犠牲駒 (10)
数ページにも渡る文章に、真剣にカカシは見入っていた。
火影室には、側近で補佐役のコテツとイズモとシカマルの机も配置されていたが、
一つだけ空席だったのを、テマリは寂しげに見つめる。
----そういえば、暇をもらうとか言ってたっけ…今日もなのか…。
今日、木ノ葉を去ってしまうテマリにしてみれば、それはこの先、シカマルにもう会えないということを意味していた。
自分は砂に帰れば、名異斗と共に暮らすことになるだろう。
それにいつかは、砂からも離れなければならない日が近い内にやって来るということも暗示していた。
名異斗は元々、砂の人間ではない。それを知っていて受け入れた。
周囲も自分も最初は、他里から逃れて来た抜け忍の彼を良い目では見ていなかった。
傷つき疲れた状態で、砂隠れの里の前に倒れていた名異斗。
彼は、意見の食い違いから雲隠れの里を抜け、自分を抹殺するために追ってきた追い忍は、
全て一人で倒したのだと言う。
彼はかなりの手練の上忍だということが伺えた。
その内、上役たちから雲隠れの情報を色々聞き出されていたが、怪しいところがないと認められ、
次第に砂にも順応し、風影の姉のテマリとも親しくなっていく。
二人の性格は正反対だったが、思考や理想とするものが似通っていて、お互い共鳴し合っていた。
一緒にいることが多くなったためか、あっという間に二人の噂が立ち、婚約しているという噂まで広まっていた。
無論、どこの馬の骨とも知らぬ男と、と上役たちに反対はされたが、
彼の真摯で優しい人間性に惹かれ、里や国なんてのは無意味であることをテマリは口にした。
そして自分も忍である前に一人の人間なのだということを。
最初は二人とも婚約は勿論、付き合っていることすら否定していたが、
テマリは自分よりは年上に見える彼を、特に嫌いではなかった。むしろ好きであった。
そしていつしか、名異斗の方から直に告白された。だから、断りはしなかった。
…ただ、それだけのことだった。
今思えば何故はっきり断っておかなかったのだろうと後悔が押し寄せる。
きっとどこかで、黒髪の少年とだぶらせていたのかもしれない…。
相談した暁には、止めてもらいたかった、あいつに。
止めてくれるだろうという確証も無かったが、
それでも一言、言ってもらいたかった。
もし言ってくれていたなら、自分はきっと-----
「どうしてあいつなんかに、止めてもらいたいだなんて思ったりするんだ。
どうかしてる…」
「ん?」
「あ、い、いえ、独り言です」
おかしいのはあいつよりも、むしろ自分の方ではないかとテマリは嘲笑う。
もう後戻りはできないだろう。
それでも、彼が今ここにいないというだけで、テマリの気持ちは一気に沈む。
ようやく、一通り読み終えたカカシが、顔を上げテマリの目を見つめた。
「なるほど。あの名異斗とかいう婚約者さんは、そういう人物だったわけね。
ありがとう教えてくれて」
「私事なので、本当は報告を控えるつもりでいたのですが、どうしても引っかかることがありまして…」
「引っかかること?」
「彼は、名異斗は…、どうも普通の忍ではないと思うんです。
時々、その…、接吻している際に、凄く全身の力が抜けてしまうんです」
「そりゃあねぇ、キスされりゃ誰でもそうなんじゃないの? 何なら私で試してみる?」
コテツとイズモが口をあんぐり開けた。
だが、即座にテマリが真顔で首を横に振ったので、二人は後ろを向いて笑いをこらえている。
「違うんです。その、何て言うか、シカ…他の人とのキスとは違うんです。
まるでチャクラを練り込む為のエネルギーが奪われていく様な…」
「エネルギーが奪われる…?」
「はい、それで私は立っていられなくなるんです。
気が抜けるというか、とにかく全身の力が吸われたように…。
それでいろんな忍術書や医学書などを読み漁ったのですが、結局わかりませんでした。
何かご存じないですか?」
「う〜ん…聞いたことないなぁ。シカマルが今持って行っている禁断の書にも、
そういうことは載っていなかったと思うが…」
その時、向こうの建物の屋上に、シカマルとマリヤが向かい合って立っているのをカカシは見つけた。
尋常ではない様子に、コテツとイズモも立ち上がる。
怪訝な顔つきでテマリもその方を見るが、初めてマリヤを見るものの顔まではよく見えないので、
姿が酷似している様子に彼女自身気づかない。
「あの女は誰…?」
「雲隠れの里のマリヤと言うそうだ。最も、里も名前も本当かどうかは知らない」
カカシがテマリに向き直ると説明する。
「それで、何故あいつ…彼があんな所に? 一体何を…?」
