chapter2
1
生徒会で遅くなる由希、道場へ向かう夾と別れて、バイトのなかった透は一人帰宅路をトボトボと歩いていた。
あの夢を見るようになってから、初めて一人で行動する事になる。
不安が背中を押し、透の歩調は段々と早まっていった。
見上げれば、夕闇に沈んでいく日が恐ろしい程真っ赤に燃えた姿を膨張させていて。
照らされた雲もなんだか不気味に見えてくる。
(〜き、気のせいですっ 気にしすぎなのです……っ)
必死に自分にそう言い聞かせ透は家へと急いだ。
家に帰れば、紫呉がいる。
一人ではないという事が、どんなに心強い事であるか。
この時程強く感じた事はなかった。
やがて。木々が開けて、赤く染まった紫呉の家がすぐそこに見下ろせる位置に来る。
(〜よ、よかったです……っ お母さん、なんとか無事につきました……っ)
安堵感から半泣きになりながらも、透の表情に笑顔が戻る。
急いで坂を下り、家の中へ入ろうと駆け出した――その時だった。
『――トオル』
いままでよりも、よりはっきりした声が、
透の頭に響く。
「……!?」
思わず振り返った透は、そこに
一人の、見覚えのある子供の姿を見つけた。
「え……」
頭の中で、
迫る夕闇に、あの、真っ暗な闇色が重なる。
途端に激しく脈打つ心臓。
警告音が体中を駆け巡る。
逃げなければ……
微かにそう感じた。
意識がぼやけて、体が動かなくて。
それでも、
瞳だけはその子供に釘付けられて。
『――キミはおぼえていないんだね? ねえさまのことを……』
恐ろしくも冷たい、くぐもった声が
『ねえさまは しんじていたのに……』
直接透の頭に響く。
『あのことばをしんじて、ずっとまっていたのに……』
「……お……ねぇさん……?」
ようやく声を絞り出す透。
そのか細い声に、青白い顔がピクリと反応する。
微かに見えるその口元は、
笑っているかの様だった。
『そうだよ……ねえさまは』
――瞬間。
子供の体が宙に浮かぶ。
透のそばまで一気に飛ぶと、
驚く程冷たい両手で、そっと、透の頬を触れる。
『ボクのねえさんは、キミたちをずっと まっていて……』
撫でるように、透の喉元まで小さい両手を下げながら
ようやく子供は顔を上げ、透の目を見下ろす。
動けない透に容赦なく刺さる、殺気にまみれた――
憎しみの色。
『――しんだ』
――いきなり猛烈な力で首を締め上げられる。
「〜っ ……ぁ…………っ」
子供とは思えないほど恐ろしい力に透はなす術もなく、
視線だけで人を殺せてしまうような、狂気じみたその瞳と、
痛みと息苦しさと、徐々に、自分の意識が遠のいていくのを感じた。
(――た、すけて……おかぁさ……っ)
「――本田さん!?」
「透!?」
どこか、遠くの方で聞こえる、誰かが自分を呼ぶ声。
と、同時に首を締め上げる力が緩む。
支えていた力を失った透の体は、瞬く間にその場に崩れ落ちた。
「本田さん!!」
それを由希が慌てて腕で支える。
「……なんだ? 一体……何が起こってたんだ……!?」
辺りを見渡す夾。
彼らにはあの子供の姿は見えてはいなかった。
首を仰け反らせた透の体が、ただ、宙に浮かんでいた様に見えたのだ。
「おい夾……っ」
急に名前を呼ばれ、瞬時に反応する夾。
由希の腕の中で意識を失っている透。
その白い首筋には、赤い痣がいくつか出来ていた。
「……なんかこれって……首を絞められたような跡じゃないか……?」
大嫌いな由希の意見にしかし夾はがなる様子もなく、ただ透の青ざめた表情を黙って見ていた。
2
「――君達。なんで透君を一人で帰したの? 様子が変だって事はもう気づいてたんでしょうに」
紫呉の言葉に今回ばかりは返す文句も出ない由希と夾。
透の様子がおかしいことくらい、前から気づいていた。
だからこそ最近は二人、ずっと透から目を離さなかったのである。
が、しかし。偶然というものは重なるもので。
今日、互いが互い共、透と一緒に居られないということに、まるで気づいていなかったのだ。
仲は悪いが、それでも互いの強さは認めている。
透が帰った後、その事態に気づいた二人は慌てて用事をすっぽかし
透の後を追って帰宅……
そして。
宙に浮かんでいた透を見つけた……、という訳なのである。
『…………』
