ。家具さえ入れればそのまま住めるけど、お前、風呂とかでかくしたいんじゃないか?」
「あー、そうだね。……自分で大きく出来るのか。勝手に大きくしてもいいの?」
「自分の部屋だから構わないだろ。GP掛かるけどな」

 GPが問題なんだ。ひたすら足りない。カードの主要機能すら足りてない状況なのに、次から次へ必要になってくる。
 早い昇格の弊害だな。普通はじっくり時間を掛けて攻略を進めて、その間にGPも貯まるものらしいし。
 ククルは部屋の拡張位なら中級の稼ぎで問題ないって言ってたけど、現状そんな余裕もない。
《 ウエポン・ブレイク 》始めとするスキル購入のせいで大量に使っちまったから、俺のGPはほとんど今回の報酬分しかないのだ。

「そっか……難儀な話だなー。でも大きいお風呂を求めて賃貸渡り歩くより全然良いよね。その分のお金を注ぎ込めれば良かったのに」

 金でGP買えれば良かったんだがな。
 それだと、金持ちが圧倒的に有利になりそうだ。

「……何かGP稼ぐ仕事でもしようか。この前の交流戦設営みたいな奴ないかな。あれ、お金はともかくGPは結構貰えたよね」
「そうだな……それか、何かグッズでも売るか。……でも、俺のグッズとか誰が買うんだよって感じだけど」

 それに問題は何を売るかだ。
 デビューからここまででファン倶楽部の登録は結構増えたみたいなんだが、アンケート見てもグッズ化希望はない。
 希望ないグッズ出してくれって言っても、グッズ屋は出してくれないだろ。……株式会社トマト倶楽部は置いておいて。
 イベントの開催希望ならあったけど、『中級100人相手にデス・マッチルールで組手』が一番人気だからな。
 中級上がった直後の奴に何言ってんだって感じだ。色んな掲示板見ても俺の存在はネタにされる位で、別にヘイト集まってはいない筈なんだが。

 そういや、以前ティリアが声優やってるみたいな事を言っていたが、どういう伝手でやる事になったんだろうか。
 会館で受ける仕事にそんなのあるのだろうか。タレント業と同じ括りなのか?

「グッズ販売でお金じゃなくてGPも貰えるんだっけ?」
「ククルに聞いたら、金以外にも売上に応じたGPも貰えるんだってさ」
「ネットに上がってた入店拒否の画像使って何かやるとか? あれ大人気だよね。沢山見かけるよ」

 ほんとマジでやめて下さい。
 ……今でもちょくちょく掲示板で見かけるんだよな。どんだけコラ素材として優秀だというのか。
 成人向けにならないギリギリのエロ画像ですって紹介されて、いざリンクをクリックしたら俺の画像だった時の衝撃は忘れられない。
 あの時俺は、多分画像と同じ顔してた。

「その点、お前は何出しても売れそうだよな」
「がう?」

 お前じゃない。
 いや、マイケルもグッズ出せば意外と売れそうだけどさ。見分けがつかないパンダグッズとして。

「うー、あんまりそういうのはな……。恥ずかしいし」
「風呂拡張する為にグッズ売り出し始めるお前の姿が目に浮かぶんだが」

 具体的には来月あたり。
 写真集出すなら買うぞ。敢えてギリギリ狙うなら制限に引っかからなそうだし。実用範囲だ。

「……有り得そう。何かダメージの少ないグッズないのかな。……トレーディングカードもそんなに売上良くないし」
「あれ、売れたカード枚数あたりの金額だからな」

 自分関連の情報は見ないようにしてるから知らないんだろうが、ユキのカードの封入率は操作されている疑惑があるらしい。そのせいで、バラ売りの価格も高騰している。
 俺達のカードが入ったパック自体は大した売上ではあるのだが、何故かユキのカードだけ出ないので確率を検証しているサイトすらある位なのだ。
 前世のトレーディングカードのレアリティ事情は知らないが、悪どい商売してやがるぜ。
 代わりに俺のは良く出るらしいので、この売上だけは俺が勝っているのは内緒だ。……大した金額じゃないけど。