だが何も言わずカカシは、しばらく二人の様子を黙って見守っていた。
テマリも不審に思いつつ、窓の向こうの彼らを見守ることにした。
*
シカマルは翌朝、急遽、仕事に戻るよう伝令を受けた。
個人的にはもう少し調べ物をしたいため謹慎中でいたかったが、テマリが帰省するということと、
今日は何か胸騒ぎがするとのことだったので、仕方なく家を出てきたのだ。
手には借りていた書物を持っていたが、一冊忘れてしまったことに途中で気づいて、もと来た道を戻ろうとした。
が、振り向きざまに、マリヤが真正面の建物の屋上にいるのを見つけ、足を止めた。
気づかぬ振りを装おうとしていたが、彼女が手招くので、仕方なく彼女のいる屋上へと飛び移った。
「あんた一体何者なんだ? いい加減にしないと、尋問部隊に引き渡すぜ?」
「そんなことより、この前言ったこと、どういうことか説明して」
「----めんどくせ」
マリヤの形の良い翡翠の目が細くなる。
腕組みをするマリヤの頭上には、灰色の雲が重く垂れ込めていた。
いつもの彼女の余裕を含んだ薄笑いの表情は消え、
まるでその雲のようなどんよりとした空気が当たり一面に漂っていた。
しかし、今にも稲妻が落ちてきそうなほど、どこか気が張り詰めているようでもあった。
風が一瞬、ビュッと強く吹く。
マリヤの漆黒の髪が乱れ、整ったその白い顔にまとわり付くが、彼女はそれを払おうともしない。
「あんた、吸血鬼ならぬ吸気鬼だろう。 まぁ、そんな名があるのかどうかは知らねーが、その類だな。
言わば、人のプラーナ(気)を吸って生き延びる種族ってとこか。
オレとキスする時や繋がっている時、あんた、オレの身体エネルギーと精神エネルギーを吸引していただろう。
でも残念ながらオレは吸われちゃいねーぜ。最初から気づいていたからな。
密かに自分のエネルギーが吸われないよう、自分のチャクラ自体を影で縛っていたんだ。
つまり、あんたが吸っていたのは自分の循環されたエネルギーだ」
「…さすがね。一筋縄では行かないと思っていたけれど、やっぱり曲者だわ」
「あんたが言うか? それに初めて会った時、あんたの唇が触れてくる前から、
オレのチャクラが反応してたんだよ。オレが用いる影は秘伝忍術だ。
特別なチャクラを練りこんで作られる。…あんたのもそうだろ?
エネルギーを吸引する特別なチャクラだ」
「なぁにそれ、面倒臭い話ね。…それで、あなたは私と関係を持つことで、
より一層私のことを調べ上げていたってわけね」
「あんたを知るためにはそれが一番手っ取り早かったんだよ。
お陰でやりたくもねーことをやる破目になったが、それもまぁ、任務のうちと思えば致し方ない。
こういうのはオレのポリシーに反していたんだが…悪かったな」
「女の敵ね」
「…そっちから迫ってきたくせによく言うぜ」
マリヤが微笑んでいる。シカマルは不気味に感じ、ゾクッと身震いした。
この女が、テマリよりも怖いことを悟ったシカマルだった。
「でもあの情熱は本物でしょう? それともあれも演技?」
「……」
「昨日だって、何度も私を“テマリ”って呼んでたじゃない…。無意識かしら?」
クスクスとマリヤが笑う。
まるで年下扱いに、小馬鹿にされたかのようにシカマルの目に映り、
「相手にされていないって可哀想ね。別に構わないのよ、私のことをそう呼んでも…」
シカマルが睨みつけるようなまなざしでマリヤの両肩を掴んだかと思うと、
そのまま壁に彼女を追い詰めた。
バンッ!!
彼の両手が、微笑のマリヤの両耳のすぐ横に置かれる。
「あら、気に障ることでも言ったかしら? どうせあの人、結婚するんでしょう?
だったらこのまま私に堕ちたって問題はないじゃない…もう、お互い知らない仲でもないんだし…」
確かに自分はもう、幸せになれとまで言ってしまった。
それでもまだ、どこかで吹っ切れていない自分がいることに、
彼自身歯がゆかった。
シカマルはマリヤを見据えたまま何も言い返さない。
「いいのよ、もう無理しないで…。私が慰めてあげる…」
そっとシカマルの唇に吸い寄せられていくマリヤ。
と、その時-----
「そこまでだ」
ザッと突然現れたのは、カカシ、コテツ、イズモ、数人の暗部や尋問部隊、
それにテマリだった。
「!?」
マリヤとシカマルが、ハッとして振り返った。
シカマルは、そこにテマリがいることに驚いていた。
テマリは、自分とよく似た容貌の女を見て驚いている。
「お前、どこの里の暗部だ?」
カカシがマリヤに問う。
「…暗部? そんなダサイ名前なんて知らないわ」
「では何者だ? 何故ここにいて、シカマルを狙う? 本当の目的は何だ?
