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その無限の先へ 作者:二ツ樹五輪(*´∀`*)

第五章「交差する世界」

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Epilogue「嘘」

-1A-



「これで審査は終了です。長い間お疲れ様でした」

 最後の審査とやらが終了し、すっかり顔なじみとなった冒険者ギルドの職員が言う。いや、ここでは迷宮ギルドと言うのだったか。
 長い間といってもせいぜい三日。個人差もあるが、本来はこの倍かかるのが当たり前と言われているから、トップ冒険者の推薦の威力というものが如何に強力なものかというものだ。コネ様々、元同僚様々というわけだ。
 同室だった元傭兵は、俺が来る以前から審査を続けているのにまだ許可が下りないと愚痴を零していたくらいである。あいつの場合、部屋で武勇伝のように語っていた傭兵時代の素行が問題なんじゃないかと思う。……気に入らないからって、雇い主の貴族殴るのは駄目だろう。

「知人の方も門を抜けたところで待っているそうですよ」

 どうやら、今日審査が終わる事を事前に連絡してあったらしい。わざわざ迎えにまで来るとは律儀というか何というか……。先日前線で再会した時はあまりの変貌ぶりに驚かされたものだが、人間としての中身は変わってないようだ。
 まったく見知らぬ地で案内役がいるというのは素直にありがたいと思う。なんせ、これからはこの街に生活基盤を築くのだから。

 通路を抜けて迷宮都市の内部へと向かう。ある程度話は聞いているが、迷宮都市の規模が一体どれほどのものなのか、ようやく自分の目で確かめる事が出来るというわけだ。通路の出口は高台の広場になっていて、階段を降りればそこはもう人の行き交う街の活気に満ちている。この時点でもはっきり言って想像以上で、事前に話を聞いていなければ目眩を覚えたかもしれないほどの活気だ。人は多いが広場から外に向かう者はいない。ここにいるのも、広場の屋台や露天商を利用する客、あとは俺のように審査を終えて街に入る者だけなのだろう。
 だから、そいつを見つけるのも簡単だった。あちらも気付いたのか、広場の外枠、囲われた柵の前からこちらを見て軽く手を振っている。

「久しぶり」

 数ヶ月ぶりに会ったそいつは、変わらず爽やかな笑顔で出迎えてくれた。気安い雰囲気はそのまま、とてもスラム出身でゴロツキどもの取りまとめをしていたと思えない貴公子然とした雰囲気だ。いっそ、貴族ですと言ってくれたほうが似合っている。こんな風貌で俺より遥かに強いのだから、やはりこの世の中は理不尽に満ちている。

「久しぶり。前線で会った時も思ったが、あまり変わらないな」

 中身は、だが。着ている服は以前とは比べ物にならないほど上等なものだし、腰に下げた剣も鞘の作りを見るだけで高価なものである事が分かる。王都で購入するなら、という前提も付けられないだろう。そもそも手に入らない代物だ。

「君もね。無事審査も通ってなにより」
「グレン氏の推薦の威力はすさまじかったぞ。露骨に審査の内容が違うんだ。一緒に審査受けてる奴に睨まれるくらい」
「そりゃね。ウチの団長、それこそ冒険者の上澄みだし。ジェイルは運がいいよ」
「デーモンとお前に虐められた結果だがな」

 あの日訓練に誘わなければその場で冒険者になる決断もしなかっただろうし、推薦をもらう事もなかっただろう。
 いつかは迷宮都市に来た気もするが、踏ん切りをつけるいいタイミングだったと思う。

「しかし、びっくりしたよ。あの基地で食べたのは本当に軍隊の糧食だったんだな。審査中に食ったタダ飯のほうが美味いとか」
「アレも最低限の食事なんだけどね。僕も年末に王都へ帰った時には大変だったよ……いや、ほんとに」

 ここの食事に慣れてしまったら王都の飯なんて食えたもんじゃない。飯どころか、水だって怪しい。
 王都にあるグローデルの別邸なら多少はマシだが、それでも多少だ。質と値段の差なんて目も当てられないだろう。
 スラムを実家とするフィロスの場合、更に大変なのは明らかだ。そこにはもう誰もいないから、帰郷する事もないんだろうが。

「でも、やっぱり時間はかかったね。退団手続きは大変だったかな?」
「退団手続きもそうだが、戦争の後始末に奔走したり、リディンとアレイジア子爵……元子爵が牢獄から脱走したのを追跡したりと、色々走り回らされたんだ。挙句の果てにはラーディンの新興貴族にならないかって話もあってな。いくら縁談紹介してくれるからって、そんなデメリットしか浮かばない話を受けるわけないだろうに」

 次男以下でそれこそ部屋住み以外は軍で出世するしか道がない奴の中には、それを承知で受けるのもいたが。
 ある意味やりがいはあるだろう。制限の付きまくった属国でも貴族の当主にして開祖だ。自分の代は持ち出し分のマイナスしかないとしても、数代先まで見据えた長期的な見方ならプラスに転じる可能性だってないわけじゃない。上手くやるなら自分の代だって……いや無理だな。

「表沙汰にはなってないが、リディンを再逮捕するのにも迷宮都市の力を借りたっていうじゃないか。自分たちの事ながら、本当に情けない」
「いい加減、力関係に気付いてもいいと思うんだけどね。気付いてないフリをしてるだけかもしれないけど」

 如何にあの騎士団がハリボテだったか、想像よりも遥かに深刻な状況である事を外側から見て理解した。
 治安維持程度には使えても、今回の戦争のような突発的な事態でもない限り出番はない。長い間帝国とにらみ合いを続けているネーゼア辺境伯領だってただのはったりで、表向き張り合っているように見せているだけだ。王国も帝国も、もはや戦争をするつもりは欠片もない。迷宮都市の方針次第だろうが、このままならどちらもあっという間に衰退していくだろう。
 ネーゼア辺境伯軍務卿はそれを一番実感できる位置にいるから、余計に心労を抱え込んでいるのだ。そりゃ逃げたくもなる。

「さて、冒険者登録をするには迷宮ギルドとやらに行くんだったな。道案内してくれるんだろ?」
「ああ。でも、その前に昼食にしようか。僕もまだ食べてないんだ」

 そういえば、もう日が高い。壁の中にいると、時計でしか判断できないからな。あの時計も、以前貴重な遺失物だって売り込みに来た物とそっくりだったんだが、ひょっとしたら同じ物だったりするんだろうか。……いっぱいあったんだが。

「そんな時間だったか。できれば審査の時の飯より美味いものがいいな」
「どこでも大体美味しいと思うけどね」

 フィロスの奢りだという事で、迷宮ギルドに向かう途中の店に入る。和食というカテゴリの食事を出す店らしいが、どういうものなのかさっぱり分からない。メニューには大陸共通語の記載もあって実物をそのまま切り取ったような絵も付いているのだが、見た目も名前も知識にかすりもしないものばかりだ。しかし、適当に選ぶのもなんなのでフィロスにお勧めを選んでもらう。

「和ってのはなんだ?」
「ツナが前世で暮らしてた国の事……かな? ダンジョンマスター……この街の権力者が同郷らしくて、食事も色々影響を受けてるみたいだ。といっても食事の種類は他にも沢山あって、僕もまだ把握し切れてないんだけどね。ちゃんと王都で食べるようなものを出している店もあるよ」
「前に食わせてもらったものを基準にすると、同じものが出て来る気がしないんだが」
「素材や調理方法は遥かに高級だと思っていいね。……僕らが普段食べてたものの究極系が食べられると思えばいいかも」
「……本当に帰郷できなくなりそうだな」

 なまじ同じものなだけに違いがはっきりしてしまう。その点、比較しようのないこの店なら差は感じにくいだろう。いいチョイスだ。

「そういえば、イグムート氏はもう迷宮都市で活動してるんだろ?」
「イグムート? ……ああ、ラーディンの勇者か。確かに来ているけど、なんでジェイルが知っているんだい?」
「ネーゼア辺境伯領から王都まで一緒だったんだ。途中でウチの領地を通過する事になるからか、辺境伯から同行しろって命令されてな」

 男二人の珍道中だ。色気はないが、なかなかに楽しい旅だった。
 騎士なんてやってる以上この国の事に詳しい自信はあるが、異世界の話は初めて聞く話ばかりで好奇心が掻き立てられたものだ。ダンジョンへ挑戦する話などは、それが犯罪者向けの拷問扱いされているとしても心が踊る。

「道中で聞いた話に出てきたんだが、ツナと一緒にあいつと戦った金髪ってお前の事だろ?」
「そうだね。トドメを直撃させるために頑張ったんだけど、それでも倒し切れなかったらしくて、結局ツナが孤軍奮闘する羽目になったって聞いたよ。いやほんと、勇者ってだけの事はあるね」

