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桜花夢夜
作:皆生 青海



chapter3


1

 家を出る時、振り返った時計はすでに午後9時を示していた。

 毎日登校する際通る住宅街。

 暗く、静かな細い道をただ、由希と夾に続いて歩く。



 彼らが付いて来てくれるという、こんなに心強い事はない……のだが。

(……由希君や夾君が危ない目にあってしまうのではないかと心配です)

 子供は言っていた。
 自分と、母親以外には用がない、と。

 ――二人で来なければ、自分の大事な友達をも消す、と。


 由希や夾だけの話ではない。
 ひょっとしなくても、今紫呉の家で自分達の帰りを待っているその全員にも危害が加えられる場合も十分に考えられる。



(……まあ電波女だとか、春の奴も残ってるしな……)

 ジャケットのポケットに両手を突っ込んで黙々と先頭を行く夾も、透と全く同じ事を考えていた。

 行くと申し出た彼らを何とかなだめて出てきたのも、こういった理由があったからだ。

「…………」


『相手は桜の化け物だぜ?! 話す必要なんざあるか!』


(――てめえのこと棚に上げてよく言えたもんだよな)

 僅かに自嘲じみた笑みを浮かべる。


 バケモノ――
 かつて、いや今も。
 自分こそこう呼ばれる生き物ではなかったか。


 まさか、自分でこの言葉を吐くなんて、思いもしなかった。

(……案外、簡単に出るもんなんだな……)

 相手を拒絶する為に呪う言葉コエを――。



(神隠し……か)

 ただ一人、由希だけは別の事を考えていた。

 由希がまだ幼い頃。毎年春になると、本家では神隠しの噂で持ちきりだった――その当時の事をぼんやりと頭に思い浮かべる。

 随分昔から続いていたと言うその『神隠し』の話には決まって『赤い桜の大木』も登場した。


(確か、あの大木にはまだ何か謂れがあったはずだ)


 その『桜の木』と『神隠し』という、全くの相異なるものが一つに結ばれる理由が。

 『桜の木』、それこそが神隠しの原因だと噂された、謂れが。



 が、なにぶん由希がまだ小さい頃の話なので、どんなに思い出そうとしてもそう簡単に引き出せるような記憶ではない。

(……確か、俺が4、5歳位の時に『神隠し』はぴったりと止まったんだっけ……)


 改めて考えると、至極不思議な話ではある。

 本当に、毎年春になると『神隠し』が起こっていた、として。
 なんで突然止まったんだろう。

 毎年人が消えていたのに。
 ある年、突然。


 ――その年に何か、起こったのだろうか。


(『神隠し』の犯人が捕まったから……、とか……)


 『血の色を纏う大木』というものを実際に見た事がない為か……由希には、どうしても『桜の神隠し』を信じる事が出来なかった。

 ……実際にあったと仮定してみても。
 どうして桜の木が人間を消したりするのかがわからない。


 ――あの子供のことも。

 何を考え、何をしようとしているのか、全くわからない。


 わかっているのは、あの子は「人」じゃない、という事と。

 その子供に他の誰であろう、透が狙われているのだ、という事。その2つだけ。


(――守らなくちゃ)



「……って、なんなんだよてめえら」

 夾の戸惑った声に、思わず顔を上げ――
 由希はそこでようやく事態の異変に気づく。


 先程まで人通りの少なかった――というか全く見受けられなかった、夜中の住宅街路。

 ……今では。
 いつの間にか人でごった返している。

 しかもその人数は、未だ増えつつある。
 見渡せる距離にある家々の玄関から、今まさに人が出て来ようとしているのも見えた。
 こんな夜更けに、奇妙とも言えるその密度。


