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泡沫の大地の詩 [バージョン2]
作:スピリットQ



  〃 (6)


休ませていた身体もだいぶ回復して、いつもの日常が戻っていたトゥインガは、
メレクシールの前では普通にしていても、部屋に一人こもると、やはり心が沈んで重くなるのであった。

「それもこれも、あの馬鹿王子のせい!」

意気込んで叫んでみるものの、最後には暗く落ち込んでしまう。
一体自分はどうしてしまったんだろう…?
身も心も苦しくて仕方がなかった。


十年前、当時まだ六歳のトゥインガは、お気に入りのレースが沢山ついたピンク色のドレスを着て、
オルハー王子八歳の誕生日祝いにメレクシールと共にシスカ城へ招かれた。
自分より二つ年上の王子に初めて会うトゥインガは、侍女のガーネマーラと、
当時まだ生きていた男爵夫人である母に見立ててもらい、めいいっぱいのおしゃれをして意気揚々と出発した。
大きな屋敷に驚き、終始キョロキョロと落ち着きを見せなかった彼女は、
正装をして王の隣りに立つ金髪に青い瞳の少年にドキリとした。
まさに、トゥインガが夢見る王子様像そのものだった。
顔を赤らめるトゥインガに、オルハー王子がにっこり微笑み、幼い少女は恥かしくなってうつむいてしまった。

モジモジする娘に、

「トイレかね?もう少し我慢しなさい」

と言うメレクシールの声が、彼女の耳に全く入らなかったほどだ。
しかし、幼心にも夢物語のような何かが始まることを期待していた少女の夢は、
その後、呆気なく打ち砕かれ、苦い初恋の思い出として記憶に残ることとなる。

パーティーが始まり、和気あいあいと大人は大人同士で世間話や自慢話をしている間、
ポツンと隅で孤立して立っていたトゥインガに、
大人たちに囲まれちやほやされていた本日の主役のオルハーが近づいて来た。
トゥインガは胸が高鳴った。

きっと、

「可愛いね。よく似合っているよ」

そんなことを言ってくれるに違いない…。
そう思っていたそんな時----、

「…お前、その服似合ってないぞ」

「……」

あんなに早く高鳴っていた胸の鼓動が、一瞬止まったかと思った。
あまりにも衝撃的な王子の第一声に、その場に固まった少女の声は閉ざされたままだった。

「お飾り人形はつまらん。どうせお前も同じなんだろう?」

放心状態のまま王子の前から姿を消した少女は、メレクシールを引っ張って、
「今すぐ帰る」と言い張った。


それからだった。
トゥインガの『オルハー王子打倒計画』が開始されたのは……。
似合わないと言われたドレスは二度と着なかったし、年々男の子のような格好で過ごすようになり、
メレクシールの使わなくなった剣を持ち、独学で剣の扱い方も学んだ。
男爵は、どんどん男勝りになっていく娘を見ては、ため息の数が増えると共に嘆いた。
自分の前では素の女言葉を使うが、それ以外の人前では男言葉を巧みに操る娘に、
時々自分の子供は女だったか男だったかと思い悩んでしまうこともあった。
その上、どこでどう聞き違えたのか、オルハー王子の婚約者であると思い込み、
その頃からだろうか、急にトゥインガの剣の素振りの凄みが増したのは……。

「う〜……どこまでも憎っくき馬鹿王子! この恨み、はらさでおくものか〜……」

ドンッ! と、握り締めた手で壁を叩きつける。
だが、一番憎らしいのは、自分がオルハーの婚約者だと勝手に五年間も信じ込んでいたこと。
それが悔しくてたまらない。
勘違いだったと知り、清々してもいいはずなのに、逆に悶々としてしまう自分に苛立ちを覚えていたのだ。
実際のところ、婚約者だと思っていた頃、口では嫌がってはいても、心の中ではさほど嫌だとは思わなかった。
素振りも実は、喜びの反動で没頭していたということを、少女は気づかないでいたのだった。

うなりながら窓際に立っていると、ふと庭で人影が動いたことに気が付いた。
トゥインガは、ベッドのわきに常時立てかけてある剣にそっと手をしのばせる。

だが-----、突然、全身の力が抜け両膝を着き、トゥインガはその場に倒れてしまった。
薄れゆく意識の中、微かに長髪の男の姿を見た気がした……。



                  *



約二十名ほどの騎士の一行が、黒い森シェルドを駆け抜けて行く。

「幾ら夜だからって、たかが森を一つ越えるのに、何だってこんな大勢で向かわなければならないんだ?」

オルハーは文句を言う。
この森で山賊が出るとは聞いているものの、これではかえって狙われやすい言えなくもない。
森は日中、鳥たちのさえずりが響き渡り、穏やかなひとときをかもし出していたが、
陽が傾くと徐々に闇が訪れ、うっそうとした森へ…本当の意味での黒い森へと姿を変えていく。
辺りはいつしか、不気味な静寂に包み込まれていた。

「----それにしても王は、何故こんな遅くに出立を命じられたのであろうか…?」

レッグド将軍が呟くが、それは誰もが思っていたことだった。

「戦いに行くわけでもあるまいし……」
「戦い…?」

オルハーが反応した。

「そう言えば、最近何やら不穏な動きがセッツェンの方であったと聞いていたが…、
 そうか、詫び入れをするついでに偵察に行って来いというわけか……」

納得したオルハーが口にしたその時、ド-----ン…という爆音が聞こえ、一行はハッと身構えた。

「セッツェン……? いや、リーゲル邸の方角だ!」

オルハーがガテリスの手綱を引き、一気に駆け出した。

「皆の者、王子に続け------っ!!」

レッグドが叫んだ。
















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