暗い病院の廊下は、いかにもな雰囲気を醸し出していた。
(何も無い、怖くなんて無い、幽霊なんて居ない。)
そう考えても怖い物は怖い。
僕は改めて自分の不幸を呪った。
(何で冷蔵庫に賞味期限の切れた物、入れておくかなあ。)
そう僕は、軽度の食中毒で病院に一泊お泊まりなのだ。
ペタ ペタ
トイレから病室に戻る廊下、足音が響いてきた。
(!)
自分の物では無い。
(マジか!)
駄目だ、こっちに来る。
隠れる所なんて無い。
「うわああああ。」
「馬鹿?」
「あ?」
「こんばんは。」
同じくらいの年の少女が、あきれた顔で立っていた。
「幽霊?」
「まだ生きてるわよ。」
(うわ、俺かっこわりぃ。)
「それで、こんな夜中に何してたのさ?」
「貴方は、何してたの?」
「・・・トイレ。」
「デリカシーの無い人は嫌われるよ。」
「・・・はい。」
「ねえ、目冴えちゃった。」
「はい、自販機でジュースでもおごらせて頂きます。」
廊下の自販機で、ソーダとオレンジジュースを買うとテラスに出た。
長期の療養患者のためか、病院は町から少し離れている。
近くの林のせいだろうか、ここは涼しげな風が吹く。
そして空には満月が浮かび、辺りを照らしている。
「病人なんだろ?夜風とかって平気なのか?」
「気にしすぎ、貴方は?」
「明日、退院。」
「そう。」
プシュ
彼女は、受け取ったオレンジジュースの蓋を開けながら答えた。
月明かりが彼女の肌の白さを際立たせる、きっと長い事ここに居たのだろう。
一口上品に飲んでから、こちらに向き直った。
「私は内海 葵、君は?」
「芙蓉 洋祐。」
彼女は口元に笑みを浮かべる。
「普通あんなに驚くかなあ。
あ、暇だから今日の心霊特集の番組、見てたんでしょ。」
「う、うるせー。」
図星だった。
「月明かりでこんなに明るいのに、幽霊なんて出ないでしょ。」
(暗いと、出るって事か?)
聞く気にはなれなかった。
「俺はデリケートなんだ。」
「どこが?」
「特にハートが。」
「・・・聞き流しといてあげる。」
呆れられてしまった。
(そろそろ、いじけるぞ。)
「結構入院って暇だよね。」
「だから苦手な番組見て、結局夜になって怖くなったの?」
分かるって事は彼女も、テレビ見てたんだろう。
彼女も退屈な時間を過ごしているのだろうか?
「内海さんは、何処の中学?」
「県立早南中学の二年。」
「そっかだったら、同い年だけど知らなくて当然か。
俺は、早船の二年なんだ。」
「え!?」
「・・・なんだよう。」
「もっと老けて見える。」
「うわあああ、いじめだぁ。
気にしてる事いうなよー。」
「あははは。」
冷たい感じがしていたのに・・・よく笑うし、笑った顔が綺麗だった。
「ここには、ずっと一人で?」
「うん、中学ともなればみんな忙しくなるわよ。
特に復帰が望めそうに無いからね、私。」
「!」
「そんな顔しないの、まだわからないわ。
あっさり諦めるのは、御免よ。」
「そっか、病室は?」
「え?」
「病室は何号室?
暇なときは、顔くらい出しに来てやる。」
「506号室。期待しないで待ってるよ。
そろそろ行きましょう、見回りの看護士さんに見つかりたくないわ。」
元々方向が逆なので、すぐに別れた。
僕は急遽入った土曜日の予定に思いを巡らせながら、病室へと戻る。
いつの間にか、恐怖心は消えていた。
「すごい度胸ね。」
土曜日に病室を訪れたら、あんまりの挨拶だった。
「何が?」
「普通、手ぶらで来るかなあ?」
「何を言う、ちゃんとスマイル持ってきたぞ。」
「バカ。」
結構広い個室だ。
本棚には、所狭しと本が詰め込まれている。
・・・漫画が多いのは、ご愛嬌。
「女の子の部屋、物色するものじゃないわよ。
スケベ。」
「んな!?」
「あはは。」
彼女は、どうも俺の苦手なタイプの様だ。
主導権握られっぱなし。
「でもあんな約束でも来てくれたのは、意外にごく僅かに嬉しいよ。」
「素直じゃないな、彼氏出来ないぞ。」
「君には負ける。」
五十歩百歩。
「携帯は・・・持ってないよな。
持ってても、病院内では使えないし。」
「一応番号は聞いておくよ、結構あちこちに電話置いてあるし。」
「うーん、俺からは掛けられないかあ。」
しょうがないか、メモ帳に番号を書いた。
ふと、小さな机の上に乗っている本に目がいった。
「ファンタジー好きなのか?」
最近流行のタイトルが、いくつか並んでいた。
「それなりに、ね。」
「もしかして頭良く見せるための、インテリアか?」
「君と一緒にしないでよ、なんなら読んでみる?