 ――しかも全員、様子がおかしい。

 外灯の下、
 目は虚ろ、口はだらしなく半開きのまま、感情の読み取れない両眼でこちらを見ている。
 その顔は……ゾッとするほど青白い。


 そんな集団が、あちらこちらから一斉に向かって来ているのだ。
 真っ直ぐに……黙々と、
 ――こちらへ。



「どうしたのでしょう……みなさんご様子がおかしいです……」
「どーせあのガキが近くに居やがるんだろ……っ またおかしな真似して遠くから笑って見てやがんだよっ くそ……っ」
「おい夾……囲まれたらまずいぞ……」
「……。――素人相手じゃ本気も出せねぇし……女もチラチラ居やがるな……」


 草摩家の物の怪憑きの人間は、
 他の物の怪憑きの人間、それ以外の異性に抱きつかれると、それぞれ、憑いている動物に変身してしまう。

 由希は鼠、夾は猫へ。

 今変身してしまうのは、まずい。非常に。
 ばれる、ばれないもあるが。それより、何より――


「――由希君、夾君……っ どうしましょう……」


 ――守れなくなってしまう。



「こっちだ!」


 すばやく辺りに視線を巡らせた夾は、脇に細い横道を見つける。
 叫ぶと同時に透の手を引き駆け出した。

「〜え……はっ はい!!」
「夾っ この道、どこに出るのかおまえわかってるのか!?」

 由希も慌ててその後を追い、細い路地へと入る。

「知るかそんなの! あのまま囲まれるよりゃはるかにマシだろ!!」

 透の後ろを走る由希に叫び返す夾。
 その前方に、先程囲んでいた人間と同じような様子の、くたびれたワイシャツを着た男が現れる。

「〜夾君! 前……っ」
「……っ」

 透の短い叫び声で事態に気づいた夾は、透の手を離し加速するとその勢いで男の脇腹に掌底を叩き込む。

「……き、夾君……よろしいのでしょうか……」

 あっけなくその場に倒れた男を飛び越えて走る3人。
 男を振り返りながら走る透に夾はがなった。

「〜ンな事気にしてる場合かよ……っ その後ろ見てみろ」
「へ? うしろ……ですか……?」

 言われて、さらに奥を見た透。
 思わず自分の目を疑う。

 大人が二人横に並べる程の道幅しかない狭い路地。
 その細い道を、なんともぎこちない――不自然な動きをしたゾンビのような大群が押し合いへし合いこちらへ向かって黙々と走ってきていた。

 ただ真っ直ぐに。こちらへ向かって、伸ばされる無数の手、手、手……


「きっと本田さんを狙っているんだろうね……」


 結構な距離を走ったというのにしかし涼しげな顔のまま、由希は誰へとなく呟く。

「当たり前の事ほざくな クソ鼠っ」

 そういえば夾もそうだ。

 おそらく二人とも、自分の調子に合わせて走ってくれているのだろう。
 息せき切らせながら、透はぼんやりと考えていた。

「――お。やっと開けたところに出たな。どこだここは……って……」

 辺りを見回す必要もない。
 その大通りでさえ、すでに大量の人間がこちらへ集まりつつあった。

「――夾っ 早く来い! こっちだっ」

 声に振り返れば、半分バテている透の手を引いて今度は由希が横道に入っていくのが見えた。

「〜俺に命令すんなっ クソ由希っ」
「こっちだって好きでおまえに命令してる訳じゃない。おまえがトロイからだろう?」
「ああ? なんだとこら! もういっぺん言ってみやがれ!! この嫌味鼠っ」
「おまえがトロイからだろうおまえがトロイからだろうおまえがトロイからだろうおまえが……」
「〜〜うるせえぇぇええっ!!」
「うるさいのはどっちだよ。おまえが言えって言ったんだろ?」
「『もういっぺん』っつっただろが!! 嫌みったらしく何度もほざくなっ」
「――本田さん大丈夫? 方向はこっちであってると思うから。……頑張ろうね」
「さらりと無視しやがんな! こらっ 聞いてんのか!?」

(……お二人ともすごいです……っ これだけの距離を疾走しながら言い争いをなさっています……っ)