「CDとかはどうだ? TVとかラジオの出演依頼もあるし。最近アイドルグループみたいな奴等もデビューしてたろ」
「勘弁してよ」

 メディアの出演依頼は俺にもあるのだが、大抵ユキとセットでの打診だ。
 俺は出てもいいのに、そのユキがOKしないから毎回流れている。せいぜい、大手雑誌や新聞の取材位しかメディア露出がない。
 バラエティとかちょっと出てみたいじゃない? 迷宮都市外から来た冒険者が出演するクイズ番組とか。
 同期の新人でも結構出てる奴いるのに、このまま行くとレアキャラ扱いになりそうだ。……そろそろピンの仕事来ないかしら。

「ミユミさんみたいに、吹っ切れれば良いのかもね」
「あいつはあれがノーマル状態だ」

 とりあえず何でも手を出すのがあいつの基本的なスタイルである。そして、大抵爆死するまでがパターンだ。
 前世で何度も見てきたんで分かります。一回成功しても、その後調子に乗って大失敗になるんだぜ。



「手続き終わったよマイケル……って、あれー、何でマイケルと一緒にいるの?」

 そんな現実的な金の話をしているとクロがやって来た。あの無限訓練のせいで、随分久しぶりにあった気がする。

「がう」
「たまたまな。いきなりこの巨体が隣に座ったからビビったぜ」
「あはは、パンダはあんまり病院に来ないしね」

 偶には来るという認識でいいんだろうか。

「今、マイケルの奥さんが入院してるんだ」
「そうなのか」
「がう」

 妻帯者だったのか。……何の病気か知らないが、動物も大変だな。

「このパンダ、何か仕事してるのか?」
「あたしもこの前知ったんだけど、冒険者になったみたい。9月頭でもうデビュー済。パンダとしては第1号らしいよ」

 同業者……9月頭という事はリリカと同期って事か。
 ……パンダの同業者か。ゴブリンとかオークとかの冒険者もいるわけだからおかしくもない……のか?
 つまり、無限回廊第10層はパンダ対パンダの死闘が演じられる事になるわけだ。ちょっと見たい。

「でも、パンダ相手じゃ意思疎通出来ないんじゃない?」
「こっちの言ってる事は分かるから大丈夫じゃないかな。ほら、ゴーウェンと一緒」

 ゴーウェンさん、パンダと同じ扱い受けてまっせ。

「2人はこれから用事でもあるの? 暇だからどっか遊びに行かないかい?」
「この後は引越し先の見学と、この前のイベントの打ち上げだな」
「引っ越しするんだ。ずっと賃貸情報見てたもんね。いいところ見つかったんだ」
「中々いいと思うぞ。ダンジョン近いし」

 同じ建物だしな。雨降っても傘いらずだ。

「へー、家賃高そうだね。引っ越しの手伝いとかしようか? あ、マイケルも手伝うって?」
「がう」

 横を見るとパンダが頷いていた。何でそんな詳細に意思疎通出来てるんだろうか。

「あんまり荷物ないけど……あ、そういえば家具がないのか。買わなくちゃ」

 寮は家具備え付けだからな。ベッドから布団から全部買わないといけない。

「引っ越しの手伝いは頼めるなら頼みたいな。熊だから力はありそうだし」
「がう」

 種族的に腕力はあるだろう。
《 アイテムボックス 》を使って移動するにしても、出した後の配置が大変だから腕力ある奴がいたほうがいい。
 ……ククルがパンダ嫌いだから、上手くタイミングを合わせてスケジュールする必要があるな。後でさりげなく話してみよう。