貸してあげるわよ。」
「ん〜、やめとく。
あ、それとも、借りておいて次の約束にすれば良かったか?」
「なっ!
知らない。」
そっぽ向かれてしまった。
照れてるのかな?
「安心しろって、頻繁にとはいかないけれどまた来るから。」
「勝手に、誤解するな。」
「それじゃ、もう来ないよ。俺、邪魔だったかな。」
「そんな、別にそういう訳じゃ・・・。」
慌てて、向き直った彼女。
ニヤ
(やべっ、顔が緩んだ。)
「・・・騙したな。」
「誤解だ、無実だ、冤罪だ〜。」
ガスッ
「いってぇ〜。
缶ジュースなんて、投げんなよ。」
「まったく、健康に悪いわ。」
「血行は、良くなっただろ。」
睨まれた。
「音楽とかは、聞かないの?」
「ん〜、嫌いじゃないんだけれど。
病室だし音量低くするか、イヤホンだからね、微妙。」
コンコン
「内海さん、お食事ですよ。
あら、お見舞い?彼氏?」
「違います。」
「きっぱり言うなあ。食事、食べさせてあげようか?」
「帰れ!」
「はいはい、そろそろ帰るよ。」
「え!」
「悪いが、一日中は無理。
またね、次まで一人で寂しいからって泣くなよ。」
「誰が!」
「あ、そうだ。」
ヒョイ
病室から出るときにベッドに向かって、ポケットから取り出した物を投げた。
「何?」
葵は辛うじて受け止めた様だ。
「またな。」
彼女は何か言っていたが、気にしないで歩き出した。
明日の朝が、微妙に楽しみだ。
「アホー!」
そして翌朝、電話越しに叫ばれた。
昨日の作戦は成功した模様。
「いい目覚ましだったろう、そんなに気に入ったのか?」
「何吹き込んでるのよ、あれ。
危うく、集中治療室行くとこだったわよ。」
「おいおい、勘弁してくれよ。
ちなみに三パターンあるんだ、小さいのに凄いよな。
今日はどれだった?」
「・・・葵、朝だよ。起きないと、おはようのキスしちゃうぞ。」
「あ、一番の自信作。気に入ったか。」
「あんなのが気に入るか!」
「ふむ、気に入らないのにセットしたと。」
「うっ。」
「そっかそっか、俺も案外嫌われていない様で安心したよ。」
「うう〜。」
「これで、俺が行けない日も少しは楽しくなるだろう。」
ガチャン
電話は、切られてしまった。
(案外、可愛い所あるじゃん。
次に病室に行ったとき、まだ使っていてくれているか見てみよう。)
それから、葵の側にいる時間が増えていった。
幼少の頃から入退院を繰り返していたためか、病室で他の人に会う事は無かった。
「今日は中庭に行きましょう。」
「!お前、外出て良いのか?」
「少しなら大丈夫、許可は取ってあるわ。」
もう夏真っ盛りだ。
木陰の多い中庭にも、熱気が満ち蝉の合唱が響いている。
「暑いぞ。」
「冷房ばっかりも体に悪い。」
ツイと額を突付かれた。
ベンチに二人並んで腰掛ける。
「もうすぐ夏祭りね。」
「行けるのか?」
「無理よ、窓から花火を見るだけ。」
「そっか。」
「来る?」
「面会時間過ぎてるだろ。」
「大丈夫よ。
私のお見舞いは少ないから、多めに見てもらえるよ。
品行方正な患者だから。」
「よく言う。
ま、考えといてやるよ。」
「そっか来てくれるか、じゃあ七時ね。」
「・・・会話つながってないぞ。」
「洋祐は素直じゃないから、そう言ってるだけで必ず来るよ。
大抵そうだもん。」
「・・・何か、祭りで買ってから来ようか?」
「照れたね、いいよあまり食べられないし。」
「そうか。」
長く側に居た為か、彼女の病状の変化は気が付いてしまう。
