山頂で獅子と踊る(1/2)縦書き表示RDF


暇つぶしに、通勤途中や、通学途中にでも、目を通して頂ければ、幸いです。
山頂で獅子と踊る
作:太郎鉄



一話、百獣の王


 帰宅途中の、山手線の中だった。

 外は、暗い。街の光も、消えているような時間だった。席は空いていた。俺は手すりに頭をもたれながら、腰をかけている。

 西日暮里で、二人組の男が、乗ってきた。一人は、赤いセーターに紺のスラックス。太い、金色のネックレスを首からさげたチンピラだった。年は、若い。

 もう一人は、チンピラと対照的に、身なりを整えていた。ネクタイをきっちりと締めたその姿はサラリーマンのようにも見えるが、眼鏡の奥にひっそりと存在している、暗い光を携えた眼光は、堅気のそれではなかった。

 二人の男は、無言で俺の対面に腰を落ち着けた。チンピラはしきりに、こちらを睨み付けてくる。

 見覚えは、なかった。つまり、目の前の男を叩きのめした記憶がない、という事だ。すなわち、怨みをかった覚えも、ない。

 田町で、降りた。二人の男が同時に席を立った。

 階段を登り、改札へ向かう。酔っ払いがうずくまっていた。ゲロが、階段の縁から滴り落ちている。

 改札を出て、眠りについたオフィス街へ足を運んだ。迷路のようなコンクリートジャングルを、右へ、左へ、でたらめに歩いた。ふと、細い路地を見つけた。覗くと、袋小路になっている。路地へ入り、足を止めた。

 男二人の足音が、ついてきた。

 「神立弘樹かんだつひろきさん、ですね」

 サラリーマン風の男が、俺の名をいった。懐から、何かを取り出している。暗くてよく見えないが、名刺入れのようだった。

 名刺を一枚、差し出された。

 「失礼、私、こういうものです」

 名刺をみた。株式会社ビリオンバード。実行部主任、山田太郎やまだたろうとある。冗談で創られたような、名刺だった。実行部主任という肩書きが、気になるといえば、気になる。

 「聞いた事がない」

 俺は名刺をもみくちゃにして棄てた。

 「うちの会社を?」

 「あんたの会社も、実行部主任という、肩書きも」

 「山田太郎という名前は?」

 冗談を口にするタイプの男には見えなかったが、読み違いだったらしい。

 「何かの例としては、よく聞いた」

 「そうですか。私は生まれた時から、山田太郎という名前でしたよ」

 偽名ではない、という事らしかった。いまいち、読めない。

 「神立さんは、S社に勤めておいでですね。勤続五年。それで、すでに部長職に就いていらっしゃる。大したものです」

 「小さな、会社だからだ。それに、若い。他に、人がいないだけだ」

 「謙遜なさらないでも結構。貝塚さんは、あなたの事を高く評価していましたよ」

 貝塚は、社長の名前だった。悪い男ではないが、口が軽い。

 「社長の、知り合いか」

 微かだが、男の口の端がつり上がったように見えた。

 「知り合いと、言えばね。知り合いですよ」

 回りくどかった。俺に何の用があるのか。それをはっきりさせなければならない。

 「何か、用があるなら、言え。明日も、朝は早いんだ」

 「失敬。単刀直入にいいましょう。引き抜きですよ。神立さんを、是非我が社へ迎えたい」

 まっとうな種類の引き抜きのはずはなかった。まっとうなものには、手続きがある。真夜中の路地で行われる引き抜き。面白味はあるが、興味はなかった。

 「断る」

 「いいですね。決断も早い」

 歩き出した。後ろから、チンピラに肩を掴まれた。

 「待てよ、おい」

 ドスを効かせているつもりか、ダミ声だった。脅せば、屈する男だと思われている。それは、癪に触る。

 「何の、まねだ」

 山田に、聞いた。

 「うちの方針ですよ。強行なくして、成功なし」

 頭の悪い、政治家のキャッチフレーズに聞こえた。

 「そういう方法が好きなら、付け加えておいた方がいい。詳しい説明も、必要だってな」

 「あなたがイエスと言ってくれれば、二十四時間体制で説明しますよ」

 「やれやれ、としか、いえない」

 チンピラの腕を、振り払った。それと同時に、気がつく。筋肉は、ある。ただのチンピラではなさそうだった。

 「野郎!」

 左の、正拳突きだった。俺の顔面を捉えようとしたそれを、右手でいなした。重心さえ見極めれば、難しい事ではない。

 チンピラは意外そうに、山田は表情を変えずに俺を見ていた。

 「目を、潰すぜ。坊主」

 予告した。急な言葉に、チンピラは無意識に反応し、大股開きで顔面をガードした。

 股間を、蹴り上げた。身悶えながら、チンピラが目を見開いて絶叫をあげる。左目に、人差し指を突っ込んだ。プリンのような感触がしたあと、チンピラは倒れた。

 山田が、拍手をしていた。

 「お見事ですよ。少々、汚かったですがね」

 「まるで、あんたらが綺麗みたいな言い方だな」

 山田は、何も言わなかった。

 「あんた達が、どういう目的で、俺に接触したのかは知らない。興味もない。帰るぜ。文句はないな」

 「今日のところは」

 明日以降も、同じ事が続くかもしれない。山田は、しつこそうな男だった。

 明日、社長に聞いてみようと思った。山田が何者で、何故俺を狙うのか。

 兄ちゃんは、百獣の王なのさ。

 ふと、雅樹まさきの言葉が、頭に浮かんだ。

 兄ちゃんは、百獣の王なのさ。だからさ、百獣から、王の座をいつでも狙われてるんだ。

 悪い冗談はやめろ。俺は弟にその言葉を言われる度に、そう、答えてきた。

 大通りに出て、タクシーを拾った。帰路に、ついた。

 山田の言葉が、反芻している。今日のところは。今日のところは。今日のところは。

 兄ちゃんは百獣の王なのさ。

 悪い冗談はやめろ、と、口にだしそうになって、思いとどまる。












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