 普段なら止めているはずの透だが、この時ばかりは体力も限界に近く思考が低下しているせいかそこまで気にまわらなかった。


 静かな、細い道をただ、お互いの息遣いを聞きながら3人でひた走る。

 大通りに出れば、また細い道に入る。

 繰り返し繰り返し。それは永遠に続くかのように。

 刺すような冷たい夜風をきって。
 飛び跳ねる鼓動を、上がる息を無理やり押さえつけて。



 ――ずっと。

 自分を引っ張ってくれる、その大きな手。


 その温かさが、どれだけ自分を勇気付けてきたか、もはや計り知れない。


(……ありがとうございます)


 心の奥で、透はそっと呟いた。




「……ってくそっ! 囲まれちまった……!!」

 しばらくして、絶望しか示さない声が夾の口から吐き捨てられる。

「――っ 〜かこま……れ……?」

 言葉を返したいが、上がる息が邪魔をして声にならない。

 もつれる足。激しく脈を打ち続ける心臓が痛くて。
 透は、もはや立っているのがやっとという状態だ。

「――本田さん、大丈夫?」

 その細い体を由希が支える。

「は、い……なんとか、です……っ」

 それでも堪えて、状況を確認しようとなんとか顔を上げると、大通りの真ん中――こちらに向かって四方八方からたくさんの人間が押し寄せてきているのが見えた。

 距離はもう近い。

「た、たいへん……すぐ引き返さないと――っ」


『もう遅いよ』



 透の言葉を、
 無情にも、あの冷たい声が遮る。



2

「〜んだよ……ようやくお出ましってか……っ」

 子供と透の間に立った夾が宙を睨みながら悪態をついた。

『それはこっちのセリフだよ。ようやくチェックメイト……ってところだね。他人事なのに案外粘るね。キミたち。……つかれない?』

 ついさっき走り抜けてきた細い路地――そのはるか上空。
 小さな青白い顔がその声と共に、闇の中、まるで滲むようにじわじわと浮かび上がる。


「……やっぱ高みの見物してやがったか……胸クソ悪ィガキ」
『うん。ひさしぶりに楽しいあそびだったよ』

 裂けた口元を広げ、にこやかに言う子供。

「〜あ、遊びだと……っ!?」
「久しぶり? ……ってことは前にも君、同じような事をした事があるの?」

 周りを警戒しつつ透の後ろを守る由希の問いに、しかし子供は眉を顰める。

『おまえには関係ないだろう? ……っていうか、本当あきれる位強情だねキミたちは。さっさとキョーコを出したらどうだい?』

「……おかあさん……っ」

「まさかてめえそれが目的で俺等走りまわらせてたのかよっ」
『うん。キミたちだけじゃなくて、あの大きな家の方にも手を打っておいたんだけど、なかなか思うようにはいかなくてね』
「〜そんな……っ」

 驚きとも、悲しみともつかない表情で口元を両手で覆う透。

「〜心配すんな ……あっちには春もヤンキーも、電波女だって居やがる」

 子供を見据えたまま、背中で静かに語る夾。

「ですが……っ」

 反論しようと口を開いて――
 気づいた透は思わず、出てきた言葉を飲み込んだ。
 夾の腕――固く握りしめたその拳が、震えている事に気づいたからだ。

 恐らく、怒りで。



「君の目的は何なの? 一体本田さん達を捕まえてどうするつもり」
『おまえには関係ないって言っただろ。早くキョーコを出さないと……』

 子供の声を合図に、一体どこからこんなに呼び寄せたのか、さっきよりも数を増したゾンビのような大群がじりじりと間合いを詰め、接近してくる。

「くそ……っ」
「〜待ってくださいっ」

 由希や夾の間をすり抜けて子供の前に飛び出そうとした透。

「ほ、本田さん?!」
「おい! 危ねえってっ」

 慌てた二人に腕を掴まれ引き戻される。

『何? ようやくキョーコの居場所を教える気になったの?』

「――お、おかあ…さんは……っ」


 その表情は怯えていたが、それでも瞳だけはまっすぐに子供を見つめ返す。

 喉元を両手で押さえて、必死に、声を絞り出す。


「〜おかあさんは……っ」


 透の脳裏に蘇る笑顔。そして――


「……っ」


 安らかな、寝顔。
 哀しい程に、穏やかな……。



「〜おかあ……さんは……っ もう……な、亡くなって、いて……」



(いつでも一緒です)