沈黙を保ったまま、
それぞれ別々の方向を向いている彼らの様子に、紫呉は大きくため息をついた。
「…………」
と、静かに襖が開いて、
中からはとりが出てくる。
「――ああ、はーさん。どうだった? 透君」
紫呉が片手を挙げると、それに一瞥をくれて、はとりは静かに口を開いた。
「……今はショックで寝込んでいるだけだ。少し熱も出ているようだが……ゆっくり寝かせてやればそっちは特に問題はない。しかし……」
『――しかし!?』
見事に由希、夾の二人の声がハモる。
見れば二人とも身を乗り出してはとりの次の言葉を待っていた。
二人のその真剣な面持ちを交互に見、はとりは静かに息を吐く。
「……彼女の体は随分衰弱している。その状態がこのまま続くようならかなり危険だ。……一体何があったんだ?」
「それがはーさん。僕らにもさっぱり。訳がわからないんですよ」
「……どういうことだ?」
「〜どーもこーもあるか! わかんねえもんはわかんねえんだよっ」
「はとりにあたるなよ。夾」
「そんなに大声を張り上げると、隣で寝ている透君を起こしてしまいますよ?」
「…………っ」
「……それが、花島さんの話だと、どうやら何かが本田さんに纏わりついているみたいなんだけど……」
昼間、咲と魚谷とで話していたことを掻い摘んで説明する由希。
「……それが何かっていうことまでは」
「――わからない訳だ。こりゃあもうお手上げだね。なるようにしかならないよ」
「…………っ!!」
相変わらずのおちゃらけた様子の紫呉の言葉に敏感に反応した夾。
紫呉の胸倉を掴むと、力任せに引き上げる。
由希は立ち上がりこそはしなかったが、黙したまま紫呉を睨み付けていた。
「――僕に怒っても仕方ないでしょう? 二人とも」
余裕綽々の紫呉の表情に、毒気を抜かれた夾は舌打ちをしてその体を突き放す。
「そういうことだな……。とりあえずは本田君が起きるのを待って事情を聞くより仕方ないだろう」
はとりの言葉に紫呉はうんうんとうなづいて、
「それから、その専門のエキスパートちゃんにも再登場願いましょうかねぇ?」
まるでこの状況を楽しんでいるかのような紫呉の表情。
由希と夾は返事の代わりにげんなりとした表情を返した。
3
しばらくして
紫呉の家の居間には大所帯が腰を下ろすこととなった。
先ほどの、由希、夾、紫呉、はとりに加え、
咲、魚谷、
それから、何故か紅葉と撥春が茶をすすっていたりする。
紅葉は透が倒れたことを聞きつけて、
撥春は、曰く「おもしろそうだから……」と紅葉に付いて来たのだ。
そして、咲と魚谷に挟まれた位置に先程目を覚ましたばかりの透が座っていた。
ただし、顔色は未だ悪い。
「トール! 大丈夫!?」
「はいっ もう全然平気なのです」
心配を顔いっぱいに表した紅葉に対し、笑顔で軽くガッツポーズを作る透。
「ホントにホント!? 無理しちゃあダメなのよっ」
「へっちゃらなのですよ。心配してわざわざいらしてくださって本当にありがとうございます 紅葉君……っ」
『…………』
由希や夾は、周りに振りまく透のその穏やかな笑顔と、その白く細い首に残っている生々しい痣とを見ては、それぞれに複雑な表情を浮かべていた。
「――確かに。前よりも電波が強くなっているわね……」
花島の呟いた言葉に、魚谷は透の頭をただ、ぽんぽんと優しく叩いた。
向かいに座っていた紫呉がようやく本題を切り出す。
「――透君。そろそろ聞かせてもらえるかな? 一体、さっき何があったんだい」
が、顔を覗き込まれた透はしかし、とまどいの色を見せる。
思いもしなかった彼女の様子に一同、怪訝な面持ちを表に出した。
「……透君?」
「〜で、ですが……」
急かされるがままに口を開く透。
先程とは一転した様子で、紫呉に到達する少し手前のテーブルの上にその視線を落とす。
「ですが、みなさんにご迷惑がかかってしまうのではないかと……」
「〜ばかかおまえは!!」
そこまで黙って聞いていた夾が力任せにテーブルを叩き、透の言葉を遮った。
「――う、あっ は、はい!?」
驚いた透が肩を跳ね上げ、ほとんど反射的に夾を見た。
テーブルの上の握り拳をそのままに、夾は畳を睨みつけている。
「迷惑かけるとかかけねえとか、ンな事関係あるか!