少しずつだが、確実に悪化している。
前に、自分が来ることが負担ではないかと医師に聞いたが。
もうその程度では、あまり変化は無い。
その答えは、根治が不可能なのを理解させるには十分だった。
・・・だったら、側にいたい。
「おい。」
そっと頬を突付かれた。
「暑さにやられたの、ぼーっとするなよ。
そろそろ戻ろうか、少し汗かいちゃった。」
「着替えさせてあげようか?」
「バーカ。」
病室まで送ってから別れた、次の約束が・・・多分嬉しく思っている。
次を信じていれば、終わりは来ないそんな幻想を抱いていた。
ヒュ〜〜〜
ドドン
窓からは、花火がよく見えていた。
ベッドの傍らに座り、彼女は上体を起こして花火を見つめていた。
「洋祐、ありがとうね。
本当は・・・。」
人差し指で、葵の口を塞いだ。
「ん。」
(分かっているよ。)
「私はね、洋祐のさばさばした態度に凄く救われたよ。
病人だからって、皆に腫れ物扱いされるのはまっぴら。」
葵は花火から、俺に視線を移した。
「私ね、海外での多臓器移植に賭けてみようと思う。」
それは、覚悟した者の目。
「両親とも話をつけたの、もうすぐ出発する。」
「それは、俺の。」
「違わないけれど、気にしないで。
ここじゃどうしようも無い、いつかは同じ結論に達したよ。
だから、祈っていて。
またここに戻ってこられるように。
少しだけお別れだよ。」
ドンッ
パラパラパラ
「綺麗ね、戻ってきたら・・・今度は一緒に行こうね。」
帰り道。
色々な想いが、頭の中に渦巻いていた。
『祈っていて。』
それだけなんだろうか、僕に出来る事は。
医者じゃない。
薬剤師でもない。
それでも・・・俺は、・・・こんなにも葵を救いたい。
死は敗北なんだろうか?
だったら、勝てる人なんていない。
だったら、最後まで幸せというのは・・・。
頬を伝う涙。
それは、こんなにも葵が好きだという想い。
気付いていたけれど、終わりが怖かった。
俺は自分が出来ることをしに、病室へと踵を返す。
しっかりと自分の想いを捕まえて。
「葵!」
「え、どうしたの?」
「泣いてたのか?」
赤い瞳、濡れた睫。
「・・・泣いてないし。」
「ははは。
そうか、・・・葵、俺がするべき事は祈る事じゃないよ。」
「え?」
「好きだよ、葵。」
「そんな、だって私は。」
「終わりが来ても、今の価値は変わらないよ。
俺は君を愛している。」
「・・・。」
「返事は貰えないかな?」
「次までに・・・、考えといてやる!」
ニッコリ笑った葵、だから信じるこの想いが全てに勝ると。
それから、時は流れ。
六月も終わりとなると、雨は長く降り続かない様だ。
朝方はまだ曇っていた空には、光が満ちている。
初夏の訪れを告げる日差し。
俺は、待っている大切な人を。
ゆっくりと歩いてくる。
純白のドレスに身を包んだ葵。
「汝、健やかなる時も・・・。」
神父が厳かに読み上げる。
指輪を交換し、キスをして、ブーケトス。
「しかし・・・。」
「何よう。」
「まさか告白の返事に、婚姻届持ってくるとは思っても見なかった。」
「・・・嫌だったの!」
ふくれっ面で、葵が答える。
「最高の返事だよ。」
ギュッと胸の中に、抱きしめた。
「大好きだよ、これからもよろしく。」
そう、二人の未来はまだまだ続いて行く。
何時だって、信じ続ける。
この愛と二人の未来を。
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