chapter5
1
『……まさか、3人が3人とも引っ掛らなかったなんてね……少し驚いたよ』
四方八方探しても、姿が見当たらない。
「〜てめぇ……っ 姿現しやがれ! 卑怯臭ェ……っ」
「キミがやってたの!? どうして……!」
なす術もなく、闇の奥に叫ぶ由希と夾。
『……どうして? 決まってるじゃない』
やがて、先程と同じ様な淡い光が、深い闇にポツンと浮かんだ。
光は徐々に人を形成し、
その赤く大きな瞳を開く。
瞬間、光は、よく見知った少女の形となった。
たった今、誰よりも強く、自分の中に感じた女性の姿に。
「〜本田さん……!?」
「とお……っ!?」
目の前の少女は、由希と夾の姿をその赤い瞳に映すなり、
ゆっくりと、しかしどこかぎこちない微笑を浮かべた。
まるで、
からくり人形のような。
『邪魔だからだよ……』
そう一言告げると、
少女はそのまま、さもおかしそうに笑う。
「透……じゃ、ないんだな……!」
「本田さんに何を……!?」
『僕には元々、形なんて無いから。どんな形にもなれるし、人間の魂と混ざり合って操る事だって出来るんだ』
目の前で歪に笑う透の口から、
無限に広がる闇の中から、
子供の声が、幾重にも重なって響いてくる。
『ただ、その為には触れなくちゃならない
おまえ達の母親だってそうだ
おまえ達の記憶の中の「母親」に触れて、僕の力で幻影化させて、僕が操ってたのさ
こうやって……中に入り込んでね』
言うや否や、
透の体――魂から、淡い赤を放つ発光体が出てきた。
「その光ってんのがてめぇの本体って訳か……」
「じゃあまさか、最初の子供の姿は……っ」
『ご名答。れっきとした人間のものだよ
……大分昔に体から抜き取った、行き場のない魂を操ってただけだよ』
「そのガキはどうしたんだ! どこへやった!?」
『その子の自我? 壊れちゃった』
「壊れ……?!」
『僕の操る力に耐えられなかったみたいだね』
辺りの「声」がさも愉快そうに笑うと、
発光体は再び透の中へ入っていく。
『「トオル」も、あとどれ位もつのかな?
大分衰弱してたみたいだけど』
「〜てめ……っ!!」
「どうして――」
感情を無理やり押さえつけて、
夾の言葉を遮って、至極冷静な声を上げる由希。
「どうして、キミはこんなことをしているの?」
『決まってるだろ? ねえさまのためだよ』
由希の心情を知ってか知らずか、
声はくすくすと笑いながら、それに答えた。
2
『ねえさまは、それはそれは人間思いだった
疲れ果てて生きる気力の無い人間に、最期にいい夢をみせてあげてたんだ』
「夢だ?」
『そうだよ
――終わりの無い永遠を約束された倖せ』
「ソレは一体……?」
『ねえさまには特別な力があった。
……おまえがさっき言ってた通り、幻影能力って力だ。
人間の魂を獲り、それに直に触れ、
望みを吸い続けることで、その人間の叶えられなかった理想や希望の世界を、幻影として創り出すことが出来る。
僕の持ってるこの力は、ねえさまの力が少しだけ移ったって位の話。世界を創り上げてしまうねえさまの方がもっと凄かった』
「幻影を……望む世界を創る……?」
「それじゃあ……神隠しって……っ」
『下らないモノを吸い取って吸い取って、
吸い取り続けた故に、ねえさまの体は急激に大きくなった。
自分の体に獲り込んだソレ等に幻影を見せれば見せる程に、毎年春になるとねえさまは綺麗な赤い花びらを身に纏ったんだ。
……とても
綺麗だった』
「……」
『――けど、数年前。
ねえさまに立て付いた人間がいたんだ……』
……それが、
その事こそが、その瞳に、憎悪という色を宿らせた原因なのだという事に、
由希も、夾ですら気づいた。
『その女はねえさまをたぶらかして、ねえさまを……っ
すっかり、変えてしまった……
それっきり、ねえさまは人間を獲り込まなくなってしまった』
明らかに様子が違うからだ。
「ネエサマ」の事を自慢気に話していた瞳と、
『「人」は、最高の栄養なんだ
大木の身を、それまで人の養分で保っていて、……でも、もう老木だったねえさまは
……もう土の中の養分だけじゃ、生きていけない身体になっていたんだ……
……日に日に痩せ細っていく身体を支える事でさえ、十分辛かったはずなのに
それでも、ねえさまは毎年花をつけて
あの人間を、待ってた
……2、3年前から、あの女が来なくなって……
僕はもう、人間なんかを信じて待つのはよせっていったのに……』
今の、
深い悲しみの色をした、赤い瞳が。
『……僕は、何度も何度も叫んだのに
ねえさまは……毎年花をつけてあの人間――キョーコをいつまでも待ってた』
その強大な悲しみは、
『人間の手で殺される、その日まで』
幼い心を捻じ曲げてしまうには、十分過ぎるものだった。
『〜なんでだ!