っつか誰かに迷惑かけるのなんざ当たり前だろ?! ――生きてんだから……っ」
「え、あ……」
「〜お前が一人でしょい込んでるのが嫌だっつってんだよ……っ 言ったろが……おまえがそんなんだと、こっちも調子狂っちまって仕方ねぇんだ……っ
……だから……」
「……夾、君」
「そうだよ、本田さん」
声にそちらを向けば、由希が優しく微笑みかけていた。
「みんな本田さんが心配でこうしてここに集まったんだから。迷惑くらいかけさせてよ」
「由希君……」
気づいて周りを見渡せば、それぞれが自分を見ていた。
そこに居る誰もが。
自分の事を待っている。
待っていてくれる。
こんなにも
優しい方達。
何か、
言おうとして口を開きかける。……だが、その感情は上手く言葉にはならなかった。
ふいに滲んできた視界。
溢れてくる温かいものをなんとか堪えようと、下を向いて耐える透を、花島と魚谷がそっと抱く。
――しばらくして
顔を上げた透に、紫呉がもう一度、優しく問う。
「……聞かせてくれるよね?」
4
し……んと静まり返った室内の中。
ただ、撥春の茶をすする無用心な音だけが響き渡る。
「……って、うるっせえんだよこのクソガキが……!」
「……いててて…………」
夢の話、聞こえてくる声、
そして、あの子供の話――
透が順を追って懸命に説明する内に、その場にいた全員が難しい顔をして黙り込んでしまった。
まったく現実味を帯びていない話ではあったが、
話す透の人柄、そして何よりその衰弱ぶりと、首についた赤い痣が否定を許さない。
「……という訳なのですが」
「ふぅん……。子供に、ねえさん、ねぇ……」
「それが桜と何か関係があるのか?」
魚谷の言葉に、透はしかし首を横に振る。
「わかりません……ですがやはり」
「どこかでその子供に会った事があると、そういうのか?」
はとりが口を開くと、透は自信なさ気に頷いて、
「いつ、どこでかは、わかりませんが……」
再び訪れた重苦しい静けさが室内を襲う。
「でも……その子供が言う『キミタチ』っていうのは一体誰を指しているのかしら……」
「その『ねえさん』ってのを裏切って、散々待たせた挙句、死なせちまったって奴だろ?
……そのガキ、何か勘違いしてんじゃねえのか?