「じゃあ、引っ越しの日程決まったら住所教えてね」
「何なら今から一緒に見学に来る?」
「え、いいの? じゃ暇だしお邪魔しちゃおうかな。あたしもそろそろ引っ越し考えないといけないし」

 その参考にはならんかも知れんぞ。

「マイケルはどうする? 今から行くとパンダ嫌いの奴がいるけど」

 連れて行っても立場上怒りはしないだろ。……多分。

「がう」
「マイケルはデビューの手続きで会館に行かないといけないんだって」

 そうか。何か、普通に冒険者してるんだな。

「お前、パーティとかどうしてるんだ?」
「がう」
「同じパンダ3匹で組んでるんだって」

 それは不思議な絵面だ。
 そして、何気にクロさんのコミュ能力が人外の領域に到達していらっしゃいる。マイケルは『がう』しか言ってないのに。

「じゃあ、同期でリリカっていう魔術士がいるから声掛けてみろよ。あいつソロだから、11層以降でパーティ組んでも良いと思うし」
「がう」

 頷いた。これは分かる。……俺、パンダと会話してるんだ。

「じゃあ行こうか。ダンジョン近くってどこら辺?」
「転送施設」
「は?」

 俺たちは手を振るマイケルに見送られながら転送施設に向かった。



-4-



「くっ、くくくくクランハウス?!」

 説明したら、案の定驚いてらっしゃる。事情を知らないからか、ここまでで一番反応が良い。
 こういうのを期待していたのだ。感無量である。

「一週間前にイベントがあってな。そのボーナスで貰った」
「どういう事なの……。同期なのにもうクラン作ってるとか」
「まだクランじゃないけどな。なんなら入るか……って、お前が入るのは< 流星騎士団 >か」
「あーうん、そうだね。まだE+で昇格試験の内容すら出てないけど。……おかしいな、これでもかなり早いほうなのに」

 中級昇格まで平均1年らしいからな。クロも十分早いだろう。
 以前聞いたみたいに、< 流星騎士団 >の入団資格がLv75以上だとするとまだまだ道は遠そうだが。

「どんなイベントだったの? ……ひょっとして昇格試験?」
「そうだよ。参加した8人全員D-に昇格した」
「なんか超凄い……って、また最短記録?」
「そういえばそうだね」

 ユキとしては中級昇格よりも本命があったからな。
 俺とユキ、フィロス、ゴーウェンの4人は中級昇格の最短記録だ。半分位に縮めたらしい。

「さあ着いたぞ、あれが我が家だ」
「……転送施設だね。間違ってないのが凄いけど……ほんと無茶苦茶だよ」
「無茶したのはツナだけどね」

 いや、それはどうだろうか。元々の原因はロッテじゃねーか?

 2人を連れて転送施設のクランハウスが集中するブロックへ向かう。あれから何度も来てるから慣れたものだ。
 まだ受け渡しが済んでないので家具の搬入は出来ないが、1回布団持ち込んで泊まったりもしたのだ。


 クランハウスに入り、中で書類仕事を片付けていたククルに2人を紹介する。
 クローシェは1つ下の後輩だったので名前は知っていたようだ。

「こいつがユキ20%だ」
「いきなり暴露とかやめてよ。マネージャーじゃしょうがないけどさ」
「何それ?」
「20%……というのは何でしょうか? ユキトさんですよね?」

 事情を知らない2人に説明する。
 以前ククルに見せて貰った資料では"ユキト"のままだった。
 俺のスキルを見る限り、< 鮮血の城 >攻略直後の物だったらしいのだが、ユキの名前が変わったのは病院行った後なんだろう。

「じゃあ、ユキちゃんは20%だけ女の子になったんだ。……未だに男って信じ切れてないから、何も違和感がない。……寧ろ、まだ80%も男なの?」
「中身含めるとユキ50%位じゃないかな」

