第二章 (4)
群雄割拠の甚だしい時代-------
諸侯たちの覇権争いの中、勇猛果敢に駆け抜けたセティーエン・ジリオス・スモンジェルダンは、
数々の熾烈な戦いで敵を一網打尽にし、数ある領土を挙中に治め、
ヘブル大陸の七割を統一、セッツェン帝国を建国した。
その辣腕ぶりは、まさに時代を駆け抜ける猛者であったという。
彼の没後も、後裔らによってセティーエンの血は果てることなく続くのである。
だが、その数百年後、セッツェンがスモンジェルダン家の、第8代皇帝ベッガードと、
従兄弟のプロツェロワーツェス家のシスカ公爵の、政治に対する意見の食い違いで内戦が勃発。
後にシスカ公爵は、新王国シスカを興す。
そして、第十一代シスカ国王アンモスの現今-------
アンモス王は、周囲に散らばる国々との同盟『ヘブル同盟』を結ぶことに精力的だった。
和平を誓い合い、このまま穏やかな日々が続くことを願う平和主義者だった。
そしてその精神は、息子のオルハルト王子にも自然と引き継がれているのだったが……。
*
シスカ城の謁見の間は、別名『石の語り部』とも言い、盗聴防止にもなる分厚い石の壁でできていた。
今ここには、へブル全土より集まった十七ヶ国の同盟国の代表者たちがいる。
「最大の難関、セッツェン帝国におきましては、幾ら同盟を勧めてみたところであしらわれるのが落ちです。
このまま放っておくのが宜しいかと…」
「いや、放っておけば血の気の多い一族のこと、いつかは攻撃を仕掛けてくるでしょう。
そうなる前に、一触即発の今こそ、同盟参加を呼びかけてみるべきでありましょう」
アンモスは、盟友たちの意見にしばし耳をそばだてていた。
セッツェン帝国は、ほとんど情報が流れてこない、言わば門外不出の帝国で、前皇帝ベモンドルの死でさえ、
数日が過ぎてからようやく伝わってきたほどだ。
他にも、ブドウ酒を帝国にも献上しているメレクシール男爵より多少ながら何かと聞くことはできたが、
主にガイン皇帝の性格や嗜好だけで、微々たるその情報は、ほとんど役に立っていないのが実情だった。
そして、一方的な皇帝命令とも言える、ブローニア皇女とオルハーとの婚約。
しかしそれは、五年前に告げられたことであって、今でも有効なのかはっきりしない。
その皇女と言えば、美女というだけで、他は何一つ知らされなかった。
城に招待されたこともなければ、彼女の肖像画すら送られてきた試しもない。
多くは謎だらけの、閉ざされたセッツェンである。
最近になって噂されていることは、皇女は体が病弱で部屋からほとんど出ないということ。
何故そんなブローニア皇女と、シスカ国の唯一の王子とを婚約させるというのか。
国をのっとるつもりなのか、それとも同盟を結ぶつもりなのか未だ不明であった。
誰しもが、この政略結婚のような婚約に期待はしていなかった。
特にオルハー王子は、最初から聞く耳持たずであった…。
「同盟など結ばぬと申したであろうが!」
ガイン皇帝の大音声が発せられた。
セッツェン帝国周囲に点在するほとんどの諸国が、
同盟を結んであることに危機感を募らせていた参謀のゲオールは、
同盟に加わることを推し進めてきたが、ガインは、断固拒否を押し通す。
「ですが、このままでは我々は孤立してしまいます! 何卒今一度お考えをお改め下さい!」
「ゲオール!! お前は我が帝国軍の力を見くびっているのか!?」
「いいえ! そのようなことは決して…」
「ならば不服はなかろう! もう下がれ!」
「しかしガイン様!!」
なかなか引き下がらない参謀に、ガインの怒りは頂点に達した。
「ロイゼンッ!! こいつを拷問室へ叩き込めっ!!
二度とその煩わしい面を見なくてもいいようにして来いっ!!」
「ひっ! ひぃっ…!! 皇帝、お許しを!! お許しを-----っ!!」
「くどいっ! 懇願しても無駄だ! 私は一度決めたことを変える主義ではない。
ロイゼン、とっとと連れて行け!!」
「----御意」
ガインに命じられるがまま、ロイゼンはわななくゲオールに向けて手をかざすと、
参謀の体を魔法で空中に浮かせた。
「ひいぃぃぃっ!!」
扉もひとりでに開き、ゲオールは宙に浮いた状態でスーッ…と廊下に出された。
その後にロイゼンが続く。
そしてきびすを返すと、ガインと目を合わせ、扉を静かに閉めて出て行った。
そこにいた他の重鎮たちは、目を見開いてただ黙って見ているしかなかった。
下手に口出しすれば、自分たちも同じ目に合わされるのだから。
魔法師ロイゼンをいつも側に従えている若き皇帝は、ロイゼン以外の誰をも信じてはいない。
玉座に深々と腰を下ろし、足を組み、薄ら笑いを浮かべる新皇帝の姿を、
前皇帝ベモンドルを看取った医師のウェンリッグが見つめていた……拳を握り締めながら。
----これは一体誰だ…?