複数形になってんのはともかくとしても、透が人を裏切るような事をする訳がないじゃんか」
「けど。透君はあの子に会った事があるって言ってる」
紫呉の言葉に黙り込む魚谷。
代わりに、再び咲がせんべいをかじりながらぽつりと呟いた。
「……人……なのかしら……」
「ん?」
「その子供……。本当に人なのかしら……」
「……どういう意味だよ電波女」
露骨に眉を顰めた夾に、しかし咲は変わらぬ口調で淡々と答える。
「だって……人の気配がしないもの……。 ――ほら。
今もそこに……」
言って咲の指すその指先は、まっすぐに障子を示していた。
その先は……庭。
「…………っ」
気配を感じたのか、障子を見据えたままその場に凍りつく透。
「〜くそ……っ こそこそとしゃらくせぇ!!」
立ち上がった夾。
ずかずかと障子に向かって歩き出すと、壊れてしまう程の勢いで障子を左右に開く。
――がた……っ
一同の視線が庭へと集中する。
……が、誰もいない。
ただそこには夜の闇が広がるだけだ。
「誰もいないのねー?」
「見えないだけ……。まだ気配は近くにあるわ……。こちらの様子を伺っているようね……」
「なんだぁそりゃあ。このままじゃラチあかないじゃねーか……っ」
魚谷が舌打ちする。
「もし本当に人違いだったとしても、今みたいに相手の接触を待つ事しかコンタクトの術を持ち合わせていないんじゃ誤解の解きようもないよ」
由希が言うと、夾が未だ氷ついたままの透に向き直る。
「透。おまえ本当に心当たりねぇのか? そのガキの事だけじゃなくてさ、他になんか気づいた事とか……なんもねぇのか!?」
「きづいたこと……」
――夕方。
あの子供と会った時、頭の中で何かが重なったような気がした。
何かが……
「……そういえば……」
「何か思い出した? トール」
「はい……、あの、夢の事……なんですが。……桜を――」
「桜?」
「いつ頃からだったか……毎年おかあさんと見ていた気がします。歩いていたような、気がします。あの道を……」
「毎年桜を見に行ってたって……お花見か何かで?」
「はい……多分。……毎年大きな赤い桜の木の下で……お母さんとお弁当を」
「赤い桜? ピンクじゃなくてか?」
そこまで聞いて、ふいに紫呉が天井へ視線を仰がせた。
「大きな赤い桜、ねぇ……はて。どっかで聞いた事があるような……」
「俺も……なんか、聞いた事ある……」
「あかいサクラ? それって本家の裏にあるサクラ?」
紫呉に、後に続いて口を開いた撥春や紅葉に、魚谷は怪訝そうな顔をする。
「本家って?」
「僕らの実家のことですよ。でもそういえば……確かにあるねぇ……赤い桜」
「あ? 紫呉、ンなモンあったか?」
「ああ、夾君は知らないかもしれないね。籍真殿と暮らしていたから。けど僕らの間じゃあの頃は結構有名な話だったよ。
なんてったってその桜が生えてる場所っていったら毎年必ずと言ってもいい程『神隠し』が起こってたからねぇ」
「……神隠しだ?」
「あー……俺も聞いた事ある……それ」
撥春がぼそっと呟いて片手を挙げた。
「『纏血桜』のことだろ……先生」
「そうそう、はー君それだよ」
「マトイヂザクラ? なんだそりゃ」
魚谷が素っ頓狂な声を上げると、顔は上げずにはとりが口を開く。
「――草摩の裏に位置している山に、桜の木が密集して生えているちょっとした広場があるんだが……。もう随分昔から、その一番奥に生えた太い桜の木だけが毎年必ず赤い花を身に纏う。
その辺りでは昔、毎年春になると人が消えるという、いわば『神隠し』騒動が起こっていてな……。
赤い花が咲くのは、その消えた人間の生気やら血やらを吸い取っているせいだと……前に本家の内部でくだらん噂が流れた事がある……」
「前は……って事は、今はその噂、無いのか?」
「うん。最近じゃあ『神隠し』は起こってないらしいからね。そうだな……