 いつだったであろうか。

 誰かに言った言葉を、今でもどこか信じている。
 自分にこそ、言い聞かせている。



「――だからここには……っ 〜どこにも……、」



 その先に続く言葉が判らない。

 口にしたくない。
 だって言ってしまえば、


 認めてしまうことになる。





「本田さん……」

「透……」



『死んだ……? そんな……まさか……』


 しかし、透のその言葉に子供は酷く動揺を示した。


『――う、嘘だ! そんなのっ』


「嘘かどうかは、彼女の顔を見ればわかるだろ?」

『……っ』

 子供は困惑の色を隠せないまま、しばらく透を睨みつけていた。


 ――が、やがて、その色は表情から失われる。


『〜理由なんてこの際どうでもいいっ とにかく! おまえ達がねえさまを裏切ったことには変わりないんだ!』


「だぁらねえさまねえさまっていちいちうるっせえんだよ! 大体誰なんだよそのねえさまっつうのは……っ」

『〜ねえさまはねえさまだ!!』


 夾の言葉に、過敏に反応する子ども。


『……僕のたったひとりの…… かけがえのない……っ』


 漏らした震える言葉と共に、
 子供の表情から、先程までの強い憎しみの色が全て消え失せる。
 そこに見て取れるのは――深い悲しみだけ。


 由希も、夾も、――そして透も。

 その色を、知っている。




『……ねえさまは待ってたのに! それでも人間なんかを信じて最後まで……。……それを! 裏切ったんだっ 理由なんて、……死んでたなんて関係ないよっ 〜関係ない!!』


 まるで、自分にでも言い聞かせているかのように、
 子供が大きく叫んだ時だった。


「〜きゃあっ」

 同時に由希、夾の背後で高い叫び声が響く。
 そちらを振り返った時には、もう遅かった。


「透っ!!」

「〜本田さん!」


 高く宙に浮かんだその細い体を、子供が両手をかざして自分の元へと引き寄せる。



『――そうさ……関係ないんだ……。だってねえさまはもう……いないんだ……』


 その細い腕が透を抱いて、
 溢れる雫が、透の頬に静かに降る。



 ――ぱらぱらと。



『おまえの母親になんて会わなければ――ねえさまは死ぬ事なかったのに……』


 雨のように――


「……あ、あの」


 透が声をかけ、涙を拭おうとその片手をそっと子供の頬に伸ばす。


 ――子供は透のその行為に気づく、が。


 もはや怯えの色の無い、透の大きな瞳。
 覗き込めば、その深い茶色に吸い込まれてしまいそうな感じがする。

 こんなにも細いのに。

 抱いた柔らかい体から伝わる体温に、
 頬に触れる、包み込むような手の温かさに、

 埋もれてしまいそうな錯覚に陥ってしまう――



 ――だが……。


 顔を再び上げた子供の瞳にはかつての冷酷さが戻っていた。

 無情にも、その小さな片手は透の細い首元へ。


「本田さん!」
「――クソガキてめえ! そいつに何しやがる気だ!!」


 そして子供は透のその口元に、

 自分の顔をそっと近づける。


 と、同時に、



「――……ぁ……っ」



 何か、白い靄のようなものが、
 透の口から子供の口へと吸い込まれていく――


「透!!」



3

「一体何を……っ」


 由希、夾の見上げる目の前で、

 透の体の力が、失われゆく。



 透の瞳が――ゆっくりと閉じていく――



 子供が全ての靄を吸い取り顔を上げた瞬間、
 透の体は、かくん……と、まるで人形のように首を傾ける。


 子供の頬を覆っていた手は、

 力無く、ただ宙にぶらさがった。



「〜本田さん!」
「透!!」



『キョーコが死んでるんなら仕方ないよね……この女だけでももらっていくよ』

「本田さんに――……一体何をしたんだ!!」
『……何って、見てもわからないの? 生気を吸い取ったんだよ』
「なんだと!?」

『もっとも今の状態じゃ、まだ完全に魂そのものを体から取り出す事は出来ないんだけど。
でも、今までみたいに毎晩悪夢を見せてこっちに引きずりこもうとしても、お前達にいつまた呼び戻せられるかわかったものじゃないからな。
 トオルには、しばらく夢の中に居てもらうよ』