 ……両腕切断された状態で口に剣加えて特攻したのを、ただ頑張ったの一言で片付けていいものなのだろうか。話に聞いただけでも壮絶の一言だったんだがな。

「今のところ表立って活動はしてないけど、そろそろ冒険者になる手続きも終わるって聞いたね。多分、ツナのクランに入るんじゃないかな」
「クランってのは、確か騎士団みたいな集まりだったか」
「うーん、実は違うんだけど、その認識でも問題はないかな。全然知らない人に説明するのはちょっと難しいんだよね」

 説明を聞けば商会のような、ギルドのような、あるいは騎士団のような……。一番近いのは会社という組織形態らしいが、クランごとでも様々な違いがあるらしく一概に説明できるものではないらしい。とりあえずは複数の冒険者の相互補助組織と考えるのが早いだろう。

「その最大手である< アーク・セイバー >に所属して、のちのち独立しようとしているのが僕って事だね。ツナは同じようにクランを立ち上げようとして、もう創立間近だ」
「確かに良く分からんな」

 騎士団と違うというのも頷ける。騎士団から独立して新しい騎士団立ち上げるなんて、言ってみれば反逆だ。軍を二つに割って内乱しますよと宣言しているようなものだから、認められるはずがない。複数存在する時点で同じとは言えない。

「お前とツナは仲良さそうに見えたが、一緒にクランを立ち上げるって話にはならなかったのか?」
「一番最初の段階で誘われたけど、彼とは同じ土俵で張り合いたかったんだよね。それで、クランを作る近道を自分なりに検討した結果が< アーク・セイバー >なんだ。強制するつもりはないけど、僕がクラン立ち上げたらジェイルも入団を検討してくれると嬉しいかな」
「そりゃまあ、お前が作るっていうならもちろん検討はするが」

 それは現実的な話なのだろうか。騎士団を基準にするから夢物語のように聞こえるが、ツナは創立間近だというし。
 条件その他を含めないなら優先するのは当然フィロスのクランだろうが、いまいちピンとこない。
 エルフさんのいるクランとかあるんだろうか。……あるんだろうな。もしエルフさんだらけのクランに誘われたりしたら、心揺らいでしまいそうだ。

「刺身定食お待たせしましたー」

 そんな桃源郷を夢見ていると、店員がフィロスの食事を配膳しに来た。お盆一つに色々乗っていて、それが一人分らしいのだが……。

「お前……それは生なんじゃ」
「そうだね。ジェイルのほうは、問題なさそうな唐揚げ定食だから気にしなくていいよ」
「いや、そうだねって……」

 一体どういう事なんだ。こんなちゃんとした店で出すくらいだから、ひょっとして普通なのか? 見てるだけで不安になるんだが。
 ……店内を良く見れば、同じものを食ってる奴はいるな。腹壊さないんだろうか。

「こんなにちゃんとしてるわけじゃないけど、王国でも海岸沿いの街なら生で食べるところもあるらしいよ。もう今さらだけど、王都の概念だと有り得ないよね」
「それをお前が言うのか。……そもそも、このあたりは海がないと思うんだが」

 地図で見れば分かるが、内陸のど真ん中。それどころか周辺は荒野だ。河川すらあるかどうか怪しい死の大地が地平線まで続いている。

「はは、そんな常識は投げ捨てたほうがいいよ。……いやほんと、疲れるから」

 何故そんな遠い目をするんだ。一体この一年弱でフィロスに何があったというのか。俺、すでにかなり常識を捨ててかかってるつもりなんだが、これでもまだ足りないというのだろうか。
 直後に俺の分が用意されると、フィロスは当たり前のように箸という二本の棒で食事を始める。俺はどうしようかとも思ったが、王都で使われるような食器も一緒に用意されていた。ここらへんの店は外部の人間が利用する事も多いので、どこでも用意しているらしい。
 唐揚げは筆舌し難い旨さで、俺の舌から常識を奪い去っていった。なんだこの肉は。こんな美味いものが存在していいのか。
 こんなに美味いなら、刺身とやらも実は期待できるのかもしれないと、一切れだけ貰って食べてみる。

「……なんとも言えん」
「これは慣れないとね。似たような料理って王都じゃ見かけないし」

 以前、地方の漁師に食わせてもらった魚料理に近いかと思えばそれとも違う。醤油とやらが美味いのは分かるが、刺し身そのものは食感と味が未知の体験過ぎる。慣れれば美味いのかもしれないが、今のところ進んで食べたいとは思わなかった。
 そして、支払いをする時になって気付いたのだが、実は刺身定食のほうが高いのである。理解し難い世界だ。



 食事のあとは、迷宮ギルドへの案内をしてもらう。大した距離ではないが、見知らぬ街を歩くのに案内がいるのはやはり心強い。

「迷宮ギルドで受付をしたあと、一、二時間くらい説明を受けたら、とりあえず今日は終わりかな。冒険者見習いのジェイルが誕生する」
「冒険者のイメージが外のままだから、なんとも言えない気分なるな。……その見習いを取るのもなかなか大変なんだろ? お前やツナを基準にしても仕方ないが、できるだけ早めに見習いを取りたいところだな」

 戦争の時に聞いたのはフィロスたちが半月、ツナに至っては一日だ。半年から一年という、一般的な期間とかけ離れ過ぎてて参考にならない。

「当面は住む所も貸してくれるって聞いたが」
「登録時点で割り振られるね。迷宮ギルドの隣の建物が寮になってて、その一室を貸してもらえる。一ヶ月はタダだ」
「相部屋になる奴のいびきがうるさくないといいな。審査の時に一緒だった奴はうるさくてな」
「一人部屋だけどね」
「そうか……」

 ……騎士の独身寮ですら相部屋だったんだが。

「僕もしばらく住んでたから色々聞いてくれてもいいけど、寮内にも知り合いを作ったほうがいいね。特に迷宮都市出身だと心強いと思うよ」
「まさか、そういう場があったりするのか? サロン的な。もしくは社交会とか」

 絶対に嫌ってわけじゃないが、あの手のコミュニティは苦手だ。実家の悪名のせいで居心地も悪かったし。

「はは、貴族じゃないんだからそういうのはないよ。知り合う方法は色々あると思うけど、まずはトライアルの仲間探しかな。ギルド職員に言えば同じデビュー前の人を紹介してもらえると思うよ」
「一人だとやっぱり厳しいと」
「厳しいだろうね。とりあえず様子見でっていうなら止めないけど、ちゃんと攻略するつもりなら六人揃えたほうが確実だよ」

 六人というのがパーティというダンジョン攻略の一単位になるらしい。デビュー後もそのままパーティを組む事も多いので、この時点で相性がいい仲間を見つけると後々楽になるのだとか。

「僕もツナもその点では失敗してるからね。結果、頭数は揃えられても前衛ばかりとか、そんな事になるんだ」

 かといって、バランスのいいパーティはそのままデビューするから、潜り込むのも厳しいと。だからといって外から来るのはほとんどが前衛で、いても弓使いくらい。魔術士など皆無だろう。そういったフリーのサポート役を上手く見つけられたらラッキーという事だ。

「ところで、そういう紹介をしてくれる対象にエルフさんとかいたりするのか?」
「……いない事はないと思うけど、同じ種族で優先して固まるケースが多いらしいんだよね。迷宮都市外の出身者は特にその傾向があるとかなんとか、何かの講習で聞いたよ」

 なんて事だ。道を歩いていてもすれ違うほどにいるというのに、一緒に冒険できないかもしれないのか。
 実はかなり期待していた部分があるので、ちょっとショックだ。

「というわけで、ここが迷宮ギルド。迎えに来るから、説明終わったらロビーで待っててくれるかな。もしくは職員さんに僕の名前出してくれれば連絡入るから」
「分かった……って、この建物もまた……なんというか変わった造りだな」

 随分と角ばった四角い建物で、王都の重要施設に見られるような芸術性は欠片もない。機能的なんだろうか。

 というわけで、ここで一旦フィロスと別れ、冒険者の登録作業を行うべく建物内に足を踏み入れる事になる。
 そして、その登録作業中に、俺は運命と出会う事になるのだ。



-2A-



「うっさい! 近寄るな! 死ねっ!」

 その運命が罵倒しつつ去って行く。俺は、その背中を追う事もできず、立ち尽くすしかなかった。
 一体全体何が悪かったのか。何故、俺は一目惚れした相手に罵倒されているのだろうか。
 一目見て運命の人と実感し求婚したまでは良かったのだと思う。おそらく、問題はその後だ。特に絡んできたあいつら……< パインたんに踏まれ隊 >の存在がいけない。あいつらのせいで冷静さを失い、醜態を晒す事になってしまった。くっそ、俺も踏まれ……いやいやいや。