ねえさまは……ねえさまは、ただ、人間に夢を見せたかっただけなのに……っ』
「――それが、余計な世話だっつうんだろうが……っ」
「夾っ!」
『〜っ
人間は……いつも辛そうにしてるじゃないか!!』
「……っ」
「キミは……」
悲しみに捻じ曲げられてしまった赤い瞳が、
『いつも思ってるだろうがっ 〜死んだ方がマシだとか!!』
全身で訴えながら
雫を、零す。
それは、
「おまえ……」
その感情は なんて、
人間らしいのだろう。
『ねえさまが夢を見せるのはそんな人間達だけだっ
勝手に死にたがってる人間に、楽しい夢を見せてやりたかっただけだっ
生きてる時には死んだ目をしていた人間も、ねえさまが見せる夢の中ではあんなに喜んでた……っ
〜なのに……っ』
次の瞬間、
『おまえだってそうだ……』
無表情の透の指は
例のぎこちない動きで、真っ直ぐに夾を指す。
「〜お、おまえに何が……っ」
『記憶に触れる事が出来る僕等には、わかるんだよっ』
「〜……っ」
『そっちのおまえだって』
『この女だって』
『泣いてる』
『笑っていても、怒っていてもいつも』
『泣いてるじゃないか』
『幻影見せるのだって結構な養分が必要になるんだ……っ
〜ねえさまはっ
……人の為に生きて頑張って……
〜なのになんで人に殺されなきゃならないんだ!!
……まだ
まだ生きてた……っ』
『〜おまえ等だって!!
なんで、この女を庇う必要があるんだ……っ
……そんな余裕なんて、どこにも無いくせに』
重なり合って響く、
行き場のなかった、もはや抑えられなくなってしまった感情。
やるせない悲しみに流れる雫。
軋む心の悲鳴と共に、
『自分ごとで……精一杯なくせに』
ゆっくりと。
近づいてくる「透」。
二人は、何かの呪縛にかかったかのように微動だにせず。
近づいてくる、その姿を見ていた。
『おまえらだって……辛いんだろう?
現実なんかよりも
眠って見てるだけの……夢の世界の方が、楽だろ?』
ついに、二人の目の前までやってきた「透」。
『見せてやるよ』
静かにゆっくりと、その細い腕を上げ
『おまえ達が焦がれた――この女の手で』
ゆっくりと伸びてきた「透」の指が、
由希、夾の首にかかった。
3
「――黙って聞いてりゃあさ……」
喉を押さえられた夾が、ぼそっと呟く。
「……辛い辛いって、さっきから」
「さっきから泣いてるのは、キミの方じゃないか……」
「透」の動きが止まる。
「楽な夢の中で生きさせてもらえんのは、そりゃあ楽しいだろうがさ……
それってなんつうか」
「なんだろう……なんとなく……悔しい、……んだ」
『……』
「キミはどうなの?」
「与えられた都合のいい世界で、約束された倖せに笑いながら生きて」
「そこで、本当に、満足なの?」
「痛みも忘れられるぬるま湯の世界に逃げ込むだけで」
「本当に笑えるのかな……」
『〜わからないよ……
そんなの……そんなの、"僕"が知る訳ないじゃないかっ』
「……!!」
「…………ぐ……っ!」
叫ぶや否や、腕に力をこめ二人を黙らせる、透の形をした、心無きモノ。
ヒトでは、ないモノ。
……なのに
さっきから
これは 一体
なんなんだろう。
溢れて、止まらない、温かい雫。
ポタポタと、後から後から
滴り落ちて
由希と夾の顔に
降る――
「〜"おまえ"に聞いてんだよ!!」
「――っ 夢の……中でもいいから、……それでも笑っていたいの?」
――泣いて。
泣いて泣いて泣き叫んで
疲れて蹲っても
涙は尽きない
『僕は……』
例えば
このまま狂ってしまっても
誰かが助けてくれる訳でも、
何が変わるわけでもない
それでも――
「今まで抱えてきたモノを、何もかも捨てて逃げ出して!!