 往生際の悪い奴だ。

「この資料も更新されてるかもしれないですね。後で確認しておきます。……ちなみに何とお呼びすれば」
「ユキでお願いします」

 まあ無難だろう。20%さんとか言われたらさすがにキレそうだ。
 掲示板のユキたんハァハァさん達が暴走しない事を祈る。……フリじゃないからね。



 続いて個人部屋を見せると、中々の好印象だった。

「結構広いんだね。ユニットバスって以外は何も文句ないよ」
「それは自分で何とかするんだな」
「拡張って、どれ位かかるの?」
「えーとですね、手が届きそうな順に拡張プランを纏めてみました」

 と言って、ククルが資料を差し出してきた。
 数日前にちょっと聞いてみただけだったのに、さすがに手が早い。良く気がつく子である。

「とりあえずバス・トイレ別にして、風呂場とか湯船だったらちょっと広くするだけでもかなり違うよね……。
……ククルさん、これ初期設定だと費用違うの?」

 ユキの指した部分を見ると、通常費用と初期費用が別々に並んでいた。ほんの数%だが値段が違う。

「はい。と言っても多少ですが」
「うー……専用のキッチンも欲しいし……。地味に何とか足りそうなのがまた……」
「お前、GPの使い道はここだけじゃないからな。忘れるなよ」
「……分かってるよ、うん」

 本当だよな?
"今だけ何割引"と書かれたチラシとかバーゲンを前にしたおばちゃんと同じ目をしてるぞ。
 ククルは販売員でも何でもないから良いけど、ユキはこういう物欲に弱そうだ。

「物凄く羨ましい……この辺りでこんな部屋借りたらいくら位するんだろう」

 そろそろ引っ越しが迫ってきたクローシェは、やはり気になるところらしい。

「ここは転送施設内なので、まったく同じ条件という訳には行きませんが、大体月10万前後ですね」
「それは無理だー。……下級の稼ぎじゃキツイなー」

 高っけぇな。東京のど真ん中がそんなもんだったか? 迷宮都市の物価と比べるのも何だが。
 ……ちょっと待て。今更ながらに理解したが、ここ10部屋もあるんだから、月100万オーバーの賃貸料取られてもおかしくない物件って事か?
 そう考えると、えらい事要求してしまった気がする。……本気で勧誘の餌になりそうだ。

「家具も買わないといけないけど、1つ足りないものがあるね」
「何だ?」
「PCがない」

 そういやそうだな。寮のアレは備え付けだったし。……あれは必須だな。

「ギルドでリースもしてますが、PCは個人で購入したほうが何かと便利ですね。……家具と一緒に見に行きましょうか」
「ここって、ネットの配線とかってどうなるんだ? ルーターとか」
「ルーター……って何ですか?」

 あれ? こっちではそう言わないのかな。無線LANだよな?

「ツナ。迷宮都市にはルーターもスイッチもLANって言葉もないよ」
「じゃあ、どうやってネット接続してるんだ?」
「良く分からない仕組み。……魔法じゃないかな? TVもアンテナ繋ぐところないし」
「ネットワークに繋げるのは、PC上の設定だけで済みますよ」

 今更ながら、ここはファンタジーだった事を思い出した。
 ……ということは回線使用料もないのか? 良く考えたらステータスカードで電話とかメールしてる奴もいるんだから、何もおかしな事じゃない。
 あれも費用請求ないって聞くし。……裏で抜かれてるかもしれないが、少なくとも表面上はない。

「ひょっとしてPC売り場に行ってスペックとか見ても、意味分からなかったりするのか?」
「ボクはある程度覚えたから教えるよ」

 CPUとかメモリの概念は同じでも、メーカーとか製品名とか一致するわけないよな。難儀な事だ。
 もう、子供や老人向けのシンプルな奴でいいのかもしれない。……年齢制限対策済みのPCとか売ってないかしら。

「まだ時間あるから家具見に行こうか。……ティリアはどうするって?」
「あいつは今の部屋の家具があるから、そのままここに移動だ。改めて買う事はないだろ」
「そういえばそうか。……クローシェも行く?」
「うん、行こうかな」