誰の命令だ?」
「ふふ。そんなに一気に訊こうとするなんて、木ノ葉ってせっかちさんが多いのね」
「オレのことを言っているのか?」
シカマルがムスッとした顔で挟んできた。
「黙れ。質問だけに答えてもらう。…さもなければ、拷問行きだぞ」
尋問部隊が前に歩み寄る。
「拷問…、何て素敵な響きなの…。私、大好きなの。いたぶるのもいたぶられるのも…」
「連れて行け」
女が逃げられないように、即座に暗部の一人が金縛りの術をかける。
それは、シカマルの影縛りの術とはまた違う質の、高度な技だった。
マリヤを連行していく尋問部隊。
それを黙って眺めるシカマル。
「…おい、何なんだ? あの危ない女は? どこかおかしいのか?」
テマリがシカマルに近づき、おかしな物を見たかのような顔をして呟く。
「さぁね…。あんたに似ているんだから、あんたが一番よくわかるんじゃねーの?」
「何ぃ?」
シカマルの冗談に、テマリが睨みをきかせる。
*
「じゃあ、名異斗も、あの女と同じようにエネルギーを吸引していたっていうのか?」
テマリがことの事情を聞いて問いかける。
「あんたの話を聞く限りでは…だろうな」
シカマルが返答する。
同時に頷くカカシも口にした。
「つまり、あの名異斗とマリヤが、知り合いもしくはグルの可能性だってこともあり得る」
「そんな馬鹿なっ…! ----では、益々私は名異斗の元へ行かなくてはならなくなったということだな。
ちゃんと確かめなくては…」
「ったく! 何でそうなる」
テマリが一層強く、結婚の意志を固めている様子を見て、シカマルが呆れ返った。
「砂や木ノ葉の非常事態になるかもしれないだろ!
だったら、まずは私が名異斗の側にいて、色々情報を訊き出す必要が---」
「君にそんな危険なことを誰がさせるって言うんだい? 風影だって許しはしないだろう」
そう言うカカシも、当然賛成はしなかった。
「だから、婚約した本当の理由も言っていない!
だから火影のあなたに一応伝えておいて、砂にもしものことがあれば宜しく頼むと…」
「誰がさせるかよっ!!」
大声で一喝したのはシカマルだった。
テマリはビクッとして、不安そうな顔で彼の方を振り返る。
シカマルは誰の目から見ても怒っていた。
「あんた、自分が犠牲になってもいいって思ってないか? 冗談じゃねぇっ!
自分の命を粗末にするような奴は、オレがぜってー許さねぇからなっ!」
「……」
「犠牲駒なんて、もう沢山だ…」
カカシたちはうつむいた。
シカマルが今、誰のことを思って口にしているのか聞くまでもない。
しばらく経ってからだったが、少年の師であるアスマの死は、テマリにも知らされていた。
「わかった…。考え直してみるよ…。けれど、もう時間がないんだ。
それにもう、帰らなきゃ…」
テマリが帰る支度をする。
その間、彼女の巨大な扇子とそれを背にする背中を見ていたシカマルには、
彼女のその背がいつもより小さく頼りなく見えていた。
----痩せたな…。何を無理してるんだか…。
シカマルはふと思う。
だが、そんな儚い感傷に少しだけ浸っていると、カカシが彼女を見送るようシカマルに命令を下してきた。
はぁー…と、シカマルが深いため息をつくと、立ち上がって言った。
「それ、門まで持つよ」
突然、何を言われたかわからず、テマリはキョトンとする。
「扇子。結構重いんだろう?」
「どうしたんだいきなり? これは大切なものだ。無闇に他人に触らせないことにしてある」
「いいから貸せって」
「……」
いつもより強引且つ優しいシカマルに、テマリも今回は言い争うことを止め、
素直に背にしていた扇子を取り外す。
そして彼に、両手でそっと手渡した。
「丁重に扱え」
「わかってるって。でも、オレに向けてこれを投げたのは、どこのどいつだっけ?
…すげー音したなぁ」
「うるさいっ!」
テマリは火影に向かってお辞儀をすると、颯爽と火影室を出て行った。
その後を、「へっ」と笑って肩をすくめたシカマルが追って行った。
彼の両手には、しっかりとテマリの大切な扇子が預けられていた。
To Be Continued …
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うは〜! やっと書いた〜。
お待たせしてどうもすみません!
楽しんでいただけましたかぁ〜???(DOKIDOKI・・・)
次回、<第二部>怒涛の最終回!! …のよ・て・い。
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