その覚めない幻想の中で、一生笑って暮らして、一体何が得られるんだ!」
『……うるさい』
「『理想』と思うように生きて、上っ面だけの世界で……それって本当に嬉しいかよ……っ?」
『〜うるさい!!』
それでも
「〜俺はそんな事……っ!!」
「望んでねぇ……っ!!」
どうして人は
生きようとするのだろう。
『うるさい!!うるさい!! 〜うるさい!!
おまえらなんか……、おまえらなんかに
わかってたまるか……っ
わかってたまるか僕の気持ちなんか!!』
(〜やめてください!!)
唐突に
頭の中に響く、悲痛な声と共に、
強烈な圧迫感が、子供を襲う。
4
体が、
言う事をきかない。
由希と夾を締め上げていた腕が、
勝手に
静かに降りてゆく。
(〜お願いです……もう、やめてください……っ)
『……っ』
やがて解放されて、
力なく、その場に横たわる由希と夾の体。
『なんで……この魂の力なのか……? どこにそんな力が残っ……』
(独りじゃありません…… 〜あなたは……っ)
必死に、
響く、
闇を引き裂いてしまう 声。
――イタイ
(独りなんかじゃ、決してありません……っ)
痛い
『〜都合のいい事を言うなっ!!』
たまらず、発光体は透の体を出る。
「ぅあ……っ」
支えていた力を無くし、
由希と夾の傍に倒れこむ透。
「……っ」
突然襲った衝撃に、いきなり自由が戻ったその身に
戸惑いながら それでもなんとか、顔を上げた透は瞬間、
ギクっとして
その瞳を見開く。
すぐ、眼前にある、
二人の
蒼白の顔。
「……ゆ、由希……君っ 〜夾君……っ」
名を呼んで必死に揺さぶるが、しかしその身体はピクリとも動かない。
『まだ生きてるよ そいつら』
後ろから声が響く。
『おまえら……みんなでグルになって僕を言いくるめて鎮ませようだなんて、よくも卑怯な真似してくれるよね』
発光体は、淡々と言葉を発しながらゆっくりと透に近づいてくる。
『さすがは、キョーコの娘だよね……』
「そ、そんなつもりでは……っ
〜信じてくださいっ 本当に……っ」
『あきれた……まだ続けようとしてるの?
……そんなに望んでるんだったら、先におまえから黙らせてやるよ……っ』
憎しみの色に染まってしまった 幼過ぎる魂。
そこに 確かに存在る――
――宿った、哀しみに埋もれてしまった心を。
見上げて、真っ向から受け止める透。
その瞳に帯びた光を消さずに、強い口調で遮った。
「〜聞こえませんか……っ!?」
『なに……?』
「あなたには……聞こえませんか?」
『……』
「先ほどからずっと、
ずっとずっと……っ」
『…………』
「……呼んで……いらっしゃるのですよ……?」
『……え……?』
透の涙声に導かれるようにして、
静まり返ったその場に、
その小さな小さな声は、確かに、辺りに響いた。
『……う、……めて……』
『…………っ』
『……ねがぃ……っ ……ぅ、やめて……』
『まさか……』
その問いかけに応えるかのように。
『ねえさま……、なの……?』
透の胸元から、
薄い薄い桃色の発光体が姿を表した。
『……そんな事をしてしまえば、あなたまで赤い花を身に纏う事になってしまう……』
『ねえ……さま……!? ……どうして……っ』
薄く、
しかし温かな光に照らされて
透は、生命力が漲るのを感じていた。
「……この方は ずっと。
あなたのコトを 呼んでいらしたのですよ……?」
透の言葉に、桃色の発光体はさらにその身体を一瞬だけ光らせる。
輝きに瞬く間に、光は髪の長い女体の形をとっていた。
『あなたを思う、彼女の……
透チャンの想いに 同調したの……』
驚きに戸惑う幼い発光体の目の前で
柔らかな唇が。