 今度は4人で別地区の家具屋に移動だ。


 久しぶりに別地区に来たが、相変わらずファンタジーを完全無視した高層ビルディング群だ。目当ての家具屋は、その内のビル丸々使った大型店である。
 並んでる商品は極めて普通の量産品だ。平成日本とほとんど変わらない。
 購入に必要なのも円なので、ここはあまり悩む必要もない。一時的にだが、現金はあるのだ。

「配達の場合、受け取りとかどうするんだ? 俺達がいない場合とか」
「予め申請しておけばギルドから抜けられますので、私が待機して受け取っておきます。
今回以降ですと、宅配ボックスのような物を設置したほうが良いかもしれませんね。ちょっと大きいクランだと、部屋を1つ受け取り用に使ったりもしますよ」

 今後の事を考えると宅配ボックスはアリだな。通販とか使うだろうし。
 でも専用の部屋をこの為に割くのは、現状ではちょっと避けたい。


「あ゛あ゛あ゛あ゛……」

 バラバラに回っていると、ユキがマッサージチェアで変な声を上げていた。……やるよね。
 若いし、冒険者の体は肩こりとか無縁っぽいが、こういうのはまた違う良さがある。

「あ゛ー、これ買おうかな……」
「いくら何でもスペース取り過ぎじゃないか?」

 それ位入るだろうけど、使用頻度考えると他の物を置いたほうがいいんじゃないかな。
 ……向こうの方でクロが乗ってるフィットネスバイクとか。……いや、あれもどうだろうか。

「リビングに置くとか」
「ジムとかフィットネスクラブに行ったほうがいいんじゃないか? あの近くにあるか知らんけど」
「他のクランが経営してるジムが一般開放されてますよ。< マッスル・ブラザーズ >のところ以外ならまともです」
「ボク、今デリケートな時期だから、ロッカーとかの扱いが難しいんだよね」

 そりゃそうだが、男性用使っても誰も文句は言わないと思うぞ。……初見の人が吃驚する位で。

「クロが乗ってるの見て思い出したんだが、自転車が欲しいな。外で乗るやつ」
「自転車ならダンジョン地区のホームセンターでも売ってますが、専門的な物だとこの辺りで探したほうがいいですね」
「ロードバイクとかじゃなくて荷物運べるやつがいいな。頑丈ならママチャリでもいいんだが」

 要件は冒険者のパワーに耐えられる頑丈さだ。

「……渡辺さんはもうちょっと見かけに拘りましょうか。自転車ならクラン共用でもいいですし、後でリストアップしておきますよ」
「ククルさんの言う通り、ツナはもうちょっと身だしなみにも拘ったほうがいいね。……そのTシャツとか超ダサい」

 ……何……だと。

「安い奴を選んだのは確かだが、そんなにダサいかな?」
「うん」
「はい」
「はいはーい、あたしもダサいと思いまーす」

 2人とも即答の上、いつの間にか戻ってきたクロにまでダサいと言われてしまった。超アウェイだ。
 何だ……15年に渡るファッションとは無縁の生活でセンスが劣化したのか?
 ……まさか指摘されなかっただけで、前世でもダサいとか思われてたとか? 実はトマトさんも、内心ダサいとか思ってたのか。

「だ、ダンマスと変わらなくないか?」

 あの人、超ラフな格好だったぞ。

「あの人はカジュアルなだけで、ちゃんとしてたよ」

 そうなのか? ……どうしよう、違いが全然分からん。俺、ファッションセンスないのかな。

「人前に出る職業ですから、今後はこういうところも気をつけていきましょう。空き時間はあると思うので、コーディネートも勉強しましょうね」
「う……そ、そうだな。分かった」

