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らしく。
作:五十崎由記



4.合コン 2



王様は好きな命令を下す事が出来る――というそのゲームのせいで、今日子はいまこの場に居る事を本気で後悔し始めていた。

最初のうちは、まだ良かったのだ。

命令の内容は笑える程度のもので指名されてもさほど苦にはならなかったし、場が盛り上がるのならこんなゲームも悪くはないと思っていた。

それが、いつからだろうか。

気が付けば命令の内容は、明らかにストレスを感じる水準に達していた。

もっとはっきり言えば、回数を重ねる毎に命令はエッチな路線へとレベルアップを遂げ、キスすらしたことのない今日子にとっては、極めて危険なゲームに変貌していたのだ。

今日子は伏せ目がちに周囲の顔色を窺うと、小さくため息をこぼした。

明らかに、今日子ひとりだけがこの場で浮いた存在だった。

なにせ、男も女も皆、このゲームに何の疑問も抱いていないようなはしゃぎっぷりで楽しんでいるのだ。

キャアキャアと女の子達さえ歓声をあげている中で、今日子は必死に神頼みをしていた。


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念を入れて神様を拝み倒したあと、引いた割り箸は5番。

まったく、王様マークなんて引けたためしがない。

今日子はのひらの中に隠した5の数字をじっと見つめながら、胸の内で神様に悪態をついた。

「あ、俺が王様だ!」

一通り全員が引き終わった後、サトの隣にいる男が頬を緩ませて叫んだ。

この男の手元に幸運の王様が転がり込むのは、これで3回目だ。

王様の箸には何か特徴でもあるのでは? 