自分が知る以前のガイン皇子は、こんなにも冷酷な人間ではなかった。
外見は昔のまま、冷たい氷のまなざしの恐ろしいほどの美貌の皇子ではあるが、
貪欲王と恐れられたベモンドルでさえこんな非道な命令はしなかった。
ガイン皇子は、皇帝の座に就いた途端、別人のように変わってしまった。
それともこれが真の姿だというのだろうか-----?
やがて、ゲオール参謀を拷問室へ連れて行ったロイゼンが、はやくも戻ってきた。
「愚か者の拷問----いや、処刑は済んだか?」
「----はい……」
彼の魔法によってあっけなく始末したのであろう、ロイゼンが微かに微笑んで畏まる。
「あーはっは!! クズが!! あの世で悔やむがいいわ!! 皆の者、これでよくわかったであろう?
私に楯突いたり、同盟の話を持ちかけたりすればどうなるかを…。今後、肝に銘じておけっ!!」
「は、はは------っ!!」
ガインに恐れをなしたのか、一際大きな声で臣下たちが平伏した。
隅から一部始終を見守っていたウェンリッグは、苦虫を噛み潰したような衝動に駆られていた。
*
キーン…キンキン……
剣と剣がぶつかり合う音が広場中にこだまする。
「まだまだ踏み込みが甘いぞ!」
剣の達人レッグド将軍は、若い騎士たちの剣術の相手をしていた。
辺り一帯に、砂埃が立ち込めている。
「脇があいているぞ! そんなことでは、すぐに敵にやられてしまう、そらっ!」
キ------ン……!!
将軍が相手の剣を弾き飛ばした。
若者の息は上がっていた。汗も全身びっしょりかいている。
一方、将軍の息は全く乱れてはおらず、それだけでも腕の差は一目瞭然と見れた。
「ご指導ありがとうございました!」
「うむ。騎士たるもの、日々訓練、日々鍛錬、怠らず精進せよ。それに尽きる」
「はい!」
若い騎士がお辞儀をして立ち去ると、レッグドは周囲を見回した。
きらびやかなドレスに身を包んだ貴婦人たちに囲まれて、オルハー王子が見学していたのに気づいていた。
「王子! 一戦交えますか?」
無駄なことだとは承知していた。
オルハーは、剣を振ることを好まない。
それでも駄目元で一応聞いてみたのだ。
「やなこった」
案の定、期待通りとも期待外れとも受け取れる答えが返され、レッグドはため息をつく。
オルハー王子は父親に似て、志だけは意外にも平和主義者だった。
「----あたくし…、オルハー様が剣をお振りになるお姿を、是非拝見したいですわ〜。
本当はとてもお強いんでしょう〜?」
オルハーの右腕に絡まって放そうとしない厚化粧の婦人が、猫なで声で甘える。
オルハーは思わず鼻で笑った。
どこからそんな声が出ているのかと。
「俺が行きますよ」
そう言ってどこからともなく現れたのは、傭兵のアルディだった。
「…よし、いいだろう」
レッグドが一度収めた剣を引き抜き、構えに入る。
その立ち姿からは、鍛錬された騎士の美しさがみなぎっていた。
一方、歩幅も大きく荒々しく歩み寄るアルディは、大柄なその体に見合った豪快な構えに入った。
「気は抜くなよ、将軍!」
キラリとアルディの目が光った。
向かい合ったレッグドも気を引き締める。
「アルディ、行け! レッグド将軍など、こてんぱんにやっつけちまえっ!」
「我々の将軍が、傭兵ごときに負けるわけがなかろう! 本気にすらしないさ!」
「何をー!?」
いつの間にか傭兵や騎士たちが集まり始めていたが、日頃から犬猿の仲であったので、
すぐに喧々囂々と言い争いになる。
「うるさいぞ野次馬諸君!」
レッグドが叫ぶ。
刹那、一同は静まり返った。
そして、一羽の鳥が一声鳴いて飛び去った時が合図となり、
「はぁっ!」
再び広場に金属音の激しくぶつかる音が鳴り響いた。
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