「夢の……!?」
「〜どういう意味だこら!」

『現実との繋がりが深いと、それだけ魂を狩り取るのは困難になるんだよ。
 だから夢を見させて、現実から遠ざけるんだ。
 夢の中に居る方がいいって。お前達の所に戻りたくないって、トオルがそう考えるようになるまで――
 ――ねえさまが昔、やってたみたいに……』

「〜本田さんは! 夢なんかに負けるような人じゃないっ」
「現実逃避かますようなンなヤワな女じゃねえ! 透はっ」

『信じてるんだね。トオルの事。
 ……でもね。人間は弱いんだよ?
 奥に隠してある傷をえぐって広げてやれば、その貧弱な自我は、痛みに耐え切れなくなって簡単に溶けて消えてしまうんだ……ボクはいままでそういう人間をたくさん見てきた。
 みんな一緒だよ。
 みんな……ねえさまが作り出す楽しい夢に酔って現実ここを捨てたんだ。
 でもそいつら。全員幸せそうだったよ。痛みから開放されたって。
 ねえさまはそいつらが捨てた――いらなくなった体を養分にするんだ……また来年も人間に夢を見せる為に』

「それが神隠しの真実ってか……どんだけ昔から人の弱みに付け込むような卑怯くせぇ真似してやがったんだ……てめぇら 呆れて物も言えねえ……っ」

『卑怯だって? ねえさまは人を救おうとしたんだぞ!?』

「――救おうとした? どういう意味なの?」

『だって人間って生きてんのが辛いんだろ?!
 意思もなく。毎日ただ馬鹿みたいに流されてるだけだろ!
 それなら、永遠に楽しい夢の中で生きる方がそいつらにとって一番いいんじゃないの!?
 悲しみも苦しさも辛くもない、ただ楽しい世界で、永遠に……っ』



 ――ねえさまは……こんなにも人間なんかを、人間の事を思っていたのに……。
 なのに……っ!



『……本当はすぐに殺してやろうかと思ってたんだけど。気が変わったんだ。
 トオルもねえさまと同じ目に合わせてやる……っ
ねえさまが一体どんな気持ちだったか……、身をもって味合わせてやる』


「待ちやがれ! 何勝手な屁理屈並べててめえら正当化させてやがんだ!?」
「本田さんは関係ないだろ!?」

『……トオルには直接関係なくてもキョーコの娘なんだから話は別だよ……』

 言葉と同時に、抱いていた細い体を離す。

『現実の悪夢を。キョーコを。今のトオルに見せつけてやる――』


「〜透!!」
「本田さんっ!!」


 支えていた力を無くし、はるか上空からまっ逆さまに落ちてくる透の体を。

 由希が、

 夾が。


 その腕に、しっかりと受け止める。



「透! ――おい透っ!! 目ェ覚ませっ」


「本田さんっしっかりして……! 〜本田さん!!」



 いくら揺さぶっても、
 その青白い体は冷たくなって動かない。



『――まぁ、生気を抜き取ったままにしとけば、いずれ体も朽ち果てるだろうけど……』

 真上から聞こえてくる、さも愉快そうな声の主を由希と夾はきっと睨み付ける。

『……あいにくボクは、そこまで気長くないからね』

 その勝ち誇ったような笑みを合図に、
 周りを囲んでいた青白い顔の人間たちが、再び一斉に歩き出す。

「……ってまさか君、この人たちの生気も……っ」
『――ご名答。吸い取っちゃったよ』

 周りを警戒しながら問う由希に、子供は裂けた口角を上げる。

「〜てめえ……っ」

『この人間達はみんな、生きる事に希望を失ってた人間だよ?
 夢の中で、みんなとっても幸せそうに生きてる。
 君たちにどうこう言われる筋合いはないね』

「ガキが偉そうにほざきやがって……っ ンなの、単に騙して寝かしつけてるだけだろが!」
「希望は、決して誰かに与えてもらうものじゃないっ! 自分で見つけるものだよ」