総てを包み込むような、優しい声を紡ぐ。
『気づいてくれた透チャンが体の中で匿ってくれたおかげで この姿を保てるようになるまで、力が強くなったのね……』
そういうと、女性は透を振り返り、
柔らかく、微笑んだ。
5
『生きて、たんだね……ねえさま……っ』
薄い桃色の光を纏う女性にゆっくりと近づく、赤い発光体。
『……』
肯定もせず、
否定もせず。
女性は、近づいてくる光を見つめていた。
やがて、光が手の届く距離まで来ると、
女性は再び、口を開く。
『わたしはずっと あなたの側に居たわ……
"わたし"があなたを止めなくちゃいけないから……。
でも"わたし"には……』
『え……?』
『あなたを止める力が 残っていなかった』
『ねえ……、さま……?』
『もう…… "これ"が本当に最期の力……』
「そんな……」
『……透チャン……ありがとう』
『そんな、ねえさま……っ そんなのってないよ!』
その悲痛な叫びは、
抱えている、痛みは。
『どうやって生きていけばいいの!?
これからずっと……ねえさまがいないなんて、
〜わからないよ……っ』
鋭い刃となって、
透の胸さえも、いとも容易に抉る。
『わからないよ……っ
寂しいよ……っ
馬鹿な人間達のおかげで……っ 〜そんなのってないよ……っ!!』
深い深い、強大な、
孤独という名の闇に 押しつぶされ続けた痛み。
悲鳴という名の、涙。
『お願い…… 聞いて頂戴』
その大きな傷――悲しみに表情を歪ませるも、
まるで、母親が子供を諭すように、優しく語り掛ける女性。
『"わたし"が人に夢を見せ続けてきたのは、
なにも、人の事だけを思ってやっていた事じゃないの』
『……?』
『"わたし"も……
寂しかったの』
それは、
思ってもみなかった言葉、
なのだろう。
総ての時が止まったかのように、
発光体はしばらくの間、
何も言わなかった。
「……」
透は、胸の前で両手を組んで
静かに、"二人"を見守る。
『……ねえ……さま?』
奥底から搾り出したような、霞れた声に、
女性は、ただ、
コクリと頷いた。
『だから……これは自業自得なのよ』
『そんな……〜そんなの違……』
『いいえ。違わないわ。
なぜなら "わたし"も……、』
女性は、そう、何かを言いかけると――
顔を上げて、虚空を見つめる。
『…………』
――やがて、
静かに首を横に振った。
『……?』
『……なんでもない。遠い昔のことね……』
「…………」
『今日子と……それから透チャンが。"わたし"を救ってくれたの』
そう言って、女性はもう一度透を振り返る。
発光体――赤い子供も、
促されるように、こちらを眺めているかのような様子だった。
『だから、"わたし"はもう、寂しくない』
『ズルイよ……そんなの』
『…………』
『……僕は……
寂しいよ……独りは嫌だよ……っ』
「…………独りじゃ、ありませんですよ……」
『え……?』
『透チャンの言うとおりよ?』
『それってどういう……』
『"わたし"の上に、"わたし"の身体を養分として、新しい命が芽吹いたの』
『……本当、なの……?』
『本当よ……
哀しさや寂しさで、視界が狭くなっていて気づけなかったのね……』
言うと女性は、
震えている赤い発光体に近づいた。
『今度はあなたが、その子に教えてあげてね』
その、両手で触れて、
『あなたが いままで見てきたこと。
あなたが いままで触れてきたこと
……あなたが知っている、大切なこと。……たくさん』
優しく……救い上げる。
『……。
……ねえさま。ねえさまはいってしまうの……?』
『…………』
『ねえさまは、いろんなこと……教えてくれないの……?