「見つけ易いのはいいけど、ロビーのど真ん中で何してるんだい?」
「……フィロス、俺は運命を見つけたんだ」
「……は?」

 俺を迎えに来たのか、ギルド会館に入って来たフィロスが呆れた顔で言う。そんな気狂いを見るような目はやめてくれ。俺は正常だ。

「これから街を案内しようと思ってたんだけど、どこかリクエストはあるかい?」
「いや、俺はこれからトライアルに挑戦しようと思う。……そうだ、お前確かトライアル同伴の資格を持っているって言ってたよな? 良かったら付き合ってくれ」
「……え? それは構わないけど、今からかい? 一体全体何が……」

 良く考えてみたら、地盤堅めすらできていない奴が求婚なんてお笑い草だ。……そうか、それがいけなかったんだ。
 騒動中の会話から察するに、パインたん……いや、クラリスたんはデビュー済みの冒険者のはず。ならば、すぐに追いついて頼れる男をアピールするんだ。

「フィロスさんのお知り合いですか? 恋愛事は自由だと思いますが、暴走しないよう注意をお願いしますね」
「あ、はい、受付嬢さん。……どういう事なんだ」
「ジェイルさんも、あんな悪い見本を参考にしてはいけませんよ。とりあえず登録終わらせましょう」

 ……そういえば、まだ登録作業の途中だった。……いや、フィロスもそんな顔で見ないでくれ。



-はじめてのとらいある-

「この派手な建物がダンジョンの入り口。冒険者が主に活動する職場になる」
「ダンジョンって聞いたから、洞窟だと思ってたが」
「トライアルダンジョンの半分くらいは洞窟だね、石造りの部分もあるし、あとは……畳?」

 地下にそういう空間に広がっているのかとも思ったが、魔術的な何かで移動できるらしい。
 受付でトライアル挑戦の旨を伝えると、移動すべき場所を教えてもらえた。トライアルダンジョンという言葉を聞いてからうすうす気付いてはいたがダンジョンは複数、入り口もその分だけ存在するようだ。

「ジェイルはやっぱり槍かな。その護身用の長剣じゃ実力出せないだろうし」
「槍より剣が得意なのは騎士団でもお前くらいだ」

 正騎士など、立場が上になるほどその傾向がある。近衛の場合はまた違うが、剣は護身用であって馬上で使える長柄武器が基本になるのだ。馬に乗らない従士でも扱い易い槍を主に使う。フィロスが剣を得意とするのは師匠である元団長の影響なのだろう。
 トライアルダンジョンでは挑戦開始前に武器を貸し出してくれるらしく、倉庫兼訓練場のような場所にはひと目で質の良いと分かる武器が所狭しと並んでいた。中には使用方法が分からないようなものまである。

「同伴者に手伝ってもらうのは駄目って話だが、荷持を持ってもらうのは?」
「問題ないね。予備用に何本か持っていくのかな?」
「ああ、とりあえず十本ほど。お前なら持てるだろ?」
「……持てるけど、一体どれだけ中にいるつもりなんだい?」

 そりゃ可能な限りだ。死んだらそれまでだが、モンスター相手の実戦経験はほとんどないのだからやり過ぎという事はないだろう。
 初回攻略がほぼ不可能というのなら少しでも経験は積んでおきたいし、強くなるための訓練は苦にならない性格であると自覚している。予備の武器があるなら、あとの問題は体力だけだ。
 というわけで、フィロスに持てるだけの槍を持ってもらう。なにやら謎の空間に格納できるらしいのでありったけだ。

-第一層-

「……ずいぶん時間かかったね。失敗したかと思ったよ」
「沢山出てきたが、結局は戦力の逐次投入だからな。戸の前に陣取ってひたすら戦い続けた」

 戸を閉めれば終わりと気付くまで時間はかかったが、特に問題はない。コボルトは大して強くないので良い訓練とは言い難いが、ここしばらく遠ざかっていた実戦の勘を取り戻すのには役にたっただろう。
 コボルトよりも、むしろ途中で食わされたゴブリン肉のほうがハードルは高い。なんだアレは。


-第二層-

「オークも問題なかったみたいだね。《 獣の咆哮 》は大丈夫だったのかい?」
「視界に文字が浮かぶのは驚いたが、オークの討伐経験はあるしな。パインたんに心縛られている身としては《 獣の咆哮 》も苦にはならない」
「意味は分からないけど、大丈夫ならいいんだ」

 恋に身を焦がす身としては、あんな雄叫び如きに震え上がるわけにはいかない。パインたんの冷たい目線なら、一瞬で固まる自信はあるが。


-第三層-

「ゴブリンとはいえ、三体相手はハードだったな」
「二層のほうが大変っていう人は多いけど、多人数相手の戦いに慣れてないと厳しいかもね」

 騎士は時折、地方へと遠征して害獣であるモンスター退治を行う事があるが、その時は大抵部隊単位で行動する。なので、あまり孤立した状況での戦闘は想定していないのだが、これからはそういう経験も必要なのだろう。
 あまり関係はなさそうだが、固定で置いてあるという宝箱から出てきたのは謎の紐だった。フィロス曰く< ミサンガ >という名前らしいが、どうやって使うかは分からない。


-第四層-

「撃破はできなかったとはいえ、一発で抜けるのか。やるね」
「……なんだあの化け物。酸噴いて来たぞ」
「今月は蟻人族が担当なんだってさ。ああ見えてもモンスターじゃなく亜人種の先輩冒険者だよ。実は一般市民もいる」
「同業かよ……改めてとんでもないな、この街」

 ドワーフやリザードマンくらいなら会った事もあるが、虫人間は想定外だった。攻撃通らないわ動き速いわで、アレを倒せといわれても勝てるビジョンが浮かばない。ツナ……というかデーモンの威圧感に比べたらマシと、必死で逃げ回ってようやく突破だ。あれで制限かかっているというのだから、如何に差があるか分かるというものだ。
 また、フィロスの解説によれば蟻人の真骨頂は集団戦だそうだ。……苦手な単独戦闘でアレか。

「この下にいるのはもっと強いんだけどね。ここまで一発で来たんだし、どうせなら玉砕して来るといいよ」
「何言ってるんだ。初回攻略の前例がないってわけでもなし、パインたんへの想いでパワーアップした俺に敵はいない」
「うん。頑張って」

 その微笑ましいものを見る目はやめてくれないか。不安になるじゃないか。


-病院-

「あ、ジェイルさん。お目覚めですか」

 気がついたらベッドの上にいた。

「初めてのようですので、まだ状況が飲み込めてないと思いますが、ここは病院です。あなたはダンジョンで死亡して、ここに転送されてきました。意識ははっきりしていますか?」
「ア、ハイ」
「初めては錯乱される方もいらっしゃいますので、まずはゆっくり落ち着いて。必要な場合は精神安定剤を処方しますのでお申し付け下さい」

 やたら事務的な女性に説明されるが、記憶にこびり付いた蘇生までの異様な感覚と、その手前の……真の怪物の印象が強烈過ぎて呆けていた。
 ……アレを倒せだって? 馬鹿言うんじゃない。六人いようが、太刀打ちできるような相手じゃないぞ。

 ……いやいやいやいや、何諦めようとしているんだ。俺にはパインたんと添い遂げるというでっかい夢があるのだ。あんな化け物如き、軽くのして……のしてやる。
 くそ、駄目だ。気が弱くなっている。こんな事ではまたパインたんに罵倒されてしまうじゃないか。いや、罵倒されるのはちょっと興奮するからそれは百歩譲って問題ないにしても、取るに足らない相手と無視されてしまうのは嫌だ。
 は、そうだ。ご褒美があれば……パインたんからのご褒美を妄想するんだ。実際に貰える気なんて全然しないが、妄想だけならタダである。何をしてもらったら嬉しいか、あの化け物に立ち向かう勇気になるかを考えるんだ。

『良く頑張ったわね、虫。ご褒美に踏んであげる』

 え、パインたんのイメージがおかしな事になってないか? いや、イメージはともかくとしてこれは……蟻、いやアリだ。
 やめろ、蟻人。パインにすり替わるんじゃない! 俺を踏むのはパインたん。パインたんパインたんパインたんパインたん……。
 萎え気味だった俺のやる気がムクムクと起き上がってくる。布団を盛り上げてここにいるぞと主張する。

「あのジェイルさん、大丈夫ですか?」
「あ、はい。問題ありません。……ところで、俺裸なんですが、これは一体」

 やる気が起き上がったせいで気付いてしまったが、今俺は薄手のガウンのような服が一枚だけだった。

「ダンジョンで死亡した場合、この病院の地下にある施設に転送されます。その場合、着ている服などを含め所持品はロストするので、直後は必然的に裸になりますね。トライアルの場合はロストしない仕組みになっていますが、この場合も所持品は別に転送されて来ます。そちらの籠に入ってますので、退院される時には忘れずに持って出て下さい」
「あの……、まさかあなたがここまで運んだとか」
「いえ、専門の担当者が控えています。ちゃんと同性の職員が担当する事になっているので、そこまで恥ずかしがる必要はないですよ」
「ア、ハイ」

 ミンチになったのだから、服を着ていなくて当然か。むしろ、服が残ってるほうがおかしい……籠に入った服はボロぞうきんみたいになってるが、これが俺の服か。……これ着て帰るのか?