 家具見に来た筈なのに、意外な問題点が浮上してしまった。……ショックだ。


――――● 今日分かった事:俺はダサい。



< ステータス報告 >
 冒険者登録No.45232
 冒険者登録名:ユキト→ユキ20%
 性別:男性→男性80% / 女性20%
 年齢:14歳
 冒険者ランク:D-
 ベースLv:35
 クラス:
 < 軽装戦士:T.Lv70 >
  ├< 双剣士:Lv35 >
  └< 剣士:Lv35 >
 二つ名:< 雪兎 >
 保有ギフト:《 容姿端麗 》
 保有スキル:
 《 武器熟練:T.Lv13 》
  ├《 剣術:Lv5 》
  ├《 小剣術:Lv5 》
  ├《 双剣術:Lv2 》New!
  └《 投擲術:Lv1 》New!
 《 武器適性:T.Lv6 》
  ├《 小剣:Lv2 》New!
  ├《 投擲:Lv1 》
  ├《 短剣二刀流:Lv1 》
  └《 小剣二刀流:Lv2 》
 《 短剣技:T.Lv1 》
  └《 ポイズンエッジ:Lv1 》
 《 剣技:T.Lv7 》
  ├《 ファストブレード:Lv2 》
  ├《 パワースラッシュ:Lv1 》
  ├《 ハイパワースラッシュ:Lv1 》New!
  ├《 斬岩刃:Lv2 》
  └《 斬鉄閃:Lv1 》New!
 《 片手剣技:T.Lv4 》
  ├《 ラピッド・ラッシュ:Lv3 》
  └《 シャープ・スティング:Lv1 》New!
 《 双剣技:T.Lv1 》
  └《 クロス・スラッシュ:Lv1 》New!
 《 移動術:T.Lv2 》
  └《 ブースト・ダッシュ:Lv2 》New!
 《 近接戦闘術:T.Lv1 》
  └《 クリムゾン・シルエット:Lv1 》New!
 《 心得:T.Lv2 》
  ├《 剣士の心得:Lv1 》
  └《 小剣の心得:Lv1 》
 《 毒技術:T.Lv1 》
  └《 毒取扱:Lv1 》
 《 忍法 》
  └《 ニンニン 》
 《 変換:T.Lv1 》
  └《 MP変換:Lv1 》
 《 鑑定:T.Lv1 》
  └《 看破:Lv1 》
 《 生存本能 》
  └《 不撓不屈 》New!
 《 肉体補正 》
  └《 男性機能不全 》New!
 《 精神補正:T.Lv1 》
  └《 集中力:Lv1 》
 《 感覚補正:T.Lv3 》
  ├《 気配察知:Lv1 》
  ├《 空間把握:Lv1 》
  └《 夜目:Lv1 》
 《 運動補正:T.Lv5 》
  ├《 アクロバット:Lv2 》
  ├《 姿勢制御:Lv1 》New!
  ├《 空中姿勢制御:Lv1 》New!
  ├《 精密行動:Lv1 》New!
  └《 ピョンピョン 》New!
 《 魔術補正:T.Lv1 》
  └《 魔力の泉:Lv1 》New!
 《 基礎学術:T.Lv4 》
  ├《 速読:Lv1 》
  └《 算術:Lv3 》
 《 念動具操術:T.Lv4 》
  ├《 精密念動:Lv1 》New!
  └《 クリア・ハンド:Lv3 》
 《 虚空倉庫:T.Lv3 》
  └《 アイテムボックス:Lv3 》



 冒険者登録No.45111
 冒険者登録名:マイケル
 性別:男性
 年齢:10歳
 冒険者ランク:G
 ベースLv:7
 クラス:< パンダファイター:Lv1 >
 二つ名:なし
 保有ギフト:《 パンダ・パンダ 》
 保有スキル:《 熊爪 》《 パンダ・パンチ 》《 パンダ・キック 》《 パンダ・チョップ 》《 パンダ・タックル 》

ユキも多いね。新人と比べると良く分かる。(*´∀`*)
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
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