いろんな……人間達のこととか、空や山の話……海のお話とか……
もう……
お話できないの……?』
『……ええ』
『……嫌だ
嫌だよ……そんなの……
そんなの……嫌だ……っ
〜嫌だ……っ』
震える光を
包み込むように優しく、
女性は抱きしめた。
『――大丈夫
あなたも もう
……気づいているでしょう?』
6
「……わたし」
声に振り返ると
「わたしも、僭越ながら 会いにいかせていただきますですっ」
笑顔で立っている、透の姿。
『トオル……?』
赤い発光体は、小さく声を上げる。
無理やり魂を押さえつけられて、操られて
立っている事ですら、辛いはずなのに……
「わたしのお友達は、みんな良い方達ばかりなのですっ きっと楽しいですよ」
『……』
「お約束させていただきますっ」
軽くガッツポーズをしてみせる。
「それに今度はちゃんと……お母さんも連れて来ますね」
穏やかに微笑む透。
「お母さんも……それを望んでいるでしょうから……」
『トオルは……』
ぴったりと くっ付いていた女性から離れ、
『寂しくないの……?』
おずおずと
透の元へ
進む光。
『おかあさんがなくなって……それでも、寂しくないの……?』
「はい……っ」
笑顔を曇らせぬまま、透は即答した。
『…………』
「わたしの周りには 由希君や夾君や」
言葉を紡ぎながら、そっと瞳を閉じる。
「紫呉さんも、はとりさんも、撥春さんや紅葉さんも」
瞼で 遮っても
「それに魚ちゃんも花ちゃんも……」
例えば 光が届かない、
闇の中に居たとしても
絶えず浮かんでくる、大切な人たち。
「たくさんのみなさんが いらしてくださいますから……っ」
大切な人の
笑顔。
『…………』
「透」に触れ、
「由希」や、「夾」に触れた、
子供には わかる。
その真っ直ぐな言葉に
偽りは 欠片も無いこと。
人の想いに何度も触れて、
いつしか自分の身にも宿してしまった、「心」というものに沁みわたって、
痛いほどに
それが判る。
「それに……おかあさんもいます。ここ……、この中に……」
そっと
自分の胸に両手を当て、
「いつも……見守ってくださってます」
確かに灯る温かさを感じ
透は再び その大きな瞳を見開く。
「ずっと、一緒ですから」
微笑んで、顔を上げた。
「独りでは ありません」
強がりなんかじゃない。
偽りでも、幻影でもない。
彼女の笑顔が咲く理由は、
彼女の中の、揺ぎ無い真実。
大切な誰かの為に、在り得る自分。
悲しみも
痛みも
涙をも。
乗り越えようと その全てを力に変えて、
懸命に、生きようとする意思。
たくさんの誰かの、
笑顔を祈る。
それこそが、
彼女が立っている理由。
彼女の、力。
『トオルは……』
「え?」
『トオルは……凄いね……』
「〜い、いえ、そんな…っ 滅相もございませんっ」
慌てて両手を顔の前で振る透。
「わたしが……凄くみえるのでしたらば、それは……」
視線を 由希と夾へずらすと
「……それは、みなさんのおかげなのです」
穏やかな笑みを浮かべる。
と、突然、
発光体は、最初の、小さな子どもの姿をとった。
「え……?」
瞬く間に
目の前に飛び込んできた子どもは、透の膝元に顔を埋める。
彼女の優しさ
彼女の強さ
その温かさを
全身で 感じる
「……あ、あの……?」
『ごめん……』
「…………っ」
透を抱く腕に、子供は懇親の力を込めた。
『ごめん、ごめんトール……
ごめんなさい……っ
〜ごめんなさ……っ!』
「……よいのですよ」
謝罪の言葉を、しかし柔らかく遮る音
触れ合った体――心を伝い、全身に響くその声に、
子供は、涙に濡れた瞳を見開く。
その場にしゃがみ込んだ透。
自分を、縋るように抱きしめ、泣きじゃくる子供を、
――心を持った、自分となんら変わり無い人間を。
「……お独りで 泣かなくても」
優しく抱き返し、包み込んだ。
「もう……
……よいのです……」
――許されて
子供は 今
初めて
声を上げて泣いた。
ただ 泣いた。
泣き続けた。
今までずっと 自分が見てきた
時に 羨ましく思えるほど屈託のない笑顔を――
――素直な感情を見せる
人間のように。
微笑して、その頭を撫でる透。
そんな二人の様子を、女性は嬉しそうに眺めていた。
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