「ロビーに着替えも売ってますよ」

 ……良くできた仕組みだな。
 さて、やる気が出たのはいいが、実際問題あいつをどうするべきか。同じように躓いている仲間を探して、フィロスに助言もらって、再訓練……いや、とりあえず代えの服を買わないとな。



-3A-



「兄ちゃんがジェイルかい?」

 その日、指定されたギルド会館のロビーで待っていると、中年一歩手前の風貌をした小男が話しかけて来た。
 事前情報を貰っているから彼が紹介してもらったサンゴロである事は分かるが、ちょっと怪しい風体だ。

「そうだ。あんたが紹介してもらったサンゴロと……そっちのがサティナだっけか」
「はい。よろしくお願いいたします」

 サンゴロの後ろには俺と同い年くらいの少女が一人。巨大な杖が印象的だが、冒険者というよりは町娘と言ったほうがしっくりくる容姿だ。

「大将の紹介って話だったからどんな奇抜な奴かと思ったが、普通に見えるな」
「大将ってのはツナの事か? あいつやフィロスに比べたら、確かに実力は普通と言わざるを得ないが」
「いやいや、そういう意味じゃねえよ。大将の周りはなんつーか……極端に真っ当な人間が少ないというか、いやそもそも人間が少ないというか、下手すりゃ俺が一番普通なんじゃねーかって不安になるくらいだから、普通はむしろ歓迎だ。安心できる」

 良く分からんが、褒められているのだろうか。ツナの周りというと、覆面戦士ラージェスくらいしか知らないんだが……。

『私の名はラージェス。ちょっぴりマゾな覆面戦士だ』

 ……あいつの時点で変だな。納得だ。

「それで、トライアル攻略までの臨時パーティって話だったな」
「ああ。だが、もちろん必ず昇格まで面倒見てくれなんて恥知らずな事は言わない。俺が足を引っ張るようなら見切りを付けてくれ」
「まあ、大丈夫じゃねえか? ついこないだまで傭兵やってた俺よりは、よっぽどしっかりした実力があるだろうさ」

 ……そうだろうか。こうして見ても、佇まいは強者のそれに見えるんだが。タイプは違うが、サンゴロとサティナの両方ともだ。
 たとえばサンゴロは正面から向かい合ってはいけない相手だと感じさせる雰囲気を纏っている。ぶっきらぼうな雰囲気の下に張り詰めた刃を隠しているかのようで、その目は獲物をじっと観察する肉食獣のものだ。……いや、だった。最初はそうだった。俺に対する観察は終わったという事だろう。
 そして容姿に惑わされて一見分かり辛いが、サティナはそれ以上に理解不能な何かを持っている。端的に言ってしまえば、人間らしからぬ怖さがある。トライアル第四層で戦った蟻人のような、判断のつきにくい何かだ。

「あの……ジェイルさんは、意中の女性に振り向いてもらいたいが一心で頑張っているんですよね?」
「お前、あんまりそういう事に首突っ込むなよ」

 どうやら、ツナからある程度の事情も聞いているようだ。気を使ってくれているようだが、隠してるわけでもないから特に咎める必要もない。
 ……俺の人物評は間違っていないと思うのだが、まるでそれを感じさせないのは狙っているのか、それとも本人も気付いていないのか。

「いや、いいんだ。むしろ、この溢れんばかりの想いを誰に聞いてもらいたいと思っていた!」
「そういうの、すごくいいと思います。一緒に頑張りましょう!」
「なんでお前ら意気投合してんだよ……。お前、そんな乙女チックなキャラじゃねえだろ」

 とはいえ、仲間としては心強い。短い間とはいえ、この二人とは仲良くやれそうだ。

「とりあえず目標は次で突破だからな。時間が許す限りは連携訓練といこうや」

 そして、再挑戦に向けた訓練を開始する。基本的にはお互いができる事、して欲しい事、されたら嫌な事の洗い出しだ。戦闘中の行動が主だが、一応ダンジョン内での立ち回りについても検討する。
 相性は意外と良かった。前衛の俺、中衛・遊撃のサンゴロ、純後衛のサティナと役割分担もはっきりしている。
 俺の役目は前に出て正面戦闘を受け持つ事。あの怪物と真正面からやりあうのは気が気じゃないが、防御・回避に専念すればある程度は耐えられるだろう。そのために金属製の防具まで用意した。迷宮都市では手頃な値段だが、王都で用意したら家が買えてしまうような品質のものだ。

 それからの数日間は充実した毎日だったといえる。デビューしたらそれまでの関係だが、このまま一緒のパーティで続けられたらとも思ってしまった。
 実はあの戦争でラーディン側にいた事も聞いたが、本人は気にしていない様子だ。俺、オーレンディア側の正面戦力だったんだがな。

『たまに組むくらいなら問題はないと思うが、大将の下で本格的に活動を始めるとなると、あっという間にとんでもない領域に連れて行かれそうな気がするんだよな……。あと、俺と嬢ちゃんはあんまり仲良くねえから』
『ショックです。サンゴロさんとは仲良くやって行きたいと思っているんですが』

 同じ時期に冒険者登録をして同じクランに入る者同士、しかも出身国まで同じなら仲良くなりそうなものだが、この二人はあまり仲がいいとは言い難い関係らしかった。部外者の俺が間に入る事があるくらいだ。
 双方向ではなく一方向で、主にサンゴロからサティナへの感情……嫌悪ではなく苦手意識のようなものが見られる。

『根本的な部分、人間としての在り方の問題だから改善しようがねえよ。あいつがあいつとして我を通そうとする限り相容れない。それが悪いって言ってるわけじゃなく、相性の問題だ。だから、相容れないなりに上手くやっていくしかねえな』

 サティナがいない時に駄目元で聞いてみると、少し意外な回答が返ってきた。この話題自体、あまり深く踏み込んではいけない問題のようにも感じられた。

 そうして、あっという間に数日が過ぎ、トライアル再挑戦の日となった。
 結果だけ言ってしまえば、攻略は無事完了した。そして、それと同時に俺たちの臨時パーティも解散だ。そしてそれは、このパーティは今だけのものになるであろう事を確信させた。



「所属が違うからって組んでいけない道理はないし、下級の内はなんだかんだで組む機会はあると思うけどね」

 トライアル攻略完了を報告しに行った先でフィロスはそんな事を言った。
 まあ本来はそうだろうし、本人も経験に基づいて言っているのだろう。実際ツナたちと敵対してるわけでもなく、むしろ仲はいい。俺たちも、別段パーティを組むためのハードルなんてない。

「単純な話だ。あいつらがどうとかじゃなく、俺が足りてない」

 スタートラインが違う。並び立つような位置にいないのだ。そして、俺がそこに至る頃にはあの二人は先へ至るだろう。足並みはすぐには揃わない。そうしている内に中級ランクになり、パーティも固定化されていく。そんな気がする。

「それは実力って意味じゃないね」
「ああ、どっちかというと心構え。あいつらは冒険者をする上でどう在ろうかの答えが見えてるんだ。俺は今時点だとぼんやりし過ぎている」

 パインたんと添い遂げたいという目標は当然ある。しかし、それは冒険者としての目標でも在り方でもない。
 俺は、ジェイル・ネル・グローデルはいつかその答えを見つけ出すだろう。ただし、そこまでの道のりは少しばかり遠そうだ。

「実力も足りてないんだけどな」
「彼らはツナの組織するクランではまだ戦力外の扱いなんだけど、何かを感じさせる片鱗はあったって事かな?」
「片鱗どころか、明確に出来が違う。……あいつら、あれで駆け出しかよって感じだ」

 勝つには勝ったが、はっきり言って俺は貢献できたと自信を持って言えない。

「そんなにかい?」
「ああ、実際にミノタウロスと戦った経験のあるお前なら理解し易いだろうな。……トドメはサンゴロが刺したんだが、どうやって仕留めたと思う? ちなみに獲物はナイフだ」
「普通に考えるなら急所狙いかな。ミノタウロスの場合胴体の損傷だけだと必ずしも致命傷にならないから、ピンポイントで心臓か、目から脳に突き抜ける一撃か、首か。どちらにしてもナイフじゃ一撃っていうのは厳しいね」
「首で正解だ。ただ、あいつは切り付けたとかじゃなく、落とした」
「……あの太い首を?」
「ああ、俺も目を疑ったが、実際に落ちたんだ。ちなみに、その前には手首も切断してる」

 これがナイフじゃなく両手剣や斧だったら分かる。もしくは相手が人間大の大きさならなんとかなるだろう。
 しかし、あいつはHPが尽きた後とはいえ、ミノタウロスの太い首をナイフ一本で切断したのだ。