……俺が3、4歳の頃までは毎年起こってたみたいだよ。『神隠し』」
曖昧な記憶を辿りながら由希が答える。
と、
「あのデカイ木……」
唐突に、撥春がポツリと呟いた。
「昔から目ぇつけてたんだけど……太縄とか張りめぐらされてあったから……登れなかった……残念無念」
「そんないわくつきの木に登ろうとしてたおまえの気がしれないよ……」
間髪入れず、由希がジト目で春を見る。
「じゃあこいつが母親と毎年行ってたってのはそこなのか?」
「さあな。だが……本田君の言う、『赤い桜』というものに、他に心当たりがないのも事実だ」
「纏血桜……」
「そこに行けば何かわかる……かも」
由希の言葉に誰もが頷きかけた、そのときだった。
「――来る……」
咲の短い言葉の直後、
夾の後ろ――開けっ放しだった障子から突如吹き荒れる生温かく、湿った風。
辺りに流れ込んだ、狂った様に舞う、赤い花びら。
「〜な、なんだ……!?」
全員が両腕で顔の前を保護し、庭から目を背ける。
――透を除いて。
『――キミタチはよんでないよ……』
直接頭に響く恐ろしい程低い声に思わず全員の背筋が逆だつ。
透の瞳に映る、裂けた真っ赤な口。
「――だ、誰だ!?」
5
「――だ、誰だ!?」
由希が怒鳴った瞬間、吹き狂っていた風が一瞬で止む。
全員が顔を上げた、その視線の先には子供が宙に浮かんでいた。
狂気じみた目で全員を見下ろしている。
『――呼んだのはトオルとキョーコだけだよ。キミタチに用はない……邪魔なだけ』
「……キョーコ……って」
その響いてくる子供の声に、
また、魚谷が呟くその声に、透が強い反応を示した。
「おかあ……さん……?」
『キョーコだけがいない……どこにもいない……どこにいるの? トオル……隠してもダメ……早く連れてきて……でないと……』
「ま、待ってください……っ おかあさんは……! もう……っ」
(――イナイノデス……っ)
たった一言。
それだけが出てこず、言葉を詰まらせる透。
「〜ちょっとまて! なんで今日子さんが……こいつらが、そんな裏切るとかする訳がねえだろが!」
魚谷がその場に立ち上がり食って掛かろうと子供に向かって駆け出した。
「ちょ……待て! あぶね……!!」
夾が魚谷を振り返る。そのすぐ後ろで、子供がその小さな掌を魚谷に向けてかざす。
『――じゃま』
「うおちゃん!」
透が叫ぶのと、
咲が魚谷を突き飛ばしたのはほぼ同時だった。
子供の掌に強烈な光が宿り、
一瞬で、先程まで魚谷が居た場所の畳を黒く焦がす。
やがて静かに、細く昇る焦げ臭い匂いと黒煙。
『――キョーコとふたりでぼくのところへおいで……トオル。でないと……』
立ち尽くした透を真っ直ぐに見下ろし、子どもはさも愉快そうに笑みを浮かべる。
『代わりに……、キミのだいじなともだちが消えてしまっても知らないからね……』
「〜さっきから黙って聞いてりゃあ、訳わかんねぇ事ばっか好き勝手ぬかしてやがんじゃねえぞ! このクソガキ!!」
「夾君!」
「夾! やめなさい!!」
透と紫呉の静止の声が響く中、夾はその子供に全力で突っ込み、その拳を振り上げた――
そして、拳はむなしく宙を霞める。
気づけばすでに、そこに子供の姿はなかった。
「……気配が消えたわ……」
「〜っ ちくしょ……!!」
着地した夾。ついた地を力いっぱい殴る。
「……おかあさん……? ……どうして、おかあさんが……」
表情の無い青い顔で、その場に力なく座り込む透。
「〜絶対人違いだってそんなの! だって、だって今日子さんがそんな、恨みかうような事するわけねえだろ!? 透!」
先程まで呆然と焦げた畳を見下ろしていた魚谷。
透の声に我に返ると、彼女の両肩を思いっきり掴んだ。
「うおちゃん……」
「――でもこれで一つ、はっきりしたね」
静かに響く紫呉の声に一同そちらを向く。
「それってどういうイミ? シーちゃん……」
「あの子供の正体ですよ」