と、今日子は訝る視線を男に向けたが、次の瞬間にはテレパシーを送るみたいに、『お願いだから5番以外にして!』と心の中で懇願した。

「じゃあ、3番の人――」

その第一声を耳にし、今日子はホっと胸を撫で下ろす。

「僕のほっぺにチュウしてもらおうかなー」

メガネは周囲の顔ぶれを得意顔で見渡しながら、口元を綻ばせた。レンズの奥に隠された瞳が淫靡な光を放ち、目つきが彼の期待の大きさを物語っている。

今日子はその様子をつぶさに観察しながら、心の奥でメガネの人間性に減点を付け加えた。

初対面の女の子がいる席で、厚かましい命令をした罰だ。もし言葉を交わす機会があっても、冷たくあしらってやる、――と、そんな具合で。

「オレ3番だ……」

ハシモトと名乗った男が割り箸を見せ、のろのろと立ち上がった。メガネの期待もむなしく男同士でキスをする羽目に陥ったらしい。

今日子はうなだれるメガネを心の中で哂い、ふんっと顔をそむけ、付き合い程度に手拍子だけ合わせていた。

皆に囃し立てられる中、ハシモトのキスが終わると、これで終わり、という声を期待していた今日子を打ちのめすようにメガネの声が響いた。

「はーい、回収ーっ! 次いこ、次!」 

どうやらまだこのゲームを続けるつもりでいるらしい。

そんな周囲の様子に、今日子は辟易しながら手の中の割り箸を返却した。


また割り箸を引き、今日子は4番。

ちょっと不幸そうなその数字に、背中にぞくりと嫌な予感が走った。

けれど。

「キャアア! あたし王様ぁ!」

サトが素っ頓狂な声をあげ、飛び上がっている。

王様の箸を頬にくっつけて、カラコンの大きな瞳を見開くと、キメ顔を作ったままで周囲を見回す。サトは、こんな時でもラブリーアピールを忘れないようだ。

サトが王様になるのは、今日子にとっても都合が良かった。

女の子だし、下衆なメガネと違って変な命令もしないに決まっている。

オマケに一番の親友。

きっと今日子の心境を慮って、優遇してくれるに違いなかった。


今日子はこっそりと、サトに念力を送るように目配せをした。4回連続で瞬きしたのは、もちろん自分の番号を教えたい一心からだ。

サトは今日子から投げかけられたサインに頷くと、了解したかのように目配せを返してきた。

どうやら、今日子が発信したSOSを的確に把握しているらしい。今回は、大丈夫そうだ。

「えっとォ、じゃあ1番の人がぁ――」

今日子は緊張し通しで渇いていた喉を、ジントニックで潤した。

もうすっかり気分は高みの見物だ。

「あ、オレ1番」

サトの言葉に反応して、正面のオカダが早々に名乗り出た。途端にその横を固めるサトの友達――派遣社員の女の子達が色めき立つのがわかる。

サトの、次の言葉をドキドキワクワクしながら待っているその様子に、今日子は胸の内でほくそ笑んだ。

このゲームも外野から観察するだけなら悪くない。

相手がオカダなら構わない――。

あからさまに、そんな表情をしている女の子がふたりもいるのだ。どの番号を口にしたところで、そこそこ盛り上がるだろうことは確定している。

なのに。

「4番の人の、耳に愛撫をしてもらおうかなー?」

呼ばれるはずの無い番号がサトの舌足らずな甘い声で告げられ、今日子の思考は一瞬止まった。

そして、そんなバカな、とサトに目線を送った時には、エッチな目をしたメガネの興奮した声が部屋に轟いていた。

「でっかい命令キター! 4番だれえ?」


今日子は金魚のように口をパクパクさせ、サトに無言の抗議をしてみたけれど、時すでに遅し。番号も、命令も、すでに下された後なのだ。今更却下など出来ようはずも無い。

今日子の視線に気付いたサトは、『あれ? あんた4番なの?』といった顔で、きょとんとしている。

目配せの回数を見間違えたのだろうか。サトの瞳はしばらく空を彷徨い、顔色は血が引いていくように白く変化していった。


今日子は無責任に喜ぶギャラリー……特にメガネを一瞬キッと睨んだ。

ついに回ってきた自分への指名、そしてえげつない命令に、今日子は憂鬱さが隠しきれない。

はあっと大きなため息を一つ漏らすと、手の中の割り箸をぎゅっと握り締めた。

やがてエッチな顔した男共が愛撫コールを始め、皆が手拍子打って囃したてる中、今日子は悲壮な覚悟を決め、おずおずと名乗り出た。

「――あたし、4番……」

「今日子ちゃんキター!」

メガネの喜びはしゃぐ声に歯噛みする思いで顔を上げると、ふと、正面に座るオカダと目が合った。

彼はニッと挑むように笑って立ち上がり、ゆっくりと今日子の真横に回り込んでくる。

ぽっかりと穴があいた席の両サイドでは、明らかに面白くないという表情の女の子たちが、睨むような眼差しを今日子に向けている。

今日子としては、代われるものなら今すぐにでも代わってほしいところだが、それはきっと出来ない相談に違いない。

今日子は身体を固く縮こまらせ、呼吸すら遠慮がちになるほど緊張しながら、隣に座るオカダの気配に身構えていた。

オカダは左頬にかかる今日子の髪をかきあげ、耳の裏に掛けると、囁きかけるような小さな声で「いくよ?」と言った。

そしてそれに返事をする暇は与えられないまま、その行為は始まった。

突如、もあっと蒸気のような熱い息がかかったかと思うと、つぎにはジェットコースターが急降下するような心細い浮遊感に襲われた。

そして今日子にしか聴こえない大きな音をたてて、舌が耳の中に押し入ってくる。