「ちなみに、どうやったんだ?って聞いたら、『俺、こういうのは得意だからな』とか言い出すんだ。自分の事を一番の下っ端だって言う奴がだぞ。意味が分からん」
「彼は、遠征の時はリディン一派に捕まるくらいだったんだけど」
「迷宮都市に来てから強くなったんじゃないか? イグムート氏とひたすら模擬戦してたらしいし」

 ただ、そうだとしても少し異常だ。それ以外の何かがないとアレは説明が付かない。単純に訓練したというだけでは済まされない、熟練の技巧のようなものを感じたのだ。……なんだ、《 絶孔穿 》って。

「もう一人のサティナのほうは?」
「《 召喚魔術 》でミズチっていう蛇を複数召喚して戦ってた。水を噴射したり体当たりでもさせるのかと思ったら、隙をついて相手の口や鼻から進入するんだ。……結果、相手は陸の上で溺れる事になる。あんな虫を殺さないような顔をして、平然とえげつない戦い方をするんだ」
「……なんというか、どっちも強烈だね。やりづらそうだ」

 まあ、どちらもさすがに中級相手に通用するものじゃないとは思う。しかし、アレはまだ発展途上なのだ。まだ形になっただけという段階である。これからどう変化するのやら。
 ……良く考えると俺、すごい地味だよな。何度かミノタウロスの攻撃を正面から耐えた事は自信はついたが、普通に槍で戦ってただけだぞ。受け流しの技術って大事だよなって、しみじみと実感するようなレベルだ。

「まあ、それくらいじゃないと、とも思うけどね。せっかく張り合うんだから、ライバルは強いほうがいい」
「お前、本気であいつらに張り合うつもりなのか? いや、敵対するわけじゃないってのは分かるが」

 ほとんどは話に聞いただけだが、ツナのところにいるのはどれも一筋縄じゃいかない連中ばかりだ。もしくは変な生き物。

「当然。そのために準備してるんだしね。インパクトでは負けてる気がするけど、そこで張り合うつもりはないし」

 まあ、見た目からして奇抜な連中ばっかりだからな。

「まあ、経緯に少し情けない部分もあるが、これで俺も冒険者だ。パインたんに相応しい男になるために頑張るさ」
「クラリスさんだっけ? ミユミさんのパーティならツナに取り持ってもらうのが早いんじゃないかな」
「ああ、しばらくしたらまた頭下げに行くかもしれない」

 今回のトライアルだって、タイミングが良かったとはいえ無理言って紹介してもらったのだ。何度も悪いが、条件付きでも助けてもらいたい。ここで助けなんていらないと言えるほど、パインたん攻略の道筋ができているわけでもないし。

「とりあえずはプレゼント作戦だな。トライアル攻略できたら受け取ってくれるって約束したんだ」
「へえ、騎士団の頃はそんなそぶり見せなかったけど、意外と積極的なんだね」
「そりゃそうさ。理想を超えた理想だからな。王都から取り寄せてるんだが、早く来ないか待ち遠しい」
「あえて迷宮都市では手に入らない物を用意するという事か。……色々考えるんだね」
「お前は何も考えずに行動しそうだな。フィオちゃんの件もそうだが」
「そうかな?」

 やはり自覚がないのか。ある意味恐ろしい男だ。



-4A-



『へ、へーーーー。……まさか本当に攻略してくるなんて。……ちょっとだけ見直した。ほんのちょっと』
『君のために頑張ったんだ。約束通り受け取ってくれるかな。王都から取り寄せたんだ』
『ま、まあ、約束だしね。プレゼント受け取ったからってどうってわけでもないし』
『それはそうさ。これはあくまで俺の気持ちだから。溢れんばかりの想いを物で代用しているに過ぎない。ささ、これを』
『……本? 古書ってわけでもなさそうだけど』
『王都一の奴隷商が一部の顧客にしか公開してない奴隷名鑑なんだ。タダ同然で売り出される奴隷とは違って、ものによっては屋敷が買えるほどの……うぐぇっ!! な、なにを、パインたん。ひょっとして気に入らなかったのかな』
『ひょっとしても何も気に入るわけあるかどアホっ! どこの世界に女へ奴隷名鑑送る奴がいるのよっ!! 私に奴隷飼えっていうの? 馬鹿なの? いっぺん死んでこいっ!! あとパインたん言うなっ!!』


 パインたんへのプレゼント大作戦は失敗に終わった。なんかちょーーーっといい感じだったのに、最終的には蹴っ飛ばされた。
 これまでは近付くと怒りはしても対応はしてくれたのに、今では冷ややかな目を向けて無視される始末だ。そんな状況なのに、あの視線でちょっと興奮してしまう自分が恨めしい。……ほんともう、パインたんは罪作りな女性だ。

「……一体何が悪かったというのか」
「全部じゃねえか? 従士やってた頃しかまともに知らねえが、お前馬鹿だったんだな」

 酒を呑みながら言う、ギルウィス元団長の言葉が心に突き刺さる。

「決まりがあるわけでもないですけど、訓練中に酒呑むのは如何なものと思いますけど」
「馬鹿だな。人の失恋話なんて最高の肴、呑まなきゃ酒に申し訳ないだろうが。呑んでてもお前よりは強いし。お前もそう思うだろ、マーセル?」
「何に対してかは分かりかねますが……、訓練中の飲酒に関してはジェイルと同意見です。強いのも……まあ。失恋話が面白いと思うかに関しては……理解し難いという回答ですね。私には経験がないもので。……ああ、ジェイルが馬鹿だとは思うのは同感です」
「そういや、お前はハーレム野郎だったな」

 俺の後ろに立つ顔を含め全身入れ墨だらけの巨漢、マーセル・グランゾは妻が八人いるらしい。二人三人ならともかく、八人というのはもはや王族かなにかの領域で、俺には理解できない。想像すらできないから、羨ましいとさえ思えない。その妻を迷宮都市に移住させるために奮闘してるわけだから、責任感の強い男だとは思うが。

「ほら、そこの女の敵。次、あんたの番でしょ。ゴーウェン待ってるわよ」
「ああ、すまない」

 模擬戦が終わって休憩場に入って来たルーニーが促し、ハーレム野郎……マーセルがゴーウェンの待つ場所へと歩いて行く。

「ルーニーは何が悪かったと思う?」
「また例の話? 本気で聞いてるなら、あんたの頭の中にちゃんと脳みそ入ってるか確認しないといけないかも」
「それなら、グローデルのところ全員頭開かねえとな」
「……まさか、あんたの家って全員そんな感じなの?」
「そんなわけあるか。俺が一番まともだ」
「えぇー……」

 何故そんな呆れる。

「間違っちゃいない。こいつの父親はホモでオカマで気に入った男をペットとして飼うド変態だし、兄貴は熟女好きという名の老女好きで、閉経した女が大好物なド変態だ。だから、その自己評価も正しい」
「……あまりに想定外な回答にドン引きなんだけど。伯爵家じゃなかったっけ? そこの酒呑みも伯爵だし、王国はどーなってんの」
「とっくの昔に家督は捨てたから、俺は伯爵じゃねえよ。家名も名乗ってない」

 王国が危ういのは同感だが、ウチの親父は変態でも有能なのだ。有能故に権力も持っているから変態行為に歯止めが効かない。
 結果、ある程度制限はつくものの野放しになってしまうというわけだ。

「ま、アホな事やらずに、ちゃんとした恋愛相談ならお姉さんが相手してあげるから」
「いや、お前俺より年下な上に恋人いないだろ」
「うっさいわ。誰が年齢<彼氏いない歴(前世含)よ。喪女扱いすんじゃないっ!!」
「いや、そんな事は言ってないんだが」
「あ、俺トイレ行ってくるわ」

 実際そうかもしれないが、少なくとも口に出してはいない。というか、逃げるの早いっすね元団長。

「私もねー、前世で色々あったせいで大変なのよ。好きだった男を宗教団体の教祖に寝取られるわ、気合入れて殺したそいつが何故か今世では双子の姉だわ、そりゃ真っ当な恋愛も遠ざかるわ」
「極めて数奇な運命だとは思うが、そんな相手に相談してもな」
「女の子は人の恋愛話が好きなのよ、つい弄りたくなっちゃうの」

 つまり助言は見込めないという事だ。あと、そんな言い方しても可愛いとは思わんぞ。

「実際問題、ジェイルは顔はいいし、アレな部分除けば性格だって真面目だし、迷宮都市ではあまり意味ないけど育ちはいいし、冒険者としてはそこそこいい線いきそうだし、ステータス自体は高いのよね。駄目なところが色々帳消しにしてる気がするけど……今回の件だって、奴隷名鑑とかそんなネタみたいな物じゃなくて、花束とかだったら意外とコロッといってた気がするし?」
「そ、そうかな? 頑張ったらパインたん振り向いてくれるかな?」
「……もう手遅れだと思うけどね」