『勝手に言ってれば? どうせお前達ももうすぐ死ぬんだしさ』

 そのいやらしい笑顔に、思わず言葉を詰まらせる由希と、夾。

 意識は無いといえ、普通の人間だ。しかもただ、操られているだけの――傷をつけるのはかなり気がひける。
 しかしこれだけの人数を相手に。しかも意識のない透を守りながら逃げるのはいくら由希や夾が武道に長けていると言っても、不可能に近い話。


『じゃあ目的も果たしたし、ボクは帰るよ。……まあせいぜい息耐えるまで、頑張って「大事な人」を守るんだね』



 笑いながら。夜空に溶けこむように消える子供。



「〜あのクソガキ!!」

「でもこのままだと本当に危ない事は確かだ。どうやら間違って変身してしまっても心配いらないようだけど……本田さんが……」
「畜生……っ 〜何かいい手ないのかよクソ由希!」
「人を頼らずにちょっとは自分で考えろよ馬鹿猫!」
「なんだと!? 大体元はといえばてめえがこっちの道指したのが悪いんじゃねーか!」
「そんなの黙ってても同じことだろ?! 人のせいにばかりするなよっ」
「うるせえ! そんなもんおまえが……っ!!」
「うるさいのはどっちだ……!!」



(〜ゆ、由希君、夾君……っ 喧嘩はいけませんですっ)



 瞳を見開いて、

 二人は、全く同時に腕の中の少女を見る。



 瞳を硬く閉じた、少女の顔は、ロウ人形のように青白くて。

 その大きな瞳も、かわいらしい唇も。
 いつものように動いてくれない。


 その温かい笑顔を、自分達に降らせてくれない――
 決して。



「……本田さん……っ」


「透……!」




 こんなことをしている場合じゃあないんだ。

 守らなきゃ。

 全身全霊をかけてでも。



 俺の。

 ――俺達の。



 一番大事な、温かい宝石。



 こんなに小さな、
 かけがえのないタカラモノを――



 一斉に、

 魂を奪われた、もはや人とは言えない……抜け殻の集団が、3人に襲い掛かる。

『…………っ』

 由希、夾は透を庇い、硬く瞳を閉じる。



 ――その瞬間!



 ――キキィィィィィイイ……っ!!



 けたたましい音と共に、いきなり強烈な光が辺り一面を襲う!



 人でないものが、視力をやられて辺りにのた打ち回る。

「な、なんだ……!?」

 由希や夾も例外なく視力をやられてしまい、ただその場に蹲っていた。



「……トール! ユキ、キョー!! こっち! こっちなのっ」



 いきなり由希、夾の腕を引っ張る小さい者が耳元で叫ぶ。


「〜も……!?」

「――紅葉ぃ!?」


 強い光のおかげでまだ視力が回復していない二人はその声にのみ反応して一斉に叫んだ。





「二人とも、説明はあとよっ 早くこっちに来るの!」

「〜ま、まてっ 待てって!」
「本田さんが、意識を失ってて……っ」

「――透!! 大丈夫か!?」

「って!?その声……ヤンキーもいんのか!?」
「あたしで悪いか!! ったく、おまえら……大の男が二人も揃ってなっさけねえなっ
 ほら、さっさと透離せ! おぶってくから!」
「おぶってくって……魚谷さん一体どこに……」
「ja! あっちにね車が待ってるのっ この光は車のライトなのよっ」
「く、くるまだ!?」
「……い、一体誰が運転してるの?」
「ハルよ!」

「〜なああにいいいいいいい!?」












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