しばらくはポーカーフェイスを気取っていた今日子も、未知の感覚の前にあっさりとその仮面は引き剥がされた。

背筋を這い上がるぞくぞく感に背骨だけでは上体を支えきれなくなり、踏ん張るように床に手を着かざるを得ない。

おまけにそんな今日子の反応を面白がるような好奇の目が集まって、恥ずかしさのあまり、顔から火を噴きそうだった。


結局今日子は終わりの無いジェットコースターの急降下に耐えられず、

「――もうヤダっ」

と、手のひらで左耳を庇い、逆隣の新垣側へと逃げてしまった。

途端にオカダの舌からは解放されたけれど、高鳴った鼓動と寒気にも似た感覚は当分収まりそうにない。

今日子は空いたほうの手で暴れる心臓を静めるみたいに胸を押さえ、大きく息をついた。

「アハハ! オカダ逃げられてるじゃん。――大丈夫? 今日子ちゃん」

頭の後ろから新垣の声が聞こえ、今日子は「はい……」と、微妙にうわずった声を出した。

30秒間耐えることになっていたはずの命令を、それが満たないうちに遮った今日子は、少し後ろめたい気持ちで隣に座ったままのオカダに目を向けた。

謝らなきゃいけない、と思っていたのだ。

なのに。

「――感じちゃった?」

オカダは今日子と目の高さをあわせて笑い、瞳の中を覗きこんでくる。

耳に愛撫どころか、今からキスだって出来そうな距離だ。

今日子は再び全身の血が一気に上昇し、頬が熱くなるのを感じた。

徐々に治まりかけていた鼓動も、思い出したみたいに早鐘を打ち始め、近すぎる距離を保ったままのオカダにまで届きそうだった。

オカダは相変わらずからかうような瞳で、口の端をあげて笑っている。

「ち、違うよ?」

今日子はかろうじてそう口にすると、平常心を装うために口唇を引き結び、大きなモーションで瞬きをした。

違うと言っているのに、オカダは聞いているんだか聞いていないんだかわからない素振りで。ふふん、とバカにしたような笑い声を漏らし、自分の席へと戻っていく。

今日子はオカダの態度にむらむらと怒りが湧き起こり、テーブルのおしぼりを手繰り寄せると、汚れを削ぎ落とすようにゴシゴシと擦った。


やがて元の席に戻ったオカダは、今日子の顔を見るとプッと吹き出した。そして、

「真っ赤だよ? 可愛いなあ今日子ちゃん。――そんなにヨカった?」

と茶化すような口ぶりで言い、さも可笑しそうに声をあげて笑っている。

今日子は理不尽なオカダのからかいに頬を膨らませ、笑い転げたままのオカダに立ち向かった。

「ち、違うってばっ!」

なのに。

オカダ狙いのふたりを除くギャラリー達は、怒る今日子を面白がって囃し立て、余計にボルテージは上がるばかりだ。

「ったく、ムキになっちゃって。そんなに好評ならオレも頑張った甲斐があるなあ」

オカダは肩を揺すって大笑いすると、腕を伸ばして1番の割り箸をメガネに手渡している。

だから違うって言ってるのに、と口にしかけた今日子を余所に、また割り箸が集められ、ゲームは再開されようとしていた。


けれど、今日子はもううんざりなのだ。

当たりませんように、と祈るのにも懲り懲りだったし、バカにされて笑い者になるのもプライドが許さなかった。

――こんな遊びにつき合ってられない。

そんな気分でバッグを手に立ち上がろうとした時、

「――次、ラストねー?」

と、メガネがラスト1回であることを宣告した。


そうなると、少し状況は変わってくる。

後味の悪さを残して独り退散しなくても、あと1回だけ我慢をすれば、場の雰囲気を壊さずに済むのだ。

それに、サトのことだってある。

今日子を誘ったのはサトであって、ここで立ち去ればサトに迷惑がかかるに違いなかった。

それを考えるとなんだか思い切れなくて、今日子は懐の大きい大人のふりをして、ゲームに参加することを決めた。あと少しの辛抱だから、と自分に言い聞かせながら。


運に見離されているのか、最後まで王様マークが回ってくることは無く今度は3番。

今日子は肩をすくめてその数字を眺め、深いため息をついた。そして目の前のグラスに手を伸ばし、氷の溶けて薄くなったジントニックを口に含んだ。

その時――、ふと隣から視線を感じて、ガードの甘くなった手の中の数字を新垣に見られた気がした。

だけど新垣が王様でも無い限り、見られたところで何か害があるわけでもないのだ。

今日子は深く考える事もなくグラスを置き、ゲームの進行を待った。


ところが。

「あ! 俺、王様キター」

隣で明るい声が上がり――その方向に顔を向けると、新垣がうっすらと笑みを浮かべた顔の前に王様の割り箸をかざしている。

「やっべ! 一番タチ悪い奴に王様いっちゃったかー」

メガネがそう呟き、それに同調するみたいにハシモトが、「爽やかそうな面していながら、お前一番エッチだもんなあ」と続けた。


今日子は今更ながら心許ない気持ちにかられていた。

だって、気のせいじゃないとすれば、新垣は今日子の番号を知っているのだ。

テーブルを囲んだ薄暗い部屋には、どこかエッチな緊張感が漂っていた。しんと静まり返った中で、最後の命令を待つ視線が新垣一人に集中している。

「んー……、何にしようかなあ」

もったいぶってそう口にした新垣が、チラっとこちらに視線を投げかけたのを今日子は見逃さなかった。

嫌な予感が胸に湧き、今日子はごくりと唾を飲み下した。







  





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