 なんて事だ。俺はむざむざチャンスを潰してしまったというのか

「普通は気付くところで馬鹿やるから、どっちにしても駄目かも」
「くそ、俺を慰めてくれる奴はいないのか。みんな分かってくれない」

 チラッと視線を送ると、こちらに気付いたのかゴーウェンがガッツポーズで返してくれる。全然喋らないけど、あいつはいい奴だ。

「うん、間違いない。あいつムッツリだよ」
「ムッツリってどういう意味だ」
「内緒。それよりもさ、グローデル氏は変態でロリコンなわけだけどさ」
「間違ってないし本来家名で呼ばれるべきなんだろうが、釈然としない。まあ、今更隠す気はないがなんだ?」

 ウチの家名が変態の代名詞のように聞こえてしまう。

「ロリコン的にはアレくらいの子でもアリなわけ?」
「アレって、燐ちゃんの事か?」

 ルーニーが指差すのは、訓練場の奥の方でフィロスと模擬戦をしている少女の事だ。今日俺たちがこの訓練場にいる原因でもある。
 この場にいるほとんどは最大手クラン< アーク・セイバー >の所属で、普段はその専用訓練場を使用している。俺とギルウィス元団長が未所属だが、手続きをすれば利用する事は可能だ。それでなくとも、利用資格は満たしているのだからギルド会館の地下訓練場を使えばいい。
 俺たちだけならわざわざ金を払って民営訓練場を利用する必要はない。

「パインたんに出会ってしまった以上今更だが……うーん、ギリギリかな」
「……どっちのギリギリかは聞かないでおくわ」

 あの子は年齢の割に育ってるからな。食料事情の関係か、背もそこそこある。だからまあ、ギリギリだ。

「しかし詐欺みたいな話よね。アレで一般人のLv1だっていうんだから」

 本当にそうだ。Lv1というのは外にいた頃の俺たちとほぼ同じ条件という事だ。なのに、冒険者が受ける様々な恩恵なしに中級冒険者をまともに打ち合っている。防御に専念しているから攻め切れていないようにも見えるが、フィロスも結構大変そうだ。
 ミノタウロスと真正面から対峙して冒険者資格を得た今なら分かるが、今の俺ではおそらく勝てない。
 能力値だけ見るなら余裕で勝っている。筋力も然程ではないだろう。しかし、それらすべての要素を引っ繰り返す剣の素養がある。

「あ、限界みたい」

 フィロスに向かって果敢に攻めていた燐ちゃんだったが、急に電池が切れたように倒れ込んだ。多分体力切れだ。常に全力。配分を考えないのは子供らしいといえる。
 倒れた燐ちゃんが起き上がり、フィロスに再度始めようと促しているようだが、何かに気付いたように訓練場の外に走っていった。
 終わりなのか、フィロスもこちらに向かって歩いてくる。

「終わりか?」
「ちょっとしんどかったけど時間切れだね。そろそろ門限だって」
「ああ……門限ね」

 帰り支度のためにロッカールームに戻ったのか。なんというか、普通の家庭なんだな。

「フィロスさーん、約束ですからねー! 土亜の件もよろしくー!!」
「はいはい。ちゃんと、両親説得してからね」
「絶対ですよー!」

 訓練場の入り口から大声で叫んで、そのまま帰って行った。元気のいい事だ。

「じゃあジェイル、僕たちも行こうか。ルーニー、あとの事よろしくね。師匠とか退館手続きとか」
「はいはい、お姉さんに任せておきなさい」
「君、僕より年下だけどね」

 誰にでもお姉さんぶりたがる女だ。双子の妹っていう立場が原因じゃないかとは思うが、見境がないのはどうなんだろうか。ギルウィス元団長なんて、数倍の年齢差なのに。もうおじいちゃんだぞ。



 フィロスに連れられて、迷宮都市の案内を受ける。
 デビュー祝いというわけではないが、正式に移動許可が降りた他区画の紹介を兼ねてだ。迷宮都市だと思っていたのはダンジョン区画と呼ばれる一区画に過ぎなかったらしい。

「デートに使うならこの公園はいいと思うよ。日が暮れると歩道がライトアップされて、なかなかいい雰囲気なんだ」

 中央区にある大型の公園を歩く。男二人で色気はないが、下見ならこれくらい気楽でいいのかもしれない。
 デートに使えそうな場所を紹介してくれってお願いした時はあまり期待していなかったのだが、ここは意外といい雰囲気だ。女性受けしそうである。覚えておこう。

「フィオはどこ見ても驚いてたから、特別ここが気に入ったってわけじゃないだろうけどね」
「そりゃ王都から迷宮都市に来たらどこでも驚くだろ」

 あの子は大抵の環境にはすぐ適応しそうだが、それでも限度がある。ダンジョン区画はまだ近い雰囲気が残っているところもあるが、他の区画は別世界だ。

「そういえば、さっき燐ちゃんが言ってた約束ってのは?」
「クランへの入団。ちゃんと両親説得して冒険者になるってハードルを超えたらだけど、バックアップするって話さ」
「あの子、< アーク・セイバー >の幹部の子供じゃなかったか?」

 どんな経緯であそこにいたかは知らないが、マーセルが言っていたような。親が幹部なら普通はそこに所属しそうなものだ。

「七光りみたいだから、< アーク・セイバー >は嫌なんじゃないかな。だから、独立を検討してる僕は都合が良かったんだと思う。本人は気付いてないけど、実は剣刃団長からもお願いされてるんだ。……父親は大変みたいだね」

 まだ形にもなっていないクランへ入団する確約か。向こうもそれは分かってて言ってるんだろうが、気の長い話だ。
 父親は表立っては許可できないが、こうして訓練するのを見逃すくらいは許していると。……なら、問題は母親だな。

「才能があるのは間違いないしね。彼女は"ソロでも一○○層踏破できるようになる"から」
「随分具体的な見込みだな」

 そんな深層部分の知識をフィロスが持っているはずがない。それくらいはできる才能という表現だとしても妙に具体的だ。
 ……それではまるで、見てきたような。

「まあね。なんせ、実例があるし」
「……実例?」

 フィロスは答えない。じっとこちらを見て、何かを観察しているようにも見える。

「……ツナのところに張り合うにはいい人材だと思うよ。僕もそれに見合った団長にならないとって気にもなる。その前にクラン創設しないといけないってハードルはあるけど、それは大前提だしね」
「まさか、ギルウィス元団長まで引っ張ってくるとは思わなかったけどな」

 あの戦争の後、フィオちゃんと結婚するために王都にやって来たフィロスは、その流れで師匠であるギルウィス元団長を迷宮都市に誘ったらしい。だが、言ってみればあの人は世捨て人だ。剣は鈍っちゃいないみたいだが、それでも社会を投げ出してスラムへと逃げ込んだ経緯がある。そんな人を表に引っ張り出してくるのは、弟子と言えども普通は躊躇いそうなものだ。

「はは、フィオの件で色々あってね。誘ったら『俺を本気にさせたら考えてやる』って言われたんだけど、なかなか頑固だった」
「仮にも師匠で親代わりの人を半殺しにするなよ。フィオちゃん、惨殺死体みたいだったって言ってたぞ」

 本人は騎士団長時代に完全敗北した迷宮都市に複雑な想いを抱えているから断ろうとしたらしいが、フィロスがとった行動は実力行使だ。実の師匠相手に大人げなく冒険者の力を見せつけ、腕力という名の説得を行ったのである。結果、惨殺死体もどきの出来上がりだ。
 ちなみに冒険者として誘ったので、移住審査が必要なフィオちゃんより早く迷宮都市入りしたそうだ。
 昔からそうだが、フィロスは物事に対する境界線の取り方が極端だ。範囲を提示されたら、そのギリギリまで許容してしまう。ギルウィス元団長の件だって、迷宮都市のポーションがあればなんとでもなるという認識だったのだろう。
 なお、張り合おうとしたトライアルの攻略期間はフィロスに軍配が上がっている。まあ、メンバーの問題もあるし、運が絡むのは仕方ないと思うのだが。

「お前も物好きだよな。自称下っ端のサンゴロですらアレなのに、それが普通に見える連中と張り合おうっていうんだから」
「ライバルとして切磋琢磨するのはいい関係なんじゃないかな。対抗戦とかでは敵になるんだろうけど」

 それでもだ。ここまで聞いた情報では、あいつが集めている人材はどいつもこいつも飛び抜けている。冒険者資格を手に入れたばかりの俺でも分かるほどなのだから、デビュー以降近くで見てきたフィロスにはもっと明確に見えているはずだ。
 そんな連中に対抗しようと集めているのが今のメンバーなわけだが、俺をこの中に含めていいものだろうかと不安になる。ゴーウェンやギルウィス元団長はもちろん、マーセルやルーニーもトップクランの同期では抜きん出た存在だ。その上、あの子まで加わるとなると……。