不安そうな紅葉の頭に、その大きな手を置きにこりと微笑むと、
紫呉は足元に落ちていた赤い花びらを一枚、指で摘んでみせた。
「……これは十中八九、あの桜の花びらだしね。……それに透君」
「……はい」
「君が例の夢を見たのって、確か一週間前の話だったよね?」
「――それがどうしたの? 紫呉」
先を急かす由希の視線に、しかし紫呉は微笑してからゆっくりと口を開く。
「実はね、僕今思い出したんだけど。あの『纏血桜』なんだけどねぇ。
無くなっちゃったんだよ」
「あ? 無くなっただ?」
「……どういうイミ? 先生……」
「だから文字通り無くなったんですよ。――切り倒したの」
「切り倒した……?」
「なんでまた」
「……元々、周辺の住民から苦情が出ていたんだ。気味が悪いと。
あの桜がつける花は、本当に血を思い出させるような色をしていたからな……丁度、その花びらの様に」
はとりがそう答えると紫呉は楽しそうに微笑む。
「そうそう。赤い桜の花って一言で言っても、色の濃い加減がありますからねぇ。……これはまさしくあの桜の花ですよ。
もう存在さえしないはずの花びらが、なんでまたこんなに大量に降ってきたんでしょうかねぇ?」
「だけど……花びらの色だけで決め付けるのは、ちょっと早くないかしら……?」
「――『纏血桜』が切り倒されたのは丁度、一週間前だよ」
「……一週間」
「透君が夢を見始めた時とぴったり重なっちゃうよねぇ。……それとも。これは単なる偶然かな?」
「…………」
「透君のおかあさんが『纏血桜』と何を約束したのかはしらないけど。とりあえず行ってみる価値はあるんじゃないかい?」
「〜でも! トール一人だけじゃ絶対、絶対危険なの!!」
「コイツに行かせたらあのクソガキの思うツボだろが! ……俺が行ってくらぁっ てめえらはここで待ってろ」
「――待てよ夾。俺が行く」
「あ?なんでクソ鼠が……!?」
「おまえじゃ所詮相手に突っかかるだけだろ。話にもならないじゃないか」
「相手は桜の化け物だぜ?! 話す必要なんざあるか!
行ってぶったおす!これで十分だ!!」
「おまえに素直にぶったおされてくれる程相手も甘くないだろ……」
「なんだとクソ鼠!?」
「はいはい二人とも。喧嘩はそこまで〜」
睨み合った由希と夾の頭を掴んで紫呉が引っぺがす。
「邪魔するなよ紫呉」
「これは俺とクソ由希の問題……っ」
振り返った二人の視線に飛び込む透の必死な顔。
「由希君、夾君。お願いします…… わたし……、
……わたしも、連れて行ってください……っ」
「あ? ……何馬鹿ぬかしてんだよ。危ねぇだろうがっ」
「そうだよ。本田さんは危険だから、魚谷さんや花島さん達とみんなでここで待ってて?」
二人の言葉に、
返事の代わりに、白く細い手がゆっくりと伸びる。
二人の上着の裾を、ただ、ぎゅっと握った。
「透……」
「〜おねがいします……っ 足手まといなのはわかっています……だけど……、行かなきゃ……っ
わたしが行かなくては……いけない気がするんです……っ」
「……本田さん」
「――お願いしますっ 由希君、夾君っ ……わたしを連れて行ってくださいっ」
小刻みに震える細い体で、
それでもその場に必死に立っている。
今にも溢れそうな涙をぐっとこらえて自分達を見据えた、強い光を帯びた大きな瞳。
掴んだまま、決して離さそうとしない小さな手。
固い意思の込められた 力ある言葉。
「…………わかったよ……勝手にしろや」
言って頭を軽く叩く、力強い手。
「……俺から決して離れないでね? ……絶対守るから」
裾を握り締めていたその手にそっと触れる大きな手。
「由希君……夾君っ ありがとうございますっ」
二人の温かさを直に感じ、堪えていた雫がただ静かに溢れ出す。
涙交じりの声が居間に響き渡る中、紫呉がぽつりと呟いた。
「いいねぇ……青春だねぇ……」
「……先生もますますもってオヤジ臭いネェ……」
|