蛾の羽
体育の後の数学が嫌いだ。
教室の中は制汗スプレーの匂いで溢れてる。
レモンとかピーチとか石けんとか、まったりしたカラフルな匂いが夏の蒸し暑さと一緒にまとわりついて気持ち悪い。
吐き気がしてきた。
それでも長谷部は長々と高説垂れて、誰も話なんて聞いていないのに授業はいまだ終わりそうにない。
河田や藤橋なんか最前列で寝ているのにそれすらも気にせず永遠と黒板に文字を書き綴っている。
暇だし、本当に気持ち悪い。
他の奴らだってスマホ触ったり、ノートに落書きしてる。
ぼくも寝てしまうおうか、そう思った時に見つけた。
蛾だ。
前の席、野々さんの背中に張り付いている。
肩より少し長い茶色の髪の毛、それに当たるか当たらないかの位置に張り付いていて、まるで天使の羽だと思った。
かわいい顔して実は二股かけてる野々さん。
蛾は正直だな。
他の人は誰も気づいてない。
気づいてたらきっと笑い声が聞こえてる。
ぼくはあんまりにもその後ろ姿が綺麗だったのでいつものように写真を隠し撮った。
思わずにやけてしまう。
ぼくは最低だし、野々さんも最低だ。
だから仕方ないよね。
ぼくは君のこと責めないよ。
ぼくはこの写真もまた、宝物にするだろう。
蛾が飛んでいった。
今度はぼくが嫌いなアイツのところへ。
アイツが突然やってきた蛾に焦っている。
ぼくは満足して、それから眠った。