 公園の外に巨大スクリーンが見えた。建物の壁一面が画面になっていて、動く映像を表示できるらしい。テレビというやつの巨大版だ。
 そこには長細い棒のようなものが映っている。クーゲルシュライバーという名の船で、異世界に行くための乗り物らしい。
 異世界自体はベレンヴァール・イグムートという存在を通して知っているので、迷宮都市ならそんな奇想天外な話でも有り得ると思えてしまう。

「そういえば、例の異世界行きに参加しなかったのはなんでだ? < アーク・セイバー >から打診は来てたんだろ?」
「あそこは僕の戦場じゃないからね。出番はもう少し先なんだ」
「……何言ってるんだ?」

 さっきから、どうにも意味不明な言動が目立つ。時折そういった言動をする奴であるが、今は分かってて言っているように聞こえる。

「知ってるかいジェイル。この星はもうすぐ砕けるらしいよ」
「……星ってなんだ? 夜空に光ってるアレの事か?」
「……ごめん、それは想定外だった」

 何故謝る。なんか馬鹿にしてるだろ、お前。

「まあ、とにかく……予見された崩壊は目前だ。ツナにはこれを乗り切って貰わないと続かない。そう思っているのは僕も同じだから気にしなくていいよ、"エリカ・エーデンフェルデ"」

 俺の後ろに誰かいるのかと思ったが、振り返ってもそれらしい人影はない。それどころか、近くには誰もいない。
 公園を利用しているらしき人の喧騒は聞こえるが、少しばかり離れている。

「俺に言ってるのか? 誰の事なんだ」
「君じゃなく、遠くから覗き見してる悪い子の名前さ。舞台から弾き出された僕が、何をしているか気になるらしい」

 言ってる意味が全然分からない。この分だと、質問をする度に疑問が増えそうだ。

「それは置いておいて、ジェイルにも色々頑張ってもらわないとね。クラリスさんはC-ランクだから追いつくのは大変だよ」
「愛の力でなんとかするさ。だが、とりあえずはプレゼントの件謝りに行かないとな。ルーニーの助言通り、今度は花束でも持って……」
「それはちょっと厳しいかな……。彼女、あの船に乗ってるらしいし」
「…………え?」

 あの船って、画面に映ってる棒の事だよな? そこに乗ってる? つまり異世界に行くと。確か、予定期間は二週間だったな……二週間も会えないのか。……まさか二週間で帰って来るよな。永住したりしないよな?

「ジェイルはその期間で何が悪かったのか反省しないとね。自覚ないみたいだし」
「なんて事だ……日課のパインたん成分の補給が……」
「……これは前途多難だ」



-???-



 宙に浮かぶウインドウの向こう側からそう語りかけられた時、一瞬何が起きたか理解できなかった。

『まあ、とにかく……予見された崩壊は目前だ。ツナにはこれを乗り切って貰わないと続かない。そう思っているのは僕も同じだから気にしなくていいよ、"エリカ・エーデンフェルデ"』

 自分の生まれた世界とこの世界。二つの世界に見られる差異の内、最も大きな違いであるユキさん。そこに悪意があるか、または何かしらの思惑があるか、現時点では判断がつかない。あるいはミユミさんが言ったように、必要なピースとして渡辺綱が用意したものという可能性もある。その真実については回答を出せないが、彼女、あるいは彼の存在の有無が世界の形を変えているのも事実。そして、本来その立ち位置にいたフィロスさんが異なった行動を取るのは必然だ。ある程度が予測困難な部分であるとは思っていた。……思っていたのだが。

「これは一体……」

 まさか、あちら側から認識され、干渉を受けるとは思わなかった。当てずっぽうというわけではないだろう。
 私の知る限り、そんな事ができる存在はいない。リリカ・エーデンフェルデでは不可能だし、その師であるというリアナーサ・エーデンフェルデでもおそらく不可能だろう。もちろん、私もできない。そもそもの話、彼は魔術的な何かを行使した様子はなかった。ただ、自然に対話するようにこちらを覗き見たのだ。
 理解し難い現象。言葉の意図も分からない。言った事をそのまま受け取るなら崩壊を食い止める障害にはならないのだろうが、あまりにイレギュラー過ぎて無視できなくなってしまった。
 彼は崩壊のその先を見ている? 出番とはなんだろうか。まさか、渡辺綱がこの苦境を乗り切ると確信した上で行動しているのだろうか。
 集めている人材もその節が見られる。そこに燐さんや、カミル……四神宮土亜が含まれているのは意図的にしか見えない。
 まるで、彼女たちが未来でどうしているかを知っているよう。そもそも今の時点で存在していない私やルナ、別存在と化したセカンド、冒険者になるつもりがないマナを除いて、取り込める可能性のあるSランクをピンポイントで狙ったようにも見える。
 彼女たちは才気溢れる存在ではあるが、星の崩壊には一切関わっていない。身内に引き入れたからといって何があるわけでも……あるいは本当に別の思惑で動いていて、星の崩壊にはまったく関係ないのだろうか。
 こちらを覗き込む彼の目はまるで……ここから先はお前の立ち入る世界ではない、と警告しているようでもあった。確かに崩壊を止められるなら私の目的はそれで果たされる。この世界に私が生まれない以上、そこから先に干渉する理由はないが……イレギュラーに過ぎる。

 そして、あの……突然見えるようになったギフト、《 因果への反逆 》とは一体なんだ。
 怪しさも然ることながら、あの名前はまるで《 因果の虜囚 》由来のものであると言っているようなものだ。あんなものは元世界のフィロスさんには存在しなかったはず。……いや、確認が取れなかっただけなのだろうか。データベースに残っていた情報だけでは判断のつけようがない。私が渡辺綱に干渉するまで見えなかった事といい、まさか私を混乱させるための嫌がらせか。……そんな馬鹿な。
 ……この件を渡辺綱に警告する?
 確かに予備として残している干渉のチャンスは一回あるが、こんなところで使ってしまってもいいのだろうか。
 おそらくその一回はこの世界のために使う事になる。その予感はあるし、元々そうするつもりだった。崩壊を免れる可能性があるとすれば、この世界を置いて他にはないと。しかし、だからといってこんな事のために使っていいのだろうか。事象が変化し過ぎてタイミングが掴めない。
 そもそも本当に崩壊は発生するのか。発生するとしても、それが他の世界と同時期である保証はあるのか。これだけ変化した世界に元の世界の法則が当てはまるのか。……ダメだ。こんなところで使うべきではない。
 そもそもの話、今干渉しようとしたところで近くにリリカ・エーデンフェルデがいない。彼女自身に語りかける事はできるが、肝心の渡辺綱には伝わらないだろう。……あと、個人的にできれば彼女には会いたくない。

「……はぁ」

 落ち着きなさい、エリカ・エーデンフェルデ。予定外の事象が起きるのはむしろ好材料と見るべきだ。
 今すべき事は混乱じゃなく、変化する状況に対応する事。何が起きても対応できるように情報を整理する事。それしかできないのだから、せめてそれくらいはやらないといけない。……来たるべき最後のチャンスに向けて。


● 星の崩壊の原因について
 ダンジョンマスター……杵築新吾が原因と考えている< 地殻穿道 >はおそらく正解だろう。未来においても、特定できなかっただけで有力な可能性の一つとしては挙げられていた。杵築新吾と那由他の二名が最後に向かった場所なのだから当然だ。予兆の地震も、その震源地がそこだというだけでは根拠としては弱いが、可能性の補強にはなる。
 そこに何があるのかは分からないままだが、彼らが十分な警戒と対策をしていればさすがに確認可能なものだろう……と思う。
 ただ一つはっきりしているのは、これを原因だと仮定した場合、事前情報なしの杵築新吾と那由他の二名では対処できなかったという事だ。どちらも戦力としては規格外もいいところで、平行世界を見渡しても彼ら以上の戦力はいない。個人戦力としては最高峰に位置するだろう。そんな二人が対処できなかった問題だ。投入できる限界まで戦力を用意しても、結果は変わらない可能性は否定できない。


● 異世界への避難について
 これは妙手だと思う。私たちの世界ではそもそも選択肢にすらならなかったが、世界規模で離れた場所に避難できるのであれば、星が壊れたところで影響を受ける事はない。迷宮都市や住人すべてが避難するのが不可能なのは残念だが、現状戦力で対応できない場合でもあとに繋がる。
 懸念されていたように、渡辺綱の《 因果の虜囚 》がこの対策を最善として妥協しないかという不安は残るが、最大戦力であるダンジョンマスターと仲間が避難できれば最悪の事態は避けられるはずだ。
 クーゲルシュライバーについては、とりあえず旅立った第一便は問題ないだろう。どの平行世界でもここまで早い時期に崩壊した記録はない。因果が繋がっている以上、時期が大きく逸脱する可能性は低い。……世界規模の問題で一ヶ月の差が大きいかどうかは疑問だが、それは今更だ。
 問題になるとすれば第二便以降。予定では、準備が必要な第一便よりもかなり短縮した期間で行き来できるようだが、それでも数日は必要だ。ダンジョンの時間操作を以てしても世界を超えるというのはそれくらいの距離が発生する。どれだけ頑張っても十回の往復は不可能だろう。現実的に見るならせいぜい三、四回。最悪の場合は第二便で限界という事もあり得る。
 一応月も避難所として改装しているようだが、こちらは無駄になるだろう。私たちの世界で一部とはいえ月への避難が成功したのは奇跡のようなもので、ほとんどの場合においてその試みは失敗する。事前準備をしても、その僅かな可能性が更に僅か増加するだけだ。


● 渡辺綱の前世との関連性について
 これについてはさっぱりだ。本人は確信に近いものを持っているようだが、ここに至って一切関連性が見えない。
 平行世界に存在する無数の渡辺綱にはない《 因果の虜囚 》やその影響を受けたスキル群を見れば一切関係ないと判断するのは無理があるだろうが、おそらくは更に大きな視点で見るべき問題なのだろう。
 話を聞くに、唯一の悪意の呪いは無数の試練で成り立つものだ。呪いにとってはこの星の崩壊すら試練の一つでしかなく、対処したところでそれは続く。根本的な解決にはギフトをどうにかするか唯一の悪意を滅ぼす必要があるというのなら、私が干渉できる範囲は大きく逸脱している。こればっかりは渡辺綱がどうにかするしかない。
 むしろ気になるのはミユミさんが言っていた唯一の悪意とは別の、《 因果の虜囚 》を持った何者かの可能性。
 星の崩壊は唯一の悪意が出現した際の状況と一致しない。だから直接的な干渉はないにしても、それ以外の存在が干渉している可能性は十二分にある。渡辺綱の確信がそれを指しているのだとすれば、< 地殻穿道 >の先にはその何者かが眠っている可能性は高い。少なくとも考慮すべき可能性ではある。


● 現状の流れについて
 では、ここまでの流れが《 因果の虜囚 》の用意したレールだと考えた場合、崩壊を回避できるルートに乗れているのか。
 このまま何も問題なく事が進み、崩壊は……とりあえずそれだけは回避できるだろうか。……どうしてもそうは思えない。
 当然根拠はある。《 因果の虜囚 》の試練とは、唯一の悪意自身を滅ぼさせる存在を創る……素養のある者を成長させるための試練だ。規模の大小は関係なく、その存在の生死に関わり抗うよう誘導している。皇龍のそれは例がないので分からないが、渡辺綱に関してはそうだったはずだ。
 本人から聞いた限り、大きなものではオークジェネラルとの戦い、あの時投映された猫耳さんとの戦い、リーゼロッテ・ライアット・シェルカーヴェインとの戦い、そしておそらく最も顕著なのはベレンヴァール・イグムートとの戦い。その他、細かいものを加えるなら無数に存在する。
 それらの共通点は闘争だ。ただ、死という現象を回避するのではなく、それを目の前にして抗わないといけない。……いや、これら過去の事例は死に至らない事前提のものを含む以上、必要なのは闘争そのものなのだ。生死はそれに付随するだけの要素に過ぎない。
 では、この状況。星の崩壊と対策にそれは当てはまるか。……当然、否だ。
 もしも、ここまでの対応がすべて上手くいき、杵築新吾の行動によって星は救われるとする。そこに肝心な渡辺綱の成長はない。《 因果の虜囚 》がそれを許容するとは思えない。
 おそらくは試練は別に用意されているのだ。渡辺綱が死力を尽くして抗い、成長するための試練が。……あるいは、それこそが渡辺綱が警戒している前世との因縁なのかもしれない……と思う。


● 最悪の可能性
 ……色々奔走したが、どう抗おうが星の崩壊は免れない可能性もある。
 私や渡辺綱の奔走のすべては徒労で、何をしても星は崩壊する。平行世界における因果の強制力を見るなら、それは十分に有り得る。
 私たちは神ではない。亜神ではあっても神ではない。どんな超常の存在だとしても、全知でも万能でもない。ダンジョンマスターは世界の管理者であって、そのすべてを知る者ではない。私だって無限回廊の虚数層に至って尚知らない事ばかりだ。
 世界の理は決して触れる事のできない、深淵の遥か奥に存在する。決して到達できない無限の先で鼓動している。
 無限回廊システムは真の神へ至るために創られた自律型の箱庭だが、その目的が果たされる事はないだろう。
 ……それは唯一の悪意とやらにも言える事だ。無限回廊第二○○○層に到達していようが、その本質は神ではない。災厄であり、情報であり、超常であるが、完全無欠の存在ではない。そんな不完全な存在が、しかも《 因果の虜囚 》なんて間接的な干渉が、世界の理を変化させる事ができるとは思えない。それは世界の管理者としての権限を明確に、大きく逸脱している。
 しかし……そう、しかしだ。
 無数の平行世界を観測して来た身としてはどうしても引っかかりを覚える。この世界はそれらを加味してもあまりに歪に過ぎる。この世界だけがあまりに歪に過ぎる。唯一の悪意とやらが、《 因果の虜囚 》がどれほど強力なものかは知らないが、それだけでここまでの歪みが生まれるのだろうか。これはすでに世界の理を逸脱してはいないか。
 これは本来有り得ない世界ではないのだろうか。存在し得ない可能性なのではないだろうか。幻のようなものではないだろうか。
 杵築新吾の言っていた隣接世界の概念を前提とするならば、本来在るべきは自分のいた崩壊した世界なのではないだろうか。
 有り得ないはずの夢幻が表に出ている。表と裏が逆転している。そう思えてならない。

 これではまるで、根源に鎮座して動かない世界の理すら書き換えて、思い通りの世界を創造しようとしているようにすら見える。本来はどうやっても存在し得ない、あり得ない可能性を無から創り出そうとしているような……。
 もしも、唯一の悪意がそこまで踏み込む事のできるほどの超越者なのだとしたら。……それはどれほどに孤独な存在なのだろうか。


● 渡辺綱本人について
 人格は概ね想像通り。直接会話しても、事前情報にある彼から大きく逸脱した印象は受けない。平行世界に見る渡辺綱とは少し違うようだが、それでも根本的なものは同じだ。
 常軌を逸しているほどに強くて、人間らしい弱さ、迂闊さ、欲望も持っていて、周りに振り回されて、口では無責任な事を言ってもその実呆れるほどに責任感が強い。多感で異性に飢えているように見せているが、ああ見えて誰か一人でも女の人に手を出せばその人しか見えなくなるのだろう。
 女性関係はその筆頭だろうが、彼は投げ出さない。抱えたものは決して手放さない。最後まで足掻いて守り抜くのだろう。
 それ故に、彼の伴侶となる者は壮絶極まる覚悟が必要になる。本人が望む望まないは別にして、否応無しに極限の試練へと巻き込まれるのだから。……《 因果の虜囚 》がなくても似たような事になる気がしないでもない。

「……ほんと、想像そのままの人」

 私は彼がこれからどんな道を歩むのか、誰と歩むのか、それを見る事はないのだろう。
 この身は《 魂の門 》を通さないと現世に干渉できない幻のようなもの。平行世界とはいえ、過去に干渉するなんて超すごい魔法使いでも身に余る行為なのだから。
 干渉できるのはあと一度。渡辺綱にはこの世界が失敗した場合に他の世界へ干渉するための保険と言ったが、崩壊を乗り切れる可能性があるとしたらこの世界だけなのは明らかだ。最後の一回はこのまま使わずに終わるか、それとも最後のあがきとして使う事になるだろう。

 予感がする。これは魔法使いとしてでも、魔術士としてでも、人間としてでもなく、ただのエリカとしての予感だ。
 きっと私は……エリカ・エーデンフェルデはあの渡辺綱ともう一度出会う。

「渡辺綱は気付くかな」

 私が渡辺綱に語った話には嘘がある。……とても大きな嘘だ。
 これに気付けば渡辺綱は怒るだろうな、と思う。あの人は優しい人だから。嘘をついた私を許してはくれないだろう。
 話したところで、気付いたところでどうしようもない話ではあるのだけど。
 もし、予感通り"もう一度"があるのなら、渡辺綱がそれに気付くのならば、その時は素直に謝りたい。

 それは責任感の強いあの人は劇薬で、ただでさえ人が背負うには重過ぎる業に上乗せする事になるけれど。

 それでも……気付いてほしいと思ってしまうのは罪深い事なのだろうか。



 虚空に浮かぶ窓から、出港するクーゲルシュライバーを見る。
 あの空間を穿つ船が向かうのは変わらない終わりなのか、それとも存在し得ないはずの未来なのか。
 超すごい魔法使いにも、その答えは分からないままだ。




- 第五章「交差する